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第55話 速水翔という依頼主
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アパートに着いた俺はあらためてさっき届いたメールを確認する。
[初めまして。ネットの掲示板を見て連絡させていただきました。
僕の名前は速水翔です。群馬県でホストをしています。
早速ですが……殺してほしい相手は吉田まさ子といいます。
僕がホストをしている店によく来る六十間近のおばさんです。
僕はそのおばさんにかなり気に入られているようで、その人には旦那さんと息子さんがいるにもかかわらずそれこそ毎日のように店に来て、僕を指名し高いお酒をどんどん注文していきます。
店にとっては上客なのですが僕にとっては苦痛です。
彼女の家は決してお金に余裕があるわけではないので、このままだといずれ彼女の家庭は僕のせいで破滅してしまうでしょう。
しかしそれを本人に言ってもまったく聞き入れてもらえません。
このままではまずいと思い一度僕が店を移った際には、彼女は探偵を雇ってまで僕の新しい職場を突き止めて会いに来たくらいです。
彼女を止めるにはもう殺すしかないのです。どうかよろしくお願いいたします。]
――というかなり変わったタイプの殺害依頼だった。
「これは、よくわからない依頼だな……」
眉をひそめるような依頼だがそれでも依頼には変わりないので俺はとりあえずメールを返した。
複数回メールをやり取りして依頼主の速水さんが割と近くに住んでいることがわかったので、俺は佐々木久美子さんの件の時にも利用した喫茶店を待ち合わせ場所に決める。
防犯カメラがなく客もほとんどいないその喫茶店は待ち合わせ場所にはもってこいなのだった。
◇ ◇ ◇
翌々日。
俺は読心呪文と悪人感知呪文を発動させた状態で喫茶店へと赴いた。
読心は三時間、悪人感知は丸一日、呪文を唱えてから効果が続く。
ちなみに今は使っていないが千里眼の効果も三時間だ。
俺は待ち合わせ時刻の三分前に喫茶店に到着した。
すると店内には茶髪で毛先を遊ばせたヘアスタイルの男性客が一人だけ、こちら側を背にして座っていた。
事前のメールに書いてあった通り白いスーツを着用しているところを見ると、彼が依頼主の速水さんで間違いないだろう。
俺はその男性に近付いていき前に回り込むと、
「お待たせしました。devilです」
と名乗る。
それを受けて男性が顔を上げた。
そして俺の顔を見て、
「どうも初めまして――って鬼束パイセンじゃないっすかっ!?」
目を見開いた。
「お前っ……岡島っ!?」
「やっぱり鬼束パイセンだっ。devilって鬼束パイセンのことだったんすかっ?」
「じゃ、じゃあお前が速水翔か……?」
「はい、そうっす」
待ち合わせ場所で待っていた男は速水翔、もとい以前の勤務先での後輩である岡島だった。
◇ ◇ ◇
「いや~、久しぶりっすね鬼束パイセンっ」
「んなことはどうでもいいんだよ。お前偽名使うなよな」
「偽名じゃないっすよ。おれの源氏名っす。速水翔、かっけーっしょ」
岡島は白い歯を見せにかっと笑う。
相変わらず超がつくほどのイケメンだ。
「お前、メールだと別人みたいだな」
メールの文章はかなり丁寧に書かれていた。
だからメールの相手がまさか岡島だとは露とも思わなかった。
「依頼主がお前だなんてびっくりしたぞ」
「それを言うならおれもっすよ。まさか鬼束パイセンが殺しを請け負ってるなんて今でも信じられないっすもん」
「もっと小声で喋れよ、聞こえるだろ」
「うぃっす」
店員さんは既に俺たちの注文した飲み物を運び終わって今は奥の厨房に入ってしまっているのだが、注意するに越したことはない。
というかこのアホに記憶消去の呪文をかけてさっさとこの場を立ち去ってしまおうか。
コーラを一気飲みしてゲップをしている岡島を前に本気でそう思っていると、紙ナプキンで口元を拭いた岡島は急に真剣な顔で俺を見た。
「専務はもう一千万円以上はおれに使ってるっす。このままだと専務の家マジで一家心中っすよ。ただでさえ会社が潰れて大変なのに……おれ社長一家には感謝してるんすよ。おれみたいな駄目な奴を社員として雇ってくれたりして」
「ふーん、そうか」
こいつ、自分が駄目社員ていう自覚はあったんだな。意外だ。
「専務に何言っても全然聞いてくれないし、マジどうしようかって……」
「だからって殺すことはなくないか?」
「じゃあどうしろって言うんすかっ。探偵使ってまでおれの居場所を探すんすよ専務っ」
「うーん……」
今すぐパッと妙案は思いつかないが。
「これ、百万入ってるんでお願いしますよ、鬼束パイセン」
札束の入ったコンビニ袋をテーブルの上に差し出す岡島。
岡島の初めて見る険しい表情に俺は岡島なりの覚悟を感じた。
「……わかった」
「鬼束パイセンっ」
「ただし、俺は殺す相手は悪人だけって決めてるんだ。だから俺が専務は悪人じゃないと判断した時はもう一度だけ俺から連絡する。その時は依頼は無しだ。このお金も返す。それでいいか?」
「よくわかんないけどオッケーっす」
「よし。じゃあ俺はもう行くからな。一応言っとくがこのことは誰にも言うなよ」
「うぃっす。あっ、鬼束パイセンっ」
レジに向かおうとして呼び止められる。
「なんだよ」
「このホットコーヒー飲んでもいいっすか? なんか体が冷えちゃって」
俺の飲み残したホットコーヒーを指差しへらへらとした顔を見せる岡島。
俺が知るいつもの岡島だ。
「勝手にしろよ」
俺はレジで岡島が頼んだコーラの代金もまとめて支払うと喫茶店をあとにした。
[初めまして。ネットの掲示板を見て連絡させていただきました。
僕の名前は速水翔です。群馬県でホストをしています。
早速ですが……殺してほしい相手は吉田まさ子といいます。
僕がホストをしている店によく来る六十間近のおばさんです。
僕はそのおばさんにかなり気に入られているようで、その人には旦那さんと息子さんがいるにもかかわらずそれこそ毎日のように店に来て、僕を指名し高いお酒をどんどん注文していきます。
店にとっては上客なのですが僕にとっては苦痛です。
彼女の家は決してお金に余裕があるわけではないので、このままだといずれ彼女の家庭は僕のせいで破滅してしまうでしょう。
しかしそれを本人に言ってもまったく聞き入れてもらえません。
このままではまずいと思い一度僕が店を移った際には、彼女は探偵を雇ってまで僕の新しい職場を突き止めて会いに来たくらいです。
彼女を止めるにはもう殺すしかないのです。どうかよろしくお願いいたします。]
――というかなり変わったタイプの殺害依頼だった。
「これは、よくわからない依頼だな……」
眉をひそめるような依頼だがそれでも依頼には変わりないので俺はとりあえずメールを返した。
複数回メールをやり取りして依頼主の速水さんが割と近くに住んでいることがわかったので、俺は佐々木久美子さんの件の時にも利用した喫茶店を待ち合わせ場所に決める。
防犯カメラがなく客もほとんどいないその喫茶店は待ち合わせ場所にはもってこいなのだった。
◇ ◇ ◇
翌々日。
俺は読心呪文と悪人感知呪文を発動させた状態で喫茶店へと赴いた。
読心は三時間、悪人感知は丸一日、呪文を唱えてから効果が続く。
ちなみに今は使っていないが千里眼の効果も三時間だ。
俺は待ち合わせ時刻の三分前に喫茶店に到着した。
すると店内には茶髪で毛先を遊ばせたヘアスタイルの男性客が一人だけ、こちら側を背にして座っていた。
事前のメールに書いてあった通り白いスーツを着用しているところを見ると、彼が依頼主の速水さんで間違いないだろう。
俺はその男性に近付いていき前に回り込むと、
「お待たせしました。devilです」
と名乗る。
それを受けて男性が顔を上げた。
そして俺の顔を見て、
「どうも初めまして――って鬼束パイセンじゃないっすかっ!?」
目を見開いた。
「お前っ……岡島っ!?」
「やっぱり鬼束パイセンだっ。devilって鬼束パイセンのことだったんすかっ?」
「じゃ、じゃあお前が速水翔か……?」
「はい、そうっす」
待ち合わせ場所で待っていた男は速水翔、もとい以前の勤務先での後輩である岡島だった。
◇ ◇ ◇
「いや~、久しぶりっすね鬼束パイセンっ」
「んなことはどうでもいいんだよ。お前偽名使うなよな」
「偽名じゃないっすよ。おれの源氏名っす。速水翔、かっけーっしょ」
岡島は白い歯を見せにかっと笑う。
相変わらず超がつくほどのイケメンだ。
「お前、メールだと別人みたいだな」
メールの文章はかなり丁寧に書かれていた。
だからメールの相手がまさか岡島だとは露とも思わなかった。
「依頼主がお前だなんてびっくりしたぞ」
「それを言うならおれもっすよ。まさか鬼束パイセンが殺しを請け負ってるなんて今でも信じられないっすもん」
「もっと小声で喋れよ、聞こえるだろ」
「うぃっす」
店員さんは既に俺たちの注文した飲み物を運び終わって今は奥の厨房に入ってしまっているのだが、注意するに越したことはない。
というかこのアホに記憶消去の呪文をかけてさっさとこの場を立ち去ってしまおうか。
コーラを一気飲みしてゲップをしている岡島を前に本気でそう思っていると、紙ナプキンで口元を拭いた岡島は急に真剣な顔で俺を見た。
「専務はもう一千万円以上はおれに使ってるっす。このままだと専務の家マジで一家心中っすよ。ただでさえ会社が潰れて大変なのに……おれ社長一家には感謝してるんすよ。おれみたいな駄目な奴を社員として雇ってくれたりして」
「ふーん、そうか」
こいつ、自分が駄目社員ていう自覚はあったんだな。意外だ。
「専務に何言っても全然聞いてくれないし、マジどうしようかって……」
「だからって殺すことはなくないか?」
「じゃあどうしろって言うんすかっ。探偵使ってまでおれの居場所を探すんすよ専務っ」
「うーん……」
今すぐパッと妙案は思いつかないが。
「これ、百万入ってるんでお願いしますよ、鬼束パイセン」
札束の入ったコンビニ袋をテーブルの上に差し出す岡島。
岡島の初めて見る険しい表情に俺は岡島なりの覚悟を感じた。
「……わかった」
「鬼束パイセンっ」
「ただし、俺は殺す相手は悪人だけって決めてるんだ。だから俺が専務は悪人じゃないと判断した時はもう一度だけ俺から連絡する。その時は依頼は無しだ。このお金も返す。それでいいか?」
「よくわかんないけどオッケーっす」
「よし。じゃあ俺はもう行くからな。一応言っとくがこのことは誰にも言うなよ」
「うぃっす。あっ、鬼束パイセンっ」
レジに向かおうとして呼び止められる。
「なんだよ」
「このホットコーヒー飲んでもいいっすか? なんか体が冷えちゃって」
俺の飲み残したホットコーヒーを指差しへらへらとした顔を見せる岡島。
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