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第四章 闇の谷
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「ラフタル様……」
遠くから声が聞こえた。
「ラフタル様……」
まぶたが重い。ラフタルは、ようやく目を開けた。
ここは……どこだろう……。目の焦点が合わない。視界がぼやけていた。
「だいじょうぶですか?」
タミヤの声だった。目の前に召使いのタミヤの心配そうな顔があった。
「ええ……」
ラフタルは、ぼんやりと周りを見た。
部屋? ベッド? どうして? ……そう……確か……。
いつものように城に行った。病人の世話をしていて、疲れ切っていた。
その後は……そう……誰か来た……。
「エレン……」
ラフタルはつぶやいた。
そうだ。エレンが来た。若い召使いと一緒に、何か持ってきた。私に何か尋ねていた。私は、疲れ切っていて、何も聞いていなかった。ただ、どうぞ、と答えた。エレンと召使いが病人に何か飲ませていた。茶色い水に見えた。
その後は覚えていない。フワッと気が遠くなって、今、起こされるまでの記憶が消えていた。
「ラフタル様、だいじょうぶですか」
タミルがもう一度、心配そうに言った。
「ええ、だいじょうぶよ」
ラフタルはこたえ、体を起こそうとした。
「痛!」
背中と頭にひどい痛みを感じた。
「だいじょうぶですか? 倒れときに、強く体を打たれたと、係の者が言ってました」
そうか……。私は気を失って床に倒れたのか。
ラフタルは、タミルの手を借りて、体を起こし、ベッドから降りた。体は鉛のようい重かった。
ラフタルは椅子に座り、
「もう、朝なのか」と聞いた。
「はい」
タミルがこたえた。
「ずっと、眠っていらっしゃいました」
昼前に倒れて、朝まで気を失っていたようだった。
ラフタルは、テーブルにつき、何とか朝の食事をとった。ラフタルのために用意してくれた黄金の樹の実が皿に盛られていた。もしかしたら、屋敷にある最後の黄金の実なのかもしれなかった。
朝の食卓に、夫と息子の姿はなかった。
ラフタルはためいきをついた。黒い実も病気も興味が無いのだろう。私が疲れ切っていることも、関心が無いらしい。
食事は半分も喉を通らなかった。実は、また食べるからと言って、皿を下げさせた。
病気が治まる前に自分が倒れるかもしれない。いや、その前に自分が病気になって、あのベッドの上に……。
考えてもしかたがない。ラフタルは重い足を引きずるようにして、城の地下に向かっていった。
あそこに行かなくては、うめき声とすすり泣く声が満ちている部屋に。どんなに辛くても、逃げられない。ラフタルという名前を名乗っているかぎり、自分が責任者なのだから。
病室の厚い扉の前に着き、ラフタルは、大きく息を吸い、そしてため息とともに吐いた。
今日も一日、苦しみの中にいなくてはならない。
ラフタルが、扉を開けると、
「ラフタル様」
と召使いのナイラが近寄ってきた。明るい表情をしていた。
「熱が下がった者は、家に帰らせてもよろしいのでしょうか」
「えっ?」
ラフタルは、何を言っているのか、分からなかった。
「元気になったので、一度、家に戻りたいと」
「治ったの?」
「はい」
「治った……」
思いがけない言葉だった。今まで病人は増えるばかりで、治った者はいなかった。
「あそこのベッドに寝ていた者たちが」
ナイラが部屋の奥を指さした。ベッドに、フトンが畳まれていた。空になったベッドは十ほどだろうか。まとまっていた。
「元気になったので、手伝ってもらっています」
ナイラが病人の世話をしている人を見ていった。
「そう……」
「それで、家に戻って良いか、ラフタル様に」
「え、ええ、良いわよ。どうぞ、家に帰ってもらって」
「ありがとうございます」
ナイラは、嬉しそうに言って、治ったという者たちに向かって歩いていった。ナイラがラフタルの言葉を伝えると、彼らは喜び、帰り支度を始めた。
十人ほどの人が、部屋から出て行った。
どうして、あそこだけ……。
ラフタルは空いたベッドを見ながら首をひねった。何か特別なベッドなのだろうか。同じ荘の者なのだろうか。食事が良かったのだろうか。
「あっ」
エレンの顔が浮かんだ。そうだ、エレンだ。あそこは、昨日、エレンが何か飲ませていたベッドだった。
若い男の召使いと来て、何か、飲ませても良いかと聞いていた。
ク、ス、リ……確か、そんな言葉だったような気がする。茶色い水だ。
「ちょっとた」
ラフタルは、部屋から出て行こうとする若い女性を呼び止めた。
「もう、具合は良いの。熱は下がったの」
女性は、
「はい、もうだいじょうぶです。熱も下がりました。ありがとうございました」
と明るい声でこたえた。
「あなた、昨日。水を飲んだかしら。茶色い」
「はい。エレン様が、これをとおっしゃって、少し苦い水をいただきました。その後、急に熱が下がって、朝には、もう立ち上がって、動いても、全く苦しくなくなりました」
やっぱり。エレンの水らしい。
「あなたの近くで寝ていた、他の人も、飲んだのかしら?」
「はい。多分……ただ、昨日までは苦しくて、隣の人の顔も分からないぐらいでしたから」
ラフタルは、もう一人、同じ事を聞いた。答えは同じだった。エレンが持ってきた「クスリ」という水を飲んでいた。
もしかしたら……。ラフタルは腕を組んで考えた。水を飲んだ人が治ったのは、ただの偶然ではないだろう。今まで、何をしても治らなかったのだ。
病気になれば、黄金の実を与える。病人の症状によって、実の与え方を工夫する。症状が重そうなら、毎食与える。年寄りには、すり潰して、食べやすくして与える。そんなことしか、ラフタルは知らなかった。ラフタル家に伝わっているのは、その程度であり、それ以上は必要なかった。だいたいが、アモンの丘では、病気というものは存在しなかったのだ。
エレンは、あの水のことをどうやって知ったのだろう。クオン様だろうか、それとも……。
「ありがとうございました」
病気が治った村人が、ラフタルに礼を言って、部屋を出て行った。
エレンがどうやったの全く分からなかったが、ともかくエレンのおかげで、病気が治るかもしれない。ラフタルは村人の明るい顔を見て思った。急に心が軽くなるような気がした。
日々、病気は広がり、事態は悪くなるばかりだった。ベッドの数は増え、部屋が足りなくなった。このままでは、城は病人で埋め尽くされそうだった。一ヶ月、ラフタルは、悩んで眠れぬ日々が続いていた。それが、エレンのおかげで、初めて光が射した。
「あっ、エレン!」
エレンが部屋に入ってきた。エレンの姿が見えると、ラフタルは思わず大きな声でエレンの名を呼んだ。
「ラフタル様」
「エレン……」
ラフタルがエレンに近づき、急に抱きついた。
「ラフタル様、一体、何を、ラフタル様」
エレンは驚いて言った。
「治ったのよ。エレン、治ったの」
ラフタルは、さらに力を込めてエレンを抱きしめた。
「ラフタル様、ラフタル様」
周りの召使いたちが、二人を見ていた。四家の人間は、いつでもあわてず落ち着いて行動するように教えられていた。人前で走ったり、大声を出したりするのは、ひどく不作法なことだった。ましてや、抱きつくなどということは。
「みんなが……」
エレンに言われ、ラフタルは体を離した。
召使いたちの視線を感じ、ラフタルは気まずそうに服を整えてから、
「熱が下がったのよ」とエレンに言った。
「熱が?」
「そう。ほら。」
ラフタルは空いたベッドを指さした。
「あなたが、あの水を飲ませた人たち。みんな元気になったの」
声には張りが戻っていた。朝、死人のような顔をしていたとは、とても思えなかった。
「本当ですか」
エレンは、驚いて目を見開いた。
「本当に、私の薬が」
「ええ、そうよ。あそこ、あのベッドの場所は昨日、あなたが、その薬を飲ませたところでしょ」
「え、ええ……」
確かにクムと一緒に薬を飲ませた病人が寝ていたベッドに違いがなかった。昨日は、みんな熱で苦しんでいたベッドだった。
「まだ、残ってるのかしら、その……あなたの、薬という水は」
「え、ええ……」
作った薬は全て、昨日、全て与えてしまった。乾燥させた葉も残っていない。
「今は、あれだけで……」
「また、作れるでしょ?」
ラフタルが聞いた。
「え、ええ、作れますけど……」
エレンはこたえた。作れるのは作れる。作れるが、森に葉を採りに行かなくてはならない。そして、乾燥させて、煎じて、新しく薬を作るまでには、急いでも一週間は必要だ。
エレンは部屋を見回した。ベッドは部屋の隅から隅までぎっしりと並べられている。百人……いや、もっといるだろう。病室はもう一つある。そちらの部屋も病人で一杯だと聞いていた。
ようやく作った薬も十人で終わってしまった。そうなると、この前の百倍、二百倍の薬を作らなくてはならない。そんなに花があっただろうか。花があったとしても、クムと二人で、何度、森に行けばいいのだろう。
葉を乾燥させるにしても、自分の部屋だけではとても無理だ。もっと広い場所がいる。
どうすればいい? 二人だけでは無理だ。誰かに話してみて、いや、ともかく森に行って花を見て、それとも……。
考えがエレンの頭の中でクルクルと回っていた。頭の回転が何倍も速くなっているのだが、考えがまとまらない。解決の方法は浮かんで来ない。
「ラフタル様!」
召使いが走ってきた。
「どうしたの?」
「息をしてません」
「えっ!」
「向こうの部屋です。男の人が痙攣を起こして、息が……」
「エレン」
ラフタルがエレンを見つめた。
「薬を作ってきます」
エレンは答えた。
「ラフタル様、早く、こちらへ」
ラフタルは隣の部屋に急いで向かった。
エレンは、部屋を見回した。真ん中にポッカリと空いているベッドが見えていた。自分が作った薬で治った患者のベッドだ。しかし、他のベッドでは、多くの人が死んだように横たわっている。苦しそうなうめき声が部屋に重く深く響いていた。
薬を作ろう。私ができるのは薬を作ることだ。エレンは険しい表情で部屋を出た。
遠くから声が聞こえた。
「ラフタル様……」
まぶたが重い。ラフタルは、ようやく目を開けた。
ここは……どこだろう……。目の焦点が合わない。視界がぼやけていた。
「だいじょうぶですか?」
タミヤの声だった。目の前に召使いのタミヤの心配そうな顔があった。
「ええ……」
ラフタルは、ぼんやりと周りを見た。
部屋? ベッド? どうして? ……そう……確か……。
いつものように城に行った。病人の世話をしていて、疲れ切っていた。
その後は……そう……誰か来た……。
「エレン……」
ラフタルはつぶやいた。
そうだ。エレンが来た。若い召使いと一緒に、何か持ってきた。私に何か尋ねていた。私は、疲れ切っていて、何も聞いていなかった。ただ、どうぞ、と答えた。エレンと召使いが病人に何か飲ませていた。茶色い水に見えた。
その後は覚えていない。フワッと気が遠くなって、今、起こされるまでの記憶が消えていた。
「ラフタル様、だいじょうぶですか」
タミルがもう一度、心配そうに言った。
「ええ、だいじょうぶよ」
ラフタルはこたえ、体を起こそうとした。
「痛!」
背中と頭にひどい痛みを感じた。
「だいじょうぶですか? 倒れときに、強く体を打たれたと、係の者が言ってました」
そうか……。私は気を失って床に倒れたのか。
ラフタルは、タミルの手を借りて、体を起こし、ベッドから降りた。体は鉛のようい重かった。
ラフタルは椅子に座り、
「もう、朝なのか」と聞いた。
「はい」
タミルがこたえた。
「ずっと、眠っていらっしゃいました」
昼前に倒れて、朝まで気を失っていたようだった。
ラフタルは、テーブルにつき、何とか朝の食事をとった。ラフタルのために用意してくれた黄金の樹の実が皿に盛られていた。もしかしたら、屋敷にある最後の黄金の実なのかもしれなかった。
朝の食卓に、夫と息子の姿はなかった。
ラフタルはためいきをついた。黒い実も病気も興味が無いのだろう。私が疲れ切っていることも、関心が無いらしい。
食事は半分も喉を通らなかった。実は、また食べるからと言って、皿を下げさせた。
病気が治まる前に自分が倒れるかもしれない。いや、その前に自分が病気になって、あのベッドの上に……。
考えてもしかたがない。ラフタルは重い足を引きずるようにして、城の地下に向かっていった。
あそこに行かなくては、うめき声とすすり泣く声が満ちている部屋に。どんなに辛くても、逃げられない。ラフタルという名前を名乗っているかぎり、自分が責任者なのだから。
病室の厚い扉の前に着き、ラフタルは、大きく息を吸い、そしてため息とともに吐いた。
今日も一日、苦しみの中にいなくてはならない。
ラフタルが、扉を開けると、
「ラフタル様」
と召使いのナイラが近寄ってきた。明るい表情をしていた。
「熱が下がった者は、家に帰らせてもよろしいのでしょうか」
「えっ?」
ラフタルは、何を言っているのか、分からなかった。
「元気になったので、一度、家に戻りたいと」
「治ったの?」
「はい」
「治った……」
思いがけない言葉だった。今まで病人は増えるばかりで、治った者はいなかった。
「あそこのベッドに寝ていた者たちが」
ナイラが部屋の奥を指さした。ベッドに、フトンが畳まれていた。空になったベッドは十ほどだろうか。まとまっていた。
「元気になったので、手伝ってもらっています」
ナイラが病人の世話をしている人を見ていった。
「そう……」
「それで、家に戻って良いか、ラフタル様に」
「え、ええ、良いわよ。どうぞ、家に帰ってもらって」
「ありがとうございます」
ナイラは、嬉しそうに言って、治ったという者たちに向かって歩いていった。ナイラがラフタルの言葉を伝えると、彼らは喜び、帰り支度を始めた。
十人ほどの人が、部屋から出て行った。
どうして、あそこだけ……。
ラフタルは空いたベッドを見ながら首をひねった。何か特別なベッドなのだろうか。同じ荘の者なのだろうか。食事が良かったのだろうか。
「あっ」
エレンの顔が浮かんだ。そうだ、エレンだ。あそこは、昨日、エレンが何か飲ませていたベッドだった。
若い男の召使いと来て、何か、飲ませても良いかと聞いていた。
ク、ス、リ……確か、そんな言葉だったような気がする。茶色い水だ。
「ちょっとた」
ラフタルは、部屋から出て行こうとする若い女性を呼び止めた。
「もう、具合は良いの。熱は下がったの」
女性は、
「はい、もうだいじょうぶです。熱も下がりました。ありがとうございました」
と明るい声でこたえた。
「あなた、昨日。水を飲んだかしら。茶色い」
「はい。エレン様が、これをとおっしゃって、少し苦い水をいただきました。その後、急に熱が下がって、朝には、もう立ち上がって、動いても、全く苦しくなくなりました」
やっぱり。エレンの水らしい。
「あなたの近くで寝ていた、他の人も、飲んだのかしら?」
「はい。多分……ただ、昨日までは苦しくて、隣の人の顔も分からないぐらいでしたから」
ラフタルは、もう一人、同じ事を聞いた。答えは同じだった。エレンが持ってきた「クスリ」という水を飲んでいた。
もしかしたら……。ラフタルは腕を組んで考えた。水を飲んだ人が治ったのは、ただの偶然ではないだろう。今まで、何をしても治らなかったのだ。
病気になれば、黄金の実を与える。病人の症状によって、実の与え方を工夫する。症状が重そうなら、毎食与える。年寄りには、すり潰して、食べやすくして与える。そんなことしか、ラフタルは知らなかった。ラフタル家に伝わっているのは、その程度であり、それ以上は必要なかった。だいたいが、アモンの丘では、病気というものは存在しなかったのだ。
エレンは、あの水のことをどうやって知ったのだろう。クオン様だろうか、それとも……。
「ありがとうございました」
病気が治った村人が、ラフタルに礼を言って、部屋を出て行った。
エレンがどうやったの全く分からなかったが、ともかくエレンのおかげで、病気が治るかもしれない。ラフタルは村人の明るい顔を見て思った。急に心が軽くなるような気がした。
日々、病気は広がり、事態は悪くなるばかりだった。ベッドの数は増え、部屋が足りなくなった。このままでは、城は病人で埋め尽くされそうだった。一ヶ月、ラフタルは、悩んで眠れぬ日々が続いていた。それが、エレンのおかげで、初めて光が射した。
「あっ、エレン!」
エレンが部屋に入ってきた。エレンの姿が見えると、ラフタルは思わず大きな声でエレンの名を呼んだ。
「ラフタル様」
「エレン……」
ラフタルがエレンに近づき、急に抱きついた。
「ラフタル様、一体、何を、ラフタル様」
エレンは驚いて言った。
「治ったのよ。エレン、治ったの」
ラフタルは、さらに力を込めてエレンを抱きしめた。
「ラフタル様、ラフタル様」
周りの召使いたちが、二人を見ていた。四家の人間は、いつでもあわてず落ち着いて行動するように教えられていた。人前で走ったり、大声を出したりするのは、ひどく不作法なことだった。ましてや、抱きつくなどということは。
「みんなが……」
エレンに言われ、ラフタルは体を離した。
召使いたちの視線を感じ、ラフタルは気まずそうに服を整えてから、
「熱が下がったのよ」とエレンに言った。
「熱が?」
「そう。ほら。」
ラフタルは空いたベッドを指さした。
「あなたが、あの水を飲ませた人たち。みんな元気になったの」
声には張りが戻っていた。朝、死人のような顔をしていたとは、とても思えなかった。
「本当ですか」
エレンは、驚いて目を見開いた。
「本当に、私の薬が」
「ええ、そうよ。あそこ、あのベッドの場所は昨日、あなたが、その薬を飲ませたところでしょ」
「え、ええ……」
確かにクムと一緒に薬を飲ませた病人が寝ていたベッドに違いがなかった。昨日は、みんな熱で苦しんでいたベッドだった。
「まだ、残ってるのかしら、その……あなたの、薬という水は」
「え、ええ……」
作った薬は全て、昨日、全て与えてしまった。乾燥させた葉も残っていない。
「今は、あれだけで……」
「また、作れるでしょ?」
ラフタルが聞いた。
「え、ええ、作れますけど……」
エレンはこたえた。作れるのは作れる。作れるが、森に葉を採りに行かなくてはならない。そして、乾燥させて、煎じて、新しく薬を作るまでには、急いでも一週間は必要だ。
エレンは部屋を見回した。ベッドは部屋の隅から隅までぎっしりと並べられている。百人……いや、もっといるだろう。病室はもう一つある。そちらの部屋も病人で一杯だと聞いていた。
ようやく作った薬も十人で終わってしまった。そうなると、この前の百倍、二百倍の薬を作らなくてはならない。そんなに花があっただろうか。花があったとしても、クムと二人で、何度、森に行けばいいのだろう。
葉を乾燥させるにしても、自分の部屋だけではとても無理だ。もっと広い場所がいる。
どうすればいい? 二人だけでは無理だ。誰かに話してみて、いや、ともかく森に行って花を見て、それとも……。
考えがエレンの頭の中でクルクルと回っていた。頭の回転が何倍も速くなっているのだが、考えがまとまらない。解決の方法は浮かんで来ない。
「ラフタル様!」
召使いが走ってきた。
「どうしたの?」
「息をしてません」
「えっ!」
「向こうの部屋です。男の人が痙攣を起こして、息が……」
「エレン」
ラフタルがエレンを見つめた。
「薬を作ってきます」
エレンは答えた。
「ラフタル様、早く、こちらへ」
ラフタルは隣の部屋に急いで向かった。
エレンは、部屋を見回した。真ん中にポッカリと空いているベッドが見えていた。自分が作った薬で治った患者のベッドだ。しかし、他のベッドでは、多くの人が死んだように横たわっている。苦しそうなうめき声が部屋に重く深く響いていた。
薬を作ろう。私ができるのは薬を作ることだ。エレンは険しい表情で部屋を出た。
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