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8巻

8-2

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 第2話 開戦


 開戦の合図が告げられたことで両軍が衝突した。
 見ると、冒険者ギルドのグランドマスターであるグレゴリが、先陣を切って魔物の大軍へと駆け出している。
 彼はそのまま大型の魔物へと飛びかかったかと思うと、ガントレットを装備した拳を振り抜いた。
 瞬間、魔物の頭部が爆散する。
 流石、元最強のSランク冒険者なだけはある。

「俺に続けーっ!」

 グレゴリに続いて他の冒険者たちも、次々と魔物を倒していく。

「アレ、人間か……?」

 フランがグレゴリを見てそう呟くが、俺も思っていることは同じだ。
 どう見ても人間の放てる一撃の強さじゃなく、アレで現役ではないというのは到底信じられない。

「化け物だろ……」
「ハルがそれを言うか?」

 フランから呆れたような視線を感じたがスルーした。
 さて、そろそろ俺も動かないといけないな。
 邪神を倒す前に、まずは使徒を倒す必要がある。確実に俺の邪魔に入ってくるだろうからな。
 ……そういえば、魔王軍の四天王でありながら裏切ったギュレイの姿が、敵軍の中に見えない。

「フラン、ギュレイの居場所はわかるか?」

 俺の質問にフランは首を横に振った。

「いや……だが、ギュレイはあいつらが倒すと言っていたからな。任せるつもりだ」

 フランがそう言って後ろを振り返った。
 俺も釣られて振り返る。
 そこには、新たに四天王となったハイザックとアルバンが跪いていた。

「魔王様、裏切り者はこの手で始末いたします」
「ハイザックの言う通り、お任せください」
「うむ。頼んだ」

 へぇ、それなら問題ないな。
 そこで俺はふと思い立ち、ハイザックとアルバンにあることをお願いすることにした。

「二人とも、ちょっとギュレイに伝言を頼まれてくれないか?」
「……伝言?」
「そう。アイツ、俺にボコボコにされて怒っていたからな。『必ずこの手で殺す』とか言われたし」
「ふっ、いいだろう。なんと伝えればいい?」
「そうだな……『あわれな邪神と初代魔王と一緒に死んでおけ。墓穴は自分で用意しておけ』ってところかな」
「ずいぶんとあおるじゃないか」
「ああ。ギュレイは沸点ふってんが低かったからな」
「ははは、確かにそういう奴だったな」

 ハイザックとアルバンの二人は面白そうに笑い、立ち上がる。

「では、私とアルバンも出陣しよう」
「しっかりと伝え、この手で殺しておくから任せておけ、ハル」
「頼もしい限りだ。フランもそう思うよな?」
「もちろんだ。ハイザックとアルバン、頼むぞ。私は状況を見て、アロギスを倒しに向かうからな」
「「御意ぎょいっ」」

 俺はそんな三人の様子に頷き、口を開く。

「それじゃあ俺も行ってくる。ハイザック、アルバン。フランにもしものことがあれば、頼んだぞ」
「任せろ。身をていしてでも守ってみせる。それが騎士の役目だ」
「私も同じだ。必ず守ってみせる」

 頼もしい二人の言葉に頷いた俺は、軍勢の奥で浮遊しているルシフェルを目指して移動を始める。
 当然、そこに辿たどり着くまでに、魔物や魔族、堕天使の軍勢がいるが――加減や容赦など必要ない。
 これにこの程度の数なら、準備運動には丁度いいだろう。

「――地獄の業火インフェルノ!」

 俺の手のひらから黒炎が放たれ、目の前にいた軍勢を焼き尽くす。
 この一瞬で千ほどは減っただろう。
 しかしそこになだれ込むようにして、敵の新手が迫ってくる。

「――八岐大蛇ヤマタノオロチ

 俺の目の前に、黒い炎で作られた日本神話の怪物が出現した。
 俺は無慈悲むじひに告げる。

「すべてを焼き滅ぼせ」

 命令に従い、八岐大蛇ヤマタノオロチは敵に向かってブレスを放ち一掃いっそうする。
 しかし再び、敵が道を塞いだ。

「道を開けろ、雑魚ざこども。消し炭になりたくなかったらな」

 威圧を放ちながら俺がそう告げると、若干だが後ずさる敵の軍。
 それでも、道を開けようとはしなかった。

「そうか。死にたいんだな?」

 俺は手を上げ、振り下ろす。
 それにあわせて八岐大蛇ヤマタノオロチがブレスを放ち、その射線上にいた敵を消し炭へと変えた。
 そして俺は、魔物や魔族、堕天使が消えたことで作られた道をゆっくりと歩き出す。
 呆然ぼうぜんとしていた敵軍は、はっとしたように襲いかかってくるが、そのすべてを八岐大蛇ヤマタノオロチが焼き滅ぼしていく。
 気付けば俺は、敵陣の奥深くまで入り込んでいた。
 一度後ろを振り返ると、そこには俺によって作られた一本の道があった。
 ここまで目立ったんだ、奴らも俺の居場所はわかるだろう。
 そんなことを考えていると、大きな気配を三つ、付近に感じ取る。
 俺はゆっくりと向き直り、その存在たちへと声をかけた。

「――ずいぶんと遅い登場だな、ルシフェル?」

 そこにいたのは、俺の標的――先ほどまで邪神軍の上空にいた三人だった。

「よくここまで来られましたね、大変だったでしょう」
「俺の実力を知っていてそう言っているのか?」

 俺の言葉に、ルシフェルは鼻で笑う。

「もちろん冗談ですよ。あなたの実力ならば、この程度の軍勢など無意味でしょうから」
「なら、早々に俺を潰そうってわけか?」
「ええ。最も厄介な相手があなたですからね」
「褒め言葉として受け取っておこう。それで、俺の相手はルシフェル、お前か?」
「ええ」
「――待て、ルシフェル。コイツは我の獲物だ」

 頷いたルシフェルに、反論する者がいた。
 アロギスだ。

「ならお譲りしましょうか?」
「待って。それなら私が戦いたいわ」

 すると、もう一人の使徒らしき魔術師が、割って入ってきた。
 この声……こいつ、女だったのか。

「はじめまして、超人間ハイヒューマンさん。私はそこのルシフェルやアロギスと同じ【四天してん】が一人、『時天じてん』のエレオノーラです」

 エレオノーラは優雅な一礼をしてみせた。
【四天】……初めて聞いたが、おそらく使徒の別名だろう。文字通りなら四人だろうから、先日の四天王の反乱で俺が倒したエレオスを除いて、この三人が残る邪神の使徒ってわけだ。

「……ハルトだ」
「ハルトさんですね。私のお相手をしてくださりませんか?」
「結構だ」

 俺が断ったことで、エレオノーラから不機嫌そうな気配が伝わってきた。
 しかし俺はそれを気にせず、アロギスに向き直り告げる。

「魔王アロギス。お前の相手は俺じゃない」
「なに?」
「現魔王のフランが、お前の相手をすると言っていた」
「あの吸血鬼の小娘か」

 先日顔を合わせた時のことを思い出したのだろう、笑みを浮かべる。

「……面白い。今代魔王がどの程度か、この我が直々に確かめてやろう。奴を殺したら次は貴様の番だ、せいぜい待っていろ」
御免ごめんだね。みじめに負けておけ」
「減らず口を。まあ良い。小娘の居場所はわかっている。すぐに片付けて貴様の相手をしてやる」

 そう言ってアロギスは、転移でこの場から消えていった。
 この場に残ったのはルシフェルとエレオノーラ。
 二人に視線を向けると、ルシフェルが冷ややかな目をエレオノーラに向けていた。

「エレオノーラ。あなたには軍勢の指揮を任せているはずです」
「それもそうですね。わかりました。ここはあなたに譲りましょうか……はあ、面倒です。ですがまあ、所詮しょせん脆弱ぜいじゃくな人間と魔族の集まり。すぐに片付けてきましょうか」

 そうため息をつくエレオノーラに、俺は口を開く。

「おい、エレオノーラと言ったな」
「なんですか? もしかして私と戦いたいのですか?」
「違う」

 俺は一拍置き、エレオノーラに言い放った。

「あまり人類をめるなよ。俺以外にも、強い奴らは沢山いる。せいぜい苦しむことだな」
「……面白いことを聞きました。ではその者たちをむごたらしく殺すことにします。では」

 エレオノーラはそう言うと、アロギス同様に転移で消えていった。
 その場に残ったのは、俺とルシフェルのみ。
 俺はルシフェルの一挙一動を見逃さずに様子をうかがう。
 ルシフェルはそんな俺の様子を見て笑った。

「ハルトさん。私を警戒しているので?」
「当たり前だ」

 格上が相手だ、警戒しない方がおかしいだろう。

うれしいことですね。では、そんなあなたに免じて、私からいかせていただきましょう」

 ルシフェルがそう告げた直後、俺の周囲にいくつもの魔法陣が展開された。
 俺は逃げられないと本能的に察し、即座に空間断絶結界イージスを展開した。
 魔法陣から放たれた魔法が直撃して、結界が大きく揺さぶられる。
 ほどなくして攻撃がやみ、ルシフェルから称賛の声が上がった。

「今のを耐えますか……素晴らしい力ですね。敵にしておくのが勿体もったいないくらいです」
「ありがとう。だけどずいぶんと余裕そうじゃないか」
「ええ。あなたは私よりもですから」

 たしかに、今の俺はルシフェルよりレベルが低い。
 だがしかし、それは数字だけの話だ。

「本当にそうかな?」
「――なるほど」

 ルシフェルがその場から後退したのと同時、先ほどまで立っていた足元から、土でできたやりが無数に襲いかかった。
 当たっていれば多少のダメージは与えることができただろう。

「危ないところでした」
「そう言う割には軽々とけてたじゃないか」
「おや。演技は得意だと思っていたのですがね」

 この態度、本当に余裕なのだろう。

「その余裕な態度がどこまで続くか見物だな」

 俺はそう言いつつ、エリスに確認する。
 エリス、防御魔法の発動は、ここから任せていいか? そのぶん攻撃魔法に集中したい。

《――了解しました。これより防衛に専念いたします》

 俺は一つ頷くと、高速移動のスキル『縮地』を使い、ルシフェルへと接近して抜刀する。

桜花一閃おうかいっせん・絶」

 空間すらも切断する、強力な技だ。
 しかしルシフェルに向かって一直線に放たれた俺の愛刀――黒刀紅桜こくとうべにざくらは、奴の周囲に展開しているによって弾かれた。
 ルシフェルは俺の渾身こんしんの一撃を、いともたやすく防いだのだ。
 まるで、俺が使っている空間断絶結界イージスのようにびくともしなかった。
 目を見開く俺に向かって、ルシフェルが手のひらを向ける。

「甘いですね。その程度では私には届きませんよ?」

 向けられた手のひらに、小さな拳ほどの黒い火球が出現する。

「――断罪の業焔エルメキア・ゼロ

 今にも放たれそうな火球をかわそうとするが、ルシフェルはそれを良しとはしなかった。
 俺の左右と背後を囲むように、土の壁が形成されたのだ。
 このタイミングだと転移の発動も間に合わない。
 完全に逃げ場所を失った俺だが、こちらには優秀な相棒がいた。

空間断絶結界イージスを三重展開します》

 エリスによって空間断絶結界イージスが展開され、ルシフェルの放った魔法が直撃した。
 それと同時に、一枚目の空間断絶結界イージス呆気あっけなく砕け散った。
 二枚目も多少は耐えたがほどなく破壊され、最後の三枚目にぶつかったところで、火球は消滅した。
 正直笑えないほどの威力だ。
 まさか空間断絶結界イージスがこうも簡単に破壊されるとは思いもしなかった。
 どういう原理だろうか?
 そんな俺の疑問にいつも答えるのは、最高の相棒であるエリス。

《ルシフェルが先ほど放った魔法『断罪の業焔エルメキア・ゼロ』からは、時空魔法の魔力が感じ取られました。火魔法と時空魔法を合わせた複合魔法だと予想します。また、ユニークスキル『熾天してん』の効果も相乗して、威力が上昇していると推測します》

 ユニークスキルか……たしかこんな効果だったっけ。


〈熾天〉
  空間支配、空間操作、先読み、魔法創造、思考加速、鑑定、結界の能力を有する。
  半径百メトル圏内の魔法攻撃威力を意のままに半減できる。
  常時自身の魔法効果、威力を二倍強化。
  一度見た能力の再現コピーができる。


 とはいえ、火魔法や時空魔法は俺も使えるからな。
 同じ魔法を使えるんじゃないか?

《可能です。同等の魔力を込めた場合でも、マスターはスキルの恩恵で攻撃魔法の威力上昇倍率が高いため、高い威力が出せます》

 なるほど、それなら申し分ないな。
 俺は準備をしつつ、ルシフェルを見つめる。
 対するルシフェルも、俺を見て面白そうに笑みを浮かべていた。

「まさか、無傷とは思いませんでした。かつて敵対した者どもも、大抵はこれで倒せたのですがね」
「そうか。ところでお前は自分の魔法に耐えられるのか?」

 俺はルシフェルに手のひらを向ける。

「もちろんですよ。ですがあなたは使えな――」
「――断罪の業焔エルメキア・ゼロ
「――なっ!?」

 俺は手のひらに拳ほどの黒い火球を発生させ、そのまま放った。
 ルシフェルは迫る火球を前に、結界を展開する。
 しかしその結界はあっさりと破れ、火球がルシフェルに直撃した。
 おそらくだが、俺の使う空間断絶結界イージスと同様に、空間をへだてた結界だったのだろう。しかし強度不足だったようだ。
 これだけじゃ終わらない。

「ほら。まだまだ沢山あるぞ」

 そんな俺の言葉とともに、黒い火球が、ルシフェルを囲むように出現した。
 軽く見積もっても百は下らない。

「いい魔法を教えてもらった礼だ。受け取ってくれ」

 そして俺はルシフェルに向かって放つのだった。



 第3話 【熾天】ルシフェルⅠ


 完全に不意をついた攻撃だったはずだ。
 しかしルシフェルは、迫りくる魔法を見て魔法名を口にした。

「――堕天の世界フォールン・ザ・ワールド

 それが発動された直後、ルシフェルへと次々に火球が着弾し、周囲は爆炎にいろどられる。
 しかしその煙が晴れた後、そこにいたのは無傷のルシフェルだった。
 アレを受けて無傷だと!?
 俺が動揺していると、ルシフェルが感心したように口を開いた。

「まさか私の技が盗まれるとは思いもよりませんでした。素直に称賛いたしましょう。ですが、では、私に対するどのような魔法も弱体化されます」

 ルシフェルの言っていることは事実だろう。
 じゃないと無傷だったことの説明がつかない。
 だが、こちらの攻め手がなくなったわけじゃない。

「なら試してみるとしようか。魔法というが、物理攻撃に対してはどうだ?」

 俺は人差し指を天に掲げる。
 さあ、天変地異にどうやって対応するかな?

「――メテオインパクト!」

 上空を覆っていた雲を轟音ごうおんとともに放射状に吹き飛ばしながら、宇宙空間から地上を目指して進む隕石いんせきが姿を見せた。
 突然の事態に戦いが止まり、戦場全体が静寂せいじゃくに包まれる。

「なるほど。そうきましたか」

 面白そうに呟くルシフェルの背後では、敵兵たちが自陣へと逃げ走っていく。
 もちろん、こちら側の軍も直撃すればただでは済まないが……俺が結界を張っておくから心配はない。
 フィーネたちはどうせ呆れているのだろうけど。

「――たしかに、物理攻撃は効果の範囲外です。ですが、私に壊せないとでも?」

 ルシフェルはどこからともなく一本の剣を取り出し、天に向かって掲げる。
 それは身のたけ以上の長さがある長剣であった。
 そしてルシフェルはそれを一閃。
 ルシフェルに迫っていた隕石は真っ二つに両断され、地上に落ちる。
 俺は重力魔法を使い、上空で二つに切断された隕石を操作して敵軍へと落とすことで被害を拡大させた。
 もう一度ルシフェルに向けても良かったが、どうせまた切断されるのがオチだっただろうからな。

「私としたことが、これは失態ですね」

 周囲の被害を見たルシフェルがそんなことを呟いた。

「そうは思ってないように見えるけどな」
「まぁ、そうですね。有象無象うぞうむぞうなど私にとってはどうでもいいのですよ」

 これは本当にそう思っているんだろうな。
 俺はルシフェルへと縮地を使って接近して抜刀する。
 その一撃は、キンッと甲高かんだかい音ともに、容易たやすく防がれてしまった。
 だが俺の目的は刀を当てることじゃない。
 空いた片手をルシフェルに向ける。

「――大爆発エクスプロージョン!」

 大爆発が発生し、周囲が炎で彩られる。
 俺はすかさずふところから、ビー玉サイズの魔道具を取り出した。
 これは魔石をベースにして俺が作り出したもので、込められた魔力量に応じた威力で爆発するというものだ。
 俺はルシフェルから距離を取ってその球を弾き飛ばした。


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