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焼きりんご

焼きりんご 第2話

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 ピンポンピンポンピンポンピンポン!  
「あ~~~」  
 しまった、という顔をして、はるかは玄関へ飛び出していった。  
「ぅいやっほーーーー!」  
 やたら陽気な声がして、一升瓶を抱えた女が……ベリーショートの体格のいい人間が、部屋に滑り込んできた。はるかの頭をやたらと小突きながら。  
「はぁるか! あたしに何の相談もなしに!」  
 はるかは小柄なほうだったから、彼女がはるかの頭をこねくりまわすと、体格の違いがまるわかりだ。  
 はた、と部屋にいる私と目が合って、彼女は口をだらんとあけた。  
「あ?? あちゃー、邪魔しちゃった?」  
「突然きすぎ……」  
 はるかは言い、それでも私に紹介してくれた。  
「ええと、ちょっと猛獣ぽくて怖いかもですけど、エリ、高校時代からの私の親友です。いつもは海外にいることが多いけど。エリ、こっちは児嶋さん。派遣で行ってる会社の先輩で、ええと……」  
 猛獣ってナンダコラ、とはるかを小突いていたエリは、私をじっと見つめた。  
「さっきのメッセのって、この子のこと?」  
 野太い声で、エリちんは遠慮なく聞いてきた。  
 はるかは顔を真っ赤にした。  
 エリちんはまっすぐ私をみて、にっと笑って、手をさしだしてきた。  
「よろしくぅ! なんて呼べばいい?」  
 
 
 登場の仕方からなんとなく想像はついていたが、エリちんは酒豪だった。  
「まーまーまー。みっちゃん一杯」  
 はるかの出したビーフジャーキーを豪快に口でちぎりながらエリちんは私に日本酒を注いだ。  
「ありがとう」  
 ぐびっといく。もう夜も更けて、日本酒ははるかの部屋に隠してあったものも含め、すでに2本空いていた。  
 エリちんは、はるかと高校が一緒で、部活も一緒だった。そして、同性が恋愛対象にもなる、という点でも一致していたらしい。  
 日本に帰ってくるたびに実家の母親に結婚相手を探せと強要されて閉口してんだよ、どうにかしろ、とはるかに顔をしかめてみせた。  
「いっそのこと、だれか可愛い子つかまえて、カナダで結婚してやるか」  
 ぎゃはは、とエリちんは笑い、私に酒をもう一杯注いだ。  
「いやいや笑ってるけど冗談じゃなくさ。痩せて綺麗になって相手を探せとか、わけわからんこと言うからさ。モテてんだぞってことをだな~!」  
「エリ、あまりすすめると、その人酒乱だから」  
 キッチンからはるかの声がする。  
「えー? まじ? みっちゃん酒乱?」  
 元からこういう性格なのか、それとも出来上がったせいでこんなに陽気なのかわからないエリちんは私の背中をバシバシたたいた。  
 私の名前をさっさと「みっちゃん」にするこの明るさは、どこの国の文化だろう。はるかにも、そろそろ、さんづけをやめて呼び捨てでいいって言おうか。  
「酒乱仲間! 気にいった! あいつはほっといて、どんどん飲もう」  
「エリ! 駄目だって、ほんと、その人脱ぎだすから!」  
「おっ! まじ? いいよ脱げ脱げ」  
「脱ぎません!」  
 さすがに誤解を解かねばと思って私は大声をあげた。  
 いつも酔って脱ぐわけじゃない。一回の間違いで酒乱だのなんだの、いいかげんなことをいうんじゃない。  
 はるかはキッチンで何やら手が放せないらしく、声だけでエリちんを牽制している。  
「はるかもおいで」  
 私は言い、日本酒を自分でもう一杯注いだ。  
「豆腐がない」  
 はるかはそういって、ひょいとこちらに顔を出した。  
「あー……もう出来上がってる。児嶋さん。豆腐買ってきます」  
「酒も!」  
「はいはい」  
 エリちんの命令を素直に取り入れ、はるかは何やら買い出しに出て行った。  
 鍋でもするつもりなのか? 私はもう一杯酒をついで飲み始める。これから買ってくるなら、足りなくなることもあるまい。  
「あんたイケるねぇ! ホント、気にいったわ」  
 エリちんはにやにやとして、顔を覗き込んできた。  
「で、どこまでいったの?」  
「どこって?」  
「だから、はるかとさ」  
 私は日本酒を吹きそうになった。  
「その反応か」  
 突っ込みを入れてくる彼女に、どう答えたものか迷う。  
 これは……私が勝手に答えていいものなのか?  
「あ~……まだ、そんなに、は……」  
 あいまいに首をかしげると、エリちんは質問を変えた。  
「いつ付き合い始めたの?」  
「あ、えと、せ、三週間ぐらい前、か……な……?」  
「あ、なるほど。まだ、ちゅーぐらい?」  
 エリちんは勝手にそう決め付けると、ジャーキーを獰猛に食い破った。  
「そういうとこ、いらいらすんだよね、あいつ」  
 ぎくっとする――肉を食い破りながら言う「いらいらする」は、冗談でも少し怖い。  
「あいつさ、なかなか手ぇ出してこなかったりして焦れったいかもしれないけどさ、まぁ気長に待ってやってよ」  
 私は首をかしげた。  
「そうなの?」 
 付き合って三週間なら、手を出してこないと焦れるほどではないけど、まぁ……そういうつもりがあるなら、そろそろ何かあってもおかしくはない。でも、別に……、焦れったくなるぐらいなら、私が動いたっていいわけだし。ただ、その勇気がないだけで。 
 なんとなく面白くなくなってきて、さらにもう一杯めを自分で注いだ。さっき洗ったばかりの丼に。  
 エリちんはゲラゲラ笑った。  
「屁たれでさぁ! どうでもいい相手はどうか知らんが、好きであればあるほど、なかなか手ぇ出さないんだよ。出せないっつーか、大事にしすぎるっつーか。相手がちょっとでも嫌がるともう我慢して待っちゃうっていうか。うん。あいつはほんと、好きな子は大事にすっから」  
「…………」  
 付き合ってもいないうちから手を出された私としては、聞き捨てならない言葉を吐いて、エリちんはついでに酒くさい息をプハーと吐いた。
 私たちの場合、まだ一回しかそういうことはしていない。まだ隆史といざこざのあったときに、はるかが私を無理やり抱いた。あれっきりだ。  
 付き合うことになった夜ははるかは寝不足で爆睡してしまったし。その後は二人の生理がちょっとずつずれて重なったこともあって、なんとなくうやむやになってしまい、同じベッドに寝たりはしているが、まだそういう空気になっていなかった。  
 いや、あえて言うなら、この人が乱入してこなければ、さっきはそういう雰囲気だったのだが……どっちみち、最初があんな無理やりだっただけに、どう反応していいかわからない。なんだかどうも、はるかってS入ってる気がする。あれだけ泣いてもやめてくれなかったはるかに、私は、合意となったらどうなってしまうんだろうと、変に身構えてしまうことがある。  
 付き合うと言ってしまったからだ……。いつそっちになだれ込んでもおかしくない状況に、私は意識しすぎてしまっている。はるかはそういう空気をわりと敏感に察する。  
 嫌がると待っちゃう? 好きな子は大事にする?  
 私はあの夜のはるかを思い出して、愕然とした。  
 はるかは、かなり強引に……強引というか、無理やり、こっちがやめてと言ってるのをわかっていて、私を何時間も徹底的に感じさせた。  
 無理やりといっても、もちろんこっちも隙があった。なんとなく完全には抵抗しきれなくて、流されてしまった部分もあった。はるかは私のそんな……ちょうど寂しくてたまらなかったり、グラグラと気持ちが揺れて強く言い寄られたらそのまま受け入れてしまいそうだったり、そんなところをたぶん見抜いて、強行した。  
 でも、好きな相手に対して、あんなに平然としていられるものだろうか。濡れているんじゃないですかとか、歯に衣着せずに言ってきたし。  
 いや、あのときのはるかは焦っているようなことを言っていたから……相当やけくそな感じがしたし。無理に自分を納得させようとしてみたが、「好きな子は大事にすっから」の台詞がリフレインしはじめるとどうにもならない。私はもう一杯丼に酒を注いだ。  
 大事にしていた、好きな子が、いたわけだ。言葉から察するに。  
 その子のことは、大事にして、ゆっくりと時間をかけたわけだ。好きだから。それではるかは、あんなふうに、同性あいてに、上手くなったわけだ。  
 エリさん、なんでそんなことをわざわざ言っちゃうかな。  
 もやもやと、雷の前の暗雲のような重いものが胃の中に垂れ込めてくる。  
 垂れ込めたものが雨になって振り出す前に、はるかが帰ってきた。血相変えて衝立のこちらがわまで顔を出しに来て、ホッと息をついた。  
「よかった。まだ脱いでない」  
「だから、飲むと脱ぐっていうの、誤解だったら!」  
「飲んで問題なかった児嶋さんを、私、一回も見てないですから!」  
 はるかははっきりと言い、私たちの前に一升瓶を二本置いた。  
「おお~~!!はるか!よくやった!」  
 エリちんが叫び、さっそく瓶をあける。  
「鍋に使うお酒まで飲んで! 児嶋さんは今日は帰っちゃダメです」  
 はるかは言うと、鍋をキッチンから持ってきて小コンロに置き、火をつけた。ガラスのこたつテーブルはおつまみやごみが散乱している。  
 はるかは私の真横に腰を下ろすと、こたつ布団の中にある私の手の上に自分の手を置いて、そっと握ってきた。  
 とくん、とそれだけで心臓が生きている証拠をみせる。  
 はるかは私を黙ったままじっと見つめ、髪がかかってしまっているのを撫でて寄せた。  
「……大丈夫ですか?」  
「そんなに飲んでないよ?」  
「顔が赤いです」  
 それははるかが手をにぎってくるからだ。そう言いたかったが、エリちんがいるので自重する。  
「鶏団子が入ってる!」  
 エリちんはそんな私たちを見ているんだか見ていないんだか、鍋の中身をかき混ぜて奇声を発している。  
 外から帰ってきたばかりのはるかの手はつめたい。女の子どうしで布団に入ると、どうも足がなかなかあたたまらない……寒い日、私たちはほんの少しの熱を分け合うというよりは奪いあう。それはいいのだが、右手をそうやって握られてしまうと、鍋、食べられないんですけど。  
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