少年が見たもの

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第十話『輪廻転生』

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ノブロウが、相変わらず僕の顔をじっと見ている。
いつになく、真剣な顔をしている。

「望むも、望まないも、兄ちゃんの死によって起きた出来事だ」
ノブロウの声が僕の頭の中に響く。

「僕はなにも、こんな結果を望んでいませんでした。ただ、逃げたかったんです」
「実際、そうなんだろうな。でもな兄ちゃん、行動による結果が、一人だけに及ぶことがないんだ」
「そうだとしても、もし、そうなんだとしても、こんなにみんなが不幸になるとは……」
僕は、自分の死によってみんなが不幸になったことを信じたくなかった。

「それだけ、兄ちゃんに関わっている人が、兄ちゃんを自分事としてではなく他人事として接していたことの証明だな。そんな人たちが兄ちゃんが死んだことで不幸になることは当たり前のことじゃないか?」
ノブロウが冷たい声で僕に問いかける。

「僕は、僕は、みんなを不幸にするために死んだわけじゃないんです……。そりゃ、バチが当たってほしい気持ちがなかったわけじゃないけど、こんな結果になるくらいなら、僕は自殺なんてしなきゃよかった……」
僕は今、はっきりと自殺したことを後悔していた。

自分に振ってかかる苦痛から逃げようと、僕は自殺することを選んだ。
でも、僕の死は、僕の死後の現実に悪影響を与えただけだ。
そして、そのことを霊になった僕が見て罪悪感を覚える。
僕は自殺して肉体的な苦痛から逃れられたけど、精神的な苦痛からは結局逃れられていない……

救いのない現実にすっかり気落ちしている僕の内心を読み取ったのか、ノブロウが、今度はいつものように抑揚のない声で、こう言った。

「兄ちゃん、それが自殺するってことだ」と。


ーーーー

結局、僕は取り返しのつかないことをしたんだ。
もう僕は、僕自身の手で、誰かを助けることはできない。
もう僕は、僕自身の声で、誰かを慰めることはできない。
もう僕は、何もすることができないのに、ただ悪影響を与えることしかできない……

「なぁ、兄ちゃん。兄ちゃんは死んだことを後悔しているが、これからどうしたい?」
ノブロウが聞いてきた。
「わかりません。正直に言えば……もうこの世には……いたくないです……」
もう、苦痛しかない世界から去りたかった。
涙は出ていないけど、僕は間違いなく泣いていた。

そんな僕をじっと見ていたノブロウだったけど、突然大きく目を見開いた。
何事かと思った僕は、僕の体がうっすら光っていることに気付いた。

「これは……?」
「兄ちゃん、この世を去りたいと言っていたが、残念ながらまだまだこの世にいることになったようだぞ」
「何で、ですか?」
「兄ちゃんの魂は、次の命に転生するんだ」


ーーーー


「転生って、僕は誰かに生まれ変わるってことですか?」
転生の意味がわからず、僕はノブロウに質問した。
「そうだ。今の兄ちゃんが前世になって、次の命に生まれ変わるんだ」
いつも冷静なノブロウが、僕には少しだけ驚いているように見えた。

「どうして生まれ変わるってわかるんですか?」
「今までたくさんの幽霊を見てきたからな、俺は。だから、なんとなくわかるのさ。ただ、死んで幽霊になって生まれ変わるまでの期間が短いなと思ってな」
「そうなんですか?」
「あぁ。少なくとも数年は生まれ変わるまで感覚があるもんだが、兄ちゃんは数か月だからな。神様ってのがいるとするなら、兄ちゃんにもう一度生きるチャンスをあげたかったんじゃないか?」

ノブロウは、多分僕を慰めたくて聞こえがいいことを言ったんだろうと思ったけど、僕はその気持ちが嬉しかった。
そう思いながらも、元々うっすらとしか見えない僕の体がもっと薄くなっていた。
「そろそろだな。兄ちゃんとはもう会うことはないだろうが、元気でな。もう自殺するなよ」
僕の様子を見守っていたノブロウが、ゆらゆらと手を振っていた。
「ありがとうございます。僕の記憶があれば、もう自殺なんてしません」
僕も手を振り返し、頭を下げた。

そして、だんだんと目の前が眩しくなって、僕は意識が遠のいていった……


ーーーー

私が令君の自殺のことを事件化しようとしてから、もう15年の月日が経った。
いくつかの部署を渡り歩いた私は、現在、生活安全課で勤務していた。
昇進試験も無事にクリアして、今はそれなりの立場になり、部下と呼べる者も増えてきた。
長さんは数年前に退職し、現在はお孫さんに囲まれて穏やかな日々を過ごしている。

あれから土星君は、更生の道を歩めず極道の鉄砲玉として利用され、若くして命を落とした。
令君の通っていた高校の先生たちは左遷されたり職を失ったりしていて、中でも担任の先生は、港で車ごと海中転落して亡くなってしまった。

令君の両親は、周囲の好奇の目に耐えられず田舎に引っ越していき、その後なんとか夫婦仲を改善し、現在も田舎でひっそりと暮らしているらしい。

今日の私は、署の管轄する地域の高校の生徒が書いた、いじめを防止するための作文の表彰式に参加することになっていた。
なんとなく令君のことを思い出した私は、令君の墓前に日々の報告と安息を祈るために手を合わせてから、式典会場に向かった。


式はつつがなく進み、最後の表彰者への賞状を署長に手渡したところで私はふと視線を感じ、そちらに目を向けた。
表彰される少年が、じっと私を見ていた。
少年は、私の視線に気づき、ニコリと微笑むと「あのときはありがとうございます」と言ってきた。
「あのとき?」と私が聞くと、少年は「あれ、僕何言っているんだろう?」と言って、照れくさそうに頭をかいた。

私は、よくわからない状況だったけど「よくわからないけど、どういたしまして」と答えた。
すると少年はまたニコリと微笑み、頭を下げた。

私は少年に微笑みに、何故か令君の面影を感じた気がした。
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