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第三章『狭間の街トイン』
第十七話『トインを目指して』
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2度目の潜魔窟探索を終えてから1週間が経過した。
ナシャは一足早く潜魔窟の入口近くに立ち、ハーシマとウルを待っていると、相変わらず大量の荷物を持ったハーシマが嬉しそうに手を振りながら駆けてきた。
「お、おはようございます!」
「おはようハーシマ殿。何やら楽しげだが良いことでもあったのか?」
「い、いえ、と、特に何かあったわけではないのですが、私は私にできることをやってみようと思いまして」
「?そ、そうか」
普段、消極的なハーシマの表情から決意のようなものを感じ、ナシャは少し驚いた。
が、それは良い傾向だと思えたので、ハーシマに笑顔を向けた。
それからややしばらく経ち、最後にウルがやってきた。
いつもは必要最低限の荷物しか持たないウルだが、この日は大きな荷物を背負っていた。
「おす。悪いがにいちゃん、これを持ってくれ」
ウルは挨拶もそこそこに、背負っていた荷物から大きな袋を取り出し、ナシャに手渡してきた。
受け取るとズシリと重い。
「ウル殿、これは何だ?」
ナシャは当然過ぎる疑問を呈した。
「トインに入るために必要なもんだ」
ウルの顔には『それくらいわかるだろ?』とでも言いたげな表情が浮かんでいた。
ナシャと、ウルの表情を見て色々と察したハーシマは、心の中で『わかるわけないだろ……』と呟きながらも、口から出たのは乾いた笑い声だった。
3度目の探索ともなると、慎重さは変わりないものの、ウルの指示に対するナシャたハーシマの理解度が増したことで、探索の効率が良くなり、格段に進行速度が上がっていた。
戦闘面でも、ナシャが戦いやすいようにウルとハーシマが適切なサポートをすることで、魔物の討伐がスムーズになった。
結果、この日は特にリスクを犯すことなく順調に、4階層目まで進むことができた。
食事を終えて焚火を眺めながら、ナシャはスープをすすった。
ヤタガ王国から持参した乾燥豆とウェスセスで調達した果実と香辛料を使ったもので、ハーシマはこのスープを『ナシャスープ』と名付けるほどお気に入りにしていた。
「と、ところでナシャさんは、ご家族はいらっしゃるんですか?」
スープのおかげか少し和らいだ空気感がそうさせたのか、ハーシマが、ナシャについて気になっている質問をした。
「私の両親は国でも特に田舎で農業をしている、と思う。何年も会っていないがおそらく元気だろう」
ナシャが焚火から視線を動かさずに、自分のことを話し始めた。
「私の兄も兵士だったが、先の蛮族との戦争で戦死した。そして……」
「そして?」
ほんの少し言い淀んだナシャに、いつの間にか聞き耳を立てていたウルが話の続きを促した。
「そして、私の妻と子は、2年前に流行り病で亡くなった。そんな感じだ」
「す、すみません……」
ハーシマは、ナシャに余計なことを言わせてしまったと感じ、深々と頭を下げて謝った。
「なに、気にするな。妻と息子はいつも私と一緒なのだ」
今にも泣きそうな顔のハーシマにナシャはあえて笑顔を見せ、胸元からペンダントを取り出した。
「これは随分と立派なものだ」
ウルが思わずそう評価したペンダントは、非常に細かい意匠が施され、中央には大きな赤い石と小さな赤い石がはめ込まれていた。
「これは、ヤタガ王国に伝わる手法で、遺骨を石に変えたものなのだ。大きな石は妻の、小さな石は息子のものだ。だから私は1人ではない」
ナシャは、ペンダントをとても愛おしそうに眺め、胸元に戻した。
「すまない、すっかり雰囲気を暗くしてしまったな。また明日も困難な道のりになるだろうから、2人とも休まれよ」
ナシャはそう言って、2人に毛布を渡し、冷めたスープを口に運んだ。
ウルとハーシマは、ナシャには1人で物思いに耽る時間が必要だと思い、おやすみの挨拶をして横になった。
ナシャは一足早く潜魔窟の入口近くに立ち、ハーシマとウルを待っていると、相変わらず大量の荷物を持ったハーシマが嬉しそうに手を振りながら駆けてきた。
「お、おはようございます!」
「おはようハーシマ殿。何やら楽しげだが良いことでもあったのか?」
「い、いえ、と、特に何かあったわけではないのですが、私は私にできることをやってみようと思いまして」
「?そ、そうか」
普段、消極的なハーシマの表情から決意のようなものを感じ、ナシャは少し驚いた。
が、それは良い傾向だと思えたので、ハーシマに笑顔を向けた。
それからややしばらく経ち、最後にウルがやってきた。
いつもは必要最低限の荷物しか持たないウルだが、この日は大きな荷物を背負っていた。
「おす。悪いがにいちゃん、これを持ってくれ」
ウルは挨拶もそこそこに、背負っていた荷物から大きな袋を取り出し、ナシャに手渡してきた。
受け取るとズシリと重い。
「ウル殿、これは何だ?」
ナシャは当然過ぎる疑問を呈した。
「トインに入るために必要なもんだ」
ウルの顔には『それくらいわかるだろ?』とでも言いたげな表情が浮かんでいた。
ナシャと、ウルの表情を見て色々と察したハーシマは、心の中で『わかるわけないだろ……』と呟きながらも、口から出たのは乾いた笑い声だった。
3度目の探索ともなると、慎重さは変わりないものの、ウルの指示に対するナシャたハーシマの理解度が増したことで、探索の効率が良くなり、格段に進行速度が上がっていた。
戦闘面でも、ナシャが戦いやすいようにウルとハーシマが適切なサポートをすることで、魔物の討伐がスムーズになった。
結果、この日は特にリスクを犯すことなく順調に、4階層目まで進むことができた。
食事を終えて焚火を眺めながら、ナシャはスープをすすった。
ヤタガ王国から持参した乾燥豆とウェスセスで調達した果実と香辛料を使ったもので、ハーシマはこのスープを『ナシャスープ』と名付けるほどお気に入りにしていた。
「と、ところでナシャさんは、ご家族はいらっしゃるんですか?」
スープのおかげか少し和らいだ空気感がそうさせたのか、ハーシマが、ナシャについて気になっている質問をした。
「私の両親は国でも特に田舎で農業をしている、と思う。何年も会っていないがおそらく元気だろう」
ナシャが焚火から視線を動かさずに、自分のことを話し始めた。
「私の兄も兵士だったが、先の蛮族との戦争で戦死した。そして……」
「そして?」
ほんの少し言い淀んだナシャに、いつの間にか聞き耳を立てていたウルが話の続きを促した。
「そして、私の妻と子は、2年前に流行り病で亡くなった。そんな感じだ」
「す、すみません……」
ハーシマは、ナシャに余計なことを言わせてしまったと感じ、深々と頭を下げて謝った。
「なに、気にするな。妻と息子はいつも私と一緒なのだ」
今にも泣きそうな顔のハーシマにナシャはあえて笑顔を見せ、胸元からペンダントを取り出した。
「これは随分と立派なものだ」
ウルが思わずそう評価したペンダントは、非常に細かい意匠が施され、中央には大きな赤い石と小さな赤い石がはめ込まれていた。
「これは、ヤタガ王国に伝わる手法で、遺骨を石に変えたものなのだ。大きな石は妻の、小さな石は息子のものだ。だから私は1人ではない」
ナシャは、ペンダントをとても愛おしそうに眺め、胸元に戻した。
「すまない、すっかり雰囲気を暗くしてしまったな。また明日も困難な道のりになるだろうから、2人とも休まれよ」
ナシャはそう言って、2人に毛布を渡し、冷めたスープを口に運んだ。
ウルとハーシマは、ナシャには1人で物思いに耽る時間が必要だと思い、おやすみの挨拶をして横になった。
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