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第二章 黒い実

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 食事が終わり、エレンは部屋からでた。休んでいても、気持ちが落ち着かなかった。
 ベランダに出て、パトたちが出て行った方角に目をやったが、森は暗く、旅立った者たちの姿を見ることはできなかった。
 エレンは、屋敷の中に戻り、回廊を歩いて行った。回廊には明かりが灯り、壁にエレンの影が揺れた。
 回廊の壁には、絵が掛かっていた。神話に沿って描かれた絵だった。
 何も無い荒れた大地に神が立ち、樹を植える場面から始まり、樹が育ち、世界を覆い、神が地下の人間に声をかける。ラビが神の前に頭を垂れる。地面の下から、人々が這い出し、樹を仰ぎ見る。最後は、樹の実を採り、喜んでいる人々の姿が描かれていた。樹によって守られた平和な世界だ。
 そして、今は黒い実がみつかった。黒い葉に黒い鳥。この後はどんな物語が待っているのだろう。エレンは最後の絵を見ながら思った。
「どうかしたのか」
 エレンの横に父親が立って言った。
「何か心配な事でも」
 エレンは、父親に尋ねたいことが、胸の中に山のように詰まっていた。本のこと。パトのこと。樹のこと。黒い実、神の水、神の座というのは、どこにあるのか。その場所はアモンの丘と同じなのだろうか……。
 聞きたいことは、限りなくあったが、何よりも心配なのは、やはり樹だった。
「樹はだいじょうぶでしょうか」
 エレンは父親に尋ねた。
「もし、神の樹に何かあったら、私たちは、どうすればいいんでしょう」
 エレンは父親が「そんなことはないから、安心しなさい」と答えてくることを期待していた。ラビや四家の人たちは、何か答えを知っているに違いない。
 父のクオンは、しばらく絵に目をやり、
「全ての恵みは……」と口を開いた。
「神の樹によってもたらされる」
 どこか遠くを見ているような目をしていた。
「はい、お父様」
 エレンはこたえた。
「そして……全ての災いもまた、樹によってもたらされる」
 クオンは、まるでひとり言のように続けた。
「えっ」
 一瞬、父は言い間違えたのか、とエレンは思った。
 エレンは父の顔を見た。一体、お父様は何を……。
「エレンも」
 クオンは、エレンの顔をみずに、正面を向いたまま、ひとり言のように言った。
「奥の本を読むがいい」
「はい……」
「語られる神話と、語られぬ神話がある」
 語られぬ神話……。
 父は何を考えているのだろう。エレンは父親の横顔を見ながら思った。
 パト……。
 エレンはパトの顔を思い浮かべた。できることなら、自分もパトと一緒に神の座に向かいたかったと、今は心の底から思っていた。
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