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第三章

27.光野の物語

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 宿舎の女将さんにあいさつを済ませてバスに乗り込む。席は前から三列目。大体いつも女子が前で男子たちは後ろの方の席に座る。なんで男子って後ろの方に座りたがるのかしら。
「愛、チョコいる?」
 隣に座っている優里がバッグの中をゴソゴソと物色している。お目当てのものが中々見つけられなくて、「あれぇ、入ってるはずなんだけどなぁ」としょんぼりした顔を見せる。
「あっ、あった!」
 遂に見つけた優里は嬉しそうに満面の笑みを私に向ける。ホント優里ってかわいいな。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう」
 んー、甘くておいしい。……合宿、疲れたなぁ。
 バスが発車しても後ろの男子たちはワイワイ騒いでいたけど、数分後には静かになった。きっと寝たのだろう。優里もいつの間にか私に頭を預けて気持ちよさそうにしている。数分前には想像もつかないくらい車内はしんと静まり返っていて、何人かのスース―といった寝息が微かに聞こえるだけだ。私は運転席の大きな窓から見える日の暮れた街の景色とボーっと眺めていた。
 まさか桜庭くんの方から言ってきてくれるなんて思わなかったな。後ろを見ると通路側の肘掛けに頬杖をついて眠っている。数秒間眺めた後、ふと我に返って再び前方に視線を戻す。
 花火の時、久保となにやら話していたみたいだったけど、きっと久保がなにか言ってけしかけたに違いない。ホント久保ったら、いらない気が回るっていうかなんていうか。でも今回は感謝しているわ。
 私は桜庭くんのことが好き……は好きだけど、同時に尊敬している。勉強面は置いといて、テニスに関してはホントに脱帽。つい最近始めたと思ったらグングン上手くなっていって、いつの間にか私よりも全然上手くなっていて、もう団体戦のメンバーにだって選ばれている。桜庭くんってスポーツ万能だから、初めは運動神経がいいからだって、私とは違うんだって妬んだりもした。でも毎日毎日真剣に練習に取り組んでいる彼の姿を見ていたら、桜庭くんを妬んでいた自分が悔しく思えてきた。彼があんなに上手くなっているのは日々のたゆまぬ努力と、その真摯な姿勢があったからなんだと思い知らされた。それからは私自身もがんばらなきゃなって思った。
 だから彼がどこまで行けるのか、彼の挑戦を見守っていたいと思ったし、彼のことは待っていることに決めた。私の元に来てくれるのは彼が満足してからでも構わない。その代わり、桜庭くんの行く末はちゃんと最後まで見届けさせてもらうわね。
 私って実はすごく恥ずかしがり屋で、だから人と話す時はそれを隠すようについ上から目線になっちゃって。そのせいでよく性格悪い女だって思われたり、チームメイトとも衝突しちゃうんだろうな。いつももっと素直に話せていれば……。もっと言い方に気をつけないと。優里と久保はつき合い長いから分かってくれているんだけど。でも桜庭くんといる時はなんだか私も素でいられる気がする。それで彼の情熱に感化されてやる気になったりなんかもして……あー、なんだか熱くなってきた。
 だから、これからもずっと桜庭くんの隣にいれたらいいな、なんてね。
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