こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら

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嘘つき先生

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【嘘つき先生】

 ある日の授業中、男子数人がワイワイとさわいでいた。
 先生は注意することなく、マイペースに授業を進めている。国語の水無月先生。
 心霊部の顧問でもある水無月先生は、カッコイイ大人だ。
 全体的に肌が白くてキレイ。スラッと伸びた脚に、スマートな体系。
 やさしそうな目は黒目が大きくよく動き、どこかお茶目な感じ。いつもほほ笑んでいて、髪にはゆるいウェーブがかかっていて柔らかでみやびな雰囲気。
 まだ三十才にはなってないはずだけど、わたしから見たらステキな男性!
 女子に人気で、ときどき面白い話をしてくれるから男子にも好かれていた。
「でさー! 購買部のパンがさー」
「ちょっと! いい加減にしなさいよ男子!」
 いつまでもさわぐ男子と、それを注意する女子。教室があまりにうるさくなってきたころ、先生がパンッと大きな音を立てて教科書を閉じた。
 すると、水を打ったように教室が静かになった。
 こうして教科書を閉じるときは、水無月先生が楽しいお話をしてくれる合図なのだ。
「なんだかにぎやかになってきたみたいだし、ちょっと先生がお話しましょう」
 高くも低くもない、耳にやさしくひびくやさしげな声。
 さっきまでさわいでいた男子も、怒ってた女子もすっかり先生に視線釘付けだ。
 かく言うわたしも、今日はどんなお話をしてくれるのかワクワクして先生を見る。
「さて、今日は何をお話しようかな。……そうだ、今日は春にしては暑いので、みんなが涼しくなるような怪談をひとつお話しようか」
 クラスからは「わー!」と喜ぶ声や「ひゃー!」とすでに怖がる声が飛んだ。
 先生はニコニコと生徒たちのそんな様子を見たあと「どうしても怖い話はムリって子はいるかな?」とたしかめる。特にイヤがる子がいなかったので、先生は「だいじょうぶかな?」ともう一度たしかめて教壇の机の前に立った。
「では、お話しようか。少し長くなるけど、聞いてくれたらうれしい。それじゃあ……」
 先生がゆっくりと口を開く。
「これは先生が今の学校ではなく、東北地方の田舎の学校でお仕事していたときの話です。
 とある日の夜、車に忘れものをしてそれお取りに駐車場に行ったんだ。そのとき、先生は奇妙な視線を感じてね。
 駐車場は外にあって、となりには広い田んぼがあった。駐車場の場所は、田んぼにくらべて、一段高くなっていたんだ。アスファルトで固めるためだろうね。どれだけの差があるかと言えば、だいたい一メートルと半分ぐらいかな。
 ちょうど、中学生ぐらいの子が田んぼに立てば、駐車場からは首から上だけが地面から生えているように見えるといった感じだと思ってほしい。その田んぼにね、女の子がいたんだよ。ショートカットって言うのかな。
 首の下くらいまで髪の毛が伸びている女の子。さっき、駐車場からは首くらいまでが見えるって言ったね。彼女の姿はまさにその通りだった。そう、女の子がこんな夜にもかかわらず、田んぼの方から、駐車場にいる私を首から先で見つめていたんだよ」
 先生の怖いお話がはじまった。
 クラスの子たちは静かに聞き入っている。わたしもそうだ。
 でも、なぜか先生が女の子の話をしはじめてから、首の辺りがチリチリした。
 先生の話し方が怖いからかな? でもこの感じは――。
 先生のお話はつづく。
「私はすぐに彼女が、ひとじゃない何かだと感じ取った。なんで、と言われると困っちゃうんだけどね。顔色の悪さとか、奇妙な空気の感じとか、うつろな目だったりね。色々と、ふつうではありえない雰囲気だったんだ。
 ただ、不思議なことにあまり怖さはなくてね。わたしと目が合っても、彼女は一段下の田んぼから、頭だけを出してこちらを見ているだけ。何を言うわけでもなく、何をするわけでもなく、本当にただただ見ているだけ。
 私はかかわりを持たないようにして車へ向かい、忘れ物を取り帰ろうとした。その時ね。
『だああああっ!』
 って、男のひとの大声がしたんだ。わたしはびっくりして、思わず飛び上がっってしまったよ」
 先生のお話がふいに大きな声になって、クラスの数人がビクリと身体を動かした。
 わたしもビックリしちゃった。いくらお話の中とはいえ、水無月先生がこんな大きな声を出すことなんて今までなかったから。
 ふと目に何か黒いものがうつった気がして、わたしは目線をそちらに向けた。
 すると、わたしの三つ前にすわっている都子ちゃんの背中に黒いものが見えた。
(服のもよう? それとも日差しでできた影?)
 じっと目をこらす。また首筋がチリチリとした。
 影はゆっくり、まるで何かが頭を持ち上げるようにもりあがっていく。
(動いてる? まさか、ユーレイかオバケ? どうしよう――)
 晴人センパイに持ち歩くためのお札ももらっていたけれど、席三つ分の距離では効果がないみたい。だけど、今お札を持って都子ちゃんのところに行くのも目立っちゃうし……。
 とにかく、都子ちゃんにお札をちょっとでも近づけよう。私はお札を取り出すと、引き出しの一番おくまで押し込んだ。
 とまどっている間にも、先生のお話は続いていく。
「それでね、声がした方をあわてて見てみたら、同じ学校の体育の先生がいたんだ。その先生はわたしに『はっはっは、いきなりごめんなさいね』なんて言うんだよ。何度も頭を下げる、ひらあやまりだね。
 その先生と受け持っていた学年はちがうのだけど、同じ駐車場を使っているから顔は知っていたのさ。たびたびこの駐車場で見かけるひとで、上野先生と言ってね。上野先生も、わたしの顔は覚えていたみたいでね。
 で、とつぜん大きな声を出して、いったいなんですか? って先生は聞いたんだ。おどろかされたし、ちょっとおこった感じにね。すると上野先生は言うんだ『おや、さっきの子、見えませんでしたか?』ってね。
 逆にそう聞きかえされてね、ああ、上野先生にもあの女の子が見えていたんだなって思ったよ。それで、もう一度、彼女が頭を出していた田んぼの方を見てみたのさ。けれど、彼女は姿を消していた。大きな声以外は何も音はしなかったハズなのに、すぅっと消えてしまっていたんだ」
 水無月先生のお話が進むにつれて、影が少しずつもりあがってくる。
 影から、ひらりと黒く細い何かがゆれた。アレって、髪の毛――?
 ちょうど、首の下くらいまでの長さで動いて……。まさか……!?
「わたしの視線をおいかけたのだろう、上野先生が『やっぱり貴方にも見えましたか』って言うんだ。わたしが、女の子について心当たりがあるのかを、上野先生に聞くとね。『あれね、あんまりよくないものですね。昔、この駐車場も田んぼだったんですよ。そのときに、生き埋め事件がありましてね……』って言うのさ。
 先生もさすがにぞくっとして『そこまでは分かりませんでした。けれど、どうして突然大きな声を出したのですか?』って聞いたら『あぁすると幽霊側がおどろいてにげるんですよ。はっはっはっは』なんて言って笑いとばしてね」
 影が、ゆっくり都子ちゃんの背中をのぼるように進んでいく。
 ああ、どうしようどうしよう。どうすればアレを止められるだろう。
 まよっていると、先生の声のトーンが少しかわった。
「そういうものなのか、と納得したんだけどね。そういう怖い事件にはできるだけかかわりたくないなって思って、先生は上野先生にはかるくおじぎをして、急いで車にのって帰り道に向かったんだ。そのあと、彼女のすがたは見なかったな。
 たびたび、上野先生とは駐車場や学校ですれちがうことはあったけれど、あいさつをするくらいで特にそれから何があったというわけでもない。ただ、それからはあの駐車場をできるだけ使わないようにしたよ。そんな怖いことがあった場所なんて、イヤだからね」
 水無月先生がお話を終えて、生徒たちの顔を見る。
 怖がっていたり、「やな事件ー」とグチを言ってたり反応はさまざまだ。
 水無月先生の目が、ふと都子ちゃんの辺りで止まった。やさしげな顔がほんの一瞬だけ、するどい表情になった。
「いやぁ、オチも何もない話だったけど、大きな声で逆にユーレイをおどかせるというざんしんな話に、私自身びっくりしたよ」
 そう言って笑うとクラスの子たちも「オレもー!」「わたしも怖いことあったら大きな声を出そうっと」など返事がかえってくる。そんなクラスメイトたちに向け、水無月先生ははここぞとばかりにしてやったりという雰囲気の笑みをうかべて言った。
「なぁんて、ね。そういうウソだよ」
 クラスがあっけにとられたあと、ザワついた。
「え、何が?」
「え? 何々? どういうこと?」
「まさか、この話が?」
 クラスメイトたちはとまどっている。
 だけど水無月先生が「ふふふっ、引っかかったね。このお話はぜんぶウソ」といたずらな顔をして言うと、からかわれたのだと気が付いたみんなが安心したのか、笑い始める。
「めっちゃ怖かったのに、やられたー!」
「オレちょっとふるえたのに!」
「もー、水無月先生ってばー!」
 水無月先生はもう一度、今度は都子ちゃんを――ううん、その後ろを見てハッキリと言った。
「このお話は、ウソだよ。ウソだから、しずまりなさい」
 そういうと、都子ちゃんにおおいかぶさりそうだった黒い何かが、少しずつ色をなくしていった。そして最後には、風にきえるようにすぅっといなくなる。
(水無月先生は、都子ちゃんの背中の何かが見えたんだ――)
 クラスメイトたちは、愛称として水無月先生を『ウソ付き先生』と呼ぼうなんて話をしている。だまされたとしても、やっぱり面白い話をしてくれる先生が好きみたい。
 授業がおわったあと、私は教室を出た水無月先生をおいかけた。
「水無月先生!」
「おや、月城灯里さん。どうしました? どこか、わからないところがありましたか?」
「あの、そうじゃなくって。先生に、聞きたいことがあります」
 わたしが言うと、水無月先生は「うん?」と首をかしげてわたしを見た。
「先生、さっきのあのお話、本当にウソですか?」
「ああ、もちろん。ぜんぶウソだよ」
「本当に本当にウソですか? わたし、見たんです」
「見た? ……何をかな?」
 水無月先生はほほ笑む。いつものおだやかな先生だ。
「水無月先生がお話をしているとき、すこしずつ、都子ちゃんの背中からぬっと女の子のような影が頭をだしてきたんです。それを見ました。先生も、気がついていたんじゃないですか?」
「いやいや、そんな怖い話、よしてくださいよ」
「黒い何かは都子ちゃんの背中をすこしずつのぼっていって。先生の目も、そこで一回止まった気がします。それから先生が急に『ウソだよ』って言いました。先生は、都子ちゃんやわたしたちを守るために、あのお話はウソってことにしたんだと思いました」
 そう言うと、水無月先生は急にマジメな顔になっって言った。
「さすがに月城灯里さんは心霊部なだけあるね。でもね、あのお話は、全部ウソなんですよ。ですから、ウソのお話ははやくわすれてくださいね。先生も、あんな話をしてはいけなかったのだと、反省しているのです」
 わたしの頭をいちどなでて、水無月先生はそう言って去って行った。
(これって、ウソってことにしておいた方が良いってこと?)
 もしもそうだとしたら――東北から、わたしたちがいる東京まですごく遠いのに。
 ちょっと話をされただけで、ユーレイは呼ばれるようにすぐそばまでやってきてしまうということ? あの黒い何かは、都子ちゃんをいったいどうしようとしたの――?
 背筋がゾワリとした。
 あのお話はぜんぶウソ、あのお話はぜんぶウソ。
 わたしは休み時間の間、いっしょうけんめい自分にそう言い聞かせた。 
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