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虫 派遣先に入って来た後輩が怖い
第6話
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会社で、麻生は私がかわいそうに思うくらい、挙動不審になった。
「児嶋ちゃん、麻生さんと喧嘩でもしたの?」
指揮命令の堺にそう聞かれるほど、私たちの間に流れる空気はぎこちなかった。いったんぎこちなくなってしまうと、私もプライベートで麻生に話しかけるのが怖くなってしまった。
仕事中、「麻生さん、これ」と書類を渡すと、麻生が「ありがとうございます」と受け取る。麻生が「お願いします」と紙を渡してきて、私が「こっちもお願いします」と渡す。データ入力の仕事は慣れてしまうと、会話を極力減らすことができた。
ある時、紙を渡す時に指が触れた。麻生の指。あの日、私の腕に、胸に、頬に、背中に触れた指と手のひら。触れた瞬間、麻生の動きが少し止まって、こちらもどきりとする。
麻生はぴたりと止まって、しばらくすると、ちょっと会釈をするみたいにして紙を受け取って自分の仕事に戻った。気持ちだけはこちらにふっと向かってきたが、目は合わさないままだ。
隣で、カタカタとキーを叩く音が聞こえる。麻生はいったん打つのをやめると、小さくため息をつき、肩を落とした。そしてまたカタカタと音を立て始める。
3日が過ぎた。
帰ろうとすると、私の机にお菓子の袋が一袋置いてある。手紙はない。でも麻生に決まっている。
隣を見ると、麻生が逃げるようにそそくさと席を立った。
「…………」
今までこういうときは、6、7袋は置いてあった。それが一袋だけ置いてあり、そして隠れるように席をたつ。この中途半端さに、麻生の怯えが見て取れるかのようだ。反抗期の、娘に嫌われてしまった父親のような気弱さだ……。あの日はあれだけ強引だったくせに、何だか腹が立つ。
麻生が先に帰ってしまったので、私も遅れて席をたつ。
「お先に失礼します」
部屋から出て、びくッとした。部屋の外に、麻生がいた。麻生は柱の影になった所で壁にもたれて立っており、観念したように目をぎゅっとつむったあと、私をじっと見つめてきた。
「児嶋さん……」
私は私で、目を合わせられなかった。時間はありあまっているくせに、言い訳じみた返答で先制してしまった。
「今日は時間がないんです」
「本当に?」
「…………」
麻生が近づいてくる。
私はちゃんと話すのが怖かった。麻生は何を話したいのだろう? 謝ってくるつもりなのだろうか? それとも、この前のことをなかったことにして、友達のようになりたいのだろうか?
「本当に」
「……わかりました」
私は自分の足が震えているのを自覚しながら、麻生の横をすりぬけた。麻生が弱気なのではない。私が麻生を避けているから、それがわかるから、麻生は弱気にならざるを得ないのだ。横目で後ろを振り返ると、麻生がうつむきかげんに脇を見ながら、立ち尽くしている姿が目に入った。
次の日から、麻生は本当にしょげた様子になった。肩がおちて、なんだか小さくなったようにも感じる。
麻生の机に行き、新しい業務を伝えようとすると、麻生は私を見上げ、目を見開いて苦しそうに表情を歪ませた。力のある目をしているな、と考える。彼よりもずっと力のある目をする。
麻生の目を久しぶりに見た気がする。
ものすごく強い意志の力を使わないと、麻生の目を見たり、話しかけたりできない。
ある日、麻生がいつも待っていた会社の入り口に、人影があった。見覚えのある人影だ。
「隆史……」
何ヶ月かぶりに見る元恋人は、髪の色が変わっていた。
「食事、付き合って」
隆史は低い声で言うと、車へと導いた。
「児嶋ちゃん、麻生さんと喧嘩でもしたの?」
指揮命令の堺にそう聞かれるほど、私たちの間に流れる空気はぎこちなかった。いったんぎこちなくなってしまうと、私もプライベートで麻生に話しかけるのが怖くなってしまった。
仕事中、「麻生さん、これ」と書類を渡すと、麻生が「ありがとうございます」と受け取る。麻生が「お願いします」と紙を渡してきて、私が「こっちもお願いします」と渡す。データ入力の仕事は慣れてしまうと、会話を極力減らすことができた。
ある時、紙を渡す時に指が触れた。麻生の指。あの日、私の腕に、胸に、頬に、背中に触れた指と手のひら。触れた瞬間、麻生の動きが少し止まって、こちらもどきりとする。
麻生はぴたりと止まって、しばらくすると、ちょっと会釈をするみたいにして紙を受け取って自分の仕事に戻った。気持ちだけはこちらにふっと向かってきたが、目は合わさないままだ。
隣で、カタカタとキーを叩く音が聞こえる。麻生はいったん打つのをやめると、小さくため息をつき、肩を落とした。そしてまたカタカタと音を立て始める。
3日が過ぎた。
帰ろうとすると、私の机にお菓子の袋が一袋置いてある。手紙はない。でも麻生に決まっている。
隣を見ると、麻生が逃げるようにそそくさと席を立った。
「…………」
今までこういうときは、6、7袋は置いてあった。それが一袋だけ置いてあり、そして隠れるように席をたつ。この中途半端さに、麻生の怯えが見て取れるかのようだ。反抗期の、娘に嫌われてしまった父親のような気弱さだ……。あの日はあれだけ強引だったくせに、何だか腹が立つ。
麻生が先に帰ってしまったので、私も遅れて席をたつ。
「お先に失礼します」
部屋から出て、びくッとした。部屋の外に、麻生がいた。麻生は柱の影になった所で壁にもたれて立っており、観念したように目をぎゅっとつむったあと、私をじっと見つめてきた。
「児嶋さん……」
私は私で、目を合わせられなかった。時間はありあまっているくせに、言い訳じみた返答で先制してしまった。
「今日は時間がないんです」
「本当に?」
「…………」
麻生が近づいてくる。
私はちゃんと話すのが怖かった。麻生は何を話したいのだろう? 謝ってくるつもりなのだろうか? それとも、この前のことをなかったことにして、友達のようになりたいのだろうか?
「本当に」
「……わかりました」
私は自分の足が震えているのを自覚しながら、麻生の横をすりぬけた。麻生が弱気なのではない。私が麻生を避けているから、それがわかるから、麻生は弱気にならざるを得ないのだ。横目で後ろを振り返ると、麻生がうつむきかげんに脇を見ながら、立ち尽くしている姿が目に入った。
次の日から、麻生は本当にしょげた様子になった。肩がおちて、なんだか小さくなったようにも感じる。
麻生の机に行き、新しい業務を伝えようとすると、麻生は私を見上げ、目を見開いて苦しそうに表情を歪ませた。力のある目をしているな、と考える。彼よりもずっと力のある目をする。
麻生の目を久しぶりに見た気がする。
ものすごく強い意志の力を使わないと、麻生の目を見たり、話しかけたりできない。
ある日、麻生がいつも待っていた会社の入り口に、人影があった。見覚えのある人影だ。
「隆史……」
何ヶ月かぶりに見る元恋人は、髪の色が変わっていた。
「食事、付き合って」
隆史は低い声で言うと、車へと導いた。
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