荒れ地に花を

グタネコ

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第二章  葉

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 山口がミイラになったアパートで、現場検証が行われていた。豊洲の高層マンションとは違い、酒と汗のすえた臭いがする部屋だった。
 六畳ほどの部屋と台所、それにトイレと小さな風呂が付いていた。
 ミイラはベッドの上で寝ていた。狭い部屋は鑑識の人間でごった返していた。
 佐竹は台所に逃げていた。三件目のミイラだ。近づく気になれない。
「山口広高、五十歳。職業はフリーライター。雑誌に記事を書いているようです」
 鈴木が手帳を読みながら言った。
「フリーライター」
「ええ、ほら」
 鈴木は部屋にある机を指さした。机の上には、場違いにも見えるパソコンとプリンターが載っていた。
「仕事をしていたようですよ」
 屑籠にプリンター用紙がクシャクシャに丸めて捨ててあった。失敗した原稿のようだった。
 部屋には、家具らしい家具はなかった。テレビに小さな冷蔵庫。クローゼットやタンスはない。ワイシャツや下着、靴下などが、部屋の隅に脱ぎ散らかっていた。
 机の上や椅子の周りは、お世辞にも整頓されているとは言えなかった。
 週刊誌やスポーツ新聞、雑誌の切り抜き、コピー用紙、潰れたビールの缶、弁当の屑、ゴミ箱からはみ出した諸々の屑が散乱していた。
 二日前のスポーツ新聞が机の上から落ちそうになっていた。競馬欄が開かれ、馬の名前が赤鉛筆で丸く囲まれていた。
「またか」
 佐竹は呟いた。また、二日でミイラか。
 机の横に、「週間芸能大衆」という雑誌が積まれていた。ゴシップとエロが売りの週刊誌だった。
 パソコンの横にクリアファイルが置かれていた。中には新聞の切り抜きやコピーした資料が挟まっていた
 佐竹がファイルを手にした。資料の一番上は写真だった。見るからに暴力団と分かる男と、おどおどとした目の優男が二人で写っていた。
「知ってますよ、それ。坂本組の組長と友利省吾ですね」
 鈴木が写真を指さして言った。
「友利?」
「演歌歌手ですよ。東北流れ旅。佐竹さん
知りませんか」
「知らねえな」
「き~たの海は、波が荒い。風の中をカモメが飛ぶよ~って」
 鈴木が調子外れの歌を歌った。
「だから、知らねえって」
「ワイドショーでやってたのは、この人が書いたのか」
 鈴木は、変に感心して言った。
「暴力団絡みですかね」
「暴力団が殺してミイラにするか?」
 そんな面倒な殺し方をする暴力団は、エジプトにもいないだろう。
 佐竹は、ベッドの上のミイラを見た。
 殺しか病死か。多分、と佐竹は思った。高橋の遺体がそうであったように、今度も外傷はみつからないだろう。病死かどうかもはっきりしないに違いない。全く、こんなことなら、刺殺や撲殺の方が、すっきりしていていい。
 千葉県警の富田が言っていたように、手っ取り早く、病死で済ませたくなる。
 こんな部屋に住んでいるところを見ると、山口という男も、まともな人生は送っていないようだ。このミイラも引き取り手が現れないかもしれない。病死にしたところで、文句を言う人間もいないだろう。
 ただ、ミイラがこう続くと、事件の線も捨てられそうになかった。
「そう言えば、あれは、どうだ」
 佐竹が鈴木に言った。
「あれって、何ですか?」
「葉っぱだよ」
 豊洲で見つけた植物の葉だ。
「さあ、どうですかね」
 鈴木はミイラを見て言った。
「探すとするか」
「ええ」
 鈴木がうなずいた。
「オレは台所と風呂場を探すから。鈴木、お前は、ミイラの部屋を探せ、特に、ベッドの下と周りを念入りにな」
 佐竹は言って、風呂場に行こうとした。
「ええっ、嫌ですよ。まだ、ミイラがベッドにいるんですから」
 鈴木が佐竹の服を引っ張った。
「じゃんけんにしましょうよ」
「バカを言うんじゃねえよ。オレにはかみさんも子どももいるんだからな」
 佐竹は鈴木の手を振り払って風呂場に行ってしまった。
「本当に、もう」
 鈴木はブツブツ文句を言いながら、渋々、ミイラの周りを探した。
 狭い部屋だ。花や植木といった気の利いたものはない。鈴木は腹ばいになり、ベッドの下にもぐり込んだ。ベットの下は、蜘蛛が巣を張り、埃が厚く積もり、ゴミが散乱していた。
「ひどいな、これは」
 鈴木は、ペンライトで照らした。目の前に緑色の葉が落ちていた。幸運を呼びはしないだろうが、ともかく、葉があった。
「佐竹さん、ありましたよ」
 鈴木が葉をつまみ上げて、起き上がろうとしたとき、ミイラの左手が鈴木の髪に触れ、鈴木は、「ワッ」と大声をあげた。
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