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「キス、してる人はいる」
瑠花に会うのは久しぶりで、ダイエットがわりに電車を使うのをやめて、家までの帰り道を雑談で埋めている。
「え、どんな人?」
「友達」
……なのかな。友達じゃなくなりかけ、なのかもしれない。
付き合ってる人はいるか、という質問に、私は現状そのままを答えた。
今のところ、付き合ってはいない。友達、という他ない。
「おー、よかったじゃん!」
瑠花は私の肩をばしばしと叩いてから、どういう人? と訊ねてきた。
「うーん。何にでも一生懸命な人。関係が、なんだかはっきりしなくてね。向こうからキスしてきて、嫌じゃなかったから、何回かキスしてる」
「へえ。なにで知り合ったの?」
「同じ授業とってて」
瑠花の足が止まった。
「えっちゃん、女子大だよね?」
何を今さら。
「え? 友達って、女の子? それは、変だよ」
「変?」
歩くのをやめてしまった彼女は、突っ立ったまま、眉をしかめて私を見ている。
「友達とはキスしないよ」
「だから、友達だけど、それだけなのか、はっきりしないんだって」
「しないよ、友達とは。キスするのは変だって」
変と言われても……自然にそうなってしまった、私には日常になってしまった事をどうこう評されても。
そもそも、だいぶ昔に女の子を好きになった事を伝えているから、女の子とそうなる事がある人間だって、わかりそうなものなのに。
――まぁ、その時にも、瑠花には怒られた。
そういう事、簡単に人に言わない方がいいよ。びっくりしちゃうから。あたしはもう聞いたからいいけど、友達に簡単に言わない方がいいよ。
これでも、初めてカムアウトした時は足が震えた。瑠花と違って、理解してくれるのがわかりきっていたし、自分もそうだと教えてくれたにも関わらず、震えをしばらく引きずった。一ヶ月ほど後悔に身をよじらせた。簡単に言う訳はない。
瑠花は例外だった。
理解してくれる雰囲気は特になかった。それでもするっとカムアウトしたのは、信頼していたからではない。
ただ、誰かにふと話したくなって、目の前に瑠花がいた。瑠花が一対一でしか会う事のない友達で、高校も別、共通の知り合いもいない、人に噂されてどうこうされるデメリットが一切ない人間だったから。それだけ。
キスは変だと、瑠花があまりにこだわるので、面倒になった。さっき、キスする友達が異性だと思っていた時には、そこ、こだわらなかったじゃん。
思ってもいない事をわざと呟いた。
「あ~、カレシ欲しい」
「……なんだ」
瑠花が心底ホッとした溜息を吐いた。
そのとたん、変だよと言われた時には降りなかった、大きな重く厚い鉄のシャッターが、ガラガラと私にしか聞こえない音を立てて私達の間に降りた。
「最近、どう? 付き合ってる人とかいる?」
性懲りもなくそういう事を聞いてくるから、性懲りもなく本当の事を言う。
「出会い系やってる」
「どんな人とやりとりしてるの?」
友達なのかわからなかった友達とは、結局友達とは言えない関係になった。そして恋愛と言えない関係になって破局した。
男性に恋もしたが、モラハラ男に振り回されて終わった。
もうしばらくは男は嫌だ、理解しあえる相手がいい。可愛い女の子といちゃいちゃしたい……そう思って、レズビアン用の出会い系に登録していた。
が、何故か距離感の独特なコしか寄ってこなかった。
二回ほどメールのやり取りをしただけなのに、
「朝起きたら、おはようってメールで言い合いたいの。昼も、ご飯食べるときにメールでいいから、頂きますってしたいの、ごちそうさまもしたい。帰りはお帰りってして? 寝るときはお休みって言い合いたい……毎日毎日、朝も昼も夜も挨拶しあいたいの……」
と挨拶願望を送ってくる変わった女としかメールは続いていなかった。
ダラダラとメールで挨拶だけする趣味はない。このコとは何回かのメールで結局もう終わりだろう。
そのまま瑠花に愚痴る。
「毎日毎日毎日、朝昼晩、ただただ挨拶とか、どういう事よ」
「どういう事よ、はこっちの科白だよ」
「ん?」
「えっちゃん、女しか好きになれない訳じゃないでしょ。どっちも大丈夫なだけでしょ。今好きな同性がいるんだったら、何も言わないよ。もう付き合ってるとかだったら何も言わない。でも、これから探すにあたって、どっちでもいけるんだったら、男を探した方が良くない? なんていうか、どっちも選べるんなら」
瑠花は言葉を選んでいるようだった。
「その方が、色々スムーズでしょ」
「うん? まぁ、そうかね」
結婚願望が無い。
結婚がどうしても嫌とか、子供を産みたくないとか、そういうトラウマは無い。
男性となら結婚したい。結婚自体がしたい訳ではなくて、その二人にできる最上の関係だから結婚したい。
同性であれば一生一緒を誓えるほどの、お互い本気になって大事にしあえる人が見つかればそれでいい。その関係の中で最上であれば。
同性で結婚できるようになるなら、それに越したことはないけれど。
お互いを極限まで大事にしたいと思える、そんな相手に出会えたら結婚なんて一生しなくてもいい。
「スムーズ、ねぇ……」
……スムーズじゃない事なんて、性別関わらず、付き合ってたらごまんと出てくる訳で、そこを乗り越えるほどの相手と出会いたい。
でもこの時、私は瑠花の言う事を素直に聞いた。おはようからお休みまでの定期挨拶にウンザリしていたから。男女兼用の普通の出会い系に乗り換えた。
瑠花に会うのは久しぶりで、ダイエットがわりに電車を使うのをやめて、家までの帰り道を雑談で埋めている。
「え、どんな人?」
「友達」
……なのかな。友達じゃなくなりかけ、なのかもしれない。
付き合ってる人はいるか、という質問に、私は現状そのままを答えた。
今のところ、付き合ってはいない。友達、という他ない。
「おー、よかったじゃん!」
瑠花は私の肩をばしばしと叩いてから、どういう人? と訊ねてきた。
「うーん。何にでも一生懸命な人。関係が、なんだかはっきりしなくてね。向こうからキスしてきて、嫌じゃなかったから、何回かキスしてる」
「へえ。なにで知り合ったの?」
「同じ授業とってて」
瑠花の足が止まった。
「えっちゃん、女子大だよね?」
何を今さら。
「え? 友達って、女の子? それは、変だよ」
「変?」
歩くのをやめてしまった彼女は、突っ立ったまま、眉をしかめて私を見ている。
「友達とはキスしないよ」
「だから、友達だけど、それだけなのか、はっきりしないんだって」
「しないよ、友達とは。キスするのは変だって」
変と言われても……自然にそうなってしまった、私には日常になってしまった事をどうこう評されても。
そもそも、だいぶ昔に女の子を好きになった事を伝えているから、女の子とそうなる事がある人間だって、わかりそうなものなのに。
――まぁ、その時にも、瑠花には怒られた。
そういう事、簡単に人に言わない方がいいよ。びっくりしちゃうから。あたしはもう聞いたからいいけど、友達に簡単に言わない方がいいよ。
これでも、初めてカムアウトした時は足が震えた。瑠花と違って、理解してくれるのがわかりきっていたし、自分もそうだと教えてくれたにも関わらず、震えをしばらく引きずった。一ヶ月ほど後悔に身をよじらせた。簡単に言う訳はない。
瑠花は例外だった。
理解してくれる雰囲気は特になかった。それでもするっとカムアウトしたのは、信頼していたからではない。
ただ、誰かにふと話したくなって、目の前に瑠花がいた。瑠花が一対一でしか会う事のない友達で、高校も別、共通の知り合いもいない、人に噂されてどうこうされるデメリットが一切ない人間だったから。それだけ。
キスは変だと、瑠花があまりにこだわるので、面倒になった。さっき、キスする友達が異性だと思っていた時には、そこ、こだわらなかったじゃん。
思ってもいない事をわざと呟いた。
「あ~、カレシ欲しい」
「……なんだ」
瑠花が心底ホッとした溜息を吐いた。
そのとたん、変だよと言われた時には降りなかった、大きな重く厚い鉄のシャッターが、ガラガラと私にしか聞こえない音を立てて私達の間に降りた。
「最近、どう? 付き合ってる人とかいる?」
性懲りもなくそういう事を聞いてくるから、性懲りもなく本当の事を言う。
「出会い系やってる」
「どんな人とやりとりしてるの?」
友達なのかわからなかった友達とは、結局友達とは言えない関係になった。そして恋愛と言えない関係になって破局した。
男性に恋もしたが、モラハラ男に振り回されて終わった。
もうしばらくは男は嫌だ、理解しあえる相手がいい。可愛い女の子といちゃいちゃしたい……そう思って、レズビアン用の出会い系に登録していた。
が、何故か距離感の独特なコしか寄ってこなかった。
二回ほどメールのやり取りをしただけなのに、
「朝起きたら、おはようってメールで言い合いたいの。昼も、ご飯食べるときにメールでいいから、頂きますってしたいの、ごちそうさまもしたい。帰りはお帰りってして? 寝るときはお休みって言い合いたい……毎日毎日、朝も昼も夜も挨拶しあいたいの……」
と挨拶願望を送ってくる変わった女としかメールは続いていなかった。
ダラダラとメールで挨拶だけする趣味はない。このコとは何回かのメールで結局もう終わりだろう。
そのまま瑠花に愚痴る。
「毎日毎日毎日、朝昼晩、ただただ挨拶とか、どういう事よ」
「どういう事よ、はこっちの科白だよ」
「ん?」
「えっちゃん、女しか好きになれない訳じゃないでしょ。どっちも大丈夫なだけでしょ。今好きな同性がいるんだったら、何も言わないよ。もう付き合ってるとかだったら何も言わない。でも、これから探すにあたって、どっちでもいけるんだったら、男を探した方が良くない? なんていうか、どっちも選べるんなら」
瑠花は言葉を選んでいるようだった。
「その方が、色々スムーズでしょ」
「うん? まぁ、そうかね」
結婚願望が無い。
結婚がどうしても嫌とか、子供を産みたくないとか、そういうトラウマは無い。
男性となら結婚したい。結婚自体がしたい訳ではなくて、その二人にできる最上の関係だから結婚したい。
同性であれば一生一緒を誓えるほどの、お互い本気になって大事にしあえる人が見つかればそれでいい。その関係の中で最上であれば。
同性で結婚できるようになるなら、それに越したことはないけれど。
お互いを極限まで大事にしたいと思える、そんな相手に出会えたら結婚なんて一生しなくてもいい。
「スムーズ、ねぇ……」
……スムーズじゃない事なんて、性別関わらず、付き合ってたらごまんと出てくる訳で、そこを乗り越えるほどの相手と出会いたい。
でもこの時、私は瑠花の言う事を素直に聞いた。おはようからお休みまでの定期挨拶にウンザリしていたから。男女兼用の普通の出会い系に乗り換えた。
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