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第57話 公園内の公衆トイレ

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出来ることなら人目のない夜を待ってから吉田まさ子を始末したいところだが、吉田まさ子が旦那さんを殺す気があるというのならそんな悠長にもしていられない。

このまま家に帰したらすぐ殺人を実行に移すかもしれない可能性がある以上ここで止めなくては。

しかしいくら田舎とはいえ正午過ぎの大通り。通行人はほとんどいないものの車はそれなりに通っている。

俺は吉田まさ子を殺すチャンスをうかがいつつ彼女のあとを追った。


◇ ◇ ◇


運のいいことに吉田まさ子は小さな公園に寄り道した。
そして公衆トイレに入っていく。

これ以上のチャンスはない。
俺も公衆トイレに近付いていき足を踏み入れた。

(この包丁で……この包丁で……)

個室から吉田まさ子の心の声が聞こえてくる。
おそらくさっき買った包丁を手にして自分を奮い立たせているのではないだろうか。

と――

ガチャ。

個室のドアが開いて中から吉田まさ子が出てきた。

俺と目が合うと、
「わっ!? な、何よあんた、鬼束じゃないのっ!」
ひどく驚いた様子で声を上げる。

「専務、お久しぶりです」
「な、何してんのこんなとこでっ。びっくりしたわね、もう」
吉田まさ子は右腕に下げたバッグの中に左手を忍ばせていた。

「その中の包丁で社長を殺すんですか?」
「っ!?」
万引きがみつかった子どものように体を震わせ明らかに動揺する。

と次の瞬間、
「な、なんで知ってんのよっ!」
バッグから包丁を取り出すと震える手で俺に向けてきた。

「こ、答えなさいっ! 殺すわよっ!」

瞳孔が開き目が飛んでしまっている。
自分が何をしているのか、もしかしたら判断できない精神状態なのかもしれない。

俺は目の前に突き出された包丁を見て両手を上げた。
そして視線を吉田まさ子の背後にそっとずらした。
すると吉田まさ子はつられるようにして「な、何よっ……」と後ろを振り向いた。

俺はすかさず吉田まさ子の手首を掴んでひねりながら吉田まさ子の心臓めがけ包丁を一突きする。

「ぅぐっ……!?」


吉田まさ子は俺を見上げながらその場にすとんと沈んだ。
俺を見るその目は正気を取り戻したように俺が知っている専務の目に戻っていた。


ててててってってってーん!

『鬼束ヤマトは吉田まさ子を殺したことでレベルが1上がりました』

『最大HPが3、最大MPが2、ちからが1、まもりが2、すばやさが3上がりました』


レベル18に上がった俺は専務の死体が消えるまで足元のそれを見続けていた。


◇ ◇ ◇


何食わぬ顔で公衆トイレを出る。
そんな俺を待っていたかのように男が公園内で一人立っていた。
ビジュアル系バンドのごとくヘアスプレーでピンク色の髪を逆立たせていてシルバーのトゲがついた奇抜な服を着た、田舎にはかなり珍しいタイプの男だった。

俺は関わり合いになりたくなかったのでさっと目をそらすと横を通り過ぎる。
だが、
「おたく殺人者やろ?」
男のその言葉で俺は立ち止まってしまった。

反応してはまずいと思い直し、
「はい? 殺人者ってなんですか?」
と訊き返す。

「とぼけても無駄やで。わい殺人者感知できるさかい」
「!?」

細谷さんと同じく殺人者感知呪文を使えるってことか?
じゃあこいつも殺人者……?

「……なんの用だ?」
「まあそう警戒せんでもええって。おたくにとってええ話持って来ただけやから」
「いい話……?」
「そや。わいは金田源五郎、年は二十一歳、独身や。今は彼女もおらん。こんなかっこええのにほっとくなんて見る目のない女ばかりやで~。ちなみに群馬の女ってどんな感じなん?」
「いい話ってのはなんだ?」
なれなれしく腕を叩いてくる金田という男を無視して俺は訊ねた。

「なんや、ノリ悪いな~……ま、ええか」

わかりやすくつまらなそうな顔になった金田だったが鋭い目で俺を見据える。

「殺人者は一人で動いている奴もおれば同盟を組んでいる奴らもおる。おたくは一人やろ? せやからわいらのチームに入らへんかって誘いに来たわけや」
「なるほどな……それで、お前らのチームに入るとどんなメリットがあるんだ?」
「話が早くて助かるわ。メリットはそうやな~、ずばり同じチームの殺人者同士で殺し合わずに済む」
「へー、それはいいじゃないか」

俺には殺人者感知の呪文は使えない。
それが出来るこの男が仲間になってくれるのなら悪くない話だ。
殺人者同士で狙い合うのもごめんだしな。

「やろ? じゃあ入るでええか?」
「ちょっと待ってくれ。デメリットはないのか?」
「デメリット? せやな~、しいて言えば他のチームに狙われるくらいやな」
淡々と金田が言った。

「他のチームもあるのか?」
「当然やろ。同じ殺人者でも考えは人それぞれやからな。それよりおたく名前は?」
あごをしゃくって訊いてくる。

本名を言うのはまずいだろうか。
いや、こいつが俺と同じように読心呪文を使える可能性を考慮すると嘘はつかないほうがいいか。
少なくともこいつは俺に対してここまで嘘はついていないようだしな。

「鬼束ヤマトだ」
「へ~、かっこええ名前やな。なんや漫画の主人公みたいやんか」
「そりゃどうも」
確かに源五郎よりはマシかもな。

「じゃあ鬼束はん。これからよろしゅうな」
「え、あ、ああ……」

まだはっきりとチームに入ると言った覚えはないのだが、金田に無理矢理手を握られてしまった。
しかし断って面倒な事態になるくらいならこれでいいか。

そう自分を納得させていると、
「そんなら早速、石神あきらってガキを探すのに付き合うてもらうで」
と金田が口にする。

「えっ? 石神あきら?」
「あー、鬼束はんは知らんか。石神あきらっちゅうのは一匹狼の殺人者なんやけどこれまでうちのチームの奴がぎょうさん奴に殺されとるんや。せやからそいつをみつけて殺すのがうちのチームの今の最優先事項やねん」
「……」

……石神あきらってあのあきらのことだよな。
俺は二か月ほど前のことを思い出していた。

「鬼束はん、どないしたんや?」
「……悪いけどやっぱりお前のチームには入れない」
「あん? なんでや?」
「石神あきらには少しだけだが恩があるんだ。だからあいつを殺す手伝いは出来ない」
俺はそうきっぱりと断った。

「なんや。さよか……そんならしゃあないな」
「悪いな」
「別にええんや」
そう言うと金田は立ち去っていく。

と思った次の瞬間振り返り、
「ただし鬼束はんにはここで死んでもらうけどなぁっ!」
金田は俺をにらみつけながら大声を上げたのだった。
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