37 / 118
第37話 依頼
しおりを挟む
[はじめまして、わたしは佐々木といいます。
今わたしにはとても憎い相手がいます。それはわたしがつい最近まで勤めていた会社の課長です。
その男の名前は門倉健吾といいます。
門倉は妻子がいるにもかかわらずことあるごとにわたしをしつこく夕食に誘ってきました。
直属の上司なので断るのも難しく、わたしは嫌々ながら二人きりの食事に何度も行きました。
ですがつい先日門倉の奥さんが会社に乗り込んできてわたしを見るなり「この泥棒猫っ!」と掴みかかってきたのです。
男性社員が間に入って止めてくれましたが社内は一時騒然となりました。
警察を呼ぼうという話も出たのですが会社側が渋り、わたしが門倉の奥さんを許すという形でその場を収めることになりました。
門倉の奥さんが帰ったあと門倉とわたしは部長室に呼ばれ事情を訊かれることになり、まずは門倉が説明を始めました。
すると門倉はすべてをわたしのせいにしたのです。
わたしはもちろん反論をしました。
しつこく誘ってきたのは門倉さんの方です、と。
なのに部長はわたしの話は一切信用せずに門倉の意見だけをうのみにしたのです。
部長は門倉と親交が深かったので一平社員のわたしではなく門倉の味方をしたのだと思います。
数日後わたしは窓際部署へ異動させられました。
周りからは好奇の目で見られ、出世も見込めず友達もいない部署でわたしは毎日門倉を恨みながら仕事をしています。
……もういい加減頭がおかしくなりそうです。
どうかわたしの力になってください。お願いします。]
とても今打ち込んだとは思えないくらいの長文のメールが俺のスマホに送られてきた。
「マジで依頼が来ちゃったよ……」
俺は驚きながらもう一度メールを読み返してみる。
だがこの文面を読んだだけでは佐々木さんという依頼主が俺に何をしてほしいのかよくわからない。
「どうするかな、これ……」
こんなメールは無視してさっさとメールアドレスを変更したほうがいい。
俺はそう思うも、頭の片隅では門倉という男に対して怒りのようなものもふつふつとわいていた。
「……う~ん……」
スマホを眺めながらうなること一分、俺の指は自然と返信ボタンの上に移動していた。
◇ ◇ ◇
メールを二、三度やり取りした結果、運がいいのか悪いのか佐々木さんが思いのほか近くに住んでいることがわかると俺たちは喫茶店で顔を合わせることにした。
俺はマスクをして帽子をかぶり軽く変装をしてアパートを出た。
初めはサングラスもかけていたのだがアパートの前でたまたまばったり出会った美紗ちゃんに「鬼束さん、その恰好、どうかしたんですか……?」と不審がられたのでサングラスだけは部屋に置いてきた。
◇ ◇ ◇
喫茶店に入ると佐々木さんらしき人はまだいなかった。
そこでとりあえず店の奥のテーブル席に腰を下ろすとホットコーヒーを注文して待つ。
しばらくしてから運ばれてきたホットコーヒーに息を吹きかけそっと口をつけた時だった。
カランカラン。
一人の女性が慌てた様子で店に入ってきた。
思わず二度見をしてしまうほどの美人だった。
その女性は息を切らしつつ腕時計を見てから席を見渡す。
俺はもしやと思いわかりやすく「ごほん」と咳ばらいを一つした。
するとその女性はやはり佐々木さんだったようで、俺のもとへと小走りで駆けてくると深々と頭を下げる。
「お待たせしてすみませんでしたっ」
シャンプーの匂いだろうか、長い髪が揺れたあとにバラの花のいい香りが俺の鼻孔をくすぐっていった。
「いえ、待ち合わせの時間はまだですよ。俺が早く着いただけですから」
実際その通りで待ち合わせ時刻までにはまだ十五分も余裕がある。
お互い緊張からか早く来すぎたようだ。
「わたし佐々木久美子です。鬼束さん、ですよね?」
「はい。えっと、とりあえず座ってください。立っていると目立つので」
「あ、すみませんっ」
佐々木さんはいそいそと俺の対面に座る。
「あらためて、鬼束です」
「佐々木久美子です。この度はわたしの話を聞いてくださって、その上会っていただけてありがとうございます」
「いえ」
ここで店員さんが注文を訊きにやってきた。
佐々木さんは店員さんにホットココアをお願いする。
「それよりメールでは詳しいことは書いていませんでしたよね。率直に佐々木さんは俺に何をしてほしいんですか?」
俺が訊ねると、佐々木さんは店員さんが奧の厨房に入ったのを確認してから俺の目をしっかりと見てこう言った。
「門倉健吾を抹殺してください」
今わたしにはとても憎い相手がいます。それはわたしがつい最近まで勤めていた会社の課長です。
その男の名前は門倉健吾といいます。
門倉は妻子がいるにもかかわらずことあるごとにわたしをしつこく夕食に誘ってきました。
直属の上司なので断るのも難しく、わたしは嫌々ながら二人きりの食事に何度も行きました。
ですがつい先日門倉の奥さんが会社に乗り込んできてわたしを見るなり「この泥棒猫っ!」と掴みかかってきたのです。
男性社員が間に入って止めてくれましたが社内は一時騒然となりました。
警察を呼ぼうという話も出たのですが会社側が渋り、わたしが門倉の奥さんを許すという形でその場を収めることになりました。
門倉の奥さんが帰ったあと門倉とわたしは部長室に呼ばれ事情を訊かれることになり、まずは門倉が説明を始めました。
すると門倉はすべてをわたしのせいにしたのです。
わたしはもちろん反論をしました。
しつこく誘ってきたのは門倉さんの方です、と。
なのに部長はわたしの話は一切信用せずに門倉の意見だけをうのみにしたのです。
部長は門倉と親交が深かったので一平社員のわたしではなく門倉の味方をしたのだと思います。
数日後わたしは窓際部署へ異動させられました。
周りからは好奇の目で見られ、出世も見込めず友達もいない部署でわたしは毎日門倉を恨みながら仕事をしています。
……もういい加減頭がおかしくなりそうです。
どうかわたしの力になってください。お願いします。]
とても今打ち込んだとは思えないくらいの長文のメールが俺のスマホに送られてきた。
「マジで依頼が来ちゃったよ……」
俺は驚きながらもう一度メールを読み返してみる。
だがこの文面を読んだだけでは佐々木さんという依頼主が俺に何をしてほしいのかよくわからない。
「どうするかな、これ……」
こんなメールは無視してさっさとメールアドレスを変更したほうがいい。
俺はそう思うも、頭の片隅では門倉という男に対して怒りのようなものもふつふつとわいていた。
「……う~ん……」
スマホを眺めながらうなること一分、俺の指は自然と返信ボタンの上に移動していた。
◇ ◇ ◇
メールを二、三度やり取りした結果、運がいいのか悪いのか佐々木さんが思いのほか近くに住んでいることがわかると俺たちは喫茶店で顔を合わせることにした。
俺はマスクをして帽子をかぶり軽く変装をしてアパートを出た。
初めはサングラスもかけていたのだがアパートの前でたまたまばったり出会った美紗ちゃんに「鬼束さん、その恰好、どうかしたんですか……?」と不審がられたのでサングラスだけは部屋に置いてきた。
◇ ◇ ◇
喫茶店に入ると佐々木さんらしき人はまだいなかった。
そこでとりあえず店の奥のテーブル席に腰を下ろすとホットコーヒーを注文して待つ。
しばらくしてから運ばれてきたホットコーヒーに息を吹きかけそっと口をつけた時だった。
カランカラン。
一人の女性が慌てた様子で店に入ってきた。
思わず二度見をしてしまうほどの美人だった。
その女性は息を切らしつつ腕時計を見てから席を見渡す。
俺はもしやと思いわかりやすく「ごほん」と咳ばらいを一つした。
するとその女性はやはり佐々木さんだったようで、俺のもとへと小走りで駆けてくると深々と頭を下げる。
「お待たせしてすみませんでしたっ」
シャンプーの匂いだろうか、長い髪が揺れたあとにバラの花のいい香りが俺の鼻孔をくすぐっていった。
「いえ、待ち合わせの時間はまだですよ。俺が早く着いただけですから」
実際その通りで待ち合わせ時刻までにはまだ十五分も余裕がある。
お互い緊張からか早く来すぎたようだ。
「わたし佐々木久美子です。鬼束さん、ですよね?」
「はい。えっと、とりあえず座ってください。立っていると目立つので」
「あ、すみませんっ」
佐々木さんはいそいそと俺の対面に座る。
「あらためて、鬼束です」
「佐々木久美子です。この度はわたしの話を聞いてくださって、その上会っていただけてありがとうございます」
「いえ」
ここで店員さんが注文を訊きにやってきた。
佐々木さんは店員さんにホットココアをお願いする。
「それよりメールでは詳しいことは書いていませんでしたよね。率直に佐々木さんは俺に何をしてほしいんですか?」
俺が訊ねると、佐々木さんは店員さんが奧の厨房に入ったのを確認してから俺の目をしっかりと見てこう言った。
「門倉健吾を抹殺してください」
10
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる