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エピローグ
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綾峰さんをお見送りして三日。
今日は和室で暇さんと時間を過ごす。
やはり貼り紙と口コミだけの暇堂は、日々商売繁盛とはいかない。
「都子君、ちょっと宇治茶をいいかな。濃いめで暖かいのが良いから、じっくり時間をかけて淹れてくれるかい?」
「かしこまりました」
わたしはお茶出しを指示され、奥に引っ込んだ。
濃いめがよいとのことで、言われた通りにじっくりと蒸らす。
どうせだから自分の分もと思ったけど、今日の気分は冷たいお茶だ。
わたしは節約している水出し麦茶を注いだ。
すこし待って、宇治茶もよい香りをたててきた。頃合いだろう。
わたしは湯飲みに宇治茶を注ぎ、お盆を持ってお茶をふたつ座卓に運んだ。
「ああ、都子君、ありがとう」
暇さんには珍しく、なんだか固い口調で言った。
しばし、お互いなにも話すことなくお茶を飲む。
やがて宇治茶を飲み終えた暇さんが、ふぅっと息をついた。
そしてちょっとぎこちなく座卓の下に手をやると、そこから高そうな紙袋を出してわたしに差し出す。
「都子君、これを」
「えっ? ありがとうございます。中を拝見してもよろしいですか?」
「もちろんだとも。そのために手渡したのだからね」
わたしは突然の送りものにドキドキしながら紙袋を開く。
そこには、柔らかな色をした何かがあった。大切に、取り出していく。
「わぁ、これ着物じゃないですか!」
「都子君ももう、正式に暇堂の一員になったと言えるからね。和室のときはそれを着用してくれたまえ」
ガラにもなく照れくさそうに視線を逸らしながら、暇さんが言った。
和服は落ち着いた朱色がベースになっていて、足元には百合の花と葉の柄が施されている。葉の部分が大きめなので派手にならず、落ち着いていた。
「あ、この柄……もしかして」
「そう、僕の着物と色違いのお揃いさ。ふふっ、少し照れくさいね」
帯は薄い橙色、帯締めは少し明るめの胡桃色で、アクセントに良さそうだ。
「暇さん! こんな素敵なものをありがとうございます!」
「ああ、まぁねぇ、頑張ってくれているし、たまには僕もねぇ」
わたしが着物を抱えてウキウキしていると、暇さんが立ち上がった。
「ちょっと洋室で調べ物をしてくるよ、失礼」
そう言って、早足で和室を去っていく。これって着物を着て見せて、って意味だよね。
ふふっ、なんだかこういうところも、暇さんらしいなぁ。らしくないのがらしいって言うか。
私は衣服を脱ぎ、さっそく和服一式のセットの袖を通した。
三面鏡を開き、色々な角度から着物姿の自分を観察した。
着付けなんてほとんど経験なかったが、無事に着られて一安心だ。
「わぁ、とってもキレイ。派手過ぎないし気に行っちゃった。ううん、何より暇さんがわたしを思ってこの着物を選んでくれたことが、お揃いにしてくれたことが最高に嬉しい!」
一通りきちんと着れていることを確認して、三面鏡を閉じた。
今日は和室ということで、メイクはもともとそれっぽくしてあるのも助かった。
私は暇さんにスマートフォンで「調べ物は終わりましたか?」と送る。
するとすぐに、暇さんが和室に戻って来た。
「おお、これはいやいやまぁまぁ、馬子にも衣裳とは言ったものだね。なかなかじゃないか。和室お悩み相談たるもの、それくらいの恰好をしないとねぇ」
「着てみて、ほんとにすごく嬉しかったです! ありがとうございます!」
のんびりと歩み寄ってきた暇さんが、わたしのすぐそばに立って真顔で言った。
「本当に良く似合ってる。とても綺麗だよ、都子君」
突然真剣な顔でそんなことを言われて、わたしは言葉も返せずに赤面してしまう。
鼓膜がキーンとなって耳が熱い。暇さんの顔が、すぐそばにある。
照れるわたしの頬に、暇さんの唇がそっと触れた。
「僕と一緒にいてくれてありがとう、都子君」
「わたしこそ、暇さんと一緒にいられて、本当に幸せです」
優しい目でじっとわたしを見つめる暇さんを、わたしも見つめ続けた。
そんなとき、和室の木戸がノックされた。
「開いているよ」
顔を木戸に暇さんが、いつものように答えた。
これからも、私と暇さんの暇堂で過ごす素晴らしい日々は、ずっとずっと続いていくのだろう。
【了】
今日は和室で暇さんと時間を過ごす。
やはり貼り紙と口コミだけの暇堂は、日々商売繁盛とはいかない。
「都子君、ちょっと宇治茶をいいかな。濃いめで暖かいのが良いから、じっくり時間をかけて淹れてくれるかい?」
「かしこまりました」
わたしはお茶出しを指示され、奥に引っ込んだ。
濃いめがよいとのことで、言われた通りにじっくりと蒸らす。
どうせだから自分の分もと思ったけど、今日の気分は冷たいお茶だ。
わたしは節約している水出し麦茶を注いだ。
すこし待って、宇治茶もよい香りをたててきた。頃合いだろう。
わたしは湯飲みに宇治茶を注ぎ、お盆を持ってお茶をふたつ座卓に運んだ。
「ああ、都子君、ありがとう」
暇さんには珍しく、なんだか固い口調で言った。
しばし、お互いなにも話すことなくお茶を飲む。
やがて宇治茶を飲み終えた暇さんが、ふぅっと息をついた。
そしてちょっとぎこちなく座卓の下に手をやると、そこから高そうな紙袋を出してわたしに差し出す。
「都子君、これを」
「えっ? ありがとうございます。中を拝見してもよろしいですか?」
「もちろんだとも。そのために手渡したのだからね」
わたしは突然の送りものにドキドキしながら紙袋を開く。
そこには、柔らかな色をした何かがあった。大切に、取り出していく。
「わぁ、これ着物じゃないですか!」
「都子君ももう、正式に暇堂の一員になったと言えるからね。和室のときはそれを着用してくれたまえ」
ガラにもなく照れくさそうに視線を逸らしながら、暇さんが言った。
和服は落ち着いた朱色がベースになっていて、足元には百合の花と葉の柄が施されている。葉の部分が大きめなので派手にならず、落ち着いていた。
「あ、この柄……もしかして」
「そう、僕の着物と色違いのお揃いさ。ふふっ、少し照れくさいね」
帯は薄い橙色、帯締めは少し明るめの胡桃色で、アクセントに良さそうだ。
「暇さん! こんな素敵なものをありがとうございます!」
「ああ、まぁねぇ、頑張ってくれているし、たまには僕もねぇ」
わたしが着物を抱えてウキウキしていると、暇さんが立ち上がった。
「ちょっと洋室で調べ物をしてくるよ、失礼」
そう言って、早足で和室を去っていく。これって着物を着て見せて、って意味だよね。
ふふっ、なんだかこういうところも、暇さんらしいなぁ。らしくないのがらしいって言うか。
私は衣服を脱ぎ、さっそく和服一式のセットの袖を通した。
三面鏡を開き、色々な角度から着物姿の自分を観察した。
着付けなんてほとんど経験なかったが、無事に着られて一安心だ。
「わぁ、とってもキレイ。派手過ぎないし気に行っちゃった。ううん、何より暇さんがわたしを思ってこの着物を選んでくれたことが、お揃いにしてくれたことが最高に嬉しい!」
一通りきちんと着れていることを確認して、三面鏡を閉じた。
今日は和室ということで、メイクはもともとそれっぽくしてあるのも助かった。
私は暇さんにスマートフォンで「調べ物は終わりましたか?」と送る。
するとすぐに、暇さんが和室に戻って来た。
「おお、これはいやいやまぁまぁ、馬子にも衣裳とは言ったものだね。なかなかじゃないか。和室お悩み相談たるもの、それくらいの恰好をしないとねぇ」
「着てみて、ほんとにすごく嬉しかったです! ありがとうございます!」
のんびりと歩み寄ってきた暇さんが、わたしのすぐそばに立って真顔で言った。
「本当に良く似合ってる。とても綺麗だよ、都子君」
突然真剣な顔でそんなことを言われて、わたしは言葉も返せずに赤面してしまう。
鼓膜がキーンとなって耳が熱い。暇さんの顔が、すぐそばにある。
照れるわたしの頬に、暇さんの唇がそっと触れた。
「僕と一緒にいてくれてありがとう、都子君」
「わたしこそ、暇さんと一緒にいられて、本当に幸せです」
優しい目でじっとわたしを見つめる暇さんを、わたしも見つめ続けた。
そんなとき、和室の木戸がノックされた。
「開いているよ」
顔を木戸に暇さんが、いつものように答えた。
これからも、私と暇さんの暇堂で過ごす素晴らしい日々は、ずっとずっと続いていくのだろう。
【了】
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