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7巻
7-2
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「帝国とはずいぶんと違いますね」
「それはそうよ。王都は区画整理がしっかりしていて、家が建つ場所も決まっているもの」
アイリスが自慢げにそう言う。
「そうですね。たしかにとても綺麗に整備されています。これまでの道にも、スラムらしきものはありませんでしたし……これは帝国も見習わないといけないですね」
「そう言ってくれると嬉しいわ。でも、ガルジオ帝国とペルディス王国とではまた違った良さがあるじゃない」
「たしかにアイリスの言う通りですね」
そんな会話をしているうちに、俺たちは屋敷へと到着した。
屋敷を見たシャルの第一声は「思ったより普通ですね?」であった。
俺のことを何だと思っているんだ?
だが、内装は魔改造されており、地下には広大な訓練場、もとい闘技場だってあるのだ。
きっと驚くに違いない。
そう思いながらも俺たちは馬車を降り、屋敷の中に入ると……
「「「おかえりなさいませ。ご主人様、奥様方」」」
ずら~っと並んだメイドと執事の面々。明らかに以前より人数が増えている。
「た、ただいま?」
少し驚きながらも返事をした俺だったが、屋敷を出て行った時の倍以上の数になっていたので反応に困ってしまった。
「セバスにライラ、ミアも頑張ってくれていて何よりだ」
セバスと、メイドを取りまとめているライラとミアにそう声をかける。
俺の労いの言葉に、三人は「ありがとうございます」と一礼した。
そこで俺は、増えたメイドたちの数が気になったのでセバスに聞いてみた。
「セバス、メイドの人数だが……俺たちが出ている間にどのくらい増えた?」
「そうですね……」
セバスは少し考える素振りをしてから答える。
「現在は百五十名ほどかと」
「はぁっ!?」
驚きのあまりそんな声が出てしまった。
それは俺以外も同じでフィーネやアイリスたちも同様だった。
たしかに増やしてくれと言っていたが、そこまで増えているとは思いもよらなかった。
「待ってくれ。そこまで人数が増えたのはいいが、何をさせているんだ?」
「現在は商会の経営などをしております」
ああ、商会か。俺が立ち上げたアシュタロテ商会は、ブビィという商人とセバスたちに任せたんだったな。
でも……
「商会ってまだ一店舗だけだったよな?」
俺の問いに答えたのは、セバスではなくライラだった。
「いいえ、ハルト様。現在商会は王都で三店舗ございます」
「三店舗!?」
「はい。売り上げは本店が開店してから現在まで、上昇を続けております」
ブビィ、そこまで頑張っているのか?
あとで労ってやらないといけないようだ。
さらにミアが続ける。
「現在アシュタロテ商会は大商会の仲間入りをし、他国でも店を構える準備を進めているところです」
俺はもう何も言えなかった。
自分で作った商会が、気が付いたら大商会にまでなっているのだから。
「そ、そうか。程々に、な?」
「はい。それで……その方はハルト様が仰っていた方でしょうか?」
セバスたちの視線の先には、俺たちがペルディスを出るまではいなかった人物、シャルがいた。
自分のことを言っているとわかったシャルは、一歩前に歩み出て自己紹介する。
「私はガルジオ帝国第二皇女、シャルロット・フォン・ガルジオです。この度、ハルトの婚約者となりました。よろしくお願いします」
まさかの肩書に、セバスとライラ、ミアは一瞬だけ固まる。
しかし少しして我に返ったセバスたちは、自己紹介をした。
「セバスチャンと申します。この屋敷の執事長を任されております」
「私はライラと申します。この屋敷のメイド長をやらせていただいております」
「同じくメイドのミアと申します」
三人の紹介に、シャルは「よろしく」と返事をし、握手を交わした。
「ハルト様。旅の疲れを取るために、浴場に行ってはいかがですか?」
「ああ、いいな」
セバスの提案に一同が賛成した。
すると、セバスはゼロの方に向き直る。
「そうでした、ゼロ」
「はい。セバス様」
「しっかりとできましたか?」
「はい。まだまだ精進が必要ですが」
「わかりました。頑張ってください。執事道は永遠ですよ?」
「心得ております」
ゼロは長い時を生きるドラゴンだが、俺に仕える執事として、セバスに師事している。
そのため、こうして頭が上がらないのだ。
そんなこんなで浴場で疲れを取った俺たちだったが、その日は王城には行かないことにした。
疲れていることもあり、明日ということで話がまとまったのだ。
それから、アイリスとアーシャ、鈴乃に屋敷を案内してもらったシャルは、闘技場について熱く語っていた。
そしてそのままクゼルと意気投合し、闘技場へと向かってしまった。
クゼルと気があって何よりである。クゼルにとってもいい訓練になるだろう。
……せっかく風呂入ったのに。まあ、何度でも入れるからいいんだけどさ。
「ハルトさんは今日、これから何をするんですか?」
フィーネの問いに俺は考える。
何を、と言われても、やることがないので暇なのである。
「まだ決めてないな。他の皆は?」
「鈴乃さんにアイリス、アーシャさんの三人はお夕飯を手伝うとかで厨房に。エフィルさんは寝てしまいました」
「ア、アイリスが厨房に? 大丈夫なのか……?」
以前、『お菓子らしき炭の塊』を出されたことがあるため、思わずそう尋ねてしまう。
「た、多分? アーシャさんと鈴乃さんがいますし」
「二人を信じるしかないか」
「ですね」
結局、やることがなかった俺とフィーネは、庭に椅子とテーブルを置いてのんびりお茶を飲みながら談笑するのだった。
――翌日。
俺とフィーネ、アイリス、アーシャ、鈴乃、シャルの六人で王城を訪れた。
他の面々は屋敷でゆっくりしてもらっている。
ああ、クゼルはゆっくりというか、地下でトレーニングするとか言って来なかった。まぁいつものことだな。
俺たちはすぐに会議室に通され、ディランさんと面会した。
「久しいなハルトにフィーネ、イチノミヤ殿」
「忙しかったけど元気にやっている」
「お久しぶりです、陛下。ハルトさんと同じく私も元気です」
「陛下も元気そうで何よりです」
三者三様に、ディランさんに返事する。
「うむ、ならばよい。アイリスも息災だったか?」
「元気よ、パパッ! 強くなったし料理も上手くなったわ!」
「そ、そうかアイリス。何よりだ。そ、それでガルジオ帝国での出来事だが、ガルジオ皇帝から聞き及んでいるぞ!」
アイリスの顔を見て嫌な予感がしたのだろう。ディランさんは話題を変えた。
「シャルロット第二皇女殿下も久しいな」
「ペルディス王陛下もお元気そうで何よりです」
シャルはディランさんへとお辞儀した。
と、ディランさんはこちらを見る。
「ハルト、ガルジオ帝国の第二皇女がここにいるということは、もしや……?」
「察しがいいな。シャルは俺の婚約者になった……あと、ベリフェール神聖国の聖女イルミナもな」
「やはりか。まあいいが、少し婚約者が多すぎではないか? これではアイリスが心配だ」
「かもな。だけど俺は彼女たちの想いには全力で応えるつもりでいる」
「うむ。それが正しいな。アイリスも頼むぞ?」
「言われなくても」
俺の言葉にディランさんが満足そうに頷く。
安心してもらったところで、今日の本題に入る。
今回王城に来たのは、アイリスの里帰りやシャルの顔合わせもあるが、それとは別に魔王の件を話しておかねばならないからだ。
「ディランさん。悪いが早速本題に入らせてもらう」
「わかっている――魔王、であろう?」
「その通り。俺が倒した四天王の二人だが、どうやら魔王の指示で侵攻してきたわけではないらしい。もしかすると、魔王は争いを望んではいない可能性もあると俺は考えている。だからそれを調べに、魔族領へ行く必要があるんだが……」
「おいそれと『そうですか』とは頷けない話だ。魔族領にはハルト一人で?」
その問いに俺は首を横に振った。
「いや、天堂を同行させようと考えている」
「ふむ。テンドウ殿というと勇者たちのリーダー、だったか?」
「ああ、そうだ。二人で行こうと思っているが、その前に各国に話を通さなくてはいけない」
「その方がいいだろうな。なら冒険者ギルドの長も同席させるか?」
「冒険者ギルドの長? ギルドマスターじゃなくて?」
「ああ。グランドマスターだ」
俺は聞きなれない言葉に頭を捻る。
俺は冒険者の先輩であるフィーネを見るが、彼女もピンときていないようだ。
すると、シャルが教えてくれた。
「グランドマスターというのは、各地にある冒険者ギルド全体を統括する存在です。今のグランドマスターは、グレゴリ・アルフレート。かつて『滅びの拳王』とまで呼ばれ、当時は最強のSランク冒険者と言われていた御仁ですね。まぁ、ほとんどの冒険者とはかかわりがないので、知らなくても仕方ないでしょう」
「なるほど、そのグランドマスターに話しておけば、各地のギルドにも話が通るって考えていいのか?」
「そうですね」
そんな人がいたのか。せいぜいが支部のギルドマスターとしか会ってこなかったから知らなかった。
「だったら同席してもらった方がいいよな」
俺がそう言うと、ディランさんは頷いた。
「では各国に通達を出しておこう。勇者はどうする? グリセントの者から連絡させるか?」
「いや、俺から連絡しておこう」
「了解だ」
それから俺たちはしばらく、帝都や神都で起こったことを、ディランさんに話して聞かせるのだった。
王城をあとにした俺たちは、とある場所へと向かっていた。
俺が設立したアシュタロテ商会の本店である。
「ハルトさん、商会に行くのも久しぶりですね」
「そうだな。なんか想像より大きくなっているみたいだし……」
「みたいですね……」
しばらく歩き、商会の前に到着すると、長蛇の列ができていた。
従業員も、見慣れない者が結構いる。
俺たちは、想像以上の繁盛ぶりに唖然としてしまった。
「店、大きくなってるわね……」
アイリスの言葉に、シャルを除いた全員が頷いた。
大商会の仲間入りという言葉に、ようやく実感がわいてきた。
商会を立ち上げた当初、妨害してきた他の商会を潰したのも、この成長に関係しているのかもしれないが……にしても、大きくなったものだ。
ブビィだけではなく、従業員全員にボーナスとか出した方がいいだろうな。
道に突っ立っていると通行の邪魔になるので、俺たちは賑わっている店内へと入った。
皆忙しそうにしていたが、ブビィはいるかと尋ねると、すぐに彼の待つ一室に案内された。
挨拶もそこそこに、しばらく帰ってこられなくなることを告げる。
「――わかりました。それで、今回はどちらに?」
「魔族領だ」
「そうですか、魔族領ですか……え? マジですか?」
頷いていたブビィだったが、すぐに固まる。
「マジだ。今の魔族の動きの理由がどうにもわからないからな。直接行って魔王と話してくる。話し合いに応じてくれるかは、今のところ不明だけど」
「そうですか。帝国でも魔族の四天王が出たのを、ハルトさんが倒したと聞きました。気を付けてください」
商人の耳に届くのは早いな。情報も商品の一つってことか。
「じゃあ俺たちはもう行く。邪魔になるしな」
「邪魔ではないですよ。皆、ハルトさんに会えたこと、喜んでいるくらいですよ」
それでも長居するのは申し訳ないので、俺たちはそそくさと退散することにしたのだった。
屋敷への帰り道、フィーネたちが街中にできた新しい店なんかについて話しているのを尻目に、俺は通信用魔道具を使って天堂へと呼びかけた。
『天堂、聞こえているか?』
この魔道具は一般には流通していないので、傍からは変な物をじっと見つめている怪しい奴にしか見えない。ペルディスに着いてすぐ、セバスに連絡した時は馬車だったからよかったけど、今は屋外なので周囲を気にしながら使う。
しばらくして、天堂から反応があった。
『この声は晴人君かい?』
『そうだ。ちょっと用があってな。今時間あるか?』
『うん。大丈夫だよ。今は皆と一緒に、グリセントの兵士と訓練をしていたところだよ』
天堂たち勇者と別行動すると決めた時、彼らはグリセントで訓練すると言っていた。
どうやら頑張っているようだ。
なんとなく感慨深いが、さくっと用事を伝える。
『近々魔族領に行くことになった』
『魔族領に!?』
驚く天堂の声に反応したのか、他のクラスメイトの声も微かにだが聞こえてきた。
『晴人君、どうして突然魔族領に?』
『ちょっと前にガルジオ帝国に行ってたんだが、四天王の一人に襲撃されてな』
『襲撃!?』
『ああ。それで倒したんだが、どうやら四天王の襲撃は魔王の意思ではないらしい。だから、一度魔王と話した方がいいと思ってな。それで勇者であるお前にも同行してもらいたいんだ』
『それは葵とかも一緒に?』
天堂が他の勇者の名前を上げるが、俺は否定する。
『いや、今回ばかりは二人きりだ』
『なるほど、そういうことか。少人数の方が動きやすいし、危険が少ないと』
『そういうことだ。それで天堂にはいったん、ペルディス王国に来てほしいんだが……大丈夫そうか?』
『ちょっと待ってくれるかい?』
おそらくだが、皆と相談していたのだろう、しばらくして返事があった。
『大丈夫だよ。ただ、葵に夏姫、慎弥をペルディス王国まで同行させてもいいかい? 屋敷にお世話になると思うけど……』
『ああ、大丈夫だ。それに来てくれれば鈴乃が喜ぶからな』
名前が挙がった東雲葵、朝倉夏樹、最上慎弥は、天堂と鈴乃も加えて幼馴染の面々だ。もちろん、断る理由はない。
『ありがとう。すぐに準備して向かうよ。着いたら屋敷に行けばいい?』
『そうしてくれると嬉しい』
『了解。じゃあまた』
天堂との通信を切った俺は、フィーネたちが静かになり、こちらを見ていることに気が付いた。
おそらく俺がずっと無言だったからだろう。
「ハルトさん、急に静かになって何かありました?」
「悪い。天堂にこっちに来るように連絡したところだ。東雲たちもこっちに来るそうだぞ」
「やったわ! 手合わせしてもらいましょっ!」
東雲たちがこっちに来ると聞いて喜ぶアイリス。それはシャルも同様だった。
「勇者と手合わせできるのですか? ワクワクしますね」
絶対にクゼルに話したら同じこと言うだろうな……
テンションが上がった皆を引き連れ、俺は屋敷に着いた。
それからは自由行動の時間になったのだが、シャルが手合わせをしてほしいと言い出した。
しかも、それを聞いていたアーシャやクゼルもやりたいと言ったのだが……
「流石に明日にしないか? 昨日は戻ってきたばかりで疲れていてあまりゆっくりできなかったし、今夜は軽くパーティーにしよう」
俺がそう言うと、パーティーという言葉に釣られてか皆同意してくれた。
その日の夜は沢山の料理が並び、賑やかな夜となるのであった。
「それはそうよ。王都は区画整理がしっかりしていて、家が建つ場所も決まっているもの」
アイリスが自慢げにそう言う。
「そうですね。たしかにとても綺麗に整備されています。これまでの道にも、スラムらしきものはありませんでしたし……これは帝国も見習わないといけないですね」
「そう言ってくれると嬉しいわ。でも、ガルジオ帝国とペルディス王国とではまた違った良さがあるじゃない」
「たしかにアイリスの言う通りですね」
そんな会話をしているうちに、俺たちは屋敷へと到着した。
屋敷を見たシャルの第一声は「思ったより普通ですね?」であった。
俺のことを何だと思っているんだ?
だが、内装は魔改造されており、地下には広大な訓練場、もとい闘技場だってあるのだ。
きっと驚くに違いない。
そう思いながらも俺たちは馬車を降り、屋敷の中に入ると……
「「「おかえりなさいませ。ご主人様、奥様方」」」
ずら~っと並んだメイドと執事の面々。明らかに以前より人数が増えている。
「た、ただいま?」
少し驚きながらも返事をした俺だったが、屋敷を出て行った時の倍以上の数になっていたので反応に困ってしまった。
「セバスにライラ、ミアも頑張ってくれていて何よりだ」
セバスと、メイドを取りまとめているライラとミアにそう声をかける。
俺の労いの言葉に、三人は「ありがとうございます」と一礼した。
そこで俺は、増えたメイドたちの数が気になったのでセバスに聞いてみた。
「セバス、メイドの人数だが……俺たちが出ている間にどのくらい増えた?」
「そうですね……」
セバスは少し考える素振りをしてから答える。
「現在は百五十名ほどかと」
「はぁっ!?」
驚きのあまりそんな声が出てしまった。
それは俺以外も同じでフィーネやアイリスたちも同様だった。
たしかに増やしてくれと言っていたが、そこまで増えているとは思いもよらなかった。
「待ってくれ。そこまで人数が増えたのはいいが、何をさせているんだ?」
「現在は商会の経営などをしております」
ああ、商会か。俺が立ち上げたアシュタロテ商会は、ブビィという商人とセバスたちに任せたんだったな。
でも……
「商会ってまだ一店舗だけだったよな?」
俺の問いに答えたのは、セバスではなくライラだった。
「いいえ、ハルト様。現在商会は王都で三店舗ございます」
「三店舗!?」
「はい。売り上げは本店が開店してから現在まで、上昇を続けております」
ブビィ、そこまで頑張っているのか?
あとで労ってやらないといけないようだ。
さらにミアが続ける。
「現在アシュタロテ商会は大商会の仲間入りをし、他国でも店を構える準備を進めているところです」
俺はもう何も言えなかった。
自分で作った商会が、気が付いたら大商会にまでなっているのだから。
「そ、そうか。程々に、な?」
「はい。それで……その方はハルト様が仰っていた方でしょうか?」
セバスたちの視線の先には、俺たちがペルディスを出るまではいなかった人物、シャルがいた。
自分のことを言っているとわかったシャルは、一歩前に歩み出て自己紹介する。
「私はガルジオ帝国第二皇女、シャルロット・フォン・ガルジオです。この度、ハルトの婚約者となりました。よろしくお願いします」
まさかの肩書に、セバスとライラ、ミアは一瞬だけ固まる。
しかし少しして我に返ったセバスたちは、自己紹介をした。
「セバスチャンと申します。この屋敷の執事長を任されております」
「私はライラと申します。この屋敷のメイド長をやらせていただいております」
「同じくメイドのミアと申します」
三人の紹介に、シャルは「よろしく」と返事をし、握手を交わした。
「ハルト様。旅の疲れを取るために、浴場に行ってはいかがですか?」
「ああ、いいな」
セバスの提案に一同が賛成した。
すると、セバスはゼロの方に向き直る。
「そうでした、ゼロ」
「はい。セバス様」
「しっかりとできましたか?」
「はい。まだまだ精進が必要ですが」
「わかりました。頑張ってください。執事道は永遠ですよ?」
「心得ております」
ゼロは長い時を生きるドラゴンだが、俺に仕える執事として、セバスに師事している。
そのため、こうして頭が上がらないのだ。
そんなこんなで浴場で疲れを取った俺たちだったが、その日は王城には行かないことにした。
疲れていることもあり、明日ということで話がまとまったのだ。
それから、アイリスとアーシャ、鈴乃に屋敷を案内してもらったシャルは、闘技場について熱く語っていた。
そしてそのままクゼルと意気投合し、闘技場へと向かってしまった。
クゼルと気があって何よりである。クゼルにとってもいい訓練になるだろう。
……せっかく風呂入ったのに。まあ、何度でも入れるからいいんだけどさ。
「ハルトさんは今日、これから何をするんですか?」
フィーネの問いに俺は考える。
何を、と言われても、やることがないので暇なのである。
「まだ決めてないな。他の皆は?」
「鈴乃さんにアイリス、アーシャさんの三人はお夕飯を手伝うとかで厨房に。エフィルさんは寝てしまいました」
「ア、アイリスが厨房に? 大丈夫なのか……?」
以前、『お菓子らしき炭の塊』を出されたことがあるため、思わずそう尋ねてしまう。
「た、多分? アーシャさんと鈴乃さんがいますし」
「二人を信じるしかないか」
「ですね」
結局、やることがなかった俺とフィーネは、庭に椅子とテーブルを置いてのんびりお茶を飲みながら談笑するのだった。
――翌日。
俺とフィーネ、アイリス、アーシャ、鈴乃、シャルの六人で王城を訪れた。
他の面々は屋敷でゆっくりしてもらっている。
ああ、クゼルはゆっくりというか、地下でトレーニングするとか言って来なかった。まぁいつものことだな。
俺たちはすぐに会議室に通され、ディランさんと面会した。
「久しいなハルトにフィーネ、イチノミヤ殿」
「忙しかったけど元気にやっている」
「お久しぶりです、陛下。ハルトさんと同じく私も元気です」
「陛下も元気そうで何よりです」
三者三様に、ディランさんに返事する。
「うむ、ならばよい。アイリスも息災だったか?」
「元気よ、パパッ! 強くなったし料理も上手くなったわ!」
「そ、そうかアイリス。何よりだ。そ、それでガルジオ帝国での出来事だが、ガルジオ皇帝から聞き及んでいるぞ!」
アイリスの顔を見て嫌な予感がしたのだろう。ディランさんは話題を変えた。
「シャルロット第二皇女殿下も久しいな」
「ペルディス王陛下もお元気そうで何よりです」
シャルはディランさんへとお辞儀した。
と、ディランさんはこちらを見る。
「ハルト、ガルジオ帝国の第二皇女がここにいるということは、もしや……?」
「察しがいいな。シャルは俺の婚約者になった……あと、ベリフェール神聖国の聖女イルミナもな」
「やはりか。まあいいが、少し婚約者が多すぎではないか? これではアイリスが心配だ」
「かもな。だけど俺は彼女たちの想いには全力で応えるつもりでいる」
「うむ。それが正しいな。アイリスも頼むぞ?」
「言われなくても」
俺の言葉にディランさんが満足そうに頷く。
安心してもらったところで、今日の本題に入る。
今回王城に来たのは、アイリスの里帰りやシャルの顔合わせもあるが、それとは別に魔王の件を話しておかねばならないからだ。
「ディランさん。悪いが早速本題に入らせてもらう」
「わかっている――魔王、であろう?」
「その通り。俺が倒した四天王の二人だが、どうやら魔王の指示で侵攻してきたわけではないらしい。もしかすると、魔王は争いを望んではいない可能性もあると俺は考えている。だからそれを調べに、魔族領へ行く必要があるんだが……」
「おいそれと『そうですか』とは頷けない話だ。魔族領にはハルト一人で?」
その問いに俺は首を横に振った。
「いや、天堂を同行させようと考えている」
「ふむ。テンドウ殿というと勇者たちのリーダー、だったか?」
「ああ、そうだ。二人で行こうと思っているが、その前に各国に話を通さなくてはいけない」
「その方がいいだろうな。なら冒険者ギルドの長も同席させるか?」
「冒険者ギルドの長? ギルドマスターじゃなくて?」
「ああ。グランドマスターだ」
俺は聞きなれない言葉に頭を捻る。
俺は冒険者の先輩であるフィーネを見るが、彼女もピンときていないようだ。
すると、シャルが教えてくれた。
「グランドマスターというのは、各地にある冒険者ギルド全体を統括する存在です。今のグランドマスターは、グレゴリ・アルフレート。かつて『滅びの拳王』とまで呼ばれ、当時は最強のSランク冒険者と言われていた御仁ですね。まぁ、ほとんどの冒険者とはかかわりがないので、知らなくても仕方ないでしょう」
「なるほど、そのグランドマスターに話しておけば、各地のギルドにも話が通るって考えていいのか?」
「そうですね」
そんな人がいたのか。せいぜいが支部のギルドマスターとしか会ってこなかったから知らなかった。
「だったら同席してもらった方がいいよな」
俺がそう言うと、ディランさんは頷いた。
「では各国に通達を出しておこう。勇者はどうする? グリセントの者から連絡させるか?」
「いや、俺から連絡しておこう」
「了解だ」
それから俺たちはしばらく、帝都や神都で起こったことを、ディランさんに話して聞かせるのだった。
王城をあとにした俺たちは、とある場所へと向かっていた。
俺が設立したアシュタロテ商会の本店である。
「ハルトさん、商会に行くのも久しぶりですね」
「そうだな。なんか想像より大きくなっているみたいだし……」
「みたいですね……」
しばらく歩き、商会の前に到着すると、長蛇の列ができていた。
従業員も、見慣れない者が結構いる。
俺たちは、想像以上の繁盛ぶりに唖然としてしまった。
「店、大きくなってるわね……」
アイリスの言葉に、シャルを除いた全員が頷いた。
大商会の仲間入りという言葉に、ようやく実感がわいてきた。
商会を立ち上げた当初、妨害してきた他の商会を潰したのも、この成長に関係しているのかもしれないが……にしても、大きくなったものだ。
ブビィだけではなく、従業員全員にボーナスとか出した方がいいだろうな。
道に突っ立っていると通行の邪魔になるので、俺たちは賑わっている店内へと入った。
皆忙しそうにしていたが、ブビィはいるかと尋ねると、すぐに彼の待つ一室に案内された。
挨拶もそこそこに、しばらく帰ってこられなくなることを告げる。
「――わかりました。それで、今回はどちらに?」
「魔族領だ」
「そうですか、魔族領ですか……え? マジですか?」
頷いていたブビィだったが、すぐに固まる。
「マジだ。今の魔族の動きの理由がどうにもわからないからな。直接行って魔王と話してくる。話し合いに応じてくれるかは、今のところ不明だけど」
「そうですか。帝国でも魔族の四天王が出たのを、ハルトさんが倒したと聞きました。気を付けてください」
商人の耳に届くのは早いな。情報も商品の一つってことか。
「じゃあ俺たちはもう行く。邪魔になるしな」
「邪魔ではないですよ。皆、ハルトさんに会えたこと、喜んでいるくらいですよ」
それでも長居するのは申し訳ないので、俺たちはそそくさと退散することにしたのだった。
屋敷への帰り道、フィーネたちが街中にできた新しい店なんかについて話しているのを尻目に、俺は通信用魔道具を使って天堂へと呼びかけた。
『天堂、聞こえているか?』
この魔道具は一般には流通していないので、傍からは変な物をじっと見つめている怪しい奴にしか見えない。ペルディスに着いてすぐ、セバスに連絡した時は馬車だったからよかったけど、今は屋外なので周囲を気にしながら使う。
しばらくして、天堂から反応があった。
『この声は晴人君かい?』
『そうだ。ちょっと用があってな。今時間あるか?』
『うん。大丈夫だよ。今は皆と一緒に、グリセントの兵士と訓練をしていたところだよ』
天堂たち勇者と別行動すると決めた時、彼らはグリセントで訓練すると言っていた。
どうやら頑張っているようだ。
なんとなく感慨深いが、さくっと用事を伝える。
『近々魔族領に行くことになった』
『魔族領に!?』
驚く天堂の声に反応したのか、他のクラスメイトの声も微かにだが聞こえてきた。
『晴人君、どうして突然魔族領に?』
『ちょっと前にガルジオ帝国に行ってたんだが、四天王の一人に襲撃されてな』
『襲撃!?』
『ああ。それで倒したんだが、どうやら四天王の襲撃は魔王の意思ではないらしい。だから、一度魔王と話した方がいいと思ってな。それで勇者であるお前にも同行してもらいたいんだ』
『それは葵とかも一緒に?』
天堂が他の勇者の名前を上げるが、俺は否定する。
『いや、今回ばかりは二人きりだ』
『なるほど、そういうことか。少人数の方が動きやすいし、危険が少ないと』
『そういうことだ。それで天堂にはいったん、ペルディス王国に来てほしいんだが……大丈夫そうか?』
『ちょっと待ってくれるかい?』
おそらくだが、皆と相談していたのだろう、しばらくして返事があった。
『大丈夫だよ。ただ、葵に夏姫、慎弥をペルディス王国まで同行させてもいいかい? 屋敷にお世話になると思うけど……』
『ああ、大丈夫だ。それに来てくれれば鈴乃が喜ぶからな』
名前が挙がった東雲葵、朝倉夏樹、最上慎弥は、天堂と鈴乃も加えて幼馴染の面々だ。もちろん、断る理由はない。
『ありがとう。すぐに準備して向かうよ。着いたら屋敷に行けばいい?』
『そうしてくれると嬉しい』
『了解。じゃあまた』
天堂との通信を切った俺は、フィーネたちが静かになり、こちらを見ていることに気が付いた。
おそらく俺がずっと無言だったからだろう。
「ハルトさん、急に静かになって何かありました?」
「悪い。天堂にこっちに来るように連絡したところだ。東雲たちもこっちに来るそうだぞ」
「やったわ! 手合わせしてもらいましょっ!」
東雲たちがこっちに来ると聞いて喜ぶアイリス。それはシャルも同様だった。
「勇者と手合わせできるのですか? ワクワクしますね」
絶対にクゼルに話したら同じこと言うだろうな……
テンションが上がった皆を引き連れ、俺は屋敷に着いた。
それからは自由行動の時間になったのだが、シャルが手合わせをしてほしいと言い出した。
しかも、それを聞いていたアーシャやクゼルもやりたいと言ったのだが……
「流石に明日にしないか? 昨日は戻ってきたばかりで疲れていてあまりゆっくりできなかったし、今夜は軽くパーティーにしよう」
俺がそう言うと、パーティーという言葉に釣られてか皆同意してくれた。
その日の夜は沢山の料理が並び、賑やかな夜となるのであった。
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