荒れ地に花を

グタネコ

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第六章  暴走

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「私は、親しくなくて……ほとんど彼女とは、話したことも……」
 佐竹の質問に、准教授の川合がボソボソと答えていた。
「研究室が同じと言っても、私は准教授で、彼女は助手でしたから、立場が違うし、研究内容も……」
 佐竹は腕を組んで、川合をにらみつけていた。大嫌いなタイプだ。陰湿な煮え切らない、運動嫌いの中年太り。ビールをチビチビと飲んで、ぐちぐちと人の悪口を言うような奴に違いない。
 佐竹は、川合の不健康そうな二重顎を見ながら、顔をしかめた。
「いろいろ悩んでいたような噂は聞きましたよ。まあ、お子さんを亡くして、気の毒だとは思いますが、私には、その……あまり……関係が」
 声が小さい、歯切れが悪く、言っていることに誠意が感じられない。聞いているだけでイライラしてくる。
「ほっきり答えろ!」
 佐竹は、怒鳴りつけたくなる衝動を何とかおさえた。
 見てるだけで嫌になってくる。友だちはおろか、気楽に話す相手もいなそうだ。
 時間の無駄だな……。
 佐竹は窓の外に目をやった。今は、まだ晴れているが、天気予報は、「午後、にわか雨に注意」だった。傘は持っていない。早く帰ってほうが良さそうだ。
 目の前の男は善人ではないだろうが、女を殺して真夜中の屋上から投げ捨てるほどの悪党にはとても見えなかった。そんな度胸は欠けらもないだろう。
 准教授は教授と違い、自分の秘書がいるわけではないらしい。部屋も個室ではなく、数人の学生と一緒だった。ただ、佐竹と鈴木が部屋に入ったときには、学生は皆、部屋から出て行き、川合しかいなかった。
 昨日から佐竹は小野をつかまえて、尋問しようと考えていたが、行き先が分からなかった。朝、タツミバイオに電話をかけたが小野は出社していなかった。一週間、休みをとっているという。会社から伝えられた携帯電話にもかけてみたが、既に使われていなかった。
「どなたか、親しい方はいらっしゃいませんか」
 佐竹は聞いてみたが、
「さあ……」と言うだけで、小野の居場所は全くわからなかった。
「逃げたか……」と佐竹は思った。
 どうやら麻生亮子のアパートに忍び込んだのは、小野という男らしい。気づかれたと思って、逃げだしたのだろう。
 タツミバイオには、小野と連絡がとれたら、電話が欲しいと伝え、佐竹と鈴木は、東応大学の研究所にきて、准教授の川合に話を聞くことにした。
 川合が丸山の死や、麻生圭子の自殺に関係があるという証拠は何もなかった。
 麻生圭子がいた研究室の教授が片山だった。助手が死んだ丸山と麻生圭子。そして、准教授というのが川合だった。
 教授の片山とは既に話していた。片山は事件とは無関係に思えた。来年、定年を迎えるらしい。関心は定年後の再就職だけで、麻生圭子の研究には何の興味もないようだった。あと話を聞いていないのが准教授の川合という男だった。
 取りあえず会って話せば、何か感じるだろう、と佐竹は思って研究所に来た。
 彼女の死が自殺ではなく、川合が関与していたとすれば、話せば何か反応があるはずだ。相手は天才詐欺師でも、シリアルキラーでもない、ただの大学の先生だ。何かやったのか、やってないのか、その程度は判断できると、佐竹は思っていた。
「はあ」と佐竹はため息をつき、
「どうも、お時間を取らせてすみませんでした」と言った。どうやらムダ足だったようだ。
「あっ、どうも」
 川合は髪の薄くなった頭を下げた。
 佐竹は、
「はっきりしろ」と川合の頭を叩きたかったが、もちろん、そんなことはしなかった。
「ミイラと関係ありますかね」
 部屋を出て廊下を歩きながら鈴木が言った。
「いや、違うだろ」
「ですよね。犯人は、もっと、こう変な奴ですよね。なにしろミイラですから」
 何を想像しているのか、鈴木は勝手に何度もうなずいていた。
「どうも、ありがとうございました」
 帰り際、一階の事務室に声をかけたが、返事は帰ってこなかった。
 警察は研究所に嫌われているようだ。
「川合先生にお話をお聞きしたいのですが」
 鈴木が警察手帳を見せながら、研究所の受付で言ったときも、あからさまに嫌な顔をされた。二階に上がり、廊下を歩いていても、すれ違う学生や職員が、二人を避けるような態度をとった。中には二人の姿を見ると、足早に部屋に逃げこみ、これ見よがしに音を立ててドアを閉める職員もいた。まるで、麻生圭子と丸山の死が警察に責任があるみたいな態度だった。
 建物から出ると、佐竹は麻生圭子が自殺した屋上を見上げた。研究所に来るのは三度目だったが、来るたびに彼女の自殺は信じられなくなってくる。
「金だろうな……」
 佐竹はつぶやいた。和泉の話が正しいとすると、彼女の研究は、相当の価値があるようだ。何をしても手に入れたい奴がいても不思議ではない。
 研究の価値に気づいた人間が研究データを盗もうとしてトラブルになり、自殺にみせかけて殺した。
 どうだろう、あり得る話だろうか。係わっていたのは、同じ研究室にいた丸山と小野だろうか。山口と小尾の二人が殺しの実行犯か。タツミバイオの部長、高橋は、役職から考えても、直接、殺害に関与したとは考えづらいが……。
 佐竹は、珍しく真剣な顔で考えていた。
 彼女が殺されたとして、高橋、山口、小尾、丸山の四人は、誰が殺したのか。偶然、四人とも病気か事故で死んだとは考えられない。 犯人は生き残っている小野か。小野が独り占めしようとして、四人を殺したのか。それとも、まだ名前があがってこない誰かか。
 しかし、誰が殺しているにせよ、ミイラにする理由が分からない。まさか、鈴木が言うように、彼女の恨みを晴らそうとして、アフリカの留学生が魔術を使い、呪いでミイラにした、と言うのは違うだろう。ただのマンガだ。
「ファー」と鈴木が緊張感のかけらもない声をだして、大きく伸びをした。
「まったく」
 佐竹は舌打ちをした。鈴木の声で、考える気が一気に失せてしまった。
「何をしてるんですかね」
 鈴木が伸びをしながら、研究所の建物を眺めて言った。
「ここの人たちって、みんな何かの研究をしてるんでしょ、毎日毎日、何をしてるんですかね」
「さあな。何をしてるか聞いたって、どうせ難しすぎて分からないだろ」
「まあ、そうですけど。研究者って、ほら、白衣を着て髪はボサボサで、フラスコから白い煙が出てて、出来た! って、叫んで。何か危ないですよね」
「なに観たらそんなこと考えるンだよ」
「映画ですよ。昔の、バックザ何とか。よく出てくるじゃないですか、白衣を着た人」
 佐竹は、「全く」という顔をした。
「戻るか……」
 佐竹は腕時計を見た。収穫は無しだ。ここにいても仕方が無い。
 二人が門に向かって歩いていると、鈴木が「植物園→」と書かれた立て札を見つけ、
「あっ、植物園がありますよ」と嬉しそうな声をだした。
「佐竹さん。行きましょうよ」
「植物園? お前とか」
「どうせ暇なんだし」
「暇じゃないだろ。ミイラは増えてるし、小野って奴はどこにいるか分からないし。いろいろ調べないとまずいこともあるし。それにだいたい、オレは別に草や木に興味はないから。虫も嫌いだし」
「ほら、ほら、そんなこと言わないで行きましょうよ。いやあ懐かしいな。小学校の遠足以来かな、植物園なんて」
 鈴木は、スキップしそうな軽い足取りで、道を曲がり植物園に向かって歩きだした。
「だからさ……」
 佐竹は気乗りしないようすで付いていった。
「何かの役に立つかもしれませんよ。あの葉っぱのことが分かるかもしれないし。ミイラの手がかりも見つかるかもしれないですよ」
「そんなこと有るわけ無いだろ」
 まあ、気分転換に寄っていくか、と佐竹は思った。川合の声が、まだ耳に残っているようで気持ちが悪かった。綺麗な花でもみれば、川合の顔も薄れるだろう。
「あそこかな」
 鈴木が指さした。植物園らしき建物が見えた。小学生らしい子どもたちが、植物園の前で集まっているのが見えた。
「おい、混んでるみたいだぞ」
 佐竹が言った。小学生と一緒い入るのは勘弁して欲しい。
「だいじょうぶですよ、ほら」
 鈴木が佐竹の手を引く素振りをしたとき、急に後ろからバタバタと人の足音が聞こえてきた。佐竹が振り返ると、十人ほどの人が小走りで、二人に近づいてきていた。
「おい」
 佐竹が言った。
「何ですか?」
 鈴木も後ろを見た。
 白衣、背広、ジャージ。革靴、スニーカー、サンダル。男、女。年配、若者。研究所の職員や研究者、学生もいるようだった。集団がバラバラと二人の横を通り過ぎて行った。誰も真剣な表情をしていた。どうやら、体力作りのジョギングではなさそうだ。
「なんだ……」
 佐竹がつぶやいた。雰囲気が尋常ではない。佐竹は集団の後を小走りで追いかけて行った。
「佐竹さん。どこに行くんです。植物園はいいんですか」
 鈴木があわてて、佐竹の後を追って行った。
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