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第十二話

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 ナーヴェはぬるま湯をかけてあげると、私から少し離れて身体を振って水を飛ばす。そのまま出ていこうとするので、また捕まえて、桶にお湯を汲んで浸からせてあげる。

 自由に何でも使っていいと言われたけれど、普通はペットを外で水浴びさせてあげたりはしても、こんなふうにお風呂に入れたりはしないと思う。家の中で飼っているのなら、そういうこともあるのかな。

「ナーヴェは頑張ってくれたから、これくらいはいいよね。今日は特別っていうことで」

 私も石鹸を泡立てて身体を洗う。大神殿で使っていたものと違って石鹸に花びらが練り込んであって、果物みたいな香りもする。

「こんな贅沢していいのかな……」

 身体を洗うためのものだけじゃなくて、髪を洗うための調合石鹸も置いてある。隣の国で作られているもので、この国に交易品として持ち込まれているけど、王族と貴族しか使っていないらしい。帝都では高価だけど、この町では出回る数こそ少ないものの、銀貨五枚で買えるそうだった。

 高いのか安いのかは分からないけど、その値段の価値があるものなのだろうか。使い方は教えてもらっていたので、言われた通りにしてみる。髪に馴染ませて――あれ、こんなに泡が立つものなの? 身体を洗う石鹸とは違って、髪に指がするする通ってきしまない。

 髪を洗ったあとで、これもミシェルに教えてもらった通りに布でまとめる。髪留めで止める人もいるそうだけど、私は持ってないので、何かお仕事をして必要なものを買えたらいいんだけど。

 ――そのとき、後ろで水音がした。桶に入っていたはずのナーヴェがいなくなっている。

「ナーヴェ、どうしたの?」

 なみなみと張ってあるお湯に波紋ができていて、ナーヴェが入ってしまったことがわかる。

 怒られたりはしないと思うけど、ペットのナーヴェが直接浸かるならミシェルに聞いてからでないと――と思ったとき。

「……っ!」

 湯船から出てきたのは、子犬――ではなくて。

 銀色の髪を持つ、十歳くらいの男の子だった。

「…………」

 濡れた髪で顔が隠れているけど、男の子はそのままにしている。水面から頭だけ出して、俯いたまま。

 これが、ナーヴェのもう一つの姿。彼は召喚主の私から魔力を与えられた度合いによって、子供の姿になったり、もっと大人の姿になることもある。

 私の傷を治してくれたときに、血がナーヴェの身体に入った。それでも子犬の姿になっていたのは、ナーヴェが人の姿にならないように抑える意味もあったみたい。

「……ごめん、アリアンナ」
「ううん、怒ってはないけど。私こそ、無理にお風呂に入れてごめんね」

 ふるふる、とナーヴェが首を振る。子供の姿だと心まで子供になってしまう――大人のナーヴェは、最初に召喚したときの一度だけしか見たことがないけれど。

 ナーヴェは声を出すことに制約をかける代わりに、その三つの能力を発揮できるようにしている。それなので、謝ってくれただけでも魔力を消耗していた。

「勝手にその姿になっちゃったなら、戻るまで少しかかりそうね」

 お風呂場から知らない男の子が出てきたら、ミシェルや家族の人たちを驚かせてしまう。でも、このままお湯に浸からず待っていると風邪を引きそう。

「ナーヴェ、私も入ってもいい?」
「…………」

 ナーヴェは私の方を見ないように背を向けてくれる。二人入っても余裕のある広さなので、私も少し離れたところに浸かる。

 肩までそろそろと浸かってみると、思わず感激してしまう。これがお湯のお風呂――こんなのを覚えてしまうと、年中冬でも水浴びをする生活には戻れない。

 しばらくお風呂の感動を一人でかみしめたあと、私は後ろを向いたままのナーヴェを見た。

「その姿、久しぶりに見たけど……やっぱり、耳がふさふさしてるのね」
「…………」

 子犬の姿だと綿毛みたいだけれど、大きな姿になると毛の色が銀色になって、さらさらになる。人間の姿のナーヴェも、耳だけは犬耳になっている。

 乾かしたときの手触りはモフモフしていて、ずっと触っていたくなる。水に濡れているときは滑らかになっているみたいだけど、今まで触ったことがない。

「……耳を触らせてって言ったら、怒るよね?」
「…………」

 聞いてないふりをされたかな、と思っていると。

 ナーヴェがこちらに視線を向けずに様子を伺うようにする。触ってもいいってことみたい。

 彼にあげた魔力はそれほど多くはないから、人間の姿でいる時間はあと少しだけ。

 魔界の門番ナーヴェリウスが、人間の召喚士に手懐けられている――なんて言われてしまうこともあるみたいだけど。私はナーヴェが強いことや、立派な悪魔だということも気にせず、飼い主としてかまいたくなるのだった。
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