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第二章

11.お祭り本番

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 吹野崎の学園祭は、十月第一週目の金曜と土曜の二日間に渡って開催される。教室を使った出し物や模擬店の屋台は二日間通して営業しているけど、他にも演劇部の舞台や軽音楽部のライブ、書道部や美術部のパフォーマンスなど数多くのイベントがプログラムに組まれている。吹野崎は運動部もそうだけど文化部もここ数年で躍進している部が多く、学園祭の雰囲気を大いに盛り上げてくれている。中でも圧巻だったのが今年関東大会初出場を果たした吹奏楽部の演奏だ。大会でも結果を残しているだけあって、吹奏楽の「す」の字も知らない俺でさえも全身が総毛立つほどの感覚に引きづり込まれた。毎日俺たちと同じくらい遅くまで残って練習がんばってるもんな。
 そんな中で、隣のB組――太一と南のいるクラス――が俺たちのクラスでボツになったメイドカフェをやっていたのには驚いた。うちみたいに女子からの猛反発はなかったのかと太一に聞いたら、「全然。むしろノリノリ」と逆に男子が困っていたという。うちのクラスの案と少し違うところは男子も執事のコスプレをしてお客さんを出迎えていた点だ。確かに女子だけにコスプレを押しつけるのは不平等だと思ったけど、太一から聞くには逆に男子が押しつけられた形らしい。少し冷やかしてやろうと思って太一と南がいる時に押しかけたけど、予想以上に執事のコスプレが似合っていて、しかもかっこよく見えたもんだからなにも言えなかった。
 他にも校内を散策していると、白馬に乗った王子様のコスプレをした不動先輩――よく見ると白馬は四つん這いになった長野先輩だった――や、ハチマキを頭に巻いて法被を羽織ったキャプテンが職人ばりに大量のタコ焼きをひっくり返している姿を目にした。
 1年A組。うちのクラスはというと、想像以上にお化け屋敷のお客さんが多くて初日から二日目の今日まで大盛況。手が空いている人を総動員してお店を回している。案の定俺も駆り出され、ゾンビの恰好をして出口までお客さんを追いかける役をただいま熱演中だ。
「うぉぉおおお」
「きゃあー!」
 いくら役だからといっても女の子を追いかけるなんてストーカーじゃあるまいし。俺なにやってんだろ、ってたまに思う。
 そうこうしているうちに約束の時間が近づいてきた。まずはハルを上手く呼び出さなくては。でもお化け屋敷の中じゃ電話は……と思っていたら光野が気を利かせて堤を呼んできてくれた。
「桜庭くん、堤くんと交代よ」
「もうちょっと遊びたかったなぁ。でもしょうがない。瞬も楽しんでこいよ」
「うん。ありがとう」
 こっそりとバトンタッチをして堤が次のお客さんを追いかける。
「わぁぁあああ」
「きゃあー!」
 戻ってくる堤がすれ違いざまに「この役楽しいな」と言って陽気に去っていった。叫びながら逃げる女の子を追うことに快感を覚えているようだ。
 堤に任せて持ち場を後にする。入口で受付をしていた光野に「頼むわね」と言われて頷いた。順番待ちの行列は想像以上に長く、光野はその対応に追われて忙しそうだった。
 外階段に出てさっそくハルに電話をかける。
『トゥルルルル。トゥルルルル』
 中々出ない。周りの喧騒で着信音が聞こえないんだろうか。でもめげずにかけ続ける。
『トゥルルルル。トゥルルルル。――もしもし』
 出た! よかった。
「あのさハル、今から屋上に来てほしいんだけど」
『今から?』
 電話越しでも分かる怪訝な声。
「うん。今から」
『うーん。今演劇部の公演見るために並んでるんだよね。公演終わってからじゃダメか?』
「今じゃなきゃダメなんだ! 今じゃなきゃ! 頼む!」
 ここで引いてしまっては石川の想いも光野の願いも無駄になってしまう。絶対ここで引くわけにはいかない。
「お願い! ハル!」
『……分かったよ。そこまで言うなら今行くよ』
 よし! なんとかミッションクリア。これで一安心だ。
『でもなんで?』
「えっ、なんで? えーっと……」
 しまった! 呼び出す口実を考えるの忘れてた。なんでもいいから理由を考えないと。屋上、屋上、屋上……
「に、虹がきれいなんだよ。二重にも三重にもなってて、こんなすごいの今まで見たことないなぁ。あは、あはははは」
 自分でも、なんだよその理由、って思ったけどこれしか思いつかなかった。でもここはこれで押し通すしかない。
「本当にすごいんだ! 絶対ハルも見た方がいいよ! こんな光景、金輪際見れないと思う!」
 そう言いながら見上げた空は、秋晴れという言葉がよく似合うほど澄み渡った青をしていた。虹はないけど。
 ハルの反応はというと……
『虹が二重三重!? なにそれ! めっちゃ見たい! すぐ行く!』
 バカでよかったぁー。自分で言うのもなんだけど不自然極まりない口実だったと思う。こんな見え透いた嘘にまんまと引っかかるなんて。まぁ今回はそのバカさに感謝しないとな。
 校舎は全部で三階建て。屋上に通ずる階段は東と西に二つあって、東側が外階段、西側が内階段になっている。ハルはさっき公演のために並んでるって言ってたから、おそらくは体育館のある西側の内階段から上がってくるはずだ。俺は反対の東側の外階段を上がって屋上へ急ぐ。
 屋上へ着くとそこには石川の姿があった。風で髪をなびかせながらもその小さな体はしっかりと地面に立っていた。数分後には石川にとって一世一代の挑戦が訪れる。彼女は今どんな気持ちでいるんだろう。ただでさえ緊張しいの性格だ。きっと緊張で胸が張り裂けそうになっているに違いない。でもそんな彼女が告白すると決めたんだ。俺なんかよりよっぽど勇気がある。だから下を向くな! 自信を持って、がんばれ!
 一丁前にエールを送っている俺だけど、階段の壁に隠れるようにしてそっと石川の姿を見守っている。この場を設けた者の責任として最後まで結果を見届けようと光野と話していた。さっきの様子じゃ光野は来れそうにないけど。
 ハルも中々姿を現さない。まさか途中で嘘がバレたのか? でもそんな心配をよそに西側の階段の扉が開いてハルが現れた。ハルは石川の姿を見つけると手を振りながら近寄っていく。残念ながら俺のいるところからは二人が話している内容は聞こえない。表情や体の仕草から状況を判断するしかない。
 ハルは石川のそばまで来ると体を反らせて空を見上げた。どうやら架空の虹を探しているらしい。しかも二重、三重の。すまないハル、こうするしかなかったんだ。許してくれ。
「お待たせ」
 声に振り返ると光野が階段を上がってきていた。
「受付の方は大丈夫なのか? 相当混んでたけど」
 急いで上がってきたのか呼吸を整えながら光野はうんうんと頷く。
「大丈夫よ。サキに代わってもらったから」
 サキとは前島のことだ。あのバド部コンビ、二人していい仕事するな。
 光野も壁越しに二人の様子を覗く。その上から俺も覗く。向こうからは壁から頭が二つ生えているように見えるかもしれないけど、距離が遠いこともあってバレる心配はない。
「それよりどうなの?」
「ちょうど今ハルも来たところだよ」
「ならギリギリ間に合ったみたいね。でも彼、どうしてずっと空を見上げているのかしら」
「な、なんでだろうね」
 ハルを呼び出した口実が〝虹〟だなんて恥ずかしくて言えるわけがない。「もっといい案あったでしょ」とツッコまれるのが目に見えている。
「まぁいいわ」
 ハルはやっと空を仰ぐのをやめたみたいだ。でもそのおしゃべりは一向にやむ気配がない。きっとキャプテンのところのたこ焼きがおいしかったとか、白馬に扮した長野先輩に跨る不動先輩の王子様姿がおもしろかったとか、そういうことを話してそうだ。身振り手振りを交えて楽しそうに話すハルとは対照的に、石川は下を向いて手をモジモジさせている。
「あぁもう! いつまでくだらない話なんてしているのよ」
 眼下の光野が痺れを切らしそうになっている。確かに気持ちは分かるけど。
「もうちょっと待ってみよう。きっと大丈夫だよ」
「そうだといいけど」
 心配になる気持ちは分かるけど、ここは石川を信じて待つしかない。にしてもハルの口は閉じることを知らないのか、石川の様子を気にすることもなく次から次へと話題を変えているように見える。それだけ学園祭を楽しんでいるということなんだろう。いつもは俺も調子のいいハルに楽しませてもらっている身だけど、ここは一度黙ってほしいと思ってしまう。
 すると、それまで隣で委縮していた石川が急に大きく息を吸ってハルに向かって叫んだ。
「あのっ!」
 こっちにまで響いてくる大きな声だった。告白するぞと気持ちを固めたんだろう。話を中断されたハルも「なにがあった!?」とびっくりした顔で石川を見つめている。
「がんばれ」
 光野が囁いた。
 それっきりまた声はなにも聞こえなくなった。石川は変わらず下を向いている。ちゃんと話せているだろうか。でもハルが黙って石川を見つめていることから、石川が話をしているということは分かる。緊張しながらも一つ一つ言葉を選んで必死に想いを伝えているんだろう。そんな石川を見ているとついつい俺も「がんばれ」と囁いてしまう。眼下の光野は神にも祈る想いで両手を合わせている。
 ふと石川が顔を上げてハルを見上げた。が、すぐにまた俯いてしまった。ハルは頭をかいている。数秒後、ハルが頭をかいていた方と逆の手を石川に差し出した。石川は驚いた、いや嬉しそうな顔でその手を取り、再びハルを見上げた。ハルも嬉し恥ずかしそうにまた頭をかいた。
 一度壁から離れて光野と目を合わせる。
「成功……したんじゃない?」
「成功……したのかも」
「やった……やったよ!」
「やった!」
 最初はわけが分からずお互いキョトンとしていたけど、成功したことがだんだん実感できてくると嬉しさが込み上げてきて柄にもなく両手でハイタッチを交わしていた。そうしたらいつの間にか二人とも体が壁からはみ出していて、握手を交わしている二人と目が合ってしまった。
「あ」
「え?」
 …………
「お、お前ら覗いてたのか!」
 バレてしまっては仕方ない。二人でハルたちの元へ向かう。
「ゴ、ゴメン」
「ていうか瞬、虹ってどれだよ。全然ないじゃん。……まさか、俺をここに連れてくるための嘘?」
「ピンポーン」
「マ、マジかぁ」
 やられた、というようにハルは頭を抱えてうずくまってしまった。その姿を見て三人で笑う。
 光野が石川に向き直る。
「優里、やったね。おめでとう!」
「う、うん。ありがとう。愛がいなかったら絶対ダメだったよ」
「そんなことないよ。優里ががんばったご褒美だよ」
「そうだよ。俺たちずっと見てたけど、石川すげぇがんばってた。勇気あるなって感心した」
 親心のように応援していただけあって、告白が成功した今は俺もホッとしている。
「そ、そうかな。……桜庭くんも協力してくれてありがとう」
 さっきまで恥ずかしそうに下を向いていたのに、急にキラキラした目を伴って見上げてきたもんだから一瞬ドキッとしてしまった。ハルもこの魔法にやられちゃったのかな。
「どういたしまして」
「みんなグルだったってことかよぉ。そりゃひどいぜぇ」
 悲痛な声を発しながらハルが立ち上がる。それを見てまた三人で笑った。
 その後は四人で学園祭最後のステージである演劇部の公演を見に行くことにした。「二人で見に行けよ」って言ったんだけど、石川が「四人がいい」と引かなかったから四人で行くことにした。まだ二人きりだと恥ずかしいのかな。
 並ぶのが遅くなった分、席は後ろの方になってしまったけど十分見える位置だった。端からハル、石川、光野、俺の順番で座る。ハルと石川を隣にしたのはせめてもの気持ちだ。
「そういえば、さっき瀬尾くんが虹がどうとか言っていたけど、あれどういう意味?」
「あ、あれ?」
 いきなり核心を突かれたもんだから声が裏返ってしまった。本当に光野は鋭いというかなんというか。
「実は……『虹がきれいなんだ』って言ってハルを屋上に呼び出したんだ」
 それだけ? と目を大きくして尋ねられる。
「う、うん」
「よくそれで来てくれたわね。他にもっといい案あったでしょ」
 やっぱりツッコまれてしまった。隣の石川にはクスクス笑われるし。
「でも今回は結果オーライね。ありがとう」
 うん、という声と同時に学園祭を締めくくる舞台の幕が上がった。
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