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第三章 騒乱

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 地震の直前。京子は、偶然、廊下で長沼と会い、浦積市で実施された血液検査ついて、たずねていた。
「もう結果は出たらしいよ」
 と長沼は言った。
「それで、この後はどうするんですか」
「隔離するって聞いたけど」
「隔離? 患者をですか?」
「町全体を」
「町全体って、浦積市を、ですか?」
「ああ、新型インフルエンザの恐れがあるので、二週間、浦積市を立ち入り禁止にして、詳しく調べる、と明日発表があるらしい。その後、このセンターにも指示があると聞いてる」
「感染した人は、治療を受けるんですか?」
「どうだろう。その辺は聞いてないけど」
「そうですか……。それで、あの奇病の原因はわかってるんでしょうか?」
 京子が聞いた。長沢は少し間を置いて、
「僕の感じでは、上は分かってるんじゃないのかな」と答えた。
 やっぱり……。上は原因がレトロウイルスによる免疫力の活性化だと知っている。
 治療方法の研究も行われているのだろうか、それとも、患者は隔離して、それで終わりなのだろうか。
「何かあるの?」
 悩んでいるような京子の様子をみて、長沼は言った。
「いえ、別に、その……」
 長沼に城戸の研究のことを伝えても仕方がないだろう。言うなら、副センター長の石田のような、もっと上の人か……。伝えるにしても自分からではなく、谷垣から伝えてもらった方がいいのか……。
「何かあるなら、僕でよければ、相談に乗るけど」
 長沼がもう一度聞いた。
「そうですね……」
 と京子が言いかけたところで、急に建物が揺れ、京子は床に倒れた。
 ガラスが割れ、キャビネットが倒れる音がした。京子は安全な場所に隠れようとしたが、揺れがひどすぎて、動くことができなかった。
 およそ二分後、揺れが一旦収まった。京子は、頭をおさえた、何かが頭に当たったらしく、後頭部に手をやると、手の平に血がついていた。
「長沼さん」
 見ると、長沼が床に倒れていた。揺れが収まり、うずくまっていた人間が立ち上がろうとしている中で、長沼だけは、横たわったまま、ピクリとも動かなかった。
「長沼さん」
 京子が這うようにして長沼に近づいて行った。
「長沼さん」
 呼びかけても返事がなかった。息はしていた。床に頭を強く打ちつけたようで、気絶しているようだった。
「長沼さん」
 京子は、長沼の体を軽く叩いてみたが、応答は無かった。
「誰か……」
 医務室に運ぼう。なるべく頭を動かさないようにして……。
「嶋さん」
 腰をさすりながら立ち上がった男性と目が合った。同じ課の職員だった。
 嶋は「えっ」という顔で、京子に振り向いた。
「長沼さんが……」
「長沼さん?」
「動かないんです。医務室に」
「ああ、大変だ」
 嶋が近づき、長沼に呼びかけた。しかし、やはり、返事がなかった。
「脳しんとうかな?」
「そうですね。ともかく、医務室へ」
「分かった。それじゃ、僕が背負っていくから、ちょっと手伝って」
「はい」
 京子が、長沼の脇の下から手を入れ、体を起こそうとしたとき、前よりもさらに激しい揺れが来た。
「キャー」
 悲鳴が聞こえた。
 京子は床に座り込んだ。建物が崩壊するのでは、と思えるような揺れだった。
 
 七月二十五日。午後七時十三分。東京湾、千葉市沖を震源とした大地震が関東地方を襲った。震度は七。マグニチュード7.9。
 浦積市の封鎖のために向かっていた自衛隊の車列は、浦積市の手前十キロの地点で止まっていた。
 高速道路が落ち、前にも後ろにも動けなくなっていた。しかし、どちらにしても同じ事だった。浦積市と外を結ぶ四本の橋は地震によってひび割れ、通れなくなっていた。
 意図した方法とは違うが、ともかくウィルスに感染した地域は隔離された。
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