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第十三話

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「アリア、どうだった?」

 浴室から出てくると、ミシェルが出迎えてくれた。食事の準備がもうできているみたいで、美味しそうな食べ物の匂いがする。

「もう、こんなお風呂を知ってしまったら堕落してしまうんじゃないかって思うくらいよ」
「えっ……そ、そんなに? でも、そうよね。アリアは山の中で大変な修行をしていたんだものね」
「それはもう……あっ、気にしないで、お腹が鳴りそうだから気をつけてるの」
「ふふっ、腕によりをかけて作ったから、口に合うと嬉しいわ。この子が食べられそうなものも用意するわね」
「この子は私が食べるものを分けてあげるのがいいの。本当はあげちゃいけないようなものでも、全然平気だから」

 ナーヴェは子犬の姿に戻ってからはすっかり大人しくなってしまった。私の肩に乗ってぐでーっとしているけど、のぼせたりはしてないはずだから、そのうち元気になると思う。


 従魔の食事は、召喚士が食べるものを『分け与える』ということに意味があって、それが魔界からやってきて実体化しているナーヴェの身体を維持するために必要な儀礼となる。

「ありがとうございます、子犬用のお皿まで用意していただいて」
「いえいえ、いいのよ。ミシェルからお話は聞いたけど、すごい魔法で野盗を全員気絶させちゃったんですってね」
「お、お母様……ごめんなさい、家の外にはアリアの魔法のことが伝わらないようにするから」
「そんなに気にしすぎなくてもいいよ、街中で噂になったりしなければ」

 ミシェルのお母様も信頼できる人みたいで、ナーヴェが警戒していない。

 お話を聞く限りでは、野盗に襲われるなんて初めてのことで、ミシェルとご家族が穏やかな暮らしを送ってきたことがわかった。

 私を狙ってくるなら怖くないけど、周りの人に危害を加えるようなことはさせない。ゾルダート公爵家の人たちが大人しくしていてくれたらいいんだけど。

「アリア、どうしたの……?」
「ううん。この煮込みスープ、凄く美味しい……この粉はどう使うの?」
「それは砂漠地方で採れる香辛料の粉です。このあたりでは何にでも入れて食べますが、初めての場合は刺激が強いので、少しずつ足すのが良いですね」
「そうなんですね……じゃあ、少しだけ入れてみます」

 ナーヴェも欲しがってるけど、子犬の味覚で辛いものなんて大丈夫なのかな。様子見で私が自分で味見をしてみる。

「……あっ、美味しい。私は好きです、この味」
「良かった。帝都風の料理を出すお店もあるから、また今度行きましょうか」

 ミシェルに言われて、お店で食事をするなんてことがあるんだと知る。世間知らずすぎるので、この町で色々勉強した方がいいかもしれない。

 ナーヴェも食べたそうにしているけど、ごめんね、刺激が強いから。頭を撫でてなだめると、なんとか機嫌を直してくれた。

 そんな私たちを見て、親子三人が楽しそうに笑っていた。

 聖女だったときは、人とこんなふうに談笑しながら食事をすることなんて滅多になかった。

 ミシェルやこの町の人のために、何かしてあげられることはないだろうか。

 この目で見て、話して、力になりたいと思う人に出会ったら、聖女として使っていた力を使ってもいいのかな。

「この子、名前はなんて言うの?」
「この子はナーヴェっていうの。私の友達で、相棒みたいな子なのよ」

 お皿に飲み水を入れてもらって、ナーヴェは夢中で飲んでいる。この子がいると空気を和らげてくれるし、一緒に来てくれたことに感謝しないと。


 寝室に案内してもらって、もう今日は休むだけ――となったけれど、今日のうちにやっておきたいことがあった。

 月明かりの下、私はローラングの裏手にある井戸の様子を見に行った。

 ミシェルは水を貯めてあると言っていたけど、前に雨が降って地下水が溜まって、それを汲み上げておいたということみたい。また井戸の水が少なくなっていて、このまま雨が降らないと、遠くまで水を汲みに行く必要が出てくる。

 人が来ないかどうかをナーヴェに見ていてもらって、私は地面に魔法陣を描き始めた。魔族のナーヴェを呼び出す魔法陣とは大きく形が違っている。

 最後に、自分の髪を数本切って、束ねて編んだものを魔法陣の上に置く。短時間の間呼び出すだけなら、これくらいの『代償』でも大丈夫のはず。

「……汝、天界から地上に降りて、白き翼と共に顕現せよ。『天使ジブリス』」

 魔法陣が淡く輝き、その光が静まったあと。

 穏やかな月光の中で、青い髪を持つ、憂いを帯びた眼差しの男性が立っていた。
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