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6巻
6-1
しおりを挟む第1話 ガルジオ帝国到着!
俺――結城晴人は、ある日突然、クラス丸ごと異世界に勇者として召喚された高校生。
だが俺には『勇者』の称号がなく、無能と言われ追い出され、しかも召喚主であるグリセント王国の連中に殺されかける。
そこで神を名乗る人物と出会った俺は、チートなスキルの数々を手に入れ、ペルディス王国で冒険者としての活動を始める。
闘技大会が開催されるという情報を聞き、ガルジオ帝国へと向かう俺たちは、道中でベリフェール神聖国に立ち寄ることに。
そこでペルディス王国第一王女のアイリスの友達であり、聖女様と慕われるイルミナ・ハイリヒと出会った。
彼女が誘拐されたり、強力な悪魔が召喚されたりと、波乱はあったものの、俺や仲間たちの力で何とか事件は解決。
その結果、イルミナが新たな俺の婚約者となるのだった。
それから俺たちは、当初の目的である闘技大会に参加するためにベリフェール神聖国を出発する。
ガルジオ帝国の帝都に向かっているメンバーは、ベリフェール神聖国の神都に足を運んだのと同じ八人。
冒険者であり俺の婚約者でもあるフィーネ。そして同じく俺の婚約者であるアイリスと、そのお付きのアーシャ。それから、俺と一緒にこの世界に召喚された勇者の一人で俺の婚約者でもある鈴乃、元エルフの里のお姫様でフィーネらと同じく俺の婚約者のエフィル。そしてグリセント王国騎士団で副団長をしていたクゼル、ナルガディア迷宮ボスのドラゴンだったが人化して俺に付き従うゼロ。
そんなお馴染みの面々で、帝都へと馬車を走らせているのだが……
二週間という旅路の暇を潰せるものが何もなく、すっかり時間を持て余してしまっていた。
御者役と警戒役は持ち回りで、残りのメンバーは俺が作った亜空間――もう一つの世界にある屋敷で過ごすことにしている。
そうして俺がゴロゴロしていたある日、皿を持ったアイリスが俺のもとにやってきた。
寝転がっているため、皿に何が載っているかは見えない。
「ハルト、お菓子を作ってみたから食べて!」
起き上がって皿の上を見ると……おそらく炭化したのだろう、真っ黒な何かが載っていた。
形とサイズ的に、クッキーのつもりか?
俺は冷静を装い、アイリスに尋ねてみる。
「ア、アイリス一人で作ったのか……?」
「当たり前よ! お菓子くらい一人で作れるわ! りょ、料理はちょっと苦手だけどね……」
前半の勢いが気のせいだったかと思うような後半の小声に、「ちょっとどころじゃないだろう!」とツッコミを入れたくなったが、今はそれどころじゃない。
これは命の危機である。
以前、アイリスがホットケーキを作ってくれたことがあるのだが、その時もやはり、出来上がったものは黒かった。
味に関しては『気絶するほど個性的な味』とだけ言っておこう。
俺は恐る恐る、気になったことを確かめる。
「お、お菓子は作ったことはあるのか?」
「一度だけあるわ! お父さんにあげたら、卒倒するほど美味しかったみたい!」
それは違うだろう!?
ディランさん、一国の王なのに……
「えっと、その後ディランさんは何か言わなかったのか?」
「んーと、たしか今後料理する時は誰かと一緒にするように、って。美味しすぎる料理を作られたら困るってことかしら?」
それには答えられない。
俺はアイリスが悲しむ姿を見たくないからな。
すると当のアイリスは、ずいっと皿を差し出してきた。
「早く食べてみて♪」
「お、おう。いただくよ……」
黒いクッキー(仮)を一枚手に取る。
ホットケーキの時と同様に黒色のオーラが視えるのは気のせいだろうか?
俺が意を決して口に運ぼうとしたその時、クゼルと鈴乃がやってきた。
「何をしているのだ?」
「そ、それってお菓子……?」
俺が答えようとするよりも早くアイリスが答えた。
「そう、クッキーよ! 二人も食べてみて!」
そう言って皿を差し出すアイリスに、鈴乃は「うっ……」と呻いた。
多分だが、鈴乃もオーラを幻視したのだろう。
鈴乃が俺を見る。
「ね、ねぇ……」
「聞くな。俺は食べる」
鈴乃が俺に戦慄の眼差しを向けている。
聞かないでもわかる。鈴乃は「それ、マジで食べるの?」と思っているのだろう。
「アイリス、私も一つ」
「「え?」」
すると、俺と鈴乃が視線を交わしている中、不意にクゼルがクッキーを一枚手に取って、口に放り込んだ。
ガリッボリッと、クッキーにしてはありえない、固い音がしている。
しかしクゼルはそのままゴクリと呑み込んだ。
「うむ。少し苦みがあって美味い。もう一枚いただこう」
「「え? マジ……?」」
反射的にそんな言葉が出てしまったが、アイリスは俺の言葉に気付いていないようだった。
「ああ。ハルトとスズノも食べたらどうだ?」
「あ、ああ」
「そ、そうだね」
俺と鈴乃は一度顔を見合わせ、その黒いクッキーを口の中に放り込み――二人して倒れた。
「ア、アイリス……お、お菓子作りと料理は、アーシャと一緒に、な……」
「こ、これは無理だよぉ……」
《スキル〈状態異常無効〉の発動を確認しました》
俺のエクストラスキル森羅万象の補助機能が生み出した人格、エリスのそんな言葉が聞こえたが、俺の意識は暗い底に落ちていった。
それからどのくらい経ったのだろうか。
目を覚ました俺の隣にはフィーネとエフィル、アーシャが心配そうに座っていた。
まさか状態異常無効を貫通して意識を失わせるとはな……
俺の隣には鈴乃が寝かされており「や、やめて、もう無理だよぉ……」と、夢の中の何かに苦しんでいる様子だ。
俺と鈴乃が気絶する原因となったアイリスを探すと、近くのソファーでスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている。
どれくらい時間が経ったんだろう?
「俺、生きてたんだ……」
「あの、何かあったのですか?」
目が覚めた俺にフィーネが聞いてくる。
「――アイリスが作ったクッキーを食べた……」
その瞬間、三人が凍り付いたように固まり、アーシャが慌てて口を開いた。
「は、ハルトさん、体調は大丈夫ですか!?」
「大丈夫、だと思う。状態異常無効が発動したお陰かも」
俺の言葉に、アーシャが顔を引きつらせる。
それからしばらくして目を覚ました鈴乃が、衝撃の言葉を口にした。
「私、毒耐性獲得してるんだけど……」
その言葉に、絶句する俺たち。
今後アイリスが料理を作る際は、必ず誰か一人は監視を付けることになるのだった。
そして俺たちは無事、国境の街に到着した。
国境の手前側に宿泊施設があったのでそこで一泊し、補給を済ませた翌朝、俺たちはガルジオ帝国入国のための検問を受ける。
「何をしにこの国へ?」
そう尋ねてくるガルジオ帝国の兵士に、俺は身分証となる冒険者カードを見せて答える。
「帝都で行なわれる闘技大会に出ようと思って。まあ、仲間の腕試しだな」
俺のランクを見て驚いた兵士だったが、すぐに冷静さを取り戻して「なるほど」と頷いていた。
「すみませんが全員の身分証もいいですか? いくらEXランク冒険者様の仲間でも、これだけは規則でして……」
申し訳なさそうに聞いてくる兵に、全員が身分証を提示した。
もちろん、アイリスのものは王女であることは伏せてある。
「……確認しました。ようこそ、ガルジオ帝国へ。それでは大会、頑張ってください」
俺たちは検問所を抜けてガルジオ帝国に入り、帝都に向けて馬車を走らせるのだった。
道中で魔物は出たものの問題なく撃退し、俺たちは無事に帝都の前まで到着した。
現在は帝都を囲う壁の前で、検問待ちをしているところだ。
大会が近いからか、検問は多くの人で列を成している。
「ハルトさん、帝都って大きいですね」
「そうだな。もしかしたらペルディス王国の王都よりもデカいんじゃないか?」
フィーネに答えた俺だったが、そこにアイリスが口を開いた。
「ガルジオ帝国は世界で一番大きな国だから、帝都が大きいのも当たり前よ」
「世界一大きな国か……」
呟いた俺は、帝都を囲う大きな壁を見上げた。
とても高く、門も壁同様に巨大だ。帝都の壮大さを感じさせる。
にしても……
「暇だなぁ~……」
かなり時間がかかっていて、やることもないのだ。
初めて来た国なので、このような待ち時間も悪くはないけど、それにしたって暇すぎた。
すると、鈴乃が尋ねてくる。
「晴人くん、大会には誰が参加するんだっけ?」
「フィーネ、アイリス、クゼルは出るって言ってたな。ゼロとアーシャ、エフィルは出ないみたいだけど……鈴乃はどうする?」
鈴乃は少し考える素振りを見せて答えた。
「私もパスかな。考えてはみたんだけど、私は回復系が主だから試合はちょっとね」
「そうか? 戦い方次第では強いと思うけど」
「うーん、でも今回はやめとくよ。ただ、今度訓練に付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
「ああ、いいよ」
というわけで、大会出場はフィーネ、アイリス、クゼルになった。
団体戦もあるそうなので、そちらには三人に加えて俺も参加する予定だ。
それからしばらく待ち続け、ようやく検問を抜けて馬車を進ませた俺たちは、帝都の街並みを目にした。
「おぉ!」
「ずいぶんと人が多いですね」
俺とフィーネがそう声を上げると、アイリスが横でため息をつく。
「相変わらずこの時期は多いわね」
「ん? アイリスは来たことがあるのか?」
俺たちはアイリスの方に顔を向けた。
「一度だけ。その時はアーシャもいたわよ」
「はい。私も同行しました」
そうだったのか。
まぁ、王女なんだから来たことがあってもおかしくないか。
「でも、当時とほとんど変わっていないわ」
「そうですね。新しいお店が少し増えたくらいでしょうか」
「へぇ、それなら滞在中は案内してもらおうかな」
「そんなに期待しないでね」
それから俺たちは通りすがりの人にオススメの宿を聞き、馬車を向かわせる。
人が多い時期ではあるものの、運良く宿を確保できた俺は、フィーネ、アイリス、クゼルを連れて冒険者ギルドに向かうことにした。
どうやら闘技大会は、ギルドで参加受付をしているようだ。
大会に参加しない鈴乃、エフィル、アーシャ、ゼロは観光して回るらしい。
一瞬心配になったが、ゼロが護衛にいるので問題はないだろう。
しばらく歩いて、俺たちは冒険者ギルドに到着する。
やはりどの国の冒険者ギルドも、建物は同じような形なので一目でわかる。
俺が両開きの扉を開けて中に入ると、大会が近いからか人が多く、受付には列ができていた。
一番並んでいる列ができている受付には、「大会受付」と書かれた看板が高々と掲げられていた。
「凄い人の列だな」
「そうですね……」
「ハルト、人が多いわよ」
「アイリス、しょうがないだろう」
「むう……」
「この我慢も戦うためだ」
混雑を嫌がってむすっとするアイリスに、クゼルがそう言う。
うん。クゼルは相変わらず戦うことしか考えてないな。
待っている間、俺たちが雑談をしていると、視線を感じたので周りを見渡した。
フィーネ、アイリスの二人も視線を向けられていることに気付いたのか、俺の服の裾を摘まむ。
「無視してればいい」
「この流れ、多分絡まれると思うんですけど……」
「フィーネに同意するわ」
おいおい二人とも……てかクゼルはスルーですかい。
「さすがに毎回毎回そんなことあるわけがないだろ」
俺はとりあえず否定しておいたが、アイリスとフィーネにジト目を向けられる。
フラグを立てるなとでも言いたいのか?
そうこうしているうちに、俺たちの番になる。
「次の方どうぞ――って、ここは遊びで来るような場所ではありませんよ?」
俺たちを見てそう言った受付嬢。
受付嬢に賛同するかのように、後ろから声が聞こえてきた。
「ハハハッ! その通りだ。遊びの大会じゃねぇんだぞ?」
「今すぐそこの嬢ちゃんたちを置いて帰りな」
「俺たちが使った後で帰してやるよ」
「その時にはもう壊れちまっているだろうけどよ」
さっき俺たちに視線を向けていた三人の男たちはそう言って、フィーネたちの体を下卑た視線で見た。
「ほらハルトさん。絡まれるって言ったじゃないですか……」
「そうよ」
くっ、何も言い返せない……
「じゃあハルトさん、お願いしますね?」
「しっかりやるのよ?」
フィーネとアイリスからの圧が凄い。
ちらりと視線を向けると、クゼルはちらりと周囲を見回して、興味なさげにしていた。
……強そうなやつがいないからどうでもいい、みたいな感じか?
「……まあ、元からやるつもりだったけどな」
俺はこちらを見る荒くれ者どもに、冷めた視線を向けた。
「どうした? 渡す気になったか?」
「今晩は眠れないな!」
「ヒャハハハッ! まったくだぜ!」
「おい」
「「「――ッ!?」」」
俺は低い声色で男たちの言葉を遮り、同時に『威圧』スキルを放った。
「はぁ……まったくもってツイてない」
「まったくです」
「ハルトがあんなこと言うから」
「俺のせいか!?」
「「当たり前です(よ)!」」
少し怒ったように言うフィーネとアイリス。
俺としては一切フラグを立てた覚えなんてないぞ!?
まぁいずれにしてもこうなった以上、今はゴミを処理しないといけない。
俺は威圧を受けて黙っている男たちに向かって口を開いた。
「――おい、ゴミ以下の虫けら共。今ここで死ぬか、そのまま帰るか。選ばせてやる」
殺気を振りまきながら問うと、三人の男たちは尻もちをつき、周囲の者たちまで青ざめていた。
ここにきて、ようやく実力差がわかったのだろう。
「か、かかか帰る! 帰るから許してくれ!」
「悪かった! 本気で言ったわけじゃないんだ!」
「頼むから許してくれ……! この通りだ!」
尻もちをついている男たちは必死に命乞いを始める。
「立て」
「「「……え?」」」
「聞こえなかったのか?」
威圧をさらに強くする。
「「「は、はひぃぃぃッ!」」」
俺は立ち上がった男たちに制裁を加えることにした。
といっても、何をするかは考えていない。
フィーネたちをそんな目で見たヤツは殺したいが、俺自身に殺意は向けてはいなかったから、やりすぎるのも気が引ける。
……よし、決めた。
「悪いことをした自覚はあるんだな?」
「「「は、はぃ……」」」
「なら俺からのちょっとした罰だ」
「「「……え?」」」
「謝ったらタダで帰す、とは言ってないからな」
俺は魔法を発動させる。
空中に現れる拳大の氷。
「え?」
「ちょっ!?」
「それはさすがに……」
俺の目から本気を読み取って、男たちの口元が盛大に引きつる。
俺は問答無用でその氷を放った。
――三人の股間を目掛けて。
「「「アァーーーーーーーーッ!」」」
そのまま三人は泡を吹いて気絶した。
周りの男たちは想像したのか顔を青くさせ、内股になって股間を押さえていた。
俺は三人を叩き起こす。
「大丈夫か? ただ……子供は残せないかもな。まあ、罰も済んだしもう帰っていいぞ」
男たちは顔を青から白に変えてガクガク震えるのだった。
「ハルトさん、スッキリしました。でも、それじゃあ帰れないですよ」
「ナイスよ!」
「ふむ。クズには丁度良い罰だな。ハルト、よくやった」
俺の三人への言葉に、フィーネ、アイリス、クゼルが満足げに頷く。
その後、俺の冒険者カードを見た受付嬢が顔を青ざめさせ、一生懸命に頭を下げて何度も謝罪してくるというハプニングがありつつも、俺たちは無事に大会出場の受付を済ませる。
大会には予定通りにフィーネ、アイリス、クゼルが個人戦。俺がフィーネたちと一緒に団体戦に出ることになった。
受付が済んだところで、受付嬢が詳しい説明をしてくれた。
「大会の開催日は今日から一週間後。といっても初日は皇帝陛下による開会宣言や予選のルールが説明されるだけで、予選自体は翌日からです。予選の期間は四日間で、一日空けて再び四日間を使い、本戦が開催されます。その後、再度一日空けて、団体戦が三日にわたり開催されます」
なるほど、結構長丁場だな。
受付嬢は話を続ける。
「その他、ルールについては、武器や魔法の使用は自由となっておりますが、相手を死に至らしめる魔法の使用は禁止されています。また、相手を殺してしまった場合、そのまま失格となり、処罰もあります。説明は以上になりますが、何か質問はありますか?」
特になかったので俺たちは首を横に振る。
「ではご武運を。それと先ほどの非礼、お許しいただきありがとうございます!」
「見た目で判断するのも程々にな」
深く頭を下げる受付嬢に俺はそう忠告し、冒険者ギルドを出ていくのだった。
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