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第十一話
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山間の道を抜ける前から、なだらかに下る道の先に町並みが見えていた。
「これが私たちの暮らす町、ベナルタよ」
「わぁ……こんなに沢山の人が暮らしてるのね」
「この辺りは辺境……国境が近いから、隣国との商人の行き来が多いのよ。私たちは仕入れたものを山を超えて帝都方面に売りに行って、そのお金で仕入れをするの。持ち合わせも必要だから、こうして持っていたんだけどね」
金貨の詰まった袋は客車の床に置かれているけれど、ずっしりと重たそうだった。
商会の人がどんなふうに仕事をして、どんなふうに暮らしているのか。そういう話を聞いて想像しているだけでも楽しくなる。
「アリア、お父様も後で改めておっしゃると思うのだけど、助けてもらったことのお礼を……」
「ううん、気にしないで。夕食をご相伴にあずかれるだけでとても助かるわ」
「……あなたっていう人は。きっとあなたみたいな人を、聖女様みたいって言うのね」
「っ……こほっ、こほんっ」
「アリア、大丈夫? 空気が乾いているから、この辺りからは口元を覆わないと」
もちろん咳をしたのは驚いてしまったからだけど、こんな分かりやすい反応をしていてはそのうちぼろが出てしまうので、もっと気をつけて素性を知られてしまわないようにしないと。
私はアリア、山中でペットを連れて修行していた魔法使い。断食をしていたのでお腹が空いています。それは関係ないけど、さすがにお腹が空きすぎて頭が回らない。
ミシェルが口元を覆う布を着けてくれたけれど、確かに空気が乾いている――しばらく全然雨が降っていないみたい。
「ミシェル、このあたりは雨が少なかったりする?」
「ええ、この季節は特に……国境の向こうには砂漠が広がっているから、乾いた風が吹いてくるの。最近は河も干上がってしまうくらいなんだけど、うちは水を溜めてあるから大丈夫よ」
ローラング家にお邪魔して、食事ができるまでにまずお風呂に入るようにと言われたのだけど――立派な石造りの浴室で、なみなみとお湯が張ってあるところを見て、少し気が引けてしまう。すでにお風呂を沸かしてあったので、今さら水を節約しましょうなんて言えないけれど。
「せっかくだから、ありがたく使わせていただきます」
大神殿では法衣を洗って長い間着ていたけれど、さんざん言われていたとおり、ぼろ布を着ているだけにしか見えないのは確かで、新しい服を用意してもらえることになった。
お礼としてお金は受け取れないので、代わりに服や食事、そして当面泊まる場所を提供したいと言われると、こちらとしてもすごく助かるというか、捨てる皇太子様あれば拾う人たちありというか、経緯はひどかったけど出会えて良かったって気持ちになる。
「あ、ナーヴェ。何を逃げようとしてるの? 洗ってあげるからおいで」
てこてこと歩いてナーヴェが出ていこうとしたので、後ろからむんずと捕まえる。ナーヴェは最初はわたわたしていたけれど、そのうちあきらめて大人しくなった。
お風呂場には石鹸も用意されているし、泡立てるための布も貸してもらえたので、大神殿の入浴事情より全然良くなっている。それに、お湯でもない水での沐浴だったからね。お湯を使うのはどうしても必要な時に身体を拭くためくらいだったから、全身で浸かるってどういう感じなのか、ちょっとおっかなびっくりだったりする。
「さて……ペットを綺麗にするのは飼い主の務め。一緒に入っていいってご厚意をいただいたんだから、観念しなさい」
お湯が少し熱いのでどうしよう――と思っていると、ナーヴェが『氷の魔眼』をものすごく弱めて使って温度を下げてくれた。『赤熱の魔眼』で温め直せるから便利だけど、便利って言うと拗ねてしまうので、『ナーヴェすごい』と褒めてあげないと。
「…………」
「私のお世辞なんてお見通しっていうこと? ふふ、ナーヴェはすごいね」
この際なので、石鹸でわしゃわしゃとナーヴェの身体を洗う。
水をいっぱい使ってしまうことになるので、水不足の問題についても、早いうちに解決できたらと思う――お仕事で何度も頼まれてしてきたことなので、今回もうまく行くといいんだけど。
「これが私たちの暮らす町、ベナルタよ」
「わぁ……こんなに沢山の人が暮らしてるのね」
「この辺りは辺境……国境が近いから、隣国との商人の行き来が多いのよ。私たちは仕入れたものを山を超えて帝都方面に売りに行って、そのお金で仕入れをするの。持ち合わせも必要だから、こうして持っていたんだけどね」
金貨の詰まった袋は客車の床に置かれているけれど、ずっしりと重たそうだった。
商会の人がどんなふうに仕事をして、どんなふうに暮らしているのか。そういう話を聞いて想像しているだけでも楽しくなる。
「アリア、お父様も後で改めておっしゃると思うのだけど、助けてもらったことのお礼を……」
「ううん、気にしないで。夕食をご相伴にあずかれるだけでとても助かるわ」
「……あなたっていう人は。きっとあなたみたいな人を、聖女様みたいって言うのね」
「っ……こほっ、こほんっ」
「アリア、大丈夫? 空気が乾いているから、この辺りからは口元を覆わないと」
もちろん咳をしたのは驚いてしまったからだけど、こんな分かりやすい反応をしていてはそのうちぼろが出てしまうので、もっと気をつけて素性を知られてしまわないようにしないと。
私はアリア、山中でペットを連れて修行していた魔法使い。断食をしていたのでお腹が空いています。それは関係ないけど、さすがにお腹が空きすぎて頭が回らない。
ミシェルが口元を覆う布を着けてくれたけれど、確かに空気が乾いている――しばらく全然雨が降っていないみたい。
「ミシェル、このあたりは雨が少なかったりする?」
「ええ、この季節は特に……国境の向こうには砂漠が広がっているから、乾いた風が吹いてくるの。最近は河も干上がってしまうくらいなんだけど、うちは水を溜めてあるから大丈夫よ」
ローラング家にお邪魔して、食事ができるまでにまずお風呂に入るようにと言われたのだけど――立派な石造りの浴室で、なみなみとお湯が張ってあるところを見て、少し気が引けてしまう。すでにお風呂を沸かしてあったので、今さら水を節約しましょうなんて言えないけれど。
「せっかくだから、ありがたく使わせていただきます」
大神殿では法衣を洗って長い間着ていたけれど、さんざん言われていたとおり、ぼろ布を着ているだけにしか見えないのは確かで、新しい服を用意してもらえることになった。
お礼としてお金は受け取れないので、代わりに服や食事、そして当面泊まる場所を提供したいと言われると、こちらとしてもすごく助かるというか、捨てる皇太子様あれば拾う人たちありというか、経緯はひどかったけど出会えて良かったって気持ちになる。
「あ、ナーヴェ。何を逃げようとしてるの? 洗ってあげるからおいで」
てこてこと歩いてナーヴェが出ていこうとしたので、後ろからむんずと捕まえる。ナーヴェは最初はわたわたしていたけれど、そのうちあきらめて大人しくなった。
お風呂場には石鹸も用意されているし、泡立てるための布も貸してもらえたので、大神殿の入浴事情より全然良くなっている。それに、お湯でもない水での沐浴だったからね。お湯を使うのはどうしても必要な時に身体を拭くためくらいだったから、全身で浸かるってどういう感じなのか、ちょっとおっかなびっくりだったりする。
「さて……ペットを綺麗にするのは飼い主の務め。一緒に入っていいってご厚意をいただいたんだから、観念しなさい」
お湯が少し熱いのでどうしよう――と思っていると、ナーヴェが『氷の魔眼』をものすごく弱めて使って温度を下げてくれた。『赤熱の魔眼』で温め直せるから便利だけど、便利って言うと拗ねてしまうので、『ナーヴェすごい』と褒めてあげないと。
「…………」
「私のお世辞なんてお見通しっていうこと? ふふ、ナーヴェはすごいね」
この際なので、石鹸でわしゃわしゃとナーヴェの身体を洗う。
水をいっぱい使ってしまうことになるので、水不足の問題についても、早いうちに解決できたらと思う――お仕事で何度も頼まれてしてきたことなので、今回もうまく行くといいんだけど。
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