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十二歳編

フェリス王国編――商業ギルド②

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 商業ギルド職員たちが試食を終えて、コソコソと話し合う。
 それを視界の端に納めながら、アリスは小声でラーシュに問うた。

「ねぇ、ラーシュさん。毎回商品登録するのって、こんな感じなの?」
「……いえ、私もここまでの人数、初めて見ましたよ。王都では、こんな事はございません」
「ふーん。じゃぁ、ここの商業ギルドだけが、こんなことをしてるんだ?」
「えぇ……一体、どういう事なのか……」

 ラーシュにも予想外の事が起こっているらしい。
 それを知ったアリスは、はぁ~と気づかなれないよう嘆息した。
 
 一体どういうことなんだろうか? 商業ギルドは、街ごとに方針を変えることは無いと――ラーシュから聞いた。
 それなのにこの街の商業ギルドだけが、試食を求め、挙句あの横柄な態度を取る。
 相手が力もお金もない孤児院だから、馬鹿にしてるのか。
 それとも、慎重にならざるを得ない事情があって、こんな対応をしているのか……。

「お待たせいたしました」

 商業ギルド職員たちの話し合いが終わり、態度の悪い男がニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
 それを不審に思ったアリスが、顔を顰めるのと同時にゴルドーが、アリスたちを見回した。

「それで、いかがでしょうか?」とラーシュが聞く。

「こちらの商品ですが……。残念ながら既に、登録されております」

 んな、馬鹿な!! と、アリスは突っ込む。

「ありえませんぞ!」
「そ、そんな!」

 ラーシュは即刻否定した。
 ミリアナの声が震え、顔色が蒼白になっている。
 ラーシュにこれ以上迷惑をかければ、彼の商売にも差し障るかもしれないと考えたアリスは、ミリアナを見る。

 ミリアナは、蒼白な顔のまま手を握り締めて震えている。
 これは無理だな。と、諦めたアリスはゴルドーに問うた。

「いつですか?」
「……」
「答えて下さい。いつ、これが登録されたのですか?」
「……それについては、お答えできません」

 ゴルドーの眼が、僅かに泳ぐ。
 それを眼にしたアリスは、この話が偽りではないかと疑う。

 目的は何だろう? あの男が何か……あぁ、そうか。自分の手柄——利益にするうもりか。
 
 確かにナンロールは、物凄く珍しい食べ物だ。
 しかも、美味しいとなれば、がめつい人たちは自分たちの利益にしようとするだろう。
 だが、あくまでもそれは一般人のだから許されることだ。
 平等をうたい沢山の人を守るべく作られた商業ギルドが、そんな事をしてはギルドの信用と存在意義がなくなってしまう。

 商業ギルドを自分の利益のために利用するなんてと、アリスも憤りを隠せない。
 こういう人たちには、どんな理由があろうと制裁を受けて貰いたい。許せないと徹底抗戦の構えを見せたアリスは、敵陣に突っ込むつもりで言葉を紡ぎ出す。

「なるほど、では教えていただかなくて結構です。後学のために、お教えいただけますか?」
「どういったことでしょう?」

 ゴルドーから視線を外さず、アリスは揚げ足を取られないよう、丁寧な言葉づかいで問う。

「その登録されたと言う料理は、全くこれと同じ食材、味付けなのでしょうか? 少しでも違うのであれば、登録・販売できますよね?」
「ふんっ、何を言うかと思えば……。三つとも、まったく同じ見た目で、味も肉も同じだ」

 ふんぞり返っていた男が、鼻で笑った後高圧的に言う。
 男は、幼児に見えるからとアリスを侮り、単純な罠にはまった。

 全く同じは、絶対にありえない。
 ここへ持ってきた腸詰に入れた肉は、オーク肉だけではない。
 一応ラーシュに相談して、今回は販売許可を得やすくするためワイバーンの肉とオーク肉の合い挽き肉を使ったものにしてある。

 更にレッサーコッコの肉には、事前にアリスが神のキッチンに籠って作ったカレー粉が使われている。
 カレー粉は、一グラムでも分量が違えば香り、味が変わる。

 それを知らないこの男は、アリスの罠にはまった。
 この世界でポーションの材料となるハーブや香辛料を食べるのは、インシェス家とリルルリアの森の羊亭だけだ。
 
「それは、おかしいですね?」

 にっこりと笑ったアリスは、ふんぞり返る男を見ながら首をかしげる。
 それを見た男は、キッとアリスを睨みつけた。

「何を笑っている小娘風情が!! この三つは全て同じ味、同じ肉だった。この副ギルド長である私が認可したのだ」
「副ギルド長だから、何だと言うのですか? 三つとも同じはありえません」

 顔を真っ赤にした男は、唾を飛ばしながら忌々しそうに叫んだ。
 対するアリスは、平然と返した。
 それが気に入らないらしい男は、ますます声をあげ罵倒する。

「同じだと言っているだろう! お前に何がわかるのだ!!」
「同じ肉と同じ味と言うのが、そもそものまちが——」
「貴様さっきほどから、私の可愛い孫娘に何という口の利き方をしている?」

 間違いだと告げようとした途端、ジェイクが会話を遮った。

 ピリピリとした感覚が背中を伝う。
 アリスの直感が、危険だと知らせていた。

 振り向いたアリスは、その場で頭を抱えそうになる。
 何故なら、既にジェイクが抜刀していたからだ。

 一歩、また一歩とジェイクは、ギルド職員たちに近づく。
 眼前に剣先を突きつけられた商業ギルドの職員たちは「ひっ!」と情けない悲鳴をあげる。
 さっきまで威張り散らしていた副ギルド長は、立ち上がり、他の職員を盾にしていた。
 
 あぁ、折角平穏に話し合いで決着をつけようとしてたのに……。
 おじいちゃん……それじゃぁ、脅してるみたいだよ。

 がっくりと肩を落としたアリスは心の中で、ジェイクに突っ込んだ。
 ジェイクを止めてもらおうと、アリスはフィンを振り返る。
 だがしかし、フィンもまた眼が座っていた。
 
 その瞬間アリスは、二人の説得を諦める。

「アリス、少し目を閉じて、耳を塞いで? こんな下種どもとアリスが、時間を使って話す必要はないよ。大丈夫、商業ギルドの現代表はハルクおじさんだから、こんな糞みたいな連中、潰してひき肉にして、灰すら残さず消したたところでどうにでもできるよ」
『アリス、フーマ守ル』
「貴様ら何を言っている! 平民風情がっ!」
『ボクは、ミリアナとラーシュ守ってあげる』
「いや、いやいや、ちょっと待って! フィンにぃ、言葉おかしいから! みんなも待って!!」

 フィンの内容が不穏すぎると頭で理解出来たアリスは、必死に眼を覆うフィンの手を叩き止めにかかる。
 だが、フィンもジェイクも聞く耳を持ていないのか、返事をしない。

 耳元でフーマの声が聞こえた。ユーランの声は少し遠い。

 威勢よく副ギルド長ががなる。
 だが、大きい身体を縮め、ひとの背中から叫ぶその姿はアリスから見て滑稽にしか思えなかった。
 
「フィン。ハルクに今すぐ来いと使いを出せ」
「ハルクおじさん呼ぶの?」
「バカ息子の部下だ。あいつに責任を取らせる!」
「まぁ、仕方ないよね……。ハルクおじさんなら転移許可持ってるだろうし、父さんに転移して貰うよ」
「そうしろ」

 慌てるアリス、ラーシは、何とか二人と止めようと試みる。
 ミリアナは既に失神しており、期待できない。
 そんなアリスたちに気付かないまま、ジェイクとフィンは会話する。

 ハルクの名前を聞いたアリスは、遠い過去を思い出す。
 優しい瞳をした人だった。小さい私に飴をくれた――って、今は思い出に浸ってる場合じゃない!
 ハルクおじさんの危機だ。
 
「ユーラン、悪いけど協力頼めるかな?」
『任せて』
「よろしく」

 待ってユーラン!! それ、フィンにぃだから!!
 アリスの心の叫びは、ユーランに届くことは無かった――。
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