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焼きりんご
焼きりんご 第8話
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「よぅ、片割れ」
背後から声をかけられてビクンとした。太い声に振り向くと、エリちんが面白そうに私をみていた。
友達のコンサートへ行った帰りの電車だった。
「あたしんち、この電車の終点なんだよ」
エリちんはそう言って私を上から下までゆっくりと眺めた。
「ずいぶん可愛いカッコしてんじゃん。デート?」
「あ、ううん、友達と」
私は改めてこのエリちんを見上げた。こうして立って並ぶと、けっこう威圧感のある体格をしている。私は今日はファーのついた黒いショートコートに、半そでの白いニットのセーター、千鳥格子のスカートをはいていた。ブーツのかかとは細くとがっていて、電車の中では体勢をとりにくい。かなり高いヒールをはいているのに、エリちんのことは見上げるようなかたちになる。
「そんなに年がら年中べったりでもないのか」
エリちんの言葉に、私は思わずため息をついた。エリちんは眉をあげた。
「うまくいってんの」
「うーん……?」
「うーんって何だよ、意味深だねー!」
「あの……はるかって、今まで、どうだったの?」
電車の周りの人に聞こえないように、少し小声で言ったのに気づいたのか、エリちんがこちらに耳をよせた。
「どうって?」
この人なら全部知っていそうだ。はるかの親友だから。私に言わないようなことも、全部言っているだろう。
「あの、何人と付き合ったのかな、とか、どういう人と……とか」
「ああ」
エリちんはにやにやした。
「気になるんだ?」
少しは、と答えておいた。エリちんはウヒャヒャヒャ、と声をあげて笑った。
「ひとりだよ」
「え?」
「あんたの前に一人付き合ってた。あんたで、二人目だね」
嘘だ。そう思ったが、言えるわけもない。
「その一人って、沙耶さんとかいう人でしょう。何年付き合ってたの? はるかは」
「半年だね。まぁ、その前に友達期間があったみたいだけど」
半年? どうしてそんな短期間で別れたんだろう?
エリちんは、質問に全部答えるつもりなんだろうか。でも、はるかに悪影響のない話だと思ったから答えたのだろう。
「あのさ、言っておこうと思ってたんだけど」
「はい?」
「ちゃんとはるかと付き合う気がないんなら別れてくれ」
エリちんは、私を見下ろすみたいにして、言った。はっきりと私の目をみて。なんだか言われた言葉がいきなりすぎて、パチンと頬をはたかれたような気になった。エリちんなりの気遣いなのか、小さいささやくような声だったから、かえってドスが利いていた。
「あたしははるかのこと、本当に大事だと思ってんだよ。傷つけられるのは我慢できない。腹がたつね。あんたがはるかを簡単にポイってするんだったら」
「ポイ?」
ポイ……。はるかを捨てるということか。私がそんなことをするように見えるのか。
「まぁ他に好きな人ができてとか、喧嘩してとか、合わなくてとかだったら、しょうがない。でもあんたってなんだか、不安定でフラフラしてみえるから。なんかな――、違ってたらゴメン。はるかを短期間の精神安定剤がわりにして、いらなくなったら捨てるような付き合い方したら、許さないよ?」
一瞬、言葉を失って、エリちんを見た。エリちんはいたって真剣で、口元にいつものにやにやした笑いはなかった。私はちょっと遅れてから、ひどいことを言われていると気がついた。
「精神安定剤がわりって、なに? そんな気持ちで一緒にいたりしません」
私がそんなに精神不安定に見えるというのだろうか。エリちんは私をじぃーっと穴があくほど見つめた。
「みっちゃんが怒った」
「怒ってないよ!」
だいたい――、そうだ、だいたい、私がはるかを捨てるのなんだのとエリちんは言うが、逆の可能性だっていっぱいあるじゃないか。先に恋した側のほうがいつだって飽きるのが早いんだ。不安定そうに見えるっていうんだったらこっちのことも考えて欲しい、なんで……。
電車が音を立てて止まり、ヒールの靴で私はぐらついた。つり革がなかったので、両手が宙を泳ぎ……ぐいっと引っ張られた。エリちんが私の手を引っ張り、背中を支えてくれていた。
「あ、ありがとう」
「…………」
エリちんが、私の背中をそのまま押した。押して、止まったばかりの駅のホームへ、私を押し出した。つめたい風が首に吹きつけた。そのまま、エリちんは私の腕を組むみたいにして、改札のあるほうへ引っ張っていった。
「え? なに?」
「お茶しようよ」
エリちんは、ここの駅ビルに喫茶店があるから、と言って、私を引きずるようにしてぐいぐいと引っ張る。ヒールが絡んで、転びそうになる。
「い、いいです! いいです!」
「だって、あんた、泣いてるから。このまま帰すと、泣かしたみたいになっちゃうし」
背後から声をかけられてビクンとした。太い声に振り向くと、エリちんが面白そうに私をみていた。
友達のコンサートへ行った帰りの電車だった。
「あたしんち、この電車の終点なんだよ」
エリちんはそう言って私を上から下までゆっくりと眺めた。
「ずいぶん可愛いカッコしてんじゃん。デート?」
「あ、ううん、友達と」
私は改めてこのエリちんを見上げた。こうして立って並ぶと、けっこう威圧感のある体格をしている。私は今日はファーのついた黒いショートコートに、半そでの白いニットのセーター、千鳥格子のスカートをはいていた。ブーツのかかとは細くとがっていて、電車の中では体勢をとりにくい。かなり高いヒールをはいているのに、エリちんのことは見上げるようなかたちになる。
「そんなに年がら年中べったりでもないのか」
エリちんの言葉に、私は思わずため息をついた。エリちんは眉をあげた。
「うまくいってんの」
「うーん……?」
「うーんって何だよ、意味深だねー!」
「あの……はるかって、今まで、どうだったの?」
電車の周りの人に聞こえないように、少し小声で言ったのに気づいたのか、エリちんがこちらに耳をよせた。
「どうって?」
この人なら全部知っていそうだ。はるかの親友だから。私に言わないようなことも、全部言っているだろう。
「あの、何人と付き合ったのかな、とか、どういう人と……とか」
「ああ」
エリちんはにやにやした。
「気になるんだ?」
少しは、と答えておいた。エリちんはウヒャヒャヒャ、と声をあげて笑った。
「ひとりだよ」
「え?」
「あんたの前に一人付き合ってた。あんたで、二人目だね」
嘘だ。そう思ったが、言えるわけもない。
「その一人って、沙耶さんとかいう人でしょう。何年付き合ってたの? はるかは」
「半年だね。まぁ、その前に友達期間があったみたいだけど」
半年? どうしてそんな短期間で別れたんだろう?
エリちんは、質問に全部答えるつもりなんだろうか。でも、はるかに悪影響のない話だと思ったから答えたのだろう。
「あのさ、言っておこうと思ってたんだけど」
「はい?」
「ちゃんとはるかと付き合う気がないんなら別れてくれ」
エリちんは、私を見下ろすみたいにして、言った。はっきりと私の目をみて。なんだか言われた言葉がいきなりすぎて、パチンと頬をはたかれたような気になった。エリちんなりの気遣いなのか、小さいささやくような声だったから、かえってドスが利いていた。
「あたしははるかのこと、本当に大事だと思ってんだよ。傷つけられるのは我慢できない。腹がたつね。あんたがはるかを簡単にポイってするんだったら」
「ポイ?」
ポイ……。はるかを捨てるということか。私がそんなことをするように見えるのか。
「まぁ他に好きな人ができてとか、喧嘩してとか、合わなくてとかだったら、しょうがない。でもあんたってなんだか、不安定でフラフラしてみえるから。なんかな――、違ってたらゴメン。はるかを短期間の精神安定剤がわりにして、いらなくなったら捨てるような付き合い方したら、許さないよ?」
一瞬、言葉を失って、エリちんを見た。エリちんはいたって真剣で、口元にいつものにやにやした笑いはなかった。私はちょっと遅れてから、ひどいことを言われていると気がついた。
「精神安定剤がわりって、なに? そんな気持ちで一緒にいたりしません」
私がそんなに精神不安定に見えるというのだろうか。エリちんは私をじぃーっと穴があくほど見つめた。
「みっちゃんが怒った」
「怒ってないよ!」
だいたい――、そうだ、だいたい、私がはるかを捨てるのなんだのとエリちんは言うが、逆の可能性だっていっぱいあるじゃないか。先に恋した側のほうがいつだって飽きるのが早いんだ。不安定そうに見えるっていうんだったらこっちのことも考えて欲しい、なんで……。
電車が音を立てて止まり、ヒールの靴で私はぐらついた。つり革がなかったので、両手が宙を泳ぎ……ぐいっと引っ張られた。エリちんが私の手を引っ張り、背中を支えてくれていた。
「あ、ありがとう」
「…………」
エリちんが、私の背中をそのまま押した。押して、止まったばかりの駅のホームへ、私を押し出した。つめたい風が首に吹きつけた。そのまま、エリちんは私の腕を組むみたいにして、改札のあるほうへ引っ張っていった。
「え? なに?」
「お茶しようよ」
エリちんは、ここの駅ビルに喫茶店があるから、と言って、私を引きずるようにしてぐいぐいと引っ張る。ヒールが絡んで、転びそうになる。
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