7 / 11
第七話『自殺関与』
しおりを挟む
僕の四十九日の法要が、両親だけで執り行われた。
正確には、僕とノブロウもいるけど、誰にも気付かれないので頭数に入れなくてもいいと思う。
第一、僕の四十九日に僕がいるのは不自然だ。
お坊さんがお経を詠む。
お経を聞いても僕とノブロウが成仏する気配はないので、お経には除霊的な意味はないのかも知れない。
ノブロウから、四十九日は卒哭忌とも呼ばれていることを教えてもらった。
なにやら、遺された人が喪った人を悲しむことから抜ける的な意味らしいけど、初七日を終えて浮気をしている僕の両親には関係ない話だなと思えた。
お経を終えたお坊さんに、父が幾らかのお金を包んだ袋を手渡したことで僕の法要は終わったようで、父は居間のソファーに座り、母はお茶を淹れて、それぞれくつろぎ始めた。
ただ、両親の間に目に見えない壁があるかのようで、お互いに何か話しかけるようなことはないのが、僕は少しだけ悲しく思えた。
母から渡されたお茶を返事もなく受け取り、父はお茶をすすりながら、警察から渡された僕の遺品を改めて確認し始めた。
その時に、ようやく、僕の遺書の存在に気付いたようだ。
「なあ、令は学校でいじめられてたのか?」
父の声に、怒りが滲んでいた。
「えっ!?そうなの……」
母は驚きの表情を浮かべて、父の横から僕の遺書を覗き込んだ。
父は遺書を冒頭から声を出して読み始めた。
読んでいくうちに声はかすれ、手紙を持つ手は震えていた。
母は口元を押さえ、目を見開き、涙を流していた。
「お前、気づいていたか?」
父が母に問う。
「いえ……あの子、そんな素振りなかったから……」
母は、声を振り絞りながら首を横に振った。
「あいつ、いじめられていたことを俺たちにまで隠して……」
父は、怒りの感情が悲しみに感情に変わったらしく、声を上げて泣き始めた。
「兄ちゃん、どう思う?」
ノブロウが相変わらず感情のない声で聞いてくる。
「確かに、いじめられてたことを僕は両親に話せてないけど、隠していたわけじゃないし、相談したくてもできる感じじゃなかったから……」
僕は正直に自分の気持ちを答えた。
父は家にいないし、電話しても迷惑そうに『父さんは疲れている』と言われるだけだし、母はいじめを受けてボロボロになった僕を見てなかったようだし、僕がいじめられていたことを知って怒っていることに、何を今さら……という気持ちしかなかった。
「まぁ、そうだろうな」
ノブロウは僕の顔をじっと見ながらそう言うと、床に寝転んだ。
ーーーー
刑法第202条には、こう記されている。
『人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、懲役6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。』
簡単に言えば、誰かを自殺させたり、死を望む人を殺せば罪となるという条文だ。
私自身、いじめを受けてきた。
警察官になってこの条文の存在を知り、これを適用すれば、少しでも自殺した令君の無念を晴らせるのではと考えたのだ。
ただ、この刑罰をいじめた者に課すことは、実際には簡単なことではない。
令君が、誰かにそそのかされたり自殺の助けを得たりして自殺したことを立証しなければならないからだ。
令君の遺書には、いじめの詳細な記録があるし、誰がいじめていたのかも知ることができる。
いじめた側から「死ね」と言われたことも記されている。
でも、これらだけでは令君がそそのかされて自殺したわけではないからだ。
「そんなに都合のいい証拠が出てくるわけないよな……」
私は、年代物の安っぽい椅子の背もたれに体を預け、目いっぱい背伸びしながら、小さな独り言をつぶやいた。
椅子がギシギシと今にも壊れそうな音を立てているが、壊れないことを経験上知っている。
私は目を瞑り、椅子を軋ませながら考えを巡らせていたが、一本の内線電話で現実に引き戻された。
受話器を取り、私あてに外線がある旨伝えられ?と、電話が切り替わった。
電話の相手は令君の父親だった。
「あ、刑事さん。聞きたいことがあって電話しました」
「はい、どのようなことでしょうか?」
「息子は……、令はいじめを受けていたのですか?」
「令君のズボンのポケットから、令君が書いたと思われる遺書が見つかっています。その内容を読む限り、いじめはあったのではないかと思います」
私は、努めて事務的に伝えた。
それが癪に触ったのか、令君の父親は怒声を上げた。
「それを何故すぐに教えてくれなかったのですか!!」
「そう申されましても、遺書のことなどは伝えたはずですが……」
「我々遺族は悲しみのなかにあるんだ!貴方がたが気を使ってくれないと困る!」
電話越しにも、怒りが伝わってくる。
私は釈然としない思いはあったものの「すみません」とお詫びを告げた。
そして、いじめについてまだ詳細にはわからないこと、いじめと自殺の関係を現在調査していることを伝えた。
「私は学校、教育委員会にいじめの真相について問い合わせるつもりだ。そして、マスコミにも息子がいじめられて自殺したことを伝えようと思っています。そうしなければ私の気が済まない!」
令君の父親は、何かわかったら伝えてくるように私に一方的にまくし立ててきたので、私は、令君の身の回りの品で何かいじめの証拠があったら教えてくださいを伝え、受話器を置いた。
私には令君の父親が、令君の無念を晴らそうとしているのではなく、自分の人生設計を狂わされた怒りを発散したいだけだと思えた。
そして私自身、過去のいじめの鬱憤を令君の自殺の真相を突き止めることで晴らそうとしているだけのように思えて、形容し難い虚しさを覚えた。
数日後、令君の両親は記者会見を開いていた。
令君のいじめについて学校側、教育委員会側に問い合わせたものの、両者がいじめがあったことを認めなかったため、遺書をマスコミに渡し、世論を味方につけて真相究明のプレッシャーをかけようとしているようだった。
一躍、世間の注目の的となった令君の両親は、鼻息荒く学校や教育委員会に詰めよって行く光景はお茶の間を騒がせた。
そして私は、令君がこの光景を見られたとしたら、どんな感想を持つだろうか興味がそそられたが、きっと喜んでいなのいではと思えた。
正確には、僕とノブロウもいるけど、誰にも気付かれないので頭数に入れなくてもいいと思う。
第一、僕の四十九日に僕がいるのは不自然だ。
お坊さんがお経を詠む。
お経を聞いても僕とノブロウが成仏する気配はないので、お経には除霊的な意味はないのかも知れない。
ノブロウから、四十九日は卒哭忌とも呼ばれていることを教えてもらった。
なにやら、遺された人が喪った人を悲しむことから抜ける的な意味らしいけど、初七日を終えて浮気をしている僕の両親には関係ない話だなと思えた。
お経を終えたお坊さんに、父が幾らかのお金を包んだ袋を手渡したことで僕の法要は終わったようで、父は居間のソファーに座り、母はお茶を淹れて、それぞれくつろぎ始めた。
ただ、両親の間に目に見えない壁があるかのようで、お互いに何か話しかけるようなことはないのが、僕は少しだけ悲しく思えた。
母から渡されたお茶を返事もなく受け取り、父はお茶をすすりながら、警察から渡された僕の遺品を改めて確認し始めた。
その時に、ようやく、僕の遺書の存在に気付いたようだ。
「なあ、令は学校でいじめられてたのか?」
父の声に、怒りが滲んでいた。
「えっ!?そうなの……」
母は驚きの表情を浮かべて、父の横から僕の遺書を覗き込んだ。
父は遺書を冒頭から声を出して読み始めた。
読んでいくうちに声はかすれ、手紙を持つ手は震えていた。
母は口元を押さえ、目を見開き、涙を流していた。
「お前、気づいていたか?」
父が母に問う。
「いえ……あの子、そんな素振りなかったから……」
母は、声を振り絞りながら首を横に振った。
「あいつ、いじめられていたことを俺たちにまで隠して……」
父は、怒りの感情が悲しみに感情に変わったらしく、声を上げて泣き始めた。
「兄ちゃん、どう思う?」
ノブロウが相変わらず感情のない声で聞いてくる。
「確かに、いじめられてたことを僕は両親に話せてないけど、隠していたわけじゃないし、相談したくてもできる感じじゃなかったから……」
僕は正直に自分の気持ちを答えた。
父は家にいないし、電話しても迷惑そうに『父さんは疲れている』と言われるだけだし、母はいじめを受けてボロボロになった僕を見てなかったようだし、僕がいじめられていたことを知って怒っていることに、何を今さら……という気持ちしかなかった。
「まぁ、そうだろうな」
ノブロウは僕の顔をじっと見ながらそう言うと、床に寝転んだ。
ーーーー
刑法第202条には、こう記されている。
『人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、懲役6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。』
簡単に言えば、誰かを自殺させたり、死を望む人を殺せば罪となるという条文だ。
私自身、いじめを受けてきた。
警察官になってこの条文の存在を知り、これを適用すれば、少しでも自殺した令君の無念を晴らせるのではと考えたのだ。
ただ、この刑罰をいじめた者に課すことは、実際には簡単なことではない。
令君が、誰かにそそのかされたり自殺の助けを得たりして自殺したことを立証しなければならないからだ。
令君の遺書には、いじめの詳細な記録があるし、誰がいじめていたのかも知ることができる。
いじめた側から「死ね」と言われたことも記されている。
でも、これらだけでは令君がそそのかされて自殺したわけではないからだ。
「そんなに都合のいい証拠が出てくるわけないよな……」
私は、年代物の安っぽい椅子の背もたれに体を預け、目いっぱい背伸びしながら、小さな独り言をつぶやいた。
椅子がギシギシと今にも壊れそうな音を立てているが、壊れないことを経験上知っている。
私は目を瞑り、椅子を軋ませながら考えを巡らせていたが、一本の内線電話で現実に引き戻された。
受話器を取り、私あてに外線がある旨伝えられ?と、電話が切り替わった。
電話の相手は令君の父親だった。
「あ、刑事さん。聞きたいことがあって電話しました」
「はい、どのようなことでしょうか?」
「息子は……、令はいじめを受けていたのですか?」
「令君のズボンのポケットから、令君が書いたと思われる遺書が見つかっています。その内容を読む限り、いじめはあったのではないかと思います」
私は、努めて事務的に伝えた。
それが癪に触ったのか、令君の父親は怒声を上げた。
「それを何故すぐに教えてくれなかったのですか!!」
「そう申されましても、遺書のことなどは伝えたはずですが……」
「我々遺族は悲しみのなかにあるんだ!貴方がたが気を使ってくれないと困る!」
電話越しにも、怒りが伝わってくる。
私は釈然としない思いはあったものの「すみません」とお詫びを告げた。
そして、いじめについてまだ詳細にはわからないこと、いじめと自殺の関係を現在調査していることを伝えた。
「私は学校、教育委員会にいじめの真相について問い合わせるつもりだ。そして、マスコミにも息子がいじめられて自殺したことを伝えようと思っています。そうしなければ私の気が済まない!」
令君の父親は、何かわかったら伝えてくるように私に一方的にまくし立ててきたので、私は、令君の身の回りの品で何かいじめの証拠があったら教えてくださいを伝え、受話器を置いた。
私には令君の父親が、令君の無念を晴らそうとしているのではなく、自分の人生設計を狂わされた怒りを発散したいだけだと思えた。
そして私自身、過去のいじめの鬱憤を令君の自殺の真相を突き止めることで晴らそうとしているだけのように思えて、形容し難い虚しさを覚えた。
数日後、令君の両親は記者会見を開いていた。
令君のいじめについて学校側、教育委員会側に問い合わせたものの、両者がいじめがあったことを認めなかったため、遺書をマスコミに渡し、世論を味方につけて真相究明のプレッシャーをかけようとしているようだった。
一躍、世間の注目の的となった令君の両親は、鼻息荒く学校や教育委員会に詰めよって行く光景はお茶の間を騒がせた。
そして私は、令君がこの光景を見られたとしたら、どんな感想を持つだろうか興味がそそられたが、きっと喜んでいなのいではと思えた。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ガーディスト
鳴神とむ
ホラー
特殊な民間警備会社で働く青年、村上 祐司。
ある日、東つぐみの警護を担当することになった。
彼女には《つばき》という少女の生霊が取り憑いていた。つぐみを護衛しつつ《つばき》と接触する祐司だが、次々と怪奇現象に襲われて……。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
真夜中血界
未羊
ホラー
襟峰(えりみね)市には奇妙な噂があった。
日の暮れた夜9時から朝4時の間に外に出ていると、血に飢えた魔物に食い殺されるというものだ。
この不思議な現象に、襟峰市の夜から光が消え失せた。
ある夏の日、この怪現象に向かうために、地元襟峰中学校のオカルト研究会の学生たちが立ち上がったのだった。
※更新は不定期ですが、時間は21:50固定とします
『ヨウタ日記』 幼馴染の狂気
たこやきニキ
ホラー
主人公の真辺陽太と幼馴染で学園一のマドンナ、東麗花。生徒会も務め学業も優秀、容姿端麗な完璧ヒロイン。しかし、彼女にはとある恐ろしい『秘密』があった。――ヨウタが見たある日記は、彼女の狂気を映し出していた。
断末魔の残り香
焼魚圭
ホラー
ある私立大学生の鳴見春斗(なるみはると)。
一回生も終わろうとしていたその冬に友だちの小浜秋男(おばまあきお)に連れられて秋男の友だちであり車の運転が出来る同い歳の女性、波佐見冬子(はさみとうこ)と三人で心霊スポットを巡る話である。
※本作品は「アルファポリス」、「カクヨム」、「ノベルアップ+」「pixiv」にも掲載しています。
怪異相談所の店主は今日も語る
くろぬか
ホラー
怪異相談所 ”語り部 結”。
人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします。
なんて、やけにポップな看板を掲げたおかしなお店。
普通の人なら入らない、入らない筈なのだが。
何故か今日もお客様は訪れる。
まるで導かれるかの様にして。
※※※
この物語はフィクションです。
実際に語られている”怖い話”なども登場致します。
その中には所謂”聞いたら出る”系のお話もございますが、そういうお話はかなり省略し内容までは描かない様にしております。
とはいえさわり程度は書いてありますので、自己責任でお読みいただければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる