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第八話『潮流変化』
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僕の両親は、僕の自殺の原因がいじめにあることを世間に公表し、瞬く間に時の人となった。
テレビに出演し、涙ながらに僕を失った悲しみを訴え、いじめを認めない学校や教育委員会に怒りを露にし、世間は、そんな両親に同情していった。
そうなると、学校や教育委員会を糾弾する声は日増しに高まり、学校では火消しと犯人探しに追われていた。
犯人探しといっても、土星を中心としたグループなのは誰もが知っているので、土星たちは陰口を叩かれるようになった。
土星たちは持ち前の威圧と暴力で陰口を封じようとしたけど、流石に多勢に無勢で、陰口から面と向かって文句を言われるようになり、だんだん孤立していった。
そして、僕の両親がいじめの証拠として僕の遺品から探し出した、土星たちが僕をいじめている音声が記録されたボイスレコーダーを公開したことで、 土星たちの立場は一気になくなった。
土星の取り巻きは、土星に全ての責任を押し付けるように「土星に脅されて仕方なくやった」と言い訳をしたけど、そんなことを信じる人はいないので、みんな地元から逃げるように引っ越していった。
土星は、僕のいじめの主犯として批判の矢面に立つことになり、テレビなどでは匿名で報道されていたものの、インターネット上ではすぐに個人が特定され、SNSで土星の顔写真から家、母親の職場まで、あらゆる情報が拡散されていった。
土星の家は荒れ放題になり、土星の母親は精神的におかしくなり地元の田舎に引っ越していき、土星はSNSでの煽りに引っかかって暴行事件を起こし、鑑別所へと送られていった。
土星は「お前ら全員ムカつくんだよ!」と騒ぎ、護送車に乗せられないように最後まで抵抗していた。
僕は、土星の様子を遠巻きに見ていた。
土星が転落していく姿は、土星にいじめられていた僕の姿に重なるところがあったけど、僕には何の感情も湧き出てこなかった。
――――
僕の両親は、ボイスレコーダーの音声データをいじめの証拠として警察に引き渡すと、その後も精力的にいじめ問題に関する講演会やテレビ番組、ラジオ番組などに出演し、いじめを苦に自殺した子を持つ親の悲しみを訴える活動をしていた。
「どうだ、兄ちゃんのために頑張る親の姿は?」
ある日、両親を見つめる僕にノブロウが話しかけてきた。
「僕のため、なんですかね?」
僕は思ったとおりのことをそのまま口にした。
「よくわからんが、そうじゃないのか?」
「元々僕は両親から疎まれていたし、僕がいじめられていると伝えても、僕が死んでからそれに気付くような人たちなので……」
「そんなもんか……」
「そんなもんです……」
ノブロウはまだ何か気になるような雰囲気だったけど、僕の遺影の前にある水とお米は5日前のものだったし、お線香もろくに立てられてことはなかったのが僕の気持ちの裏付けになっているのを知っているので、それ以上の言葉を飲んだようだ。
僕は供えられた水もお米も口にすることはできないし、お線香にも何も感じることはないのだけれども、放置されていることは悲しかった。
僕の存在は両親にとってどんなものだったのか、僕にはさっぱりわからなかった。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ノブロウは一度飲んだと思う言葉を伝えてきた。
「俺としては、ご両親が兄ちゃんのために頑張っていると思ってやりたかったんだがな……」
「いえ、お気遣いしなくていいですよ」
「いや、ただの気遣いじゃないんだ。多分だが、今のままだと数日中に兄ちゃんのご両親に何か起こると思ってな」
ノブロウは何か確信しているように言った。
「え、どうしてですか?」
僕は当然の疑問をノブロウに聞くと、ノブロウは相変わらず感情が込もっていない声で答えた。
「兄ちゃんの死の、因果応報だ」
――――
ノブロウの言葉は3日後に現実になった。
僕の両親がそろって不倫していることが、とある週刊誌の記事になった。
その記事には不倫のことだけではなく、自殺前の僕に対する両親の態度が今の両親の態度と違い、普段から僕を助けようとしていなかったとの近所の人のインタビューが書いてあった。
週刊誌の記事を読み終えた父は、週刊誌を乱暴に床に叩きつけ、ワナワナと震えていた。
「お前、お前……れいを令を放って不倫なんかしていたのか!」
父の怒号が母に向かった。
「自分のことを棚に上げてよくそんなこと言えたわね!」
母の怒声が父に返される。
「俺はお前と違って家族を養うために働いているんだ!お前のように令を省みずによその男に股を開く女と一緒にするな!」
「現地妻を作って自分勝手に好きなことしている人が家族を養うため?笑わせないで!馬鹿にするのもいい加減にして!」
両親の罵り合いを冷めた目で見ていた僕だったけど、父が母に平手打ちしたところで僕は思わず止めに入った。
当然、僕に止められるわけもなく、母が泣きながら父の顔を引っかき、逆上した父が母を蹴飛ばしたところで、テレビ局の取材クルーがカメラを回しながら飛び込んできた。
両親の顔馴染みとなったディレクターが両親の争いを必死に止めたが、両親はそれでもお互いへの罵詈雑言を止めようとせず、結果的にその様子はほぼ全てテレビで放映された。
僕の両親は、悲劇の主人公という立場から、ろくでなしという立場へと一気に転落した。
近所付き合いは元々盛んではなかったから、あからさまにのけ者にされることはなかったけど、父も母も職を失い、テレビや週刊誌の好奇の目に晒され続け、とうとうある日夜逃げのように、着の身着のまま家を去っていった。
僕は、人気のなくなった家に立ち、ただただ呆然としていた。
生前に僕を取り巻いていた環境の変化のスピードと落差に驚きを通り越して何も感じなくなっていた。
幽霊は感情が乏しくなるらしいから、そのせいなのかも知れないけど。
「どうした兄ちゃん?」
僕の死の結果を見届けたはずだが、ノブロウはまだ僕のそばにいた。
「これは、本当に僕が死んだことで起こったことですか?」
僕は声を絞り出した。
「そうだ。これが兄ちゃんの死に関わった人への因果応報だ」
普段は少しのんびりとした口調のノブロウだけど、このときは妙にはっきりとした言い方になっていた。
ノブロウが言うには、僕の死という結果に対し、マイナスの影響を与えた人にはマイナスの因果が、良い影響には良い因果が訪れるらしい。
そして、与えたの度合いで因果の強弱も変わるらしい。
これは何も自殺だけではなく、寿命や病死、事故死なども同じことらしく、遺された人は何らかの因果を受けるらしかった。
「僕は、目の前の辛いことから逃げたかっただけです。何も、死んでから誰かに復讐したいとは思っていませんでした。あ、土星には何らかのバチは当たらないかなと思ってたけど……」
ポツリポツリ話し始めた僕を、ノブロウは黙って見ていた。
「両親に腹が立つこともありました。高校の担任や土星の取り巻きなんかにも恨み節をこぼしたいこともありました。でも、僕はこんな、みんながバラバラに、不幸になることを望んだわけじゃないんで
す」
僕が幽霊でなければ、僕はきっと涙を流していると思う。
死んでから初めて、僕は心から悲しくなった。
テレビに出演し、涙ながらに僕を失った悲しみを訴え、いじめを認めない学校や教育委員会に怒りを露にし、世間は、そんな両親に同情していった。
そうなると、学校や教育委員会を糾弾する声は日増しに高まり、学校では火消しと犯人探しに追われていた。
犯人探しといっても、土星を中心としたグループなのは誰もが知っているので、土星たちは陰口を叩かれるようになった。
土星たちは持ち前の威圧と暴力で陰口を封じようとしたけど、流石に多勢に無勢で、陰口から面と向かって文句を言われるようになり、だんだん孤立していった。
そして、僕の両親がいじめの証拠として僕の遺品から探し出した、土星たちが僕をいじめている音声が記録されたボイスレコーダーを公開したことで、 土星たちの立場は一気になくなった。
土星の取り巻きは、土星に全ての責任を押し付けるように「土星に脅されて仕方なくやった」と言い訳をしたけど、そんなことを信じる人はいないので、みんな地元から逃げるように引っ越していった。
土星は、僕のいじめの主犯として批判の矢面に立つことになり、テレビなどでは匿名で報道されていたものの、インターネット上ではすぐに個人が特定され、SNSで土星の顔写真から家、母親の職場まで、あらゆる情報が拡散されていった。
土星の家は荒れ放題になり、土星の母親は精神的におかしくなり地元の田舎に引っ越していき、土星はSNSでの煽りに引っかかって暴行事件を起こし、鑑別所へと送られていった。
土星は「お前ら全員ムカつくんだよ!」と騒ぎ、護送車に乗せられないように最後まで抵抗していた。
僕は、土星の様子を遠巻きに見ていた。
土星が転落していく姿は、土星にいじめられていた僕の姿に重なるところがあったけど、僕には何の感情も湧き出てこなかった。
――――
僕の両親は、ボイスレコーダーの音声データをいじめの証拠として警察に引き渡すと、その後も精力的にいじめ問題に関する講演会やテレビ番組、ラジオ番組などに出演し、いじめを苦に自殺した子を持つ親の悲しみを訴える活動をしていた。
「どうだ、兄ちゃんのために頑張る親の姿は?」
ある日、両親を見つめる僕にノブロウが話しかけてきた。
「僕のため、なんですかね?」
僕は思ったとおりのことをそのまま口にした。
「よくわからんが、そうじゃないのか?」
「元々僕は両親から疎まれていたし、僕がいじめられていると伝えても、僕が死んでからそれに気付くような人たちなので……」
「そんなもんか……」
「そんなもんです……」
ノブロウはまだ何か気になるような雰囲気だったけど、僕の遺影の前にある水とお米は5日前のものだったし、お線香もろくに立てられてことはなかったのが僕の気持ちの裏付けになっているのを知っているので、それ以上の言葉を飲んだようだ。
僕は供えられた水もお米も口にすることはできないし、お線香にも何も感じることはないのだけれども、放置されていることは悲しかった。
僕の存在は両親にとってどんなものだったのか、僕にはさっぱりわからなかった。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ノブロウは一度飲んだと思う言葉を伝えてきた。
「俺としては、ご両親が兄ちゃんのために頑張っていると思ってやりたかったんだがな……」
「いえ、お気遣いしなくていいですよ」
「いや、ただの気遣いじゃないんだ。多分だが、今のままだと数日中に兄ちゃんのご両親に何か起こると思ってな」
ノブロウは何か確信しているように言った。
「え、どうしてですか?」
僕は当然の疑問をノブロウに聞くと、ノブロウは相変わらず感情が込もっていない声で答えた。
「兄ちゃんの死の、因果応報だ」
――――
ノブロウの言葉は3日後に現実になった。
僕の両親がそろって不倫していることが、とある週刊誌の記事になった。
その記事には不倫のことだけではなく、自殺前の僕に対する両親の態度が今の両親の態度と違い、普段から僕を助けようとしていなかったとの近所の人のインタビューが書いてあった。
週刊誌の記事を読み終えた父は、週刊誌を乱暴に床に叩きつけ、ワナワナと震えていた。
「お前、お前……れいを令を放って不倫なんかしていたのか!」
父の怒号が母に向かった。
「自分のことを棚に上げてよくそんなこと言えたわね!」
母の怒声が父に返される。
「俺はお前と違って家族を養うために働いているんだ!お前のように令を省みずによその男に股を開く女と一緒にするな!」
「現地妻を作って自分勝手に好きなことしている人が家族を養うため?笑わせないで!馬鹿にするのもいい加減にして!」
両親の罵り合いを冷めた目で見ていた僕だったけど、父が母に平手打ちしたところで僕は思わず止めに入った。
当然、僕に止められるわけもなく、母が泣きながら父の顔を引っかき、逆上した父が母を蹴飛ばしたところで、テレビ局の取材クルーがカメラを回しながら飛び込んできた。
両親の顔馴染みとなったディレクターが両親の争いを必死に止めたが、両親はそれでもお互いへの罵詈雑言を止めようとせず、結果的にその様子はほぼ全てテレビで放映された。
僕の両親は、悲劇の主人公という立場から、ろくでなしという立場へと一気に転落した。
近所付き合いは元々盛んではなかったから、あからさまにのけ者にされることはなかったけど、父も母も職を失い、テレビや週刊誌の好奇の目に晒され続け、とうとうある日夜逃げのように、着の身着のまま家を去っていった。
僕は、人気のなくなった家に立ち、ただただ呆然としていた。
生前に僕を取り巻いていた環境の変化のスピードと落差に驚きを通り越して何も感じなくなっていた。
幽霊は感情が乏しくなるらしいから、そのせいなのかも知れないけど。
「どうした兄ちゃん?」
僕の死の結果を見届けたはずだが、ノブロウはまだ僕のそばにいた。
「これは、本当に僕が死んだことで起こったことですか?」
僕は声を絞り出した。
「そうだ。これが兄ちゃんの死に関わった人への因果応報だ」
普段は少しのんびりとした口調のノブロウだけど、このときは妙にはっきりとした言い方になっていた。
ノブロウが言うには、僕の死という結果に対し、マイナスの影響を与えた人にはマイナスの因果が、良い影響には良い因果が訪れるらしい。
そして、与えたの度合いで因果の強弱も変わるらしい。
これは何も自殺だけではなく、寿命や病死、事故死なども同じことらしく、遺された人は何らかの因果を受けるらしかった。
「僕は、目の前の辛いことから逃げたかっただけです。何も、死んでから誰かに復讐したいとは思っていませんでした。あ、土星には何らかのバチは当たらないかなと思ってたけど……」
ポツリポツリ話し始めた僕を、ノブロウは黙って見ていた。
「両親に腹が立つこともありました。高校の担任や土星の取り巻きなんかにも恨み節をこぼしたいこともありました。でも、僕はこんな、みんながバラバラに、不幸になることを望んだわけじゃないんで
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https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf
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