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太陽
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きっかけはシンプルで、病室の隅のテレビから流れてきたコマーシャルに影響されてのことだった。前々から興味があった訳でも、偉い人の話に感化されたり、有名作家の書いた小説に感動した訳でもない。ただ黒い四角い枠から流れる映像に、ほんの少し、興味が沸いただけだ。
僕の人生は、他の高校2年生と比べると、ドラマチックだと思う。顔だけはいい幼なじみがいて、15の夏に不治の病にかかった。だから、本を書くにはうってつけだと思った。自分のことを書くだけで、短編小説が書けそうだ。でも、自分のことを書こうとすると、どんどん周りにいた人の記憶が溢れてきて、心が暖まって、僕の体だけが冷たくて、いつもそこで手が止まった。
「もってあと1年でしょう」
涙を流す両親を横目に、医者は淡々と病状を説明していた。僕はただ、何を見るわけでもなく、視界の中で起こる事に目を向けていた。
その後は、看護師から入院についてや、病気のことについてよく説明を受けた。
僕が発症したのは失熱病という、何百万人に一人がかかる病気らしく、詳しい仕組みは分からないが、時間が経つにつれて、徐々に体温が失われていくものらしい。よりにもよって自分がこの病気にかかるとは、思いもよらなかった。ドッキリのようで笑えてくる。
「太陽!起きて!!」
耳を刺すこの声は、榊由紀子の声だった。由紀子とは家族ぐるみの付き合いで、所謂腐れ縁というやつだった。
「ちょっと!学校遅刻するよ?!」
「わかったよ!ていうかなんで僕の部屋に居るんだよ」
「夏菜子さんが上げてくれたの。」
「やっぱり母さん…」
「それより早く準備してよ。下で待ってるから。」
母は昔から明るい人だった。他人に気を遣いすぎて、自分のことがまるで頭から抜け落ちているような、そんな人だった。それ故に人に愛されて育った人だと思う。僕もそうなれるよう心がけた。多くの人に愛される、太陽のような人に。
教室に入ると涼介と目が合った。合ったというよりは、お互い合わせた。涼介はいつも目を合わせて微笑んでから、「おはよう」と優しい声で言った。僕が女子なら間違いなく惚れていただろう。現に涼介は、女子から好意を持たれることが多かった。涼介はあまり嬉しそうではないけれど。一度だけ涼介に羨ましいと話したことがあった。涼介の表情が一瞬曇った気がして、その話をするのはやめた。それでもやはり、羨ましいものは羨ましかった。僕には好きな人がいて、その子は涼介の事が好きだったから。
学校が終わるといつも、教室にはクラスの数人が残って談笑していた。そのうちの中には、僕と涼介、そして東雲さんもいた。この東雲さんこそ僕の想い人だった。東雲さん目当てに毎日のように学校に残った。彼女の目に映るのはいつも涼介だったけれど。
僕はクラスでは太陽のような人だったと思う。クラスのみんなには愛されていたと、自分でも思う。そんな僕だから、東雲さんもきっと僕のことを好きでいてくれると思ったけど、それとこれとは話が別みたいだった。この話を由紀子にすると、少し不機嫌になって困った。漫画を借りたいのに。次の日の朝にはすっかり忘れて起こしに来るから、まあいいかとも思った。
夏休みに入った。高校2年の夏休み、僕は学校で授業を受けていた。要するに補習というやつだ。案の定由紀子もいた。その間涼介や東雲さんは、プールに遊びに行ってるらしい。涼介も東雲さんを狙ってるのか?そんな事を考えてるうちに、補習はすっかり終わっていた。
「太陽、帰ろ」
いつもは一人で帰るのに、今日は僕を誘ってきた。別に帰るところはほとんど同じだからいいけど。
「なんか用?」
「別に」
「この前言ってた漫画貸して」
「だめ。まだ読んでる」
つまんねえの。そう言いたげな顔で由紀子を見ると、由紀子が少し泣いているように見えた。
「な、なんで泣いてんの」
「泣いてない。じゃあね」
次の日、由紀子は補習に来なかった。今日は補習が終わってから涼介たちと花火をする。もちろん東雲さんもいる。補習なんてすっぽかしたかったけど、由紀子に何か言われるんじゃないかと思ってやめた。
補習はクーラーもない部屋でやるはずなのに、その日はすごく冷えた。
花火は中止になった。東雲さんが家の用事で来れなくなったらしい。仕方なく家でアイスを食べていたら、誰かに押されたみたいに、床に倒れ込んだ。
1度だけ涼介が見舞いに来てくれたことがあった。明らかに様子がおかしかったけれど、それを冷やかす気力も、僕にはなかった。涼介の口が動くのを、ただひたすら待った。
「俺、太陽が好きなんだ」
真っ直ぐな目で、僕を見つめながら、涼介はそう言った。真剣になって何を言っているんだと一瞬思ったけれど、すぐに理解した。様子がおかしい意味も、なにもかも。ただ僕は、ごめんとだけ言って、涼介は帰った。その日僕は、一睡も出来ぬまま、ただ涙を流していた。涙のわけは僕にはわからなかった。
この病気が発覚してから、一年と二ヶ月が経った日、僕の体温は、あの日食べたアイスのようだった。母はただじっと、僕の手を握った。昼になると由紀子が来て、少し話した。由紀子は泣いたけれど、僕の目からはただ冷たい水が零れた。夕方には涼介が、東雲さんたちを連れて来てくれた。やっぱり東雲さんは、いつ見ても可愛くて、素敵な人だと思った。僕が居なくなると悲しいと言ってくれた。でも彼女は泣かなかった。涼介は、部屋の隅で僕らが話終わるのを待っていた。最後にありがとうとだけ言って、涼介たちは帰った。一人の病室で、ゆっくりと目を閉じた。16年間の人生を振り返ると、沢山の人がいた。たくさんの愛が、そこにはあった。その日は季節外れの猛暑日だった。
僕の人生は、他の高校2年生と比べると、ドラマチックだと思う。顔だけはいい幼なじみがいて、15の夏に不治の病にかかった。だから、本を書くにはうってつけだと思った。自分のことを書くだけで、短編小説が書けそうだ。でも、自分のことを書こうとすると、どんどん周りにいた人の記憶が溢れてきて、心が暖まって、僕の体だけが冷たくて、いつもそこで手が止まった。
「もってあと1年でしょう」
涙を流す両親を横目に、医者は淡々と病状を説明していた。僕はただ、何を見るわけでもなく、視界の中で起こる事に目を向けていた。
その後は、看護師から入院についてや、病気のことについてよく説明を受けた。
僕が発症したのは失熱病という、何百万人に一人がかかる病気らしく、詳しい仕組みは分からないが、時間が経つにつれて、徐々に体温が失われていくものらしい。よりにもよって自分がこの病気にかかるとは、思いもよらなかった。ドッキリのようで笑えてくる。
「太陽!起きて!!」
耳を刺すこの声は、榊由紀子の声だった。由紀子とは家族ぐるみの付き合いで、所謂腐れ縁というやつだった。
「ちょっと!学校遅刻するよ?!」
「わかったよ!ていうかなんで僕の部屋に居るんだよ」
「夏菜子さんが上げてくれたの。」
「やっぱり母さん…」
「それより早く準備してよ。下で待ってるから。」
母は昔から明るい人だった。他人に気を遣いすぎて、自分のことがまるで頭から抜け落ちているような、そんな人だった。それ故に人に愛されて育った人だと思う。僕もそうなれるよう心がけた。多くの人に愛される、太陽のような人に。
教室に入ると涼介と目が合った。合ったというよりは、お互い合わせた。涼介はいつも目を合わせて微笑んでから、「おはよう」と優しい声で言った。僕が女子なら間違いなく惚れていただろう。現に涼介は、女子から好意を持たれることが多かった。涼介はあまり嬉しそうではないけれど。一度だけ涼介に羨ましいと話したことがあった。涼介の表情が一瞬曇った気がして、その話をするのはやめた。それでもやはり、羨ましいものは羨ましかった。僕には好きな人がいて、その子は涼介の事が好きだったから。
学校が終わるといつも、教室にはクラスの数人が残って談笑していた。そのうちの中には、僕と涼介、そして東雲さんもいた。この東雲さんこそ僕の想い人だった。東雲さん目当てに毎日のように学校に残った。彼女の目に映るのはいつも涼介だったけれど。
僕はクラスでは太陽のような人だったと思う。クラスのみんなには愛されていたと、自分でも思う。そんな僕だから、東雲さんもきっと僕のことを好きでいてくれると思ったけど、それとこれとは話が別みたいだった。この話を由紀子にすると、少し不機嫌になって困った。漫画を借りたいのに。次の日の朝にはすっかり忘れて起こしに来るから、まあいいかとも思った。
夏休みに入った。高校2年の夏休み、僕は学校で授業を受けていた。要するに補習というやつだ。案の定由紀子もいた。その間涼介や東雲さんは、プールに遊びに行ってるらしい。涼介も東雲さんを狙ってるのか?そんな事を考えてるうちに、補習はすっかり終わっていた。
「太陽、帰ろ」
いつもは一人で帰るのに、今日は僕を誘ってきた。別に帰るところはほとんど同じだからいいけど。
「なんか用?」
「別に」
「この前言ってた漫画貸して」
「だめ。まだ読んでる」
つまんねえの。そう言いたげな顔で由紀子を見ると、由紀子が少し泣いているように見えた。
「な、なんで泣いてんの」
「泣いてない。じゃあね」
次の日、由紀子は補習に来なかった。今日は補習が終わってから涼介たちと花火をする。もちろん東雲さんもいる。補習なんてすっぽかしたかったけど、由紀子に何か言われるんじゃないかと思ってやめた。
補習はクーラーもない部屋でやるはずなのに、その日はすごく冷えた。
花火は中止になった。東雲さんが家の用事で来れなくなったらしい。仕方なく家でアイスを食べていたら、誰かに押されたみたいに、床に倒れ込んだ。
1度だけ涼介が見舞いに来てくれたことがあった。明らかに様子がおかしかったけれど、それを冷やかす気力も、僕にはなかった。涼介の口が動くのを、ただひたすら待った。
「俺、太陽が好きなんだ」
真っ直ぐな目で、僕を見つめながら、涼介はそう言った。真剣になって何を言っているんだと一瞬思ったけれど、すぐに理解した。様子がおかしい意味も、なにもかも。ただ僕は、ごめんとだけ言って、涼介は帰った。その日僕は、一睡も出来ぬまま、ただ涙を流していた。涙のわけは僕にはわからなかった。
この病気が発覚してから、一年と二ヶ月が経った日、僕の体温は、あの日食べたアイスのようだった。母はただじっと、僕の手を握った。昼になると由紀子が来て、少し話した。由紀子は泣いたけれど、僕の目からはただ冷たい水が零れた。夕方には涼介が、東雲さんたちを連れて来てくれた。やっぱり東雲さんは、いつ見ても可愛くて、素敵な人だと思った。僕が居なくなると悲しいと言ってくれた。でも彼女は泣かなかった。涼介は、部屋の隅で僕らが話終わるのを待っていた。最後にありがとうとだけ言って、涼介たちは帰った。一人の病室で、ゆっくりと目を閉じた。16年間の人生を振り返ると、沢山の人がいた。たくさんの愛が、そこにはあった。その日は季節外れの猛暑日だった。
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