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第二章 黒い実
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広場では歓声が続いていた。上がって行った、若者たちが次々と戻ってきていた。
手に手に黄金色の実を持ち、地面に立つと、実を集まった人々に向かって大きく掲げた。どの実も立派で優劣をつけられそうもなかった。
十人の若者の中で、まだ下りてきてないのは、テラトとヨヌの二人だけになっていた。
酒に酔った赤ら顔の男が、
「子どもみたいに、迷って帰れなくなったのか」
と大きな声で言った。周りの人たちが、一斉に非難の目を向け、男はコソコソと体を丸め、人の陰に隠れてしまった。
時が過ぎていった。人々の顔から笑みが消え、代わって不安の陰が見えだした。
遅い。時間が掛かりすぎている。二人とも、もっと大きな、もっと立派なと、より良い黄金色の実を探して、離れた場所まで移動して探しているのだろう。気持ちは分かるが、それにしても、時間が掛かりすぎていた。
この儀式に制限時間は決められてないが、それでも、毎年、見ていればどれくらいの時間が許されているのか、二人とも知らないわけがなかった。
本当に、あの酔っ払いが言ったように、樹の上で迷い、戻ってこられなくなったのではないか。そのくらいならいいが、もしかして、二人の身に何か悪いことが起こったのではないか……。陽を見てしまったとか……、樹の上にいる恐ろしい獣に出会ってしまったとか……。
エレンがピアト婆やから聞かされてように、アモンの丘では、誰もが目を焼く陽や恐ろしい獣の話を知っていた。
不安が広場を包んでいった。娘たちは両手を胸の前で組み、祈るように樹を見上げていた。
悲鳴のような歓声があがった。ヨヌが樹の中から顔を出した。
ヨヌが下に下りてくる。歓声が今度は本物の悲鳴に変わった。ヨヌが腕に抱えていたのは、黄金色の実ではなく、テラトだった。テラトは気を失っているのか、死んだようにぐったりしていた。
「助けに行け」
ヨシュアが叫んだ。警備の人間が走り出した。
ヨヌがようやく、地面に下りた。そして、力尽きたように、よろけ、膝をついた。
テラトが地面に横たえられた。顔は赤く血に染まっている。
悲鳴が聞こえた。
「医者を」「手当だ」「急げ」
慌ただしく声が行き交い、テラトは担架に乗せられた。広場に集まった人々は、恐ろしそうに、その様子を見守っていた。
エレンは壇の上で、体を硬くしていた。担架の上のテラトは、死んだようにぐったりしていた。エレンは心配で泣き出しそうな表情になった。
「しっかりしろ」
ヨヌが声をかけると、テラトは弱々しいものの、何とか目を開けた。そして、ヨヌの言葉に力なくうなずいた。
テラトが生きているとわかり、エレンは、ホッとため息をついた。
テラトが治療のために城に運ばれていった。
ヨシュアがヨヌに近づいていった。テラトほどではないが、ヨヌも顔や腕に傷をおっていた。
「何があった」
ヨシュアがヨヌにたずねた。
「ハッキリとは……」
ヨヌは、まだ息が荒かった。
「あの者は、誰かに襲われたのか? それとも、足でも滑らせたのか?」
「見つけたときには、すでに、樹の上で気を失っていたので、はっきりとは……」
「そうか……」
「ただ、足を踏み外したにしては、傷のようすが……」
「それでは、何者かが、あの者を襲ったと……」
「どうした、ヨシュア」
ラビも二人に近づいてきた。アルス、クオン、ラフタルも一緒だった。
「樹の上で何があった?」
ラビがヨヌに聞いたが、ヨヌは首を振った。
「何も見なかった、と言うのか?」
ラビがヨヌにもう一度たずねた。
「……」
ヨヌが言いよどんだ。
「何でも言ってみよ」
ラビが言い、
「ヨヌ、気づいたことがあれば、ラビ様にお伝えしろ」
とヨシュアがヨヌをうながした。
「……黒い、何か影が見えたような……」
「黒い影か……他には?」
「鳴き声が、ギーギーと」
「ラビ様、それは……まさか……」
「いや、そんなことは……」
黒い影と聞き、ラビと四家の長は、深刻な表情でつぶやいた。
「ラビ様」
ヨシュアが声を潜めて言った。
「みなが見ております」
ラビと四家の長、それにヨヌの六人が、声を潜めて話しているのを、広場に集まった人々は不安そうな面持ちで見つめていた。
ラビは顔を上げ、人々の不安そうな顔を見た。
「わかった、城で話し合うとしよう」と言った。
「クオン」
「はい。ラビ様」
「春の祭りは、今日は取り止め、改めて日取りを決めることとしよう。そのむね、集まった人々に伝えよ。今日は家に帰り、静かに過ごすようにと」
「はい」
「くれぐれも、人々の不安を呼び起こさぬよう、言葉に気をつけよ」
「わかりました」
「アルス」
「はっ」
「念のため、城壁を見回るように、警吏に命じ、おかしなことがあれば、どんなささいなことも報告するように」
「はっ」
エレンは、まだ壇の上にいた。
ラビたちが、何を話しているのか分からなかったが、エレンの父、クオンの表情からも、何か重大なことが起こっているのは、伝わってきた。
ラビとヨシュアたちが城に戻っていった。クオンが壇に上ってきて、エレンの隣に立った。
「何も、心配するな」
クオンがエレンにささやいた。
「これから言う言葉をみなに伝えよ」
「……はい」
「体の力を抜き、笑顔になりなさい。そなたの笑顔が、今は何より必要だ」
「……はい」
「樹の恵みに感謝いたします。皆様、春の祭りを楽しみにしていらっしゃったと思います……」
クオンが隣でささやいた言葉をエレンは復唱した。
「私のために勇者がケガをしてしまいました。これも全て、私の至らなさだと思い、もう一度、心と体を清め、神の樹に祝福していただけるようにしてきますので、春の祭りは、少しだけ、お待ちください。よろしくお願いいたします」
クオンに言われたように、エレンは笑みを絶やさぬようにしていた。しかし、緊張でドレスの中の足は震えをおさえることができなかった。
手に手に黄金色の実を持ち、地面に立つと、実を集まった人々に向かって大きく掲げた。どの実も立派で優劣をつけられそうもなかった。
十人の若者の中で、まだ下りてきてないのは、テラトとヨヌの二人だけになっていた。
酒に酔った赤ら顔の男が、
「子どもみたいに、迷って帰れなくなったのか」
と大きな声で言った。周りの人たちが、一斉に非難の目を向け、男はコソコソと体を丸め、人の陰に隠れてしまった。
時が過ぎていった。人々の顔から笑みが消え、代わって不安の陰が見えだした。
遅い。時間が掛かりすぎている。二人とも、もっと大きな、もっと立派なと、より良い黄金色の実を探して、離れた場所まで移動して探しているのだろう。気持ちは分かるが、それにしても、時間が掛かりすぎていた。
この儀式に制限時間は決められてないが、それでも、毎年、見ていればどれくらいの時間が許されているのか、二人とも知らないわけがなかった。
本当に、あの酔っ払いが言ったように、樹の上で迷い、戻ってこられなくなったのではないか。そのくらいならいいが、もしかして、二人の身に何か悪いことが起こったのではないか……。陽を見てしまったとか……、樹の上にいる恐ろしい獣に出会ってしまったとか……。
エレンがピアト婆やから聞かされてように、アモンの丘では、誰もが目を焼く陽や恐ろしい獣の話を知っていた。
不安が広場を包んでいった。娘たちは両手を胸の前で組み、祈るように樹を見上げていた。
悲鳴のような歓声があがった。ヨヌが樹の中から顔を出した。
ヨヌが下に下りてくる。歓声が今度は本物の悲鳴に変わった。ヨヌが腕に抱えていたのは、黄金色の実ではなく、テラトだった。テラトは気を失っているのか、死んだようにぐったりしていた。
「助けに行け」
ヨシュアが叫んだ。警備の人間が走り出した。
ヨヌがようやく、地面に下りた。そして、力尽きたように、よろけ、膝をついた。
テラトが地面に横たえられた。顔は赤く血に染まっている。
悲鳴が聞こえた。
「医者を」「手当だ」「急げ」
慌ただしく声が行き交い、テラトは担架に乗せられた。広場に集まった人々は、恐ろしそうに、その様子を見守っていた。
エレンは壇の上で、体を硬くしていた。担架の上のテラトは、死んだようにぐったりしていた。エレンは心配で泣き出しそうな表情になった。
「しっかりしろ」
ヨヌが声をかけると、テラトは弱々しいものの、何とか目を開けた。そして、ヨヌの言葉に力なくうなずいた。
テラトが生きているとわかり、エレンは、ホッとため息をついた。
テラトが治療のために城に運ばれていった。
ヨシュアがヨヌに近づいていった。テラトほどではないが、ヨヌも顔や腕に傷をおっていた。
「何があった」
ヨシュアがヨヌにたずねた。
「ハッキリとは……」
ヨヌは、まだ息が荒かった。
「あの者は、誰かに襲われたのか? それとも、足でも滑らせたのか?」
「見つけたときには、すでに、樹の上で気を失っていたので、はっきりとは……」
「そうか……」
「ただ、足を踏み外したにしては、傷のようすが……」
「それでは、何者かが、あの者を襲ったと……」
「どうした、ヨシュア」
ラビも二人に近づいてきた。アルス、クオン、ラフタルも一緒だった。
「樹の上で何があった?」
ラビがヨヌに聞いたが、ヨヌは首を振った。
「何も見なかった、と言うのか?」
ラビがヨヌにもう一度たずねた。
「……」
ヨヌが言いよどんだ。
「何でも言ってみよ」
ラビが言い、
「ヨヌ、気づいたことがあれば、ラビ様にお伝えしろ」
とヨシュアがヨヌをうながした。
「……黒い、何か影が見えたような……」
「黒い影か……他には?」
「鳴き声が、ギーギーと」
「ラビ様、それは……まさか……」
「いや、そんなことは……」
黒い影と聞き、ラビと四家の長は、深刻な表情でつぶやいた。
「ラビ様」
ヨシュアが声を潜めて言った。
「みなが見ております」
ラビと四家の長、それにヨヌの六人が、声を潜めて話しているのを、広場に集まった人々は不安そうな面持ちで見つめていた。
ラビは顔を上げ、人々の不安そうな顔を見た。
「わかった、城で話し合うとしよう」と言った。
「クオン」
「はい。ラビ様」
「春の祭りは、今日は取り止め、改めて日取りを決めることとしよう。そのむね、集まった人々に伝えよ。今日は家に帰り、静かに過ごすようにと」
「はい」
「くれぐれも、人々の不安を呼び起こさぬよう、言葉に気をつけよ」
「わかりました」
「アルス」
「はっ」
「念のため、城壁を見回るように、警吏に命じ、おかしなことがあれば、どんなささいなことも報告するように」
「はっ」
エレンは、まだ壇の上にいた。
ラビたちが、何を話しているのか分からなかったが、エレンの父、クオンの表情からも、何か重大なことが起こっているのは、伝わってきた。
ラビとヨシュアたちが城に戻っていった。クオンが壇に上ってきて、エレンの隣に立った。
「何も、心配するな」
クオンがエレンにささやいた。
「これから言う言葉をみなに伝えよ」
「……はい」
「体の力を抜き、笑顔になりなさい。そなたの笑顔が、今は何より必要だ」
「……はい」
「樹の恵みに感謝いたします。皆様、春の祭りを楽しみにしていらっしゃったと思います……」
クオンが隣でささやいた言葉をエレンは復唱した。
「私のために勇者がケガをしてしまいました。これも全て、私の至らなさだと思い、もう一度、心と体を清め、神の樹に祝福していただけるようにしてきますので、春の祭りは、少しだけ、お待ちください。よろしくお願いいたします」
クオンに言われたように、エレンは笑みを絶やさぬようにしていた。しかし、緊張でドレスの中の足は震えをおさえることができなかった。
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