荒れ地に花を

グタネコ

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第四章  荒れ地

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「またミイラか……」
 佐竹は目をそむけ、ミイラを見ようともしなかった。
 遺体があると聞かされたとき、用事ができたと言って帰ればよかった、と佐竹は真面目に考えていた。次は、親でも死んだことにしよう。
「丸山義人、三十五歳。東応大学、バイオ研究所の助手だそうです。鑑識の田代さんが、もう運び出すけどいいですかって、聞いてましたけど。佐竹さん、もう見ましたか?」
 鈴木が言った。
「見たよ」
 佐竹は、顔をそむけたままで言った。ミイラはもう十分見た。
 丸山の遺体は、道路に面した部屋で、外を眺めているような格好で立っていた。
 警察に通報したのは舞子ではなく、別のマンションに住む主婦だった。
「変な物が見えるんですけど」
 朝、ベランダで洗濯物を干している時、丸山のマンションに目をやると、部屋におかしな物が見えた。窓際に裸で立っている黒い男のような物だ。
 ミイラになった丸山は、腰に巻いていたバスタオルが足に絡みつき、なぜか絶妙のバランスで床に倒れることなく、立ち続けていた。
 通報を受けた警察は丸山の部屋に入り、ミイラに声をかけた。
 もちろん返事はなかった。警察官が、ミイラの肩に手をかけると、ミイラは警察官に向かって倒れてきた。警察官は慌ててミイラを支え、カラカラの丸山と対面し、悲鳴をあげた。  
 一人暮らしの男の部屋とは思えないほど、整理整頓がいきとどいていた。几帳面な男らしい。ゴミは燃えるゴミと燃えないゴミに分けられ、台所の隅に置かれていた。
 冷蔵庫の中には、ビールとハム、チーズ、卵が二個、醤油、コーラ、酒のつまみなのか、イカの塩からが瓶に半分残っていた。
 料理をしているようには思えなかった。勤務先からの情報でも、残業が多く、夕飯はいつも外食で済ませていたようだった。  
 床には飲みかけの缶ビールが落ちていた。缶ビールから毒物などは検出されなかった。
 警察官とマンションの管理人が部屋に入ったときには、テレビがついていて、ワイドショウの笑い声が聞こえたと証言している。
 状況から察するに、丸山は、夜遅く帰ってきて、風呂に入り、風呂上がりにテレビを見ながら缶ビールを飲み、そして、窓際に行ってミイラなったようだ。
「あれは、あったか」
 佐竹が鈴木に言った。
「葉、ですか?」
「ああ」
「これが……」と鈴木が葉を見せた。
「あそこの部屋に」
 ミイラがいた部屋だった。
「フー」と佐竹はため息をついた。
 どうやら、これは間違いなく事件らしい。これでミイラは三件になった。千葉までいれれば四件だ。
 丸山はバイオ研究所の助手。高橋はバイオ関連の会社の部長、山口はバイオ研究所で起きた麻生圭子の自殺の記事を書いていた。
 そして、千葉県警の富田からの連絡で、マッサージ機に座りながらミイラになったタクシー運転手の小尾は山口と一緒によく競馬場に通っていたらしい。
 何となくだが、四件のミイラがつながっていく。東応大学、バイオ研究所、そして麻生圭子。
 天井から男のうめき声が聞こえたような気がして、佐竹は天井を見上げた。 
「どうかしました?」
 鈴木が尋ねた。
「いや、何か声が……」
「天井ですか?」
 鈴木も天井を見上げ、耳をすませた。
 聞こえてくるのは、道路を走る車の音と、下の部屋から聞こえてくるテレビの音だけだった。
 鈴木が首をひねり、佐竹の顔を見た。
「何も……」
「気のせいか……」
「佐竹さん」
 鈴木が小声で言った。
「もう、出ましょうよ」
「ああ、そうするか」
 何となく気味が悪い。佐竹と鈴木は逃げるように丸山のマンションから出た。
「帰りますか?」
 表に出ると、鈴木が聞いた。
「いや……そうだな」
 佐竹が地下鉄の駅に向かって歩きだした。「どこへ、行くんです?」
 鈴木に聞かれ、
「大学」と佐竹は答えた。

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