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7巻
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しおりを挟む第1話 ベリフェールへの帰還
俺――結城晴人は、ある日突然、クラス丸ごと異世界に勇者として召喚された高校生だ。
だが俺には『勇者』の称号がなく、無能と言われ追い出され、しかも召喚主であるグリセント王国の連中に殺されかける。
そこで神を名乗る人物と出会った俺は、チートなスキルの数々を手に入れ、ペルディス王国で冒険者としての活動を始めた。
そんなある日、俺は仲間と共に、ガルジオ帝国で開催される闘技大会に参加するために、帝都へと向かう。
しかし闘技大会が盛り上がる中、魔王軍四天王の一人、竜騎士ダムナティオの襲撃という大事件が発生する。
激戦の末、俺はダムナティオを倒したのだが、どうしてかガルジオ帝国第二皇女のシャルロットと戦うことになり、しかもシャルロットが俺の婚約者の一人に加わった。
そんな騒動がありつつ、魔族領で何が起きているのか確認した方がいいと考えた俺たちは、拠点であるペルディスに戻ることになった。
そしてその道中、婚約者の一人で聖女でもあるイルミナが待つ、ベリフェール神聖国に立ち寄ることにするのだった。
馬車に乗って帝国を出てから二週間ほどで、俺たちはベリフェール神聖国に到着した。
「やっと着いたな」
「そうですね」
俺の言葉に、御者席で隣に座る婚約者の一人、フィーネが嬉しそうにそう答える。
「私も久しぶりに来ました。懐かしく感じますね」
その横では、シャルロット――シャルが懐かしそうに神都を見つめていた。
ガルジオ帝国とベリフェール神聖国は隣接していることもあって縁が深いそうだから、何度か来たことがあるのだろう。
俺はふと、他のメンバーが何をしているのか気になり、振り返ってみる。
荷台の方では、俺と同じく召喚された勇者の一人である鈴乃、ペルディス王国の王女であるアイリス、エルフの姫であるエフィルが、スヤスヤと寝息を立てながら寝ていた。ちなみに三人とも、俺の婚約者である。
「起こしましょうか?」
俺が振り向いたのに気付いて、アイリスのメイドであるアーシャがそう尋ねてくる。
だが、俺は首を横に振った。
「そうだな。三人はいいから、クゼルとゼロを呼んできてくれ」
グリセント王国騎士団で副団長をしていたクゼルと、ナルガディア迷宮ボスのドラゴンだったが人化して俺に付き従うゼロ。
この二人は現在、俺が作り出し、馬車に備え付けられた扉から自由に行き来できる空間――亜空間の中にいる。
「わかりました」
アーシャはそう言って扉を開け、亜空間へクゼルとゼロを呼びに向かった。
しばらくするとアーシャは、二人を連れて戻ってきた。
「よく寝たぞ」
クゼルはどうやら寝ていたようだ。その横で、ゼロが頭を下げる。
「ご主人様、ただいま戻りました」
「ゼロ、ゆっくりできたか?」
「はい。お陰様で」
「それはよかった」
そこにクゼルが不満そうな表情で俺に詰め寄ってきた。
「私に言うことはないのか?」
「いや、だって寝ていたんだろ?」
「うむ」
「……よく寝られたか?」
「ああ、ぐっすりと」
「そ、それはよかったよ」
これでいいのかと思ってしまうも、クゼルは満足げなので良しとしておこう。
「アイリスに鈴乃、エフィルも起きてくれ。神都に着いたぞ」
三人は「う~ん……」と眠そうな声を上げる。
瞼も重そうだし、これは二度寝してしまうパターンだ。馬車に揺られているのは心地好いからな。
「眠いのはわかるが起きてくれ」
「ふぁ~……わかっ、たわ」
「うぅ、眠い……」
「同じく、です……」
眠そうな面々も一緒に検問を通過した俺たちは、前回と同じ宿へと向かう。
馬車の窓から見える神都は、悪魔シュバルツとの戦いで倒壊した所もあり、街の皆で復興作業を続けていた。
その中には教会の人たちも混ざっている。
あれだけ破壊されたというのに、崩壊した建物がちらほらと残っているだけで、作業も大詰めとなっていた。
地球とは違って魔法があるからか、早いものだ。
俺が大聖堂を直したのと同じ魔法は使われていないようだが、それでもやっぱり魔法があるだけで違うんだな。
宿に到着した俺たちは、二泊分の部屋を取ってから街に出る。
「このまま大聖堂に向かうけど問題ないか?」
俺の問いに、皆は問題ないようで頷いた。
こうして俺たちは大聖堂へと向かうことになったのだが――
「こんなに人数が多いと迷惑だし、私は街を見て回っているよ」
「私もそうします」
そんな鈴乃とエフィルに同意するようにクゼルも口を開く。
「そうだな、私も鈴乃とエフィルと一緒に街を見て回ろう」
「そうか。でも三人だけでは不安だし……ゼロ、付いていってもらっていいか?」
「わかりました。任せてください」
「助かる」
俺は鈴乃とクゼル、エフィルの三人をゼロに任せて、フィーネ、アイリス、アーシャ、シャルを連れて大聖堂へと赴いた。
「……綺麗に直っているな。というか、やっぱりやりすぎたか?」
「そうですね。最初に来た時よりも神々しいです」
そんな俺の言葉に、フィーネが頷いていると、シャルが首を傾げる。
「ハルト。以前神都で悪魔が出たという話を聞きましたが、何か関係があるのですか?」
そうか、シャルには聖都で何があったのか、話してなかったか。
「ああ。悪魔崇拝の連中が、生贄を使って悪魔を召喚したんだ。その悪魔は神都全体を結界で覆い、その中にいる人たちの魂を奪おうとした。それを俺が……いや、俺たち皆で阻止したんだ」
「そうだったのですか。その悪魔は強かったのですか?」
「ああ。危うく死にかけた」
「それほどですか……」
シャルは俺の言葉に驚きの表情を浮かべる。
レベル的には俺が上だったが、魔法は向こうの方が使い慣れていたし、こちらを弱体化する能力があったからな。
まだこの世界に来て一年経っていない俺と、数百年を生きる悪魔。
正直、魔法の腕では向こうの方が上だったと言われれば認めるしかない。
まぁ、勝てたのだからそれでいいけど。
「っと、まずはイルミナを探さないとだな」
周囲を見渡すがイルミナは見当たらない。
そこに、奥の方でイルミナの父親でこの国の教皇であるリーベルトさんが歩いているのが見えた。
どうやらこちらには気付いていないようなので、俺はリーベルトさんに声をかけた。
「リーベルトさん」
「む? その声は……」
リーベルトさんは周囲を見渡し、俺と視線が合った。
「やっぱりハルト殿か。ガルジオ帝国から戻ってきたのですか?」
「ああ、つい先ほど」
そこでリーベルトさんの視線が、シャルへと向いた。
「もしかしてそこにいる方は……」
リーベルトさんは誰だかわかったのだろう。
シャルは一歩前に歩み出て自己紹介をする。
「ガルジオ帝国第二王女、シャルロット・フォン・ガルジオです。お久しぶりです、リーベルト様」
シャルは優雅で綺麗な一礼をする。
「これはこれはシャルロット様、お久しぶりです。ずいぶんと大きくなられました。ご活躍されているようで、お噂は聞き及んでおります。それに大変でしたね。魔王軍の四天王によって帝都が襲われたと、ガルジオ皇帝から聞きましたよ」
「ありがとうございます。帝都はハルトのお陰で犠牲者が出ずに済み、救われました」
「ええ、それも皇帝から聞きました。それで……」
リーベルトさんは歯切れ悪く、ちらちらと俺を見ながら言葉を続けた。
「ハルト殿、その、シャルロット様はもしかして……」
おそらくだが、婚約者なのかを聞いているのだろう。
「婚約者だ」
俺が答えると、リーベルトさんは納得したように頷く。
「やはりシャルロット様もでしたか。いやはや、なんとなくそんな気がしましたが……そうでした。皆さんはイルミナに会いに来たのですよね?」
「もちろん。イルミナは今どこに?」
「今は街の復興をしている人たちのために、食事を配っているところです。しばらくすれば戻ると思いますよ。それまでゆっくりしていってください。私は用事があるのでここで失礼します」
リーベルトさんはそう言って頭を下げた。教皇という立場上、忙しいのだろう。
「忙しいのに呼び止めてしまって悪かったな」
「気にしないでください。では皆さんまた後で」
リーベルトさんはそう言って再び頭を下げると、立ち去っていった。
俺たちはそのまま大聖堂に残ったのだが、シスターたちが忙しなく動いている中で何もしないのも申し訳ないので、できる範囲での手伝いをすることにした。
やることは主に、清掃や外の補修作業だ。
といっても、魔法を使うとすぐに終わる。
シスターたちに感謝されつつ、大聖堂で休んでいると、後ろから声をかけられた。
「――ハルトさんっ」
振り返ると、そこにいたのはイルミナであった。
イルミナは目尻に涙を溜めている。
「約束通り戻ってきたよ」
「はいっ、約束通りですね」
嬉しそうなイルミナに和んでいたが、周りの視線が、なぜか生ぬるいものになっていることに気が付いた。
「と、とりあえず場所を変えて話さないか? 周りの視線が……」
こんな視線の中では話しづらいったらありゃしない。
「~~っ!? そっ、そうですね! 他の皆様は?」
「鈴乃とクゼル、エフィル、ゼロの四人ならどっかで見て回っているよ」
「なるほど。あとで挨拶しないといけませんね。では移動しましょう」
イルミナは、俺たちを一室に案内した。
部屋に入り席に着いたところで、シスターが人数分のお茶を用意してくれた。
「あの……」
イルミナは俺たちと一緒にいるシャルを見て首を傾げた。
「今さらですが、どうしてシャルロット様がハルトさんと一緒に……?」
至極当然の質問である。
帝国の大会に行って戻ってきたら、一人増えているのだから。
説明しようと口を開きかけたところで、シャルが頭を下げる。
「お久しぶりです。イルミナ様」
「お久しぶりです。シャルロット様。聞かせていただいても?」
「それは……」
イルミナの質問に、シャルは顔を赤く染めながらもしっかりと答えた。
「婚約しました……」
シャルは小さい声ながらもそう告げた。
その言葉はイルミナの耳にもしっかりと届いていて――
「だ、誰と……?」
「ハ、ハルトです……」
シャルは消え入りそうな声で答えた。
イルミナの表情は、まさに唖然といった様子だ。
「あの、イルミナ……?」
声をかけても返事がなく固まっている。目の前で手を振っても反応がない。
そこでパンッと手を叩いて音を鳴らすと、イルミナはハッとした。
そして俺を見て尋ねてくる。
「き、聞き間違え、ですか……?」
「いや、本当だ」
俺は気まずくなり視線を逸らす。
なんだか浮気がバレた夫の気分である。
いや、一夫多妻は問題ないし、イルミナも納得してくれていたはずだ。はずなのだが……
「ハルトがどこかに行くと、必ず婚約者ができるわよね?」
アイリスの言葉に、フィーネもアーシャも「たしかに」と頷いていた。
増やしたくて増やしているわけではない。自然と増えるのだ。
とは言っても、増えていることは事実なので、俺は「すまん……」と頭を下げたのだった。
しばらく帝都であったことなどをイルミナに話していたのだが、仕事が終わったらしいリーベルトさんがやってきた。
そこで、再び帝都での話をしてから、今後の動きについても説明する。
「――では、ハルト殿は魔族領に行くと?」
リーベルトさんは、俺の顔をまっすぐ見て聞いてくる。
「ああ、ガルジオ皇帝にも頼まれたしな。ただ、皆を危険に晒したくない。一人で行きたいところだが、勇者である天堂を連れて二人で行くことにする」
「テンドウ殿といいますと……」
「グリセントで召喚された、勇者たちのリーダー的存在だな。強さも申し分ないだろう。途中で鍛えながら行くのもアリだと思っている」
「ハルトさんのお墨付きなら問題ないのでしょう。では本当に二人で行かれるのですか?」
「そのつもりだ」
俺とリーベルトさんがそう話していると、我慢できなくなったのかフィーネが声を上げる。
「ハルトさん!」
「ダメだ。魔王に関しての情報がない。行くのは勇者である天堂と俺だけだ」
「わかり、ました……」
フィーネは残念そうに顔を俯かせた。
「魔王が人類に対して危害を及ぼすなら討伐する。もし平和を望むなら、対話、あるいは交渉をする」
その言葉にイルミナが声を上げた。
「人類の敵である魔王が平和を望むなんてことがあるのですか?」
そんなイルミナの言葉に、俺は首を横に振る。
「たしかに歴史を辿れば魔王は人類の敵だろう」
「でしたら――」
「だが、少し不自然に思えてな」
「どういうことですか?」
「最初に俺が会った四天王のギールは、ペルディスを襲ったのと魔王は関係ないと言っていた。ダムナティオは魔王の座を狙っていたようだ。つまり、魔王本人は侵略の意思がなく、配下である四天王だけが暴走している可能性があるということだな」
「だから調査をしに向かうと?」
リーベルトさんの言葉に、俺は頷いた。
「ああ。あわよくば交渉できればと思っている」
「わかりました。教皇として、今回の一件はハルトさんと勇者殿に一任しましょう」
「ありがとう」
「それで、今回はどのくらいベリフェールに滞在するのですか?」
「そうだな~、魔族領に行く件もあるし、あと数日滞在したらペルディスに戻るつもりだ」
「そう、ですか……」
イルミナが俯いた。
俺はそんなイルミナの頭に手を置く。
「まぁ、俺としては付いてきてもらっていいんだけどな。そのあたりはリーベルトさんと相談してみてくれ」
「はいっ!」
イルミナは満面の笑みになるのだった。
出発当日。
見送りにはイルミナとリーベルトさんが来てくれた。
「それではハルト殿。ペルディス王によろしくお伝えください」
「わかった。しっかりと伝えておく」
「ハ、ハルトさん!」
リーベルトとの会話が終わると、イルミナが俺の名前を呼んだ。
「イルミナ、どうした?」
「お父様は説得できたので、私もペルディス王国に行きます! といっても、聖女としての仕事があるので、今日から同行できるわけではないのですが……」
イルミナがそう言うので、俺はリーベルトさんを見る。
「ええ、本人がどうしてもと言うので……ハルト殿、よろしく頼みますよ」
「ああ、わかった。それじゃあイルミナ、ペルディス王国で待ってるからな」
「はいっ! すぐに行けるようにしますね」
俺はイルミナに頷くと、馬車に乗り、皆に声をかけた。
「皆――帰るぞ」
俺は一度も振り返ることなく、ペルディス王国へと馬車を進めたのだった。
第2話 ペルディス王国の変化
帰りの道中は、アーシャ専用の武器『暗闇の短剣』を作ったり、それを見て不機嫌になったアイリスのために『収納のブレスレット』を作って皆にも配ったりと、色々あった。
しかし野盗や魔物に遭遇することなく、俺たちは、無事にペルディス王国王都へと到着した。
王都に入った俺たちは、国王のディランさんのところに顔を出しに行く前に、自分の屋敷に向かうことにする。
というか、戻ってくることをセバス――屋敷を任せている執事に伝えるのを、すっかり忘れていた。
俺は慌てて、通信用魔道具を使ってセバスに連絡を入れる。
これは魔道具を持って魔力を込めると、対象と念話ができるというすぐれものだ。
『セバス、俺だ』
しばらくして反応が返ってくる。
『これはハルト様。どうなされましたか?』
『色々あって、ペルディス王国の王都に戻ってきたから、これから屋敷に戻るよ。伝えるのが遅れてすまない』
『わかりました。ではそろそろ屋敷に着くのですね?』
『ああ。それと皆にも紹介したい人がいる』
『わかりました。楽しみにお待ちしております』
セバスとの通信を切った俺は、フィーネたちの方を振り向く。
「屋敷の方は問題なさそうだ、このまま向かおう」
「わかりました……ふふっ、皆さん驚かれますね」
フィーネの言葉に、アイリスとアーシャ、エフィル、クゼル、鈴乃が笑っていた。ゼロは相変わらず読書である。
紹介する予定の当人であるシャルはというと、少し緊張しているようだった。
すぐに屋敷の皆とも打ち解けられるはずだし、まぁ大丈夫だろう。
「マグロ、このまま屋敷に向かってくれ」
俺がそう声をかけると、馬車を引く俺の愛馬、マグロは「ヒヒィーン」と嘶く。
「屋敷に戻るのもずいぶん久しぶりに感じますね」
「そうだな。セバスたち皆も元気にしているといいな」
「はい!」
フィーネと二人で呑気に話しながら、馬車を進めていると、シャルが御者席から身を乗り出し、王都の街並みを眺めて口を開いた。
応援ありがとうございます!
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