29 / 34
第三章 騒乱
5
しおりを挟む
地震の直前。京子は、偶然、廊下で長沼と会い、浦積市で実施された血液検査ついて、たずねていた。
「もう結果は出たらしいよ」
と長沼は言った。
「それで、この後はどうするんですか」
「隔離するって聞いたけど」
「隔離? 患者をですか?」
「町全体を」
「町全体って、浦積市を、ですか?」
「ああ、新型インフルエンザの恐れがあるので、二週間、浦積市を立ち入り禁止にして、詳しく調べる、と明日発表があるらしい。その後、このセンターにも指示があると聞いてる」
「感染した人は、治療を受けるんですか?」
「どうだろう。その辺は聞いてないけど」
「そうですか……。それで、あの奇病の原因はわかってるんでしょうか?」
京子が聞いた。長沢は少し間を置いて、
「僕の感じでは、上は分かってるんじゃないのかな」と答えた。
やっぱり……。上は原因がレトロウイルスによる免疫力の活性化だと知っている。
治療方法の研究も行われているのだろうか、それとも、患者は隔離して、それで終わりなのだろうか。
「何かあるの?」
悩んでいるような京子の様子をみて、長沼は言った。
「いえ、別に、その……」
長沼に城戸の研究のことを伝えても仕方がないだろう。言うなら、副センター長の石田のような、もっと上の人か……。伝えるにしても自分からではなく、谷垣から伝えてもらった方がいいのか……。
「何かあるなら、僕でよければ、相談に乗るけど」
長沼がもう一度聞いた。
「そうですね……」
と京子が言いかけたところで、急に建物が揺れ、京子は床に倒れた。
ガラスが割れ、キャビネットが倒れる音がした。京子は安全な場所に隠れようとしたが、揺れがひどすぎて、動くことができなかった。
およそ二分後、揺れが一旦収まった。京子は、頭をおさえた、何かが頭に当たったらしく、後頭部に手をやると、手の平に血がついていた。
「長沼さん」
見ると、長沼が床に倒れていた。揺れが収まり、うずくまっていた人間が立ち上がろうとしている中で、長沼だけは、横たわったまま、ピクリとも動かなかった。
「長沼さん」
京子が這うようにして長沼に近づいて行った。
「長沼さん」
呼びかけても返事がなかった。息はしていた。床に頭を強く打ちつけたようで、気絶しているようだった。
「長沼さん」
京子は、長沼の体を軽く叩いてみたが、応答は無かった。
「誰か……」
医務室に運ぼう。なるべく頭を動かさないようにして……。
「嶋さん」
腰をさすりながら立ち上がった男性と目が合った。同じ課の職員だった。
嶋は「えっ」という顔で、京子に振り向いた。
「長沼さんが……」
「長沼さん?」
「動かないんです。医務室に」
「ああ、大変だ」
嶋が近づき、長沼に呼びかけた。しかし、やはり、返事がなかった。
「脳しんとうかな?」
「そうですね。ともかく、医務室へ」
「分かった。それじゃ、僕が背負っていくから、ちょっと手伝って」
「はい」
京子が、長沼の脇の下から手を入れ、体を起こそうとしたとき、前よりもさらに激しい揺れが来た。
「キャー」
悲鳴が聞こえた。
京子は床に座り込んだ。建物が崩壊するのでは、と思えるような揺れだった。
七月二十五日。午後七時十三分。東京湾、千葉市沖を震源とした大地震が関東地方を襲った。震度は七。マグニチュード7.9。
浦積市の封鎖のために向かっていた自衛隊の車列は、浦積市の手前十キロの地点で止まっていた。
高速道路が落ち、前にも後ろにも動けなくなっていた。しかし、どちらにしても同じ事だった。浦積市と外を結ぶ四本の橋は地震によってひび割れ、通れなくなっていた。
意図した方法とは違うが、ともかくウィルスに感染した地域は隔離された。
「もう結果は出たらしいよ」
と長沼は言った。
「それで、この後はどうするんですか」
「隔離するって聞いたけど」
「隔離? 患者をですか?」
「町全体を」
「町全体って、浦積市を、ですか?」
「ああ、新型インフルエンザの恐れがあるので、二週間、浦積市を立ち入り禁止にして、詳しく調べる、と明日発表があるらしい。その後、このセンターにも指示があると聞いてる」
「感染した人は、治療を受けるんですか?」
「どうだろう。その辺は聞いてないけど」
「そうですか……。それで、あの奇病の原因はわかってるんでしょうか?」
京子が聞いた。長沢は少し間を置いて、
「僕の感じでは、上は分かってるんじゃないのかな」と答えた。
やっぱり……。上は原因がレトロウイルスによる免疫力の活性化だと知っている。
治療方法の研究も行われているのだろうか、それとも、患者は隔離して、それで終わりなのだろうか。
「何かあるの?」
悩んでいるような京子の様子をみて、長沼は言った。
「いえ、別に、その……」
長沼に城戸の研究のことを伝えても仕方がないだろう。言うなら、副センター長の石田のような、もっと上の人か……。伝えるにしても自分からではなく、谷垣から伝えてもらった方がいいのか……。
「何かあるなら、僕でよければ、相談に乗るけど」
長沼がもう一度聞いた。
「そうですね……」
と京子が言いかけたところで、急に建物が揺れ、京子は床に倒れた。
ガラスが割れ、キャビネットが倒れる音がした。京子は安全な場所に隠れようとしたが、揺れがひどすぎて、動くことができなかった。
およそ二分後、揺れが一旦収まった。京子は、頭をおさえた、何かが頭に当たったらしく、後頭部に手をやると、手の平に血がついていた。
「長沼さん」
見ると、長沼が床に倒れていた。揺れが収まり、うずくまっていた人間が立ち上がろうとしている中で、長沼だけは、横たわったまま、ピクリとも動かなかった。
「長沼さん」
京子が這うようにして長沼に近づいて行った。
「長沼さん」
呼びかけても返事がなかった。息はしていた。床に頭を強く打ちつけたようで、気絶しているようだった。
「長沼さん」
京子は、長沼の体を軽く叩いてみたが、応答は無かった。
「誰か……」
医務室に運ぼう。なるべく頭を動かさないようにして……。
「嶋さん」
腰をさすりながら立ち上がった男性と目が合った。同じ課の職員だった。
嶋は「えっ」という顔で、京子に振り向いた。
「長沼さんが……」
「長沼さん?」
「動かないんです。医務室に」
「ああ、大変だ」
嶋が近づき、長沼に呼びかけた。しかし、やはり、返事がなかった。
「脳しんとうかな?」
「そうですね。ともかく、医務室へ」
「分かった。それじゃ、僕が背負っていくから、ちょっと手伝って」
「はい」
京子が、長沼の脇の下から手を入れ、体を起こそうとしたとき、前よりもさらに激しい揺れが来た。
「キャー」
悲鳴が聞こえた。
京子は床に座り込んだ。建物が崩壊するのでは、と思えるような揺れだった。
七月二十五日。午後七時十三分。東京湾、千葉市沖を震源とした大地震が関東地方を襲った。震度は七。マグニチュード7.9。
浦積市の封鎖のために向かっていた自衛隊の車列は、浦積市の手前十キロの地点で止まっていた。
高速道路が落ち、前にも後ろにも動けなくなっていた。しかし、どちらにしても同じ事だった。浦積市と外を結ぶ四本の橋は地震によってひび割れ、通れなくなっていた。
意図した方法とは違うが、ともかくウィルスに感染した地域は隔離された。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
白い男1人、人間4人、ギタリスト5人
正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます
女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。
小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。
シャーロックパーティーによろしく
世万江生紬
ミステリー
ここは全国でも唯一の幼小中高大一貫の私立学校『暁学園』。今日も少しクセの強い生徒が賑やかに過ごしています。
超有名な名探偵を叔父に持ち、その血を受け継いで探偵に憧れる要夕陽と、その後輩弓月羽矢。2人が作った学園非公認サークル『シャーロックパーティー』が自ら謎を求め事件に首を突っ込んでいくなんちゃってミステリー。
同作者の『コペルニクスサークル』のスピンオフ作品。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる