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狂ったお茶会
しおりを挟む「リリス……なんでここに?」
「……私はここに住んでいるのだから居てもおかしくないでしょう?」
思わず零れたノアの本音に、アルフレッドの婚約者となったリリスは淡々とそう答えた。
美しい黄金の髪はリリスが歩くたびに波打つように揺れてとても美しかった。その横顔は大人びて見えた。
元々、リリスは乙女ゲームのヒロインとして可愛くデザインされており、思わず守ってあげたくなるようなか弱さと愛嬌のある笑顔が魅力的な美少女としてのイメージがノアにはある。それなのに、今目の前にいるリリスはとても貫禄があり、まるで以前から王太子妃だったかのような堂々とした立ち振る舞いだった。
何より、徹底的に依然と違うのはその顔に浮かべている表情だ。在学中は愛らしく笑顔を振りまいていたザ・ヒロインの面影はない。どこか昏く光のない瞳に感情を殺したかのような無の表情が浮かんでいる。それはそれで精巧に作られた人形のように美しくはあったが、リリスの魅力の一つであったはずの愛嬌はどこかに消し飛んでしまったかのようだった。
少し見ない間に変わってしまった彼女の変貌に驚いていると、そんなノアの目の前を横切り、リリスはアイリーンの隣に立った。
すると、今までノアには無関心だったアイリーンの顔がぱぁっと明るくなる。まるで恋人に会ったかのように熱い視線でリリスを見つめていた。
「まぁ、来てくれたの? 待っていたのよ、リリス」
「当然よ。義母の招待ですもの。それに……素敵なお客さんもいるみたいだし?」
そこで、リリスはこの部屋に入って初めて笑みを浮かべた。以前まで化粧っ気のなかった素朴な少女はそこにいない。王室御用達の化粧品によって美しく大人な女性へ羽ばたいた美女の笑みがそこにあった。しかし、その目は決して笑っていない。ノアを見つめるその瞳は以前見た時と同じ冷たさを感じるものだった。
(……落ち着け、俺。元々リリスの様子を探るためにここへ来たんだ。本人が出てきてくれるのは好都合じゃないか)
なんとか今の状況に活路を見出そうとするノア。その心中に気づいているのかいないのか、リリスは表面だけの笑みを浮かべたままノアを挑発する。
「さぁ、役者は全員揃ったのだし、お茶会を始めましょうよ。貴方もそんなところに突っ立っていないで座ったら? 貴方が着席しないからお茶会を始められなくてお義母さんが困っているじゃない」
当のアイリーンは、最早ノアのことは眼中にないように見える。うっとりとした顔でリリスを見つめている。
(今のアイリーン様はかなり異常だ……アイリーン様だけじゃない。彼女の侍女も……どうする? 一旦逃げるか。しかし、もう囲まれている……)
扉の向こうに立っている兵士の横顔をちらりと確認する。やはり生気のない顔で目の焦点があっていないように見える。侍女と同じ様子だ。どういうトリックかは知らないが、恐らく彼らはもうリリスの手の内にあると見ていいだろう。
(逃げ場のない状態……なら、受けて立ってやるよ。その喧嘩)
覚悟を決めたノアが席に着くと、リリスの笑みはますます深くなった。
「さぁ始めましょうか。楽しい楽しいお茶会を―……」
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