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第二章

13.失踪

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 学園祭が終わると学内のお祭りムードも一変して二学期の中間テストがやってくる。俺とハルは太一と南の助け舟がないとそれはそれは悲惨な結果になってしまうので、今回は南の家に半ば強引に転がり込んだ。案の定二人のスパルタ指導にヒーヒー言うことにはなったけど。
「そういえばさ」
 休憩時間に太一がおもむろに口を開いた。
「最近の石川の様子、なんか変じゃね? 特にハル、お前に対してのな」
 ギクッ! もう気づかれたか。まぁ俺から見ていても石川のハルに対する様子は不自然だしな。ハルとすれ違う時はいつも俯いているし、ハルが話しかけると逃げ出す時もある。石川は緊張しているんだろうけど、あれは誰が見てもなにかあると思ってしまう。ハルが石川をいじめていると思われても不思議ではないくらいだ。
「別に隠すつもりはないから言うけど、俺たちつき合うことにしたんだ」
「えー!」
「マジかよ!」
 びっくりする二人にハルは少し恥ずかしそうに頭をポリポリかいている。
「どっちからコクったんだよ?」
「あっちから」
「石川からぁ? それはねぇだろ。お前のことなんて誰が好きになるんだよ」
「なんだと!」
 ハルが太一に飛びかかって取っ組み合いが始まった。いつものじゃれ合いだ。まったく、この二人は。
「石川からはなんて言われたの?」
 南が聞くと取っ組み合いはすぐに収まった。
「ふつーに……好きだって」
 ヒューヒューと二人が茶化す。
「ハル、お前にはもったいない存在だな」
「まぁ、そうだな」
 そこは頷くんだ。
「で、なんてオッケーしたんだよ?」
「それ俺も気になる」
 太一の問いに南も乗っかり、ここぞとばかりにハルをはやし立てる。
「べ、別になんだっていいだろ! それより早く勉強しようぜ」
「あらびっくり。ハルくんの口から『勉強しよう』なんて言葉が聞けるとはねぇ。いいぜ。みっちり教えてやるよ」
「いや、みっちりは……」
「じゃあなんて答えたんだよ」
「いや、それは……くそぉ、俺はどうすればいいんだよぉ」
 こんな感じで終始ハルは二人からからかわれていた。いつもお調子者のハルがなにも言い返せないっていうのは結構珍しい光景だ。
 ただ勉強もちゃんとやった。今回も二人のお陰でなんとか赤点は免れた。


 十月下旬にもなると徐々に気温が下がり本格的に秋が深まってくる。秋といえば食欲の秋とか読書の秋とかいろいろあるけど、俺はやっぱりスポーツの秋だ! 夏の暑さもなくなり、ちょうどいい気温の中で体を動かせる。夕方になると少し肌寒く感じる時もあるけど動いていればへっちゃらだ。逆に暑いくらい。そして今の俺は体だけでなく心も熱く燃えている。
「やったよハル!」
「喜びすぎだって」
「だって試合に出られるんだよ! これが喜ばずになんていられないよ!」
 そう、俺は遂に試合のメンバーに選ばれたのだ。といっても部員全員が出場できる個人戦になんだけど。
 俺が出場することになった私学大会――正式名称は東京都私立中学高等学校選手権大会――はその名の通り東京の私立中学、高校によって競われる大会だ。強豪と言われる学校には私立が多いことから、この大会は都大会や新人戦、選抜戦となんら遜色ない大会だ。それに勝ち上がれば全国大会もある。
 私学大会には都大会同様団体戦と個人戦の両方があるけど、団体戦はシングルスニ本、ダブルス三本で行われるという点が異なる。都大会と比べて団体戦のメンバー枠が増えてより多くの部員が出られることになるんだけど、その分チームの層が厚くないと勝てない。俺は団体戦のメンバーには残念ながら選ばれなかった――一応リザーブには選ばれた――けど、それでも個人戦で試合に出られることは嬉しい。俺にとっては初めての公式戦だ。個人戦は年末年始にかけて行われるから団体戦よりは結構あとになるけど。
 吹野崎として団体戦を戦うのは都大会以来となる。男子のオーダーはS1が堂上、S2が遠坂先輩、ダブルス1がキャプテンとハル、D2が山之辺と川口、D3が堀内先輩と南だ。中々強いんじゃないかと思う。
 女子の方ではD2に光野と石川が選ばれていた。男子も1年が多く選ばれていたけど二人も選ばれるなんてすごいな。二人の方を見ると手を取り合って喜びを分かち合っている。練習がんばってたもんな。俺も負けてられないや。


 私学大会の団体戦は初日、二日目と順当に勝ち上がり、ベスト8進出をかけた試合が控える三日目を迎えた。でもそこに耳を疑う情報が入ってきた。ハルが来ていないというのだ。寝坊でもないらしく、詳しいことは分かっていない。どうしちゃったんだ、ハル。
 吹野崎にとってハルの存在はもはや欠かせないものになっている。それは大会の初日、二日目の活躍を見ても歴然だ。1年生ながらチームのエースペアであるD1に選ばれ、試合でも全勝。チームの勝利に大きく貢献している。
 練習でも先頭に立って他の部員たちを指導している姿が目立つ。俺なんて部活以外でも個人的な練習につき合ってもらっているし。テニスが楽しいって感じられているのも、成長を感じられているのも、全部ハルのお陰だと言っても過言じゃない。
 ハルだってそんな日常が楽しいと思っているはずだ。いつも明るく笑顔だし、テニス部のヤツらとバカやっている時は本当に楽しそうにしている。だから急にいなくなるなんて俺には考えられなかった。しかも全国へ行くことをあんなに望んでいたハルが全国へつながる大会を無下にするはずがない。
 不意にニコッと笑うハルの顔が浮かんだ。
 まさかなにかの事故に巻き込まれたとか? 監督は「瀬尾は急用で来れなくなった」としか言わず、なにごともなかったかのように平然としている。監督が平然としているのはいつものことなんだけど。でもなにがあったのかすごく気になる。理由を聞いてみようかとも思ったけど……それは怖くてできなかった。本当になにかあったらと思うのと、ただ単に監督が怖いっていう二重の意味で。
 同じ会場に石川もいたから聞いてみることにした。
「石川」
「お、おはよう。桜庭くん」
 今からウォーミングアップに行くみたいだった。ユニフォームの上からジャージを羽織っている。そっか、今日試合出るんだもんな。いつもモジモジしている石川がなんだかかっこよく見えた。
「ハルのことなんか知ってる? 今日来てないみたいなんだ」
「私もさっきそれ聞いてメールしてみたんだ」
「返信は?」
「来たんだけど、『今は理由を言えない。帰ったら話す』って」
 理由が言えないって、試合よりも大事な用なのか?
 小さな体はとても心配そうにしていた。そんな石川を見て俺も不安になる。ハルのヤツ、彼女を心配させてまでなにやってんだ!
「優里、行くよ」
「あ、うん」
 髪を結いながら光野もアップへと向かっていく。
「じゃあね、桜庭くん」
「おう、がんばれよ。光野もな」
「ありがとう」
 なににせよ今はハルの無事を祈るしかない。そして吹野崎の試合も。と思っていたら――
「山之辺がD1、南がD2にそれぞれ移動。空いたD3には桜庭、リザーブのお前が入れ」
 えっ? 俺!?
「返事は!」
「は、はい!」
 監督からの突然の代役選任に俺は慌てて答えた。
 試合に出れる! 遂に念願が叶った! でもなんか複雑な気持ちだ。ハルがいないからかみんなの雰囲気もどこか暗い。キャプテンがしきりに声を出して暗いチームを励まそうとしているけどみんなの反応は悪い。ハル不在のこの状況が、知らぬ間にハルがチームの中心的存在になっていたことを暗に示していた。
 試合はD3からだ。俺の試合がチームとしての初戦になる。コートへ入る前にキャプテンから声をかけられた。
「桜庭、思いっきりやってこいよ」
「はい!」
 みんなは暗くなっているけど俺に落ち込んでいる暇なんてない。ハルの代わりは務まらないかもしれないけどチームのために精いっぱい戦う。それだけだ。
 ペアの堀内先輩とタッチを交わしてコートへ入った。
 突然の出場にも関わらず意外にも俺は冷静だった。というか緊張する暇もなかった。試合ではいつものように打ち込まれてくるボールを粘り強く拾い続けた。ただ堀内先輩とは練習でもあまりペアを組んだことはなくて、お互いのプレーが中々噛み合わずにちぐはぐしてしまう。相手も俺たちが即席ペアだと分かると二人の間をガンガン攻めてきて、結局は1―6とあっさり負けてしまった。せっかくの公式戦デビューが不甲斐ない結果で終わってしまった。
 俺たちがいい流れをつくれなかったこともあり、続くD2、D1も落とし、0―3で敗北。都大会に続いて私学大会でもベスト16という結果に終わってしまった。相手もここまで勝ち上がってきている猛者だ。テニスはそんなに甘くないってことか。
「これが今の俺たちの実力だ」
 キャプテンは最後にそう締め括ったけど、敗因はやはりハルの欠場だろう。みんな口に出しては言わないけどそんな雰囲気が漂っている。
 もしハルがシングルスで出場する予定だったらそこまで影響はなかったかもしれない。でもダブルスだったことがチームに大きく影響を与えてしまった。というのも、ハルが欠場したことで出場するペアの構成を大きく変えなければならなかったからだ。山之辺と川口も、堀内先輩と南も、もちろんキャプテンとハルも、みんなこのペアで試合に挑むんだという気持ちを持って練習してきた。ペア同士互いの動きを確認し合って、アイツがこう打ったら俺はこうしよう、みたいにこの二人だからこそできる攻撃や守備を編み出していった。つまり、ダブルスにおいて生命線の〝連携〟を高めてきたんだ。でもハルの欠場によってペアが変わってしまった。これまで練習してきた連携は水泡へと帰してしまったのだ。
 キャプテンからも都大会や新人戦で見たプレーほどの繊細さや勢いは感じられず、山之辺との連携が上手く取れていないんだなって俺でさえも感じてしまった。二人もどうにかして連携を取ろうと試合中に声をかけ合う場面は多かったけど、結局最後までそれは叶わずに終わってしまった。スコアは4―6と惜敗。もう少し時間があったらもっと上手くできたんじゃないかって、見ていたこっちももどかしい気持ちだった。いざ違うペアで試合をするぞってなっても、キャプテンですら中々上手くはできないんだ。やっぱりダブルスではペアの連携が一番大切で、それは日々の練習から生み出されるものなんだと身に染みて感じた大会になった。
 それにしても、ハルは一体どこでなにをしているんだろう。

 吹野崎高校男子テニス部 東京都私立中学高等学校選手権大会 団体の部 ベスト16
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