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十二歳編

フェリス王国編――馬車の旅一日⑤

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 まずは一匹と、ジェイクは腰の長剣を振り抜きながらゴブリンを斬る。
 
 冒険者なら誰でも知るゴブリンの特徴は、尖った耳まで裂けた口に黄色の吊り上がった眼を持ち、緑色の肌をした人型だ。
 体長は一メートルほどで意思の疎通はできず、ギャァ、ギィィ、ギャァと言葉にならない汚らしい声で鳴く。
 そして、ゴブリンが駆除対象になった理由は、道具を使い人を襲い食らうからである。
 
「クレイ! 遅れるな! 取り残されれば死ぬぞ」
「じいちゃん、大丈夫だって! 俺死なねーから」

 弓に矢をつがえ、放ったクレイがゴブリン五匹を一気に倒すと意気揚々と答える。
 
「調子に乗るなよ小僧」

 剣狂と呼ばれたジェイクが、にやりと笑い。その場から消える。
 そして、直ぐに周囲を囲んでいたゴブリンたちは、ギャ、ギゥ、ギィィィと断末魔の悲鳴を上げこと切れた。
 それらすべてがジェイクのなしたことだと分かったクレイは「ありえね~」と零し苦笑いを浮かべる。

「おじいちゃん……私にも残しておいて欲しかった……」

 一人出遅れたフィンは不満を零すと、ジト目をジェイクに向けた。
 と、その時、突如ゴブリンの集落の中で巨大な竜巻が起こる。
 すべてを呑み込む竜巻は、ゴブリンもゴブリンが作ったボロ小屋も全て巻き上げなぎ飛ばしていく。

「遊んでないで、さっさと始末しろ!」
「はい」
「へ~い」
「あらあら、怒られちゃったわね」

 後ろから上がった声に、フィンとクレイは振り返る。
 全身に魔力を纏い、杖を掲げたゼスは息子たちに喝を入れ、竜巻の本数を増やす。
 明るい声音で二人をちゃかしたフェルティナが、枝の上から逃げ出そうとしているゴブリンを射抜く。

 ゼスの魔法に吹き飛ばされたゴブリンたちは、散り散りに逃げ出す。
 それをジェイク、フィン、フェルティナ、クレイが、容赦なく殺していった。
 
「父さん、ジェネラルが来ます!」

 鋭く上がった警告にジェイクの瞳が凶器を纏う。
 二振り目の短剣を左手に盛ったジェイクが、視線を巡らせ一点を目指し突っ込んだ。
 キーンと言う金属音が鳴ったかと思えば、辺りに待っていた砂ぼこりが一瞬で散った。

「ハルバードか」

 短く零したジェイクは、一度身を引く。
 そして、互いに見つめ合い間合いを測る。

 ゴブリンジェネラルは、通常のゴブリンの倍ほどの大きさでゴブリンよりも頭が回る。
 醜悪な顔は変わらないが、身体には鎧を身に着け、ハルバードを持っていた。
 
 ふぅーと短く息を吐いたジェイクが、その身を低く構え足を踏み込んだ。
 ガキンとつばぜり合う音が鳴ったかと思えば、ジェネラルの片腕がはじけ飛ぶ。

「グギギギ!!」
「甘いわ! 阿呆が!!」

 ニヤリと笑い。力の差を見せつけるかのように覇気を込めたジェイクの言葉があたりに響く。

 怒りに満ちた瞳をジェイクに向けたジェネラルが紫色の体液をまき散らし、片腕でハルバードを振り回す。
 それを軽い身のこなしで往なし、躱したジェイクの短剣がジェネラルの胸を貫いた。
 
「ギッ、ギィ」
 
 短い音を出したジェネラルは、引き抜かれた短剣の勢いのまま地に伏せ動くことは無かった——。

 ジェイクがゴブリンジェネラルと対峙している間。
 ゼス、フェルティナ、フィン、クレイも地味に活躍していた。

 力量差を感じたゴブリンたちがとる行動は、二つだ。
 散り散りに逃げるか、死を覚悟して特攻するか。

 逃げるゴブリンには、ゼス、フェルティナがトドメを刺し。
 向かってくるゴブリンには、フィンとクレイが同じくトドメを指した。
 ジェイクもゴブリンジェネラルを仕留め、追撃に参加する。
 そうしてほぼほぼ殲滅が終わったであろうタイミングで、フィンがゼスの方へ歩み寄った。
 
「父さん、探査いける?」
「あぁ」

 短く答えたゼスは、再び探査をかける。
 徐々に範囲を広げ、ゴブリンが居ない事を確認したゼスは探査を切ると一つ頷いた。

「終わったようだ」
「わかった。クレイ、母さん、おじいちゃん終わりだって」
「えー、もう終わったのかよ!」
「おう、終わりか……早かったな」
「わかったわ。先に馬車に戻ってるわね」

 クレイの不満そうな呟きはスルーされ、皆先に戻るフェルティナと穴を掘るゼス以外はゴブリンの死体を集める。
 ある程度あつまったら、次々ゼスが掘った穴に放り込む。

 ゴブリンは煮ても焼いても食えない上、材料になる物すらない。
 このまま肢体を放置すれば、異臭を放ち公害となる可能性がある。更に、ゴブリンの死体を食いにほかの魔物が来る可能性もあるため、殺した後は埋めるのが決まりだ。

 ゼスが穴を埋め、すべてが終わりそれぞれ馬車へ戻る。先に戻ったフェルティナから聞いていないのか、馬車の周りには未だ警戒した様子の森の牙の面々がいた。

 仕方なくジェイクは「終わったぞ」と告げる。

「えぇ!!」
「は、早くないですか?」
「噓でしょ?」
「……マジで言ってる?」

 森の牙の面々は、信じられないと言った表情をありありと見せる。
 それに苦笑いを浮かべたジェイクは「詳しい話は中で」と告げて馬車へ乗り込んだ。

 扉を抜けてリビングに顔をだしたゼスは、未だ不安そうな顔をしていたアリスをギューッと抱きしめる。

「ただいま。アリス」
「おか、おかえりな、ざい」

 皆がケガ一つなく無事に戻った安堵からアリスの瞳はみるみる潤み、ぽろぽろと涙がながれた。
 ひとしきりアリスを抱きしめたゼスは、名残惜しい気持ちを押し殺しアリスをフェルティナに預ける。 
 
「父さん、このままじゃ不味いから野営地まで馬車を走らせる」
「あぁ、頼む」
「じゃぁ、私が隣に座るわね」

 ゼスと共にアンジェシカが立ち上がり御者台に向かった。
 フェルティナの身体に顔を押し付けたアリスは、すんすんと鼻をすすり顔をあげる。

「心配させたわね。でも、みんな無事だからもう大丈夫よ」
「うん」

 母ぬくもりを感じ、アリスはほっと息を吐く。
 馬車が野営場所に到着する頃には、アリスの意識は夢の中に落ちていた。
 眠るアリスを抱きあげたフェルティナは寝室にその小さな運び、ベットへ寝かせると優しくお腹をポンポンとゆっくりと叩いた。


 翌朝、両親に挟まれれ川の字で寝ていたアリスは、眠そうに眼をこする。
 
「あら、まだ早いわよ?」
「ママ」

 柔らかい母の胸に縋りつき、うりうりと頭を動かした。
 大きくなっても変わらない娘の行動に、フェルティナ表情が慈愛に満ちる。
 アリスの背中をトントンと叩き、眠るように促せば物の数分ですぅーすぅーと寝息が聞こえだした。

「んっ、ティナ。早いね……おはよう」

 寝ぼけ眼で妻を見たゼスが、頬に唇を寄せ起き出す。
 それに返したフェルティナはそっとアリスの身体を離し、自身も身支度を始めた。

 身支度が終わりアリスを起こさないよう気を付けながら部屋をでたフェルティナとゼスは、魔法の鞄片手にソファーへ座る。
 この鞄には、アリスが色々と入れてくれている。
 アリスが料理をするようになって以来、朝は必ずコーヒーを飲むようになったフェルティナは早速コーヒーを取り出す。
 たちまちコーヒーの香りがあたりに漂い、鼻孔をくすぐった。

「ありがとう」
「えぇ」
「あれ、父さんたちだけ?」

 カップを持ち飲もうとしたところで、クレイが起きてくる。
 ガシガシと寝ぐせのついた頭を掻きながら、きょろきょろとあたりを見回すた息子は大きなか首を一つするとソファーに座った。

「はぁ、もう成人してるんだから、もう少し見た目に気をつけなさい!」

 口うるさく言うつもりはないが、あまりのだらしなさについ小言が漏れる。
 フェルティナの小言を物ともせず、クレイはコーヒーをねだった。そんな息子に仕方なくフェルティナはコーヒーを出す。

「はぁ、うまぁ!」
「おはようございます。いい朝ですね」
「ラーシュ殿、おはようございます」

 丁寧に朝の挨拶をしてくるラーシュに代表してジェイクが答える。

「えぇ、その、大変ぶしつけなお願いになるのです……。皆様さえよろしければ、ぜひ昨夜頂いたアッペルのパイを一つ売っていただけないかと思いまして」

 と、言葉を切ったラーシュは、昨夜食べた見た目が美しい、珍しい焦げ茶色の菓子を思い浮かべる。

 ホロホロと零れるほどサクッとした軽い噛み応えの生地と共に、密で煮られたアッペルのシャクっとした触感が溜まらない。
 そして、アッペルの甘さと酸味を調和する、卵を使ったと思われるクリームの甘さがとても美味しいかった。

「あんなに美味しいと思える菓子を私は、この年で初めて頂きました。あの感動をぜひ、嫁ぐ娘にも味合わせてやりたいのです」
「なるほど……」

 ラーシュが言っているのは昨夜、この野営地に着いた後アンジェシカが出したアッペルパイのことだ。
 
「一つでいいのです。どうか、お願いできませんでしょうか?」
「あれは孫娘が作った物です。彼女がが起きてから、どうするか聞いてみましょう」
「よろしいのですか? ありがとうございます!」

 懇願するラーシュを見たジェイクは、ダメだと言えず作るかどうかはアリス自身に託す。
 ラーシュはホッとした様子で、息を吐くと何度も何度もお礼を言った。
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