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第16話 ハート
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「お疲れさまです」
「お疲れっす!」
「お先失礼しまーす」
みんなが退社していく中、俺は昨日半日休んだ遅れを取り戻すべく残業を買って出ていた。
俺の前のデスクでは細谷さんも仕事を続けている。どうやら俺と同じ考えらしい。
いつしかフロアには俺と細谷さんの二人きりになり、パソコンのキーボードを打ち鳴らす音だけがフロアに響いていた。
カタカタ……。
カタカタ……。
カタカタ……。
俺は真剣な顔で黙々と仕事をこなしている細谷さんを盗み見ながらさっきの冴木の発言を思い返していた。
《お前のチョコだけは細谷先輩の手作りだったんじゃないか?》
いやいや、そんな……。
「……まさかな」
「え? 何か言った?」
ふいに細谷さんが顔を上げた。
予期せず目が合ってしまう。
まずい、無意識のうちに言葉が漏れ出ていたようだ。
「いや、なんでもないです。すいません」
「そう。ならいいんだけど」
「あ、俺そろそろ帰りますけど細谷さんまだ残ります?」
「うーん、どうしよっかな……」
時計を見上げる細谷さん。
時刻は七時半、外はすでに真っ暗だ。
「そうね、私も帰ろうかな」
「じゃあ俺が鍵閉めるんで」
「うん、ありがと」
帰り支度を済ませた俺と細谷さんは会社をあとにすると駐車場までを一緒に歩く。
俺は徒歩だが細谷さんはマイカー通勤なので駐車場まで一応見送ることにしたのだ。
「そういえばチョコありがとうございました。ホワイトデーのお返し、期待していてくださいね」
「え、いいってそんなの」
細谷さんは小さい手を振りながら遠慮する。
「いやいや、ホワイトデーのプレゼントは三倍返しって昔から決めてるんです」
すると細谷さんは少しうつむき、
「あのね……そのことなんだけどね、恥ずかしかったから言わなかったけど鬼束くんにあげたチョコ実は手作りなの」
「え……」
思いがけない言葉に固まる俺。
「それは、どういう――」
「だから出来れば今日中に食べてほしいな」
「あ……あー、はい」
「じゃあ、私の車あっちだから。ばいばい、また明日ねっ」
それだけ言うと細谷さんは逃げるように走っていってしまった。
俺は細谷さんの後ろ姿を眺めながらしばらくの間ただ呆然と立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
アパートに帰宅するとすぐにカバンからチョコを取り出す。
別れ際、あんな意味深なことを言われたからには早く中身を確認せずにはいられない。
意味もなく正座をしてから包装紙を丁寧にはがすと箱が出てきた。
一緒に手紙やカードのようなものが入っていることを期待していたが、そのようなものは入ってはいなかった。
少し残念な気持ちを抑えつつ俺はゆっくりふたを開ける。と、
「ぅおおーっ!」
中には大きなハート型のチョコが一個。
「……おいおい、マジかよっ」
もしかして本命ってやつか、これ……。
俺は胸の鼓動が高鳴るのを感じながらとりあえずそれをテーブルの上に置いて一呼吸つく。
うちのアパートの壁は薄いからあまり大きな声を出すと清水さん母娘に聞こえてしまう、落ち着け俺。
高揚した気分を落ち着かせてから俺は再度チョコに目を落とす。
間違いない……ハート型だ。
「むふふふふっ」
自然と笑みがこぼれてしまう。
今鏡を見たらきっとこれまで見たことないくらい緩みきった自分の顔が拝めるだろう。
俺は自分の太ももをつねってみた。
うん、痛い……夢じゃない。
などと馬鹿なことをしていると突然――
ピリリリリリ……。
ピリリリリリ……。
スマホの着信音が鳴った。
ちょっとびっくりしつつ、
「こんな時間に誰だ?」
スマホを手に取り画面を確認してさらにびっくり。
「細谷さんっ!?」
そこには細谷和美という文字が表示されていた。
「お疲れっす!」
「お先失礼しまーす」
みんなが退社していく中、俺は昨日半日休んだ遅れを取り戻すべく残業を買って出ていた。
俺の前のデスクでは細谷さんも仕事を続けている。どうやら俺と同じ考えらしい。
いつしかフロアには俺と細谷さんの二人きりになり、パソコンのキーボードを打ち鳴らす音だけがフロアに響いていた。
カタカタ……。
カタカタ……。
カタカタ……。
俺は真剣な顔で黙々と仕事をこなしている細谷さんを盗み見ながらさっきの冴木の発言を思い返していた。
《お前のチョコだけは細谷先輩の手作りだったんじゃないか?》
いやいや、そんな……。
「……まさかな」
「え? 何か言った?」
ふいに細谷さんが顔を上げた。
予期せず目が合ってしまう。
まずい、無意識のうちに言葉が漏れ出ていたようだ。
「いや、なんでもないです。すいません」
「そう。ならいいんだけど」
「あ、俺そろそろ帰りますけど細谷さんまだ残ります?」
「うーん、どうしよっかな……」
時計を見上げる細谷さん。
時刻は七時半、外はすでに真っ暗だ。
「そうね、私も帰ろうかな」
「じゃあ俺が鍵閉めるんで」
「うん、ありがと」
帰り支度を済ませた俺と細谷さんは会社をあとにすると駐車場までを一緒に歩く。
俺は徒歩だが細谷さんはマイカー通勤なので駐車場まで一応見送ることにしたのだ。
「そういえばチョコありがとうございました。ホワイトデーのお返し、期待していてくださいね」
「え、いいってそんなの」
細谷さんは小さい手を振りながら遠慮する。
「いやいや、ホワイトデーのプレゼントは三倍返しって昔から決めてるんです」
すると細谷さんは少しうつむき、
「あのね……そのことなんだけどね、恥ずかしかったから言わなかったけど鬼束くんにあげたチョコ実は手作りなの」
「え……」
思いがけない言葉に固まる俺。
「それは、どういう――」
「だから出来れば今日中に食べてほしいな」
「あ……あー、はい」
「じゃあ、私の車あっちだから。ばいばい、また明日ねっ」
それだけ言うと細谷さんは逃げるように走っていってしまった。
俺は細谷さんの後ろ姿を眺めながらしばらくの間ただ呆然と立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
アパートに帰宅するとすぐにカバンからチョコを取り出す。
別れ際、あんな意味深なことを言われたからには早く中身を確認せずにはいられない。
意味もなく正座をしてから包装紙を丁寧にはがすと箱が出てきた。
一緒に手紙やカードのようなものが入っていることを期待していたが、そのようなものは入ってはいなかった。
少し残念な気持ちを抑えつつ俺はゆっくりふたを開ける。と、
「ぅおおーっ!」
中には大きなハート型のチョコが一個。
「……おいおい、マジかよっ」
もしかして本命ってやつか、これ……。
俺は胸の鼓動が高鳴るのを感じながらとりあえずそれをテーブルの上に置いて一呼吸つく。
うちのアパートの壁は薄いからあまり大きな声を出すと清水さん母娘に聞こえてしまう、落ち着け俺。
高揚した気分を落ち着かせてから俺は再度チョコに目を落とす。
間違いない……ハート型だ。
「むふふふふっ」
自然と笑みがこぼれてしまう。
今鏡を見たらきっとこれまで見たことないくらい緩みきった自分の顔が拝めるだろう。
俺は自分の太ももをつねってみた。
うん、痛い……夢じゃない。
などと馬鹿なことをしていると突然――
ピリリリリリ……。
ピリリリリリ……。
スマホの着信音が鳴った。
ちょっとびっくりしつつ、
「こんな時間に誰だ?」
スマホを手に取り画面を確認してさらにびっくり。
「細谷さんっ!?」
そこには細谷和美という文字が表示されていた。
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