荒れ地に花を

グタネコ

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第八章  花

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 亮子が姉の日記を開いた。一日一日が区切られた、いわゆる日記帳ではなく。厚手のノートだった。そこに、日付と天気。そして、一日の出来事が書かれていた。
 長い日もあれば、「駿とカレーライスを食べた」と一行だけ書かれた日もあった。毎日書かれていたわけではなく、所々、日付も飛んでいた。
 亮子の誕生日。十月二十日の日付を探した。
 去年の十月二十日。天気は晴れ。もう、すでに子どもは亡くなっていた。
『今日は、亮子の誕生日。亮子、ごめんね、電話もしないで。おめでとうって言えそうもないの。本当にごめん。来年は、誕生日、おめでとうって言えるようになっているからね』
 書かれていたのは、一言だけだった。
 その言葉に重なるように、メールアドレスとパスワードが書かれていた。後から付け加えられたように見えた。
「多分、これが、姉の言っていたインターネット銀行の……」
 亮子が自信なさそうに言った。
 さらに、その下に、ホームページのアドレスが記されていた。
「これは……」
 銀行のサイトではなさそうだった。
 和泉が、インターネットで調べてみると、そこは、ファイル保存サービスのサイトだった。
 亮子がメールアドレスとパスワードを入力すると、姉が保存したファイルが見つかった。
 ビデオだった。ビデオを再生すると、画面に姉の顔が現れた。
「あっ」
 亮子は息をのみ、画面を見つめた。
『亮子、あなたが、このビデオを見ている時には、私は、もう生きていないかもしれません。あなたには、言えなかったけど、乳がんが見つかって、お医者さんからは、手術を勧められました。骨に転移しているらしいので、手術をしても、長く生きられないかもしれないそうです』
 亮子が「ええっ」とつぶやいた。
『でも、悲しまないで。もういいの。これはきっと、謙一さんや駿が、こっちへ来たらって言ってくれてるんじゃないかと思います。だから、手術はしません。手術をしても、あとどのくらい生きられるか分からないし、入院してしまったら、今、やっている研究を中断しなくてはならいので、手術をしないで研究を続けます』
 亮子は目に涙を溜めてビデオを見ていた。
『亮子に、お願いが一つあります。生きている間に、研究が成功するかどうか分からないけど、研究データを全て、記録しておくので、それを研究所の和泉さんという人に渡して下さい。研究所で信頼できるのは、和泉さんだけなんです』
 亮子が和泉を見た。
『私が、直接渡せればいいけど、あの人はアフリカに行っているらしいので、もし、私に何かあったらお願いします。データは、このビデオと同じ場所に保存してあります。それから、今、私が研究している『花』に、私と駿の遺伝子を入れました。もし亮子がその『花』を見る機会があったら、私と駿を思い出して下さい。亮子、私が死んでも悲しまないで、私は彼と駿と一緒にいますから。あなたは死のうなんて考えないで、幸せになって下さい。さようなら。元気で』
 和泉が、亮子の肩をそっと抱いた。亮子は和泉の肩に頭を乗せ、体を預けた。
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