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6巻
6-3
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◇ ◇ ◇
その日の晩。
「フィーネ、アイリス。予選突破おめでとう」
「「「「「おめでとう!」」」」」
俺、晴人はもちろんのこと、クゼル、エフィル、鈴乃、アーシャも、予選突破したフィーネとアイリスを祝う。
ゼロもぱちぱちと拍手していた。
「二人ともよくやったな。アイリスはディランさんに自慢できるな」
「そうですよアイリス様! 凄いです!」
そう言った俺とアーシャに対して、アイリスは首を横に振った。
「まだよ。目指すは優勝あるのみ!」
「それだけは私だって譲れません!」
フィーネも優勝を狙っているようだ。
それもそうか。本戦に出るんだから目指すは優勝だよな。
「後は明日のクゼルだが――まあ、大丈夫か」
「なんだその言い方は。私だって応援くらいしてほしいぞ?」
「クゼル、心配ないと思うが頑張れよ。お前の実力は誰よりも評価しているつもりではいる」
「そこまで言われると照れるが、任せろ! 明日が楽しみだ。どんな強者がいるのだろうか……」
頬を染めるクゼルは、明日の試合に想いを馳せているようだ。
ダメだコイツ……もう病気だ。いや、元からか。
相変わらずのクゼルを見て、俺たちは笑うのだった。
第3話 予選二日目
そして翌日。
朝早くから、クゼルが出場するEブロックの予選が始まった。
開始と同時にクゼルを囲む筋骨隆々の選手たち。
昨日と似たような光景だ。
まぁ、女性参加者が少ないようだから、こうなるのも当然ではあるか。
「クゼルさん、勝てますよね?」
「当たり前だ。クゼルがあの程度の奴らに負けるはずがないからな」
そんなフィーネの呟きに俺はそう返した。
どうもフラグに聞こえてしまいそうだが、クゼルのレベルは高いから問題ない。
俺たちはステージ上に視線を向けるのだった。
◇ ◇ ◇
クゼルを囲む選手の一人が、ニヤニヤしながら口を開く。
「へっへっ。嬢ちゃん、痛い目見たくなければ――ふぐぅぅぅぅっ!?」
次の瞬間には男が吹き飛び、そのまま闘技場の壁にめり込んだ。
「……は?」
そんな間抜けな声が、クゼルを囲んでいた男たちから上がる。
何が起きたのか?
その答えは単純だ。
クゼルが男の懐に入り込み、蹴り飛ばしただけである。
男たちはクゼルの動きが見えていなかっただけのこと。
「おい、他に強いやつはいないのか? こんなヤツらでは足りないぞ!」
そんなクゼルの声に、男たちは一歩、また一歩と後ずさった。
「ふむ」
そんな選手たちを見て頷いたクゼルは剣を抜いて――消えた。
次の瞬間、クゼルを囲んでいた選手たちが場外に吹き飛ばされる。
『おーっと! 一体何が起きた!? 彼女は何者だぁあ!?』
ニーナがクゼルの暴れっぷりに注目した。
するとまたしても、係員から用紙を手渡されるニーナ。
『えー、ただいま入った情報によりますと――えっ!? なんと彼女は、あの「鮮血姫」だぁぁぁあ!』
ニーナの情報に会場が沸いた。
『グリセント王国史上最年少で騎士団副団長になったクゼル選手。彼女が現れた戦場は血で染まることから、付けられた二つ名っ! それが鮮血姫! この大会も、血で染まってしまうのかぁぁぁああ!?』
再び会場が歓声に包まれる。
しかし当のクゼルは、その盛り上がりには特に興味を示さない。
「強いヤツはいないのか!!」
そう叫びながら次々と敵を倒していき、ついにはステージ上に立つのは二人のみとなった。
一人はクゼル。もう一人はレイピアを持った、クゼルと同年代の女性だった。
「レインです」
「クゼルだ」
ただそれだけ口にして、二人は無言になり――お互いに駆け出した。
互いの間合いに入った瞬間、レインから鋭い一撃がクゼルに向けて放たれる。
クゼルがレインの放った一撃をあっさりと躱すと、それでもレインは鋭く洗練された突きを何度も放つ。
しかしクゼルもやられるばかりではない。
連撃を冷静に捌きつつ、隙を突いて反撃を挟んでいく。
数分間、剣の応酬が繰り広げられる。
その緊張感に会場は静まり返り、司会者であるニーナですら実況をせずに見入っていた。
だがその時間も永遠には続かなかった。
クゼルはレインの攻撃を避けながら後退することで、間合いから脱出する。
「逃がしません!」
クゼルを逃がすまいと、さらに踏み込むレイン。
その瞬間レインは、クゼルの口元が吊り上がったのを見た。
そして気付いた。それが罠であったことに。
レインは急いで後退してクゼルから距離を取ろうとしたが、もう遅かった。
「逃がさん」
クゼルが一瞬の加速でレインの間合いに入り込む。
「――くっ、アースウォールッ!」
レインは土魔法を発動して、クゼルとの間に壁を作り出した。
「邪魔だ!」
しかしクゼルは驚いた様子も見せず、腕力を上げるスキル豪腕を発動して、剣を握っていない腕で壁を殴り壊した。
「ウソっ!? 素手で壊した!?」
レインは壁を壊して現れたクゼルに驚きつつも、間合いに入り込んできた彼女に向かってレイピアの突きを放つ。
クゼルはそれに臆すことなく、わずかに首を傾け、頬にかすり傷を作りながらさらに突き進む。
「くっ!」
迫り来るクゼルを見て苦悶の声を漏らすレイン。
クゼルはそんな彼女に向かって、逆袈裟に剣を振り上げる。
レインは体勢を崩しつつ、バックステップで攻撃を躱すが――
「これで終わりだ!」
クゼルはその隙を逃すまいと、レインの腹を目掛けて回し蹴りを放った。
「がぁっ!!」
クゼルの蹴りをもろに食らったレインは水平に吹き飛び、そのまま壁に衝突し気絶した。
ステージに残るはクゼルただ一人。
こうしてクゼルも、無事に本戦への出場を決めるのだった。
◇ ◇ ◇
「やっぱりクゼルさんは凄いですね」
「……まさかレイピアの連撃に自分から突っ込むなんてね」
そう言ったのはフィーネとアイリスだ。
二人の言葉に、俺、晴人も頷く。
たしかにあのレイピアでの連撃の中に突っ込むとは思いもしなかった。
できない芸当ではないが、無理してやろうとは思わない。
「アイリス様の移動速度も中々だと思いますけど?」
「何言ってるのアーシャ。私にはあんな勇気ないわ」
アーシャにそう返すアイリスだったが、そこに鈴乃とエフィルが加わる。
「たしかにクゼルさんは凄いよね。さすがAランク冒険者だよ」
「クゼルさんとの訓練は勉強になりますから、また教えてもらうことにします!」
みんながクゼルの戦闘技術に関して高い評価をしていた。
クゼルの試合は終了したが、残りの試合も見ていくことにする。
その中でも一際目立っていたのは、ファンスというSランク冒険者だった。
Sランク冒険者は、ペルディス王国で出会ったダインとノーバン、ランゼ以外に見るのは初めてだ。
ファンスは得物である槍を振り回しつつ、魔法も駆使して他の参加者を蹂躙していた。
恐ろしく強い男だ。
そんなこんなですべての試合を見終えた俺たちは、宿でクゼルの本戦出場祝いを行なう。
こうしてフィーネ、アイリス、クゼルの三人は無事、本戦出場が決まったのであった。
翌日、翌々日は一応残りの予選を観戦し、全ての試合が終わった更に翌日、個人戦本戦のトーナメントが発表された。
「どうやら一回戦では皆さんとは当たらなそうですね」
「フィーネとアイリスは勝ち進めば当たることになるな」
フィーネとクゼルが、そんな言葉を交わす。
二人とも一回戦を勝ち進めればという仮定ではあるが、可能性はゼロではない。
それにいずれにしても、三人ともが勝ち進めばどこかで当たるのは一緒だ。
まぁ、団体戦もあるので無茶はしないでほしいところだが。
「さて、トーナメントも確認したし、今日はこの後何するか……試合も何もないから、ギルドに依頼でも受けに行くか? それか自由行動でも構わないが」
「そうですね。私は依頼を受けに行こうかと」
「私もフィーネに付いていくわ」
「私もだ。体を動かしたい」
フィーネ、アイリス、クゼルは依頼を受けるようだ。
ここのところ、フィーネはランクを上げたいと思っているのか、依頼などを受けるのに積極的だ。
フィーネもアイリスも、実力はAランクに届くと保証できるくらいだからな、どこかのタイミングで昇格に挑戦してもいいかもしれない。
と、そこで俺は他の四人に向き直る。
「鈴乃たちは?」
「私は晴人くんと一緒でいいかな」
「私もです。特にやりたいことはないので」
鈴乃とエフィルがそう答えてくれた。
「アーシャは――ってアイリスに付いていくよな」
「はい」
そうなると、フィーネ、アイリス、クゼル、アーシャでの行動か。
万が一ということはないだろうが、俺が同行できないのはやや不安だ。
そう思っていると、ゼロがある提案を口にする。
「ハルト様、ここは私が付いていきましょう」
「いいのか?」
「はい。お任せください」
「そうか。なら頼んだ」
「かしこまりました」
こうして二手に分かれることになった。
闘技場を出たところでフィーネたちと別れ、俺たちはまだ観光していない街中を見て回ることにした。
俺、鈴乃、エフィルはまず、広場に向かった。
現在は大会が開催されているからか、屋台など多くが出店されている。
漂ってくる香りに、ぎゅるる~っと腹の音が鳴った。
「食うか!」
「うん!」
「はい!」
元気よく頷く鈴乃とエフィル。
そうして俺たちは様々な屋台の食べ物を食って回ることにした。
フィーネたちの分も一緒に買って、俺の異空間収納に入れておく。時間も停止できるから、できたての状態で保存できるのだ。
買い食いの途中、帝都名物のガルジオ焼きというのを見つけた。
お好み焼きみたいな食べ物だったのだが、残念だったのはこの世界にソースがなかったことだ。
醤油はバッカス商会で売っていたが、慣れ親しんだお好み焼き用のソースは見つけていない。
「ソースが欲しい……」
「だよね……」
俺の言葉に鈴乃が同意した。
どうやら思っていることは同じようだ。
ガルジオ焼きにかかっているのは、サッパリしたソースであった。
まぁ、悪くはないんだけどな。
「マヨネーズは作ってあるんだが……」
「そういえばあったよね、マヨネーズ」
ただこのソースには合わないよな。
ちょっぴり残念な気分になりつつ、しかし他にも美味しい料理はあったので、散策を楽しむことにした俺たち。
日が暮れ始めたところで宿に戻り部屋で駄弁っていると、フィーネたちが帰ってきた。
「おかえり、みんな」
「ハルトさん、ただいま戻りました」
「お疲れ様、お土産があるぞ」
「なになに?」
アイリスが顔を近付けてきて、目をキラキラと輝かせる。
フィーネにクゼル、アーシャも興味があるようだ。
「そうだ、みんなはもうご飯は済ませたか?」
俺の質問に、五人とも首を横に振って食べてないと言う。
「それならよかった」
俺はそう言って、異空間収納から屋台などで買った料理を取り出した。
料理から湯気が立ち、匂いが部屋に充満する。
「これだ。俺たちは買い食いでお腹一杯でな。これはみんなの分だから食べてくれ」
「ありがとうございます!」
「やったぁぁあ!」
「これは助かる。腹が減っていたところだ」
「これはご馳走ですね……」
フィーネにアイリス、クゼル、アーシャが各々にお礼を言って食べ始めた。
俺は食べようとしないゼロにも声をかける。
「ゼロも食べてくれ。お前の分もあるんだから」
「いいのですか?」
「ああ、気にせず食べてくれ」
「ありがとうございます。それでは」
そう言ってゼロも食べ始めるのだった。
第4話 個人戦本戦――フィーネ、アイリスの戦い
次の日、本戦当日。
今日の初戦はフィーネの出番だ。
隣に立つフィーネを見ると、昨夜トーナメント表は確認していたものの、大分緊張しているようだった。
「フィーネ、大丈夫か?」
「はい、ですが対戦相手が……」
「ああ、強敵だな」
「はい……」
フィーネの対戦相手は、レイドという男だ。
帝国近衛隊の中には『七人の皇帝守護騎士』と呼ばれる、皇帝を守護する騎士がいる。
近衛隊の隊長でもあるレイドはそのうちの一人で、長剣の使い手であり、実力はSランク冒険者に匹敵すると言われているそうだ。
フィーネには厳しい戦いになるだろう。
「フィーネなら勝てるわよ!」
「アイリス……私、頑張ります!」
「その調子よ♪」
励ますアイリスの横で、クゼルも頷いている。
「フィーネ、頑張るのだぞ」
「クゼルさんもありがとうございます! みっともない闘いはしないようにします!」
フィーネは強く頷き、そのまま待合室に向かおうとする。
「フィーネ、相手は強い。全力で当たってこい」
「ハルトさん……はい! 胸を借りるつもりで闘ってきます!」
俺の言葉にフィーネは元気よく答えた。
それから俺たちも観客席に向かい、試合開始を待つのだった。
◇ ◇ ◇
『さーて、いよいよ始まりました! 闘技大会個人戦本戦、一回戦の開始です! これより始まる第一試合に出場するのは、洗練された氷魔法と見事な剣技を見せる「氷結姫」――フィーネ選手だぁぁあ!』
本日も絶好調のニーナの実況によって会場が沸き上がる。
そして、フィーネの二つ名が決まった瞬間でもあった。
フィーネは入場しながらも、二つ名が決まった恥ずかしさで顔を赤らめていた。
「ひょ、氷結姫って……私、姫じゃないですよ……」
続いてニーナはレイドの実況に移る。
『続いて、圧倒的な強さで予選を突破した、我ら帝国が誇る「七人の皇帝守護騎士」の一人――レイド・ザハーク選手の入場だぁぁぁぁ!!』
実況の声を合図に、三十代前半の軽装備姿の男が入場する。
ステージ中央で挨拶を交わした二人は、やや離れて対峙し、武器を構えた。
『レイド選手の実力はSランク冒険者に匹敵するとも言われています! 果たしてフィーネ選手がどう戦うのか見所です! それでは――試合開始ッ!!」
ゴングの音が鳴り響くのと同時に、フィーネは身体強化を使いながらレイドに詰め寄った。
「悪くないスピードだ。だが」
レイドは接近したフィーネを見てそう呟き、剣を薙ぐ。
「ぐっ、ち、力が強い……ッ!」
何とか刀で防いだフィーネだったが、受けきれずに吹き飛ばされた。
フィーネは空中で体勢を整え、そのまま魔法を行使する。
「――アイスランス!」
「甘いッ! ――ファイヤーランス!」
フィーネから放たれた魔法はレイドの放った魔法によって相殺される。
そしてフィーネが着地する瞬間を狙っていたレイドは、一瞬で距離を縮めて剣を振るった。
「いきなりで悪いが、これで終わりだ」
レイドの剣は着地したフィーネを斬り裂いた――が、フィーネの姿は霧散する。
「なにっ!?」
フィーネのユニークスキル鏡花水月の効果である。
そのままレイドの背後から斬りかかろうとしたフィーネだったが……
「そこか!」
気配を感じ取ったレイドは振り返り様に剣を振るうことで、フィーネからの攻撃を弾いた。
再び二人は距離を取って睨み合う。
「やるではないか」
「ありがとうございます。これでも厳しい訓練をしましたから」
「そうか。それに、今のはユニークスキルか……」
フィーネは答えないが、レイドは沈黙を肯定として受け取った。
その日の晩。
「フィーネ、アイリス。予選突破おめでとう」
「「「「「おめでとう!」」」」」
俺、晴人はもちろんのこと、クゼル、エフィル、鈴乃、アーシャも、予選突破したフィーネとアイリスを祝う。
ゼロもぱちぱちと拍手していた。
「二人ともよくやったな。アイリスはディランさんに自慢できるな」
「そうですよアイリス様! 凄いです!」
そう言った俺とアーシャに対して、アイリスは首を横に振った。
「まだよ。目指すは優勝あるのみ!」
「それだけは私だって譲れません!」
フィーネも優勝を狙っているようだ。
それもそうか。本戦に出るんだから目指すは優勝だよな。
「後は明日のクゼルだが――まあ、大丈夫か」
「なんだその言い方は。私だって応援くらいしてほしいぞ?」
「クゼル、心配ないと思うが頑張れよ。お前の実力は誰よりも評価しているつもりではいる」
「そこまで言われると照れるが、任せろ! 明日が楽しみだ。どんな強者がいるのだろうか……」
頬を染めるクゼルは、明日の試合に想いを馳せているようだ。
ダメだコイツ……もう病気だ。いや、元からか。
相変わらずのクゼルを見て、俺たちは笑うのだった。
第3話 予選二日目
そして翌日。
朝早くから、クゼルが出場するEブロックの予選が始まった。
開始と同時にクゼルを囲む筋骨隆々の選手たち。
昨日と似たような光景だ。
まぁ、女性参加者が少ないようだから、こうなるのも当然ではあるか。
「クゼルさん、勝てますよね?」
「当たり前だ。クゼルがあの程度の奴らに負けるはずがないからな」
そんなフィーネの呟きに俺はそう返した。
どうもフラグに聞こえてしまいそうだが、クゼルのレベルは高いから問題ない。
俺たちはステージ上に視線を向けるのだった。
◇ ◇ ◇
クゼルを囲む選手の一人が、ニヤニヤしながら口を開く。
「へっへっ。嬢ちゃん、痛い目見たくなければ――ふぐぅぅぅぅっ!?」
次の瞬間には男が吹き飛び、そのまま闘技場の壁にめり込んだ。
「……は?」
そんな間抜けな声が、クゼルを囲んでいた男たちから上がる。
何が起きたのか?
その答えは単純だ。
クゼルが男の懐に入り込み、蹴り飛ばしただけである。
男たちはクゼルの動きが見えていなかっただけのこと。
「おい、他に強いやつはいないのか? こんなヤツらでは足りないぞ!」
そんなクゼルの声に、男たちは一歩、また一歩と後ずさった。
「ふむ」
そんな選手たちを見て頷いたクゼルは剣を抜いて――消えた。
次の瞬間、クゼルを囲んでいた選手たちが場外に吹き飛ばされる。
『おーっと! 一体何が起きた!? 彼女は何者だぁあ!?』
ニーナがクゼルの暴れっぷりに注目した。
するとまたしても、係員から用紙を手渡されるニーナ。
『えー、ただいま入った情報によりますと――えっ!? なんと彼女は、あの「鮮血姫」だぁぁぁあ!』
ニーナの情報に会場が沸いた。
『グリセント王国史上最年少で騎士団副団長になったクゼル選手。彼女が現れた戦場は血で染まることから、付けられた二つ名っ! それが鮮血姫! この大会も、血で染まってしまうのかぁぁぁああ!?』
再び会場が歓声に包まれる。
しかし当のクゼルは、その盛り上がりには特に興味を示さない。
「強いヤツはいないのか!!」
そう叫びながら次々と敵を倒していき、ついにはステージ上に立つのは二人のみとなった。
一人はクゼル。もう一人はレイピアを持った、クゼルと同年代の女性だった。
「レインです」
「クゼルだ」
ただそれだけ口にして、二人は無言になり――お互いに駆け出した。
互いの間合いに入った瞬間、レインから鋭い一撃がクゼルに向けて放たれる。
クゼルがレインの放った一撃をあっさりと躱すと、それでもレインは鋭く洗練された突きを何度も放つ。
しかしクゼルもやられるばかりではない。
連撃を冷静に捌きつつ、隙を突いて反撃を挟んでいく。
数分間、剣の応酬が繰り広げられる。
その緊張感に会場は静まり返り、司会者であるニーナですら実況をせずに見入っていた。
だがその時間も永遠には続かなかった。
クゼルはレインの攻撃を避けながら後退することで、間合いから脱出する。
「逃がしません!」
クゼルを逃がすまいと、さらに踏み込むレイン。
その瞬間レインは、クゼルの口元が吊り上がったのを見た。
そして気付いた。それが罠であったことに。
レインは急いで後退してクゼルから距離を取ろうとしたが、もう遅かった。
「逃がさん」
クゼルが一瞬の加速でレインの間合いに入り込む。
「――くっ、アースウォールッ!」
レインは土魔法を発動して、クゼルとの間に壁を作り出した。
「邪魔だ!」
しかしクゼルは驚いた様子も見せず、腕力を上げるスキル豪腕を発動して、剣を握っていない腕で壁を殴り壊した。
「ウソっ!? 素手で壊した!?」
レインは壁を壊して現れたクゼルに驚きつつも、間合いに入り込んできた彼女に向かってレイピアの突きを放つ。
クゼルはそれに臆すことなく、わずかに首を傾け、頬にかすり傷を作りながらさらに突き進む。
「くっ!」
迫り来るクゼルを見て苦悶の声を漏らすレイン。
クゼルはそんな彼女に向かって、逆袈裟に剣を振り上げる。
レインは体勢を崩しつつ、バックステップで攻撃を躱すが――
「これで終わりだ!」
クゼルはその隙を逃すまいと、レインの腹を目掛けて回し蹴りを放った。
「がぁっ!!」
クゼルの蹴りをもろに食らったレインは水平に吹き飛び、そのまま壁に衝突し気絶した。
ステージに残るはクゼルただ一人。
こうしてクゼルも、無事に本戦への出場を決めるのだった。
◇ ◇ ◇
「やっぱりクゼルさんは凄いですね」
「……まさかレイピアの連撃に自分から突っ込むなんてね」
そう言ったのはフィーネとアイリスだ。
二人の言葉に、俺、晴人も頷く。
たしかにあのレイピアでの連撃の中に突っ込むとは思いもしなかった。
できない芸当ではないが、無理してやろうとは思わない。
「アイリス様の移動速度も中々だと思いますけど?」
「何言ってるのアーシャ。私にはあんな勇気ないわ」
アーシャにそう返すアイリスだったが、そこに鈴乃とエフィルが加わる。
「たしかにクゼルさんは凄いよね。さすがAランク冒険者だよ」
「クゼルさんとの訓練は勉強になりますから、また教えてもらうことにします!」
みんながクゼルの戦闘技術に関して高い評価をしていた。
クゼルの試合は終了したが、残りの試合も見ていくことにする。
その中でも一際目立っていたのは、ファンスというSランク冒険者だった。
Sランク冒険者は、ペルディス王国で出会ったダインとノーバン、ランゼ以外に見るのは初めてだ。
ファンスは得物である槍を振り回しつつ、魔法も駆使して他の参加者を蹂躙していた。
恐ろしく強い男だ。
そんなこんなですべての試合を見終えた俺たちは、宿でクゼルの本戦出場祝いを行なう。
こうしてフィーネ、アイリス、クゼルの三人は無事、本戦出場が決まったのであった。
翌日、翌々日は一応残りの予選を観戦し、全ての試合が終わった更に翌日、個人戦本戦のトーナメントが発表された。
「どうやら一回戦では皆さんとは当たらなそうですね」
「フィーネとアイリスは勝ち進めば当たることになるな」
フィーネとクゼルが、そんな言葉を交わす。
二人とも一回戦を勝ち進めればという仮定ではあるが、可能性はゼロではない。
それにいずれにしても、三人ともが勝ち進めばどこかで当たるのは一緒だ。
まぁ、団体戦もあるので無茶はしないでほしいところだが。
「さて、トーナメントも確認したし、今日はこの後何するか……試合も何もないから、ギルドに依頼でも受けに行くか? それか自由行動でも構わないが」
「そうですね。私は依頼を受けに行こうかと」
「私もフィーネに付いていくわ」
「私もだ。体を動かしたい」
フィーネ、アイリス、クゼルは依頼を受けるようだ。
ここのところ、フィーネはランクを上げたいと思っているのか、依頼などを受けるのに積極的だ。
フィーネもアイリスも、実力はAランクに届くと保証できるくらいだからな、どこかのタイミングで昇格に挑戦してもいいかもしれない。
と、そこで俺は他の四人に向き直る。
「鈴乃たちは?」
「私は晴人くんと一緒でいいかな」
「私もです。特にやりたいことはないので」
鈴乃とエフィルがそう答えてくれた。
「アーシャは――ってアイリスに付いていくよな」
「はい」
そうなると、フィーネ、アイリス、クゼル、アーシャでの行動か。
万が一ということはないだろうが、俺が同行できないのはやや不安だ。
そう思っていると、ゼロがある提案を口にする。
「ハルト様、ここは私が付いていきましょう」
「いいのか?」
「はい。お任せください」
「そうか。なら頼んだ」
「かしこまりました」
こうして二手に分かれることになった。
闘技場を出たところでフィーネたちと別れ、俺たちはまだ観光していない街中を見て回ることにした。
俺、鈴乃、エフィルはまず、広場に向かった。
現在は大会が開催されているからか、屋台など多くが出店されている。
漂ってくる香りに、ぎゅるる~っと腹の音が鳴った。
「食うか!」
「うん!」
「はい!」
元気よく頷く鈴乃とエフィル。
そうして俺たちは様々な屋台の食べ物を食って回ることにした。
フィーネたちの分も一緒に買って、俺の異空間収納に入れておく。時間も停止できるから、できたての状態で保存できるのだ。
買い食いの途中、帝都名物のガルジオ焼きというのを見つけた。
お好み焼きみたいな食べ物だったのだが、残念だったのはこの世界にソースがなかったことだ。
醤油はバッカス商会で売っていたが、慣れ親しんだお好み焼き用のソースは見つけていない。
「ソースが欲しい……」
「だよね……」
俺の言葉に鈴乃が同意した。
どうやら思っていることは同じようだ。
ガルジオ焼きにかかっているのは、サッパリしたソースであった。
まぁ、悪くはないんだけどな。
「マヨネーズは作ってあるんだが……」
「そういえばあったよね、マヨネーズ」
ただこのソースには合わないよな。
ちょっぴり残念な気分になりつつ、しかし他にも美味しい料理はあったので、散策を楽しむことにした俺たち。
日が暮れ始めたところで宿に戻り部屋で駄弁っていると、フィーネたちが帰ってきた。
「おかえり、みんな」
「ハルトさん、ただいま戻りました」
「お疲れ様、お土産があるぞ」
「なになに?」
アイリスが顔を近付けてきて、目をキラキラと輝かせる。
フィーネにクゼル、アーシャも興味があるようだ。
「そうだ、みんなはもうご飯は済ませたか?」
俺の質問に、五人とも首を横に振って食べてないと言う。
「それならよかった」
俺はそう言って、異空間収納から屋台などで買った料理を取り出した。
料理から湯気が立ち、匂いが部屋に充満する。
「これだ。俺たちは買い食いでお腹一杯でな。これはみんなの分だから食べてくれ」
「ありがとうございます!」
「やったぁぁあ!」
「これは助かる。腹が減っていたところだ」
「これはご馳走ですね……」
フィーネにアイリス、クゼル、アーシャが各々にお礼を言って食べ始めた。
俺は食べようとしないゼロにも声をかける。
「ゼロも食べてくれ。お前の分もあるんだから」
「いいのですか?」
「ああ、気にせず食べてくれ」
「ありがとうございます。それでは」
そう言ってゼロも食べ始めるのだった。
第4話 個人戦本戦――フィーネ、アイリスの戦い
次の日、本戦当日。
今日の初戦はフィーネの出番だ。
隣に立つフィーネを見ると、昨夜トーナメント表は確認していたものの、大分緊張しているようだった。
「フィーネ、大丈夫か?」
「はい、ですが対戦相手が……」
「ああ、強敵だな」
「はい……」
フィーネの対戦相手は、レイドという男だ。
帝国近衛隊の中には『七人の皇帝守護騎士』と呼ばれる、皇帝を守護する騎士がいる。
近衛隊の隊長でもあるレイドはそのうちの一人で、長剣の使い手であり、実力はSランク冒険者に匹敵すると言われているそうだ。
フィーネには厳しい戦いになるだろう。
「フィーネなら勝てるわよ!」
「アイリス……私、頑張ります!」
「その調子よ♪」
励ますアイリスの横で、クゼルも頷いている。
「フィーネ、頑張るのだぞ」
「クゼルさんもありがとうございます! みっともない闘いはしないようにします!」
フィーネは強く頷き、そのまま待合室に向かおうとする。
「フィーネ、相手は強い。全力で当たってこい」
「ハルトさん……はい! 胸を借りるつもりで闘ってきます!」
俺の言葉にフィーネは元気よく答えた。
それから俺たちも観客席に向かい、試合開始を待つのだった。
◇ ◇ ◇
『さーて、いよいよ始まりました! 闘技大会個人戦本戦、一回戦の開始です! これより始まる第一試合に出場するのは、洗練された氷魔法と見事な剣技を見せる「氷結姫」――フィーネ選手だぁぁあ!』
本日も絶好調のニーナの実況によって会場が沸き上がる。
そして、フィーネの二つ名が決まった瞬間でもあった。
フィーネは入場しながらも、二つ名が決まった恥ずかしさで顔を赤らめていた。
「ひょ、氷結姫って……私、姫じゃないですよ……」
続いてニーナはレイドの実況に移る。
『続いて、圧倒的な強さで予選を突破した、我ら帝国が誇る「七人の皇帝守護騎士」の一人――レイド・ザハーク選手の入場だぁぁぁぁ!!』
実況の声を合図に、三十代前半の軽装備姿の男が入場する。
ステージ中央で挨拶を交わした二人は、やや離れて対峙し、武器を構えた。
『レイド選手の実力はSランク冒険者に匹敵するとも言われています! 果たしてフィーネ選手がどう戦うのか見所です! それでは――試合開始ッ!!」
ゴングの音が鳴り響くのと同時に、フィーネは身体強化を使いながらレイドに詰め寄った。
「悪くないスピードだ。だが」
レイドは接近したフィーネを見てそう呟き、剣を薙ぐ。
「ぐっ、ち、力が強い……ッ!」
何とか刀で防いだフィーネだったが、受けきれずに吹き飛ばされた。
フィーネは空中で体勢を整え、そのまま魔法を行使する。
「――アイスランス!」
「甘いッ! ――ファイヤーランス!」
フィーネから放たれた魔法はレイドの放った魔法によって相殺される。
そしてフィーネが着地する瞬間を狙っていたレイドは、一瞬で距離を縮めて剣を振るった。
「いきなりで悪いが、これで終わりだ」
レイドの剣は着地したフィーネを斬り裂いた――が、フィーネの姿は霧散する。
「なにっ!?」
フィーネのユニークスキル鏡花水月の効果である。
そのままレイドの背後から斬りかかろうとしたフィーネだったが……
「そこか!」
気配を感じ取ったレイドは振り返り様に剣を振るうことで、フィーネからの攻撃を弾いた。
再び二人は距離を取って睨み合う。
「やるではないか」
「ありがとうございます。これでも厳しい訓練をしましたから」
「そうか。それに、今のはユニークスキルか……」
フィーネは答えないが、レイドは沈黙を肯定として受け取った。
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