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大森は小野木の教授室を訪れ、ドーピング検査への不安を話した。
小野木はいつものように、大森を部屋の入り口に立たせ、机に坐って聞いていた。
小野木は大森の話を聞き終わると、
「何だ、バカバカしい」という顔をした。
忙しいのに、そんなことで来るな。と、顔に書いてあった。
「あれは特別な研究だから、君に詳しく言うことはできないが、ドーピング検査で問題になるような物じゃない。安心したまえ」
「そうですか……それなら、いいんですが。本当にドーピング検査に引っかかるよなことは……」
「ないよ」
小野木は大森の顔を見て、笑みを浮かべた。親愛の笑みではなく。バカにしたような笑いだった。
ドーピング検査? 何だそれは? 自分の研究は、そんな小さな物ではない。見下ろしている人間のおごりが笑みにみてとれた。
「まあ、それほど不安なら少しだけ説明してあげようか……」
小野木はメガネを外し、仕方がないなという表情で、話し出した。
「今回の研究は、遺伝子レベルで筋肉の成長にきっかけを与えられるかどうかを調べている。人間の遺伝子には眠っている部分があって、適当な刺激を与えることによって活動が活発になることが知られている。遺伝子に刺激を与えることで、眠っていた能力を呼び覚ませることができれば、誰でも自分の運動能力を百パーセント発揮できることになるということだ。火事場のバカ力って言葉を君も知ってるだろう」
「はあ……」
「あれも、人間は特別な状況に置かれたら、眠っていた力を百パーセント発揮できることを示している。私の研究は、それを人工的に行うことができるかどうかを調べているわけだ。もし、この研究で、君の記録が伸びたとしたら、君には元々能力があったということになる。今回の研究の過程で、今まで眠っていた能力が刺激を受けて働きだした。まあ、そういうことだ」
「そうですか……」
大森は小さな声で答えた。正直、小野木の説明は、よく分からなかった。
「まだ、不安かね」
「はあ……記録の伸びがあまりに急なので……」
「君の才能が一気に開花したと考えたまえ。誰でもそのような時があるだろ。才能ってやつはだらだら現れるんじゃなくて、突然、出てくるものだ。そうだろ」
「はい」
「だいたい、私がどうかしったて、全員が速く走れるようになるわけじゃないよ。そんなことができたら大変だ」
「そうですね」
「記録が伸びたことと、この研究とが何も関係がないとは言わないが、君の才能と過去の努力がなければ、どちらにしても……何だっけ、何の記録が……」
「百メートルです。記録は十秒0三です」
「その記録は君が出したものだよ。私の研究がきっかけになったかもしれないが、全てじゃないし、これは、ドーピング検査には絶対にひっかかるような物じゃない」
小野木は「絶対に」を強調して言った。
「はい」
大森はうなずいた。小野木の言葉に完全に納得したわけではないが、不安を押し込めることはできそうだった。
以前の自分の記録は劣悪な環境で出したものだ。破けそうなスパイクや雨が降れば水たまりができるようなグランドで練習して出した記録だ。
自分がもし、経済的に恵まれていて十分な用具とトレーニングができていたら、沢田に近い記録が出ていても不思議ではないはずだ。 何しろ、中学生の時、沢田と自分にはそれほどの差はなかったのだから。
自分に足りなかったのは、環境と幾ばくかの金だけだったのだ。
それが、ようやく、ここに来て研究目的とは言え効率的なトレーニングを積むことができた。体は明らかに強くたくましくなっている。裸になると肋骨が目立った体にしなやかな筋肉がついている。
コーチの元で指導を受け、スパイクも最新のモデルに変えた。
記録が伸びたのは当然だ。自分の記録は正当な結果だ。
大森は、頭の中で無理矢理に論理を組み立てた。
去年の秋。競技を止めようとしていた自分は胸の奥に追いやった。
沢田は全国中学生陸上大会で優勝し、自分は地区大会の決勝へも進めなかったことも、記憶の外に置いた。
冷静に客観的に考えれば、沢田と自分の才能の差は明かだった。
しかし、誰でも他人と自分の才能の違いを認めるのは辛いものだ。まして、理由がなんであれ、記録が近づいた今、大森に冷静に自分を見つめろと言うのは無理があった。
大森は結論づけた。迷うことはない。自分にやましいところはない。たとえ小野木の薬が記録の助けになったとしても、それが、全てではない。何よりも自分の力が大きいのだ。 それに、自分に打った薬はドーピング検査には絶対に問題にならないと、小野木は断言している。それでいいじゃないか。小野木の薬が何であっても、自分がオリンピックの標準記録を破った事実に変わりはないのだ。
「もう、いいかね」
「あ、はい」
「それじゃ」
もう、行けと言うように、小野木は手で合図をした。
「ありがとうございました」
大森は頭を下げて、教授室を後にした。
「あっ、大森さん」
帰り際、小野木の秘書の佐藤友恵が大森に声をかけてきた。
小野木の研究室には何度も来ているのだが、友恵が声をかけてくるのは初めてのことだった。
「新聞で見ましたよ。オリンピック選手なんでしょ」
声が弾んでいた。
「まだ、決まったわけじゃないから」
「でも、新聞には、ほとんど決定だって書いてありましたよ」
友恵の目が輝いていた。
「だと良いんだけど」
陸連から高尾には内定に近い連絡が来ているようだった。
オリンピックの参加標準記録を破っている大森は、日本選手権で四位以内に入れば、百メートルと四百メートルリレーの選手に決定される。
「私、知ってる人がオリンピックに行くなんて初めてなの」
友恵が言った。
「オリンピックが決まったら、サインお願いしていい?」
友恵の目が大森を見つめていた。以前は、
「失礼します」と、声をかけても、全く無視をされていたのに、今は見つめられている。
「えっ、ええ、いいですよ」
大森は、答えながら顔が赤らんでいくのが分かった。
サイン? 自分が?。
くすぐったいような幸福感だった。自分が人にサインをする。自分のサインを他人が欲しがっている。
誰にも注目されなかった自分。歩いていても誰も注目しない自分が今は注目されている。
「お願いね」友恵がもう一度言った。
「はい」大森は、思わず頭を下げ、足早に部屋を出た。
「サインか……」
大森は無意識で呟きながら、廊下を歩いていた。
大森が帰った後、小野木は、あらためて大森のデータを見ていた。
「記録の伸びが早すぎる……か……」
小野木は大森の記録には興味がなかった。見ているのも、百メートルの記録ではなく、トレーニングの数値だった。研究前に比べ大森の瞬発力は十パーセント上がっていた。
大森の瞬発力を示す値は、研究開始直後から上がり始め、十パーセントほど上昇した所で止まり、そのまま安定していた。
大森は高尾の元で練習を始めた後も、小野木の言いつけを律儀に守り、練習後に指定されたトレーニングセンターに行き、筋力トレーニングとデータの測定を行っていた。
小野木は、机の引き出しからマウスのデータを取り出した。
「人間でも同じだな……」
小野木はマウスのデータと大森のデータを比較して呟いた。
唐突だが、話は第一次世界大戦にさかのぼる。
かつて、戦争というのは、騎士や兵士、軍人といった戦いを職業にしている人間同士が行うものだった。日本においても、源氏と平家の戦いや、戦国時代における武田信玄と上杉謙信の戦いなど、戦争は基本的に武士が行っていた。
ところが、近年、戦争が大規模になるにつれ、兵士だけでは数が足りなくなると、農民、商人、パン職人、手工業者といった普通の人々を戦場に送るようになった。
第一次世界大戦というのは、人類史上、初めて大量の普通の人々が前線に送られ、戦った戦争だった。
今まで、牛を追っていた人、種を蒔いていた人、パンを焼いていた人たちが武器を運び、敵の前に塹壕を掘り、大砲の弾が空から降ってくる恐怖に体を硬くした。
見ず知らずの「敵」、誰かが勝手に「敵」と決めつけただけで、自分の敵では決してないのだが、ともかく、敵に銃口を向け、引き金を引いた。
隣の農夫が撃たれ、はらわたを見せて痙攣している。
昨日、二人の娘の写真を見せた鍛冶屋が頭を吹き飛ばされて死んでいく。
今日が誕生日だと言っていた男を置き去りにして突撃していく。
敵を銃剣で刺した感触が手に残る。死んだ男の断末魔の表情が繰り返し夢に現れる。
悲鳴と爆弾の音。普通の人間が戦場でまともな神経を保つのは困難だ。
第一次世界大戦では、神経に異常をきたし、前線から逃亡する兵士やパニックを起こす兵士が続出した。
戦争における死傷者の内、相当の数がパニックに陥った味方同士の銃撃によるものだったと推測されている。
同じく第一次世界大戦は毒ガスが使用された初めての戦争でもあった。二十世紀初頭というのは、錬金術や魔女に替わって科学が普及し、様々な化学薬品が合成され始めた時代だった。
毒ガスだけでなく、兵士の志気を高める薬も研究された。様々な興奮剤や恐怖を和らげる麻薬の類が作られ、勇敢で凶暴な兵士を作るために用いられた。
流れは、第二次世界大戦を通り、現代まで続いている。
ヒットラーは、覚醒効果があり徹夜も苦にならないと、戦後日本でも蔓延することになる麻薬、ヒロポンを常用していた。戦争末期、彼の異常な命令や行動は麻薬中毒の影響だと信じる研究者もいる。
現在、某国の軍隊では前線の兵士の食事に精神を高揚させる薬を混入させている。
さらに、訓練の段階から、よりよい兵士を作るために、筋肉増強剤が使用されている、という根強い噂がある。
筋肉増強剤とまではいかなくとも、サプリメントという耳障りの良い薬を食事に混ぜていることは、ほとんど疑いの余地がないようだ。
よりふさわしい兵士を作る研究は今も日々続けられている。徴兵制の現代において、兵士は選ぶ時代から作る時代に変わっている。
より俊敏で屈強な体を持ち、勇敢で冷静で命令には絶対服従する理想的な兵士。
脳科学や遺伝子工学が脚光を浴びている現代。脳を刺激し、遺伝子を少し操作すれば、国家の望む理想的な兵士を作れるのでないかと、軍の上層部が望むのは自然なことだ。
戦場にいるときだけ理想的な兵士であればいい。後は廃人になったとしても、感謝状を一枚刷ればことは済んでしまう。
小野木が熱心に目を通しているレポートには、軍との緊密な関係が噂される某国の著名な製薬会社のロゴが印刷されていた。
小野木はいつものように、大森を部屋の入り口に立たせ、机に坐って聞いていた。
小野木は大森の話を聞き終わると、
「何だ、バカバカしい」という顔をした。
忙しいのに、そんなことで来るな。と、顔に書いてあった。
「あれは特別な研究だから、君に詳しく言うことはできないが、ドーピング検査で問題になるような物じゃない。安心したまえ」
「そうですか……それなら、いいんですが。本当にドーピング検査に引っかかるよなことは……」
「ないよ」
小野木は大森の顔を見て、笑みを浮かべた。親愛の笑みではなく。バカにしたような笑いだった。
ドーピング検査? 何だそれは? 自分の研究は、そんな小さな物ではない。見下ろしている人間のおごりが笑みにみてとれた。
「まあ、それほど不安なら少しだけ説明してあげようか……」
小野木はメガネを外し、仕方がないなという表情で、話し出した。
「今回の研究は、遺伝子レベルで筋肉の成長にきっかけを与えられるかどうかを調べている。人間の遺伝子には眠っている部分があって、適当な刺激を与えることによって活動が活発になることが知られている。遺伝子に刺激を与えることで、眠っていた能力を呼び覚ませることができれば、誰でも自分の運動能力を百パーセント発揮できることになるということだ。火事場のバカ力って言葉を君も知ってるだろう」
「はあ……」
「あれも、人間は特別な状況に置かれたら、眠っていた力を百パーセント発揮できることを示している。私の研究は、それを人工的に行うことができるかどうかを調べているわけだ。もし、この研究で、君の記録が伸びたとしたら、君には元々能力があったということになる。今回の研究の過程で、今まで眠っていた能力が刺激を受けて働きだした。まあ、そういうことだ」
「そうですか……」
大森は小さな声で答えた。正直、小野木の説明は、よく分からなかった。
「まだ、不安かね」
「はあ……記録の伸びがあまりに急なので……」
「君の才能が一気に開花したと考えたまえ。誰でもそのような時があるだろ。才能ってやつはだらだら現れるんじゃなくて、突然、出てくるものだ。そうだろ」
「はい」
「だいたい、私がどうかしったて、全員が速く走れるようになるわけじゃないよ。そんなことができたら大変だ」
「そうですね」
「記録が伸びたことと、この研究とが何も関係がないとは言わないが、君の才能と過去の努力がなければ、どちらにしても……何だっけ、何の記録が……」
「百メートルです。記録は十秒0三です」
「その記録は君が出したものだよ。私の研究がきっかけになったかもしれないが、全てじゃないし、これは、ドーピング検査には絶対にひっかかるような物じゃない」
小野木は「絶対に」を強調して言った。
「はい」
大森はうなずいた。小野木の言葉に完全に納得したわけではないが、不安を押し込めることはできそうだった。
以前の自分の記録は劣悪な環境で出したものだ。破けそうなスパイクや雨が降れば水たまりができるようなグランドで練習して出した記録だ。
自分がもし、経済的に恵まれていて十分な用具とトレーニングができていたら、沢田に近い記録が出ていても不思議ではないはずだ。 何しろ、中学生の時、沢田と自分にはそれほどの差はなかったのだから。
自分に足りなかったのは、環境と幾ばくかの金だけだったのだ。
それが、ようやく、ここに来て研究目的とは言え効率的なトレーニングを積むことができた。体は明らかに強くたくましくなっている。裸になると肋骨が目立った体にしなやかな筋肉がついている。
コーチの元で指導を受け、スパイクも最新のモデルに変えた。
記録が伸びたのは当然だ。自分の記録は正当な結果だ。
大森は、頭の中で無理矢理に論理を組み立てた。
去年の秋。競技を止めようとしていた自分は胸の奥に追いやった。
沢田は全国中学生陸上大会で優勝し、自分は地区大会の決勝へも進めなかったことも、記憶の外に置いた。
冷静に客観的に考えれば、沢田と自分の才能の差は明かだった。
しかし、誰でも他人と自分の才能の違いを認めるのは辛いものだ。まして、理由がなんであれ、記録が近づいた今、大森に冷静に自分を見つめろと言うのは無理があった。
大森は結論づけた。迷うことはない。自分にやましいところはない。たとえ小野木の薬が記録の助けになったとしても、それが、全てではない。何よりも自分の力が大きいのだ。 それに、自分に打った薬はドーピング検査には絶対に問題にならないと、小野木は断言している。それでいいじゃないか。小野木の薬が何であっても、自分がオリンピックの標準記録を破った事実に変わりはないのだ。
「もう、いいかね」
「あ、はい」
「それじゃ」
もう、行けと言うように、小野木は手で合図をした。
「ありがとうございました」
大森は頭を下げて、教授室を後にした。
「あっ、大森さん」
帰り際、小野木の秘書の佐藤友恵が大森に声をかけてきた。
小野木の研究室には何度も来ているのだが、友恵が声をかけてくるのは初めてのことだった。
「新聞で見ましたよ。オリンピック選手なんでしょ」
声が弾んでいた。
「まだ、決まったわけじゃないから」
「でも、新聞には、ほとんど決定だって書いてありましたよ」
友恵の目が輝いていた。
「だと良いんだけど」
陸連から高尾には内定に近い連絡が来ているようだった。
オリンピックの参加標準記録を破っている大森は、日本選手権で四位以内に入れば、百メートルと四百メートルリレーの選手に決定される。
「私、知ってる人がオリンピックに行くなんて初めてなの」
友恵が言った。
「オリンピックが決まったら、サインお願いしていい?」
友恵の目が大森を見つめていた。以前は、
「失礼します」と、声をかけても、全く無視をされていたのに、今は見つめられている。
「えっ、ええ、いいですよ」
大森は、答えながら顔が赤らんでいくのが分かった。
サイン? 自分が?。
くすぐったいような幸福感だった。自分が人にサインをする。自分のサインを他人が欲しがっている。
誰にも注目されなかった自分。歩いていても誰も注目しない自分が今は注目されている。
「お願いね」友恵がもう一度言った。
「はい」大森は、思わず頭を下げ、足早に部屋を出た。
「サインか……」
大森は無意識で呟きながら、廊下を歩いていた。
大森が帰った後、小野木は、あらためて大森のデータを見ていた。
「記録の伸びが早すぎる……か……」
小野木は大森の記録には興味がなかった。見ているのも、百メートルの記録ではなく、トレーニングの数値だった。研究前に比べ大森の瞬発力は十パーセント上がっていた。
大森の瞬発力を示す値は、研究開始直後から上がり始め、十パーセントほど上昇した所で止まり、そのまま安定していた。
大森は高尾の元で練習を始めた後も、小野木の言いつけを律儀に守り、練習後に指定されたトレーニングセンターに行き、筋力トレーニングとデータの測定を行っていた。
小野木は、机の引き出しからマウスのデータを取り出した。
「人間でも同じだな……」
小野木はマウスのデータと大森のデータを比較して呟いた。
唐突だが、話は第一次世界大戦にさかのぼる。
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ところが、近年、戦争が大規模になるにつれ、兵士だけでは数が足りなくなると、農民、商人、パン職人、手工業者といった普通の人々を戦場に送るようになった。
第一次世界大戦というのは、人類史上、初めて大量の普通の人々が前線に送られ、戦った戦争だった。
今まで、牛を追っていた人、種を蒔いていた人、パンを焼いていた人たちが武器を運び、敵の前に塹壕を掘り、大砲の弾が空から降ってくる恐怖に体を硬くした。
見ず知らずの「敵」、誰かが勝手に「敵」と決めつけただけで、自分の敵では決してないのだが、ともかく、敵に銃口を向け、引き金を引いた。
隣の農夫が撃たれ、はらわたを見せて痙攣している。
昨日、二人の娘の写真を見せた鍛冶屋が頭を吹き飛ばされて死んでいく。
今日が誕生日だと言っていた男を置き去りにして突撃していく。
敵を銃剣で刺した感触が手に残る。死んだ男の断末魔の表情が繰り返し夢に現れる。
悲鳴と爆弾の音。普通の人間が戦場でまともな神経を保つのは困難だ。
第一次世界大戦では、神経に異常をきたし、前線から逃亡する兵士やパニックを起こす兵士が続出した。
戦争における死傷者の内、相当の数がパニックに陥った味方同士の銃撃によるものだったと推測されている。
同じく第一次世界大戦は毒ガスが使用された初めての戦争でもあった。二十世紀初頭というのは、錬金術や魔女に替わって科学が普及し、様々な化学薬品が合成され始めた時代だった。
毒ガスだけでなく、兵士の志気を高める薬も研究された。様々な興奮剤や恐怖を和らげる麻薬の類が作られ、勇敢で凶暴な兵士を作るために用いられた。
流れは、第二次世界大戦を通り、現代まで続いている。
ヒットラーは、覚醒効果があり徹夜も苦にならないと、戦後日本でも蔓延することになる麻薬、ヒロポンを常用していた。戦争末期、彼の異常な命令や行動は麻薬中毒の影響だと信じる研究者もいる。
現在、某国の軍隊では前線の兵士の食事に精神を高揚させる薬を混入させている。
さらに、訓練の段階から、よりよい兵士を作るために、筋肉増強剤が使用されている、という根強い噂がある。
筋肉増強剤とまではいかなくとも、サプリメントという耳障りの良い薬を食事に混ぜていることは、ほとんど疑いの余地がないようだ。
よりふさわしい兵士を作る研究は今も日々続けられている。徴兵制の現代において、兵士は選ぶ時代から作る時代に変わっている。
より俊敏で屈強な体を持ち、勇敢で冷静で命令には絶対服従する理想的な兵士。
脳科学や遺伝子工学が脚光を浴びている現代。脳を刺激し、遺伝子を少し操作すれば、国家の望む理想的な兵士を作れるのでないかと、軍の上層部が望むのは自然なことだ。
戦場にいるときだけ理想的な兵士であればいい。後は廃人になったとしても、感謝状を一枚刷ればことは済んでしまう。
小野木が熱心に目を通しているレポートには、軍との緊密な関係が噂される某国の著名な製薬会社のロゴが印刷されていた。
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