真夜中の白魔術師

福澤賢二郎

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KARTE 6:白石真依

目覚め

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《藤堂直文》
杉田から電話が入った。
藤堂はまだ、クラブにおり、女を抱き寄せて胸をもてあそんでいた。
「あとは目覚めるだけだな。連絡、ありがとさん」
女の乳首を強く弾くと、短く息を吐くように呻いた。
「俺の夢、叶うか終わるか。赤城拓哉、お前次第だ」

《俺》
内科医の事務所で仮眠をとり、白石真依が目覚めるのを待った。
手術は上手くいったはず。
それでも、不安はぬぐいされない。
翌日の夕方、携帯電話が鳴る。
ナースステーションからだ。
(看護士の内藤です。白石さんが目覚めました)
「わかった、すぐに行くよ」

白石真依の病室は個人部屋の特別室だ。
ノックをして入る。
脳外の石川と看護士、そして、鈴木聡一郎の三人がいた。
聡一郎は俺の顔を見て少し驚いたようだ。
「内科医の赤城です」
「いつかの坊主だな。覚えている。さあ、見てくれ」
白石真依を見る。
頭は包帯でぐるぐるに巻かれている。
でも、優しく微笑んでいる真依は綺麗で、神々しく、優しい。
「真依さん、おはよう」
「おはようじゃないですよ。もう、夕暮れですもん」
「そうだな」
「赤城先生?」
「どうしました?」
「私、赤城先生と以前に会った事ありませんか。なんか、初めての感じがしないんです」
「えっ、俺の事、覚えてない?」
「やっぱり、お会いした事ありますよね」
「本当に覚えていないのか?」
石川が俺の肩を掴み、引き離した。
俺は石川を睨んだ。
「ここ一年ぐらいの記憶が無い」
コンビニのバイトを始めたぐらいだ。
「そんな、残酷な事」
石川由依も病室に来ていた。
「大丈夫だ。俺が思い出させてやる。この一年で有った事をきちんと話す」
白石真依の前に戻ろうとした時、鈴木聡一郎が前に立った。
「坊主、それは必要無い」
「必要無いなんて、あんたの都合だろ」
その時、白石真依が鈴木聡一郎を呼んだ。
「お父様、私、いつからピアノを弾ける?目覚めてわかった事があるの」
聡一郎が真依の方を振り返った。
「なんだい?」
「私、ビアノが大好きなの。お母様との約束を思い出したの」
俺は聡一郎を退けて真依の前に出た。
「お母さんとの約束?」
「そう、私は世界一のピアニストになると約束したの。だから、ビアノを引き続けないといけない」
「そうなんだ」
「私聞きました。赤城先生が私を助けてくれたんですよね」
「そうだよ」言葉が続かないよ。
「赤城先生には感謝してます。私を応援してね」
「もちろんだよ」
「何故なんだろうな。ホント、今日が初めてじゃない感じ」
「気のせいさ。夢を実現させなよ」
「世界一のピアニストになる事?」
「そうだよ」
「世界一にピアニストになる事はお母様との約束であって夢じゃないよ」
「じゃあ、夢は?」
「ちょっと、寄って。赤城先生にだけ教えてあげる」
「何?」
俺は真依に耳を寄せた。
真依がすぐ近くにいる。抱き締めたい衝動を必死に耐える。
「私の夢はお嫁さんになって、好きな人に料理を作ってあげるの。そして、笑顔で楽しく食事する。わぁー、恥ずかし」
照れたように笑う真依。
俺も笑顔で返す。
真依と過ごした日々を思い出した。
君は俺に笑顔で料理を出してくれて、楽しく食事したよ。
俺は忘れない。
「じゃあ、約束も夢も両方とも叶えないといけないな」
「そうだよ。私、がんばるから」
「おう、がんばれ」
「ありがとう」
俺は震える膝を押さえて病室から出た。

自然と屋上に向かっていた。
真っ赤かな夕日が沈み始めて、夜が迫っている。
一時間程経ったのだろうか。
真っ赤な夕日から街のネオンが輝く夜景となっていた。
「おい、いつまでそうしているつもりだ」
俺は声の主を振り返った
「藤堂さんかよ」
煙草の煙を吐き出す藤堂がいた。
「お前、クビ。もう、白石真依に関わるな」
「そのつもりだ」
「そして、借金もチャラだ。好きなところへ行け」
「好きなところ?そんなところ無い」
「じゃあ、俺と来るか。大儲けさせてやる」
「断る。もう、あんたとは組まない」
「そうか」
「一つ退職祝いで車と家をくれ」
「いいだろう。今、住んでるマンションとジャガーをくれてやる」
「いや、違うんだ。綺麗な海の見えるところだ。島でも良いな」
「わかった。探しといてやる」
「頼むぜ」
「帰るわ」
「ああ」
藤堂は歩きながら言った。
「あっ、それとな、さっき、若い綺麗な女医がお前の背中を見て泣いていたぞ。美人を泣かすのはよくないな」


俺は夜空を見上げた。
無免許医師はやめて、真面目に働くよ。
また、コンビニのバイトかもしれないけどさ。

そして、活躍する君を遠くから応援するよ。           

がんばれ!
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