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十二歳編

フェリス王国編――馬車の旅一日目④

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 アンジェシカの元に状況を説明するため、フィンが再び戻ってきていた。

「ゴブリンの集落の討伐をすることになった。キングとかロードはいないみたいだから、そう時間がかからず終わるよ」
「ジェネラル程度なら、一時間もあれば終わるわね」
「うん。それと……馬車ごと移動することになったよ。おじいちゃんが決めてた」
「そう。ジェイクはアリスも一緒の方が安全だと判断したのね」
「それもあるけど……。初めての魔獣だからどうせ見せるなら家族が、一緒の時がいいだろうって、おじいちゃんが」
「わかったわ。アリスには私から話しておきます」

 ジェイクがそう判断したのなら、間違いなくアリスの身は危険にさらされることは無い。
 夫の強さを知り、信じるアンジェシカは迷わず頷いた。
 アリスに対してどう話すべきかは後で考えることにして、フィンに話の続きを促す。

「あぁ、それから、商人が一緒に行動することになるからアリスのスキルについて――」
「わかったわ。その事もアリスに伝えておくわね」
「よろしく。まぁ、一緒にと言ってもフェイスまでだから、三日ぐらいかな」
「そう……短い時間とは言え、気を付けさせるべきね。人の口に戸は立てられないから……」
「うん。商人――ラーシュ・アダマンテルって言う人なんだけど、話してみ限り問題はなさそうだったよ。商会を持ってるらしいから、どう言う繋がりがあるかまでは不明だけどね」

 フィンの報告を聞いたアンジェシカは、一番にアリスの事を考えた。
 そんなアンジェシカにフィンは、不安を読み取ったように情報を寄こす。
 そんな孫にアンジェシカは軽く驚きながら、いつの間にか彼も大人になっていたのだと実感した。

「出来ればアリスには、安全なここから出て欲しくないわね」
「うん。けど、アリスは止まらないよ。リルルリアの時だって、そうだったでしょ?」
「そうよね……。出発はいつごろになりそう?」
「今、荷物をマジックバックに移動させてるから、それが終わり次第だと思う」
「そう。とにかくアリスには常に目を向けておくことにしましょう」
「わかった。冒険者はここには入らないようにするから、商人だけ気を付けよう。ゴブリンの集落の討伐が終わったら、私もアリスの側にいるようにするよ」
「お願いね」

 お互いに頷き合ったアンジェシカとフィンは、不安を抱えながらも見守ることを決める。

 ポーションで治せない病や傷を見たこともない魔法で、治してしまえるアリスの存在――。
 もし、この事が王族に知られれば……そう思うとアンジェシカは胸が締め付けられるように苦しくなった。
 ――そうなった時、私はアリスを守れるかしら?
 戦う事の出来ないアンジェシカは、己の心に問いかけるのだった。


******


 アリスがリビングに戻ると、アンジェシカが何やら考え込んでいた。

「おばあちゃん?」
「……あら、アリスおかえりなさい」
「ただいま! 何かあったの?」
「えぇ、ちょっとね」

 アンジェシカの様子から、何かあったことを察知したアリスは祖母が話してくれるのを待つ。
 何やら思い詰めた様子で「アリス」と呼んだアンジェシカは、フィンから聞いた事をアリスにそのまま伝えた。

「そっか、商人さんが一緒に行動するんだね。私は外に出ない方がいい?」
「アリスは、アリスらしく行動しなさい」
「いいの? おばあちゃんは困らない?」
「困らないわ! だって、アリスは誰かを救うためにしかスキルを使わないでしょう?」

 アリスは、自分が本当にそう行動できたのか不安になる。
 アンソニーの時は、彼の腕が無くて痛ましいと思ったから彼の意志を確認して治した。
 ビルの時は、頑張る彼を応援したくて行動しただけだ。
 それが、自己満足だったのか、相手を救う行為になるのか、今のアリスには判断ができなかった。

「大丈夫! 自信を持ちなさい!」

 不安が顔に出ていたのかアンジェシカは、アリスを抱きしめきっぱりと告げた。
 おばあちゃんがそうだと言うなら、きっとそうなんだろうと思ったアリスは考えるのを止め「うん。そうする!」と答えた。

 それからしばらくして、フェルティナとフィン、ジェイクが数人の男女を連れて馬車内に戻ってきた。
 入ってきた彼らをジェイクが紹介する。
 紹介が終わると冒険者の四人は、馬車の方へ戻って行った。

 商人であるラーシュは、大切そうに抱えた大きなカバンをリビングの隅に置く。
 それに興味津々だったアリスは、じーっと鞄を見つめた。

 勧められるままソファーに座ったラーシュは、一息つくと頭を下げる。

「いやはや、助かりました。本当に感謝しかありません」

 普段は気の良いおじさんらしいラーシュは、疲れた様子もなく自身のことを話し始めた。

 曰く、フェリス王都でアダマンテル商会と言う大店を営んでいるが、実際の実入りは大したことが無く嫁や娘に結構厳しいことを言われていること。
 上の娘の結婚式が近いため、彼女のために珍しい菓子を探していること。
 昔の知人から、珍しい鉱石などを買い取った話しなどなど。

 彼の話はとても面白く、インシェス家の面々はとても楽しい時間になった。

 ゴブリンの集落の討伐を控えているため、日が沈む前に夕飯を取る。

 から揚げを出していいのか悩んだアリスは、どうしたらいいのかジェイクを見た。
 アリスの視線を受けたジェイクは、ラーシュに向き合うと「ここで見聞きした内容について、外で漏らさないと約束していただきたい」と告げる。

 理由すら言わずそう言い出したジェイクに、思案したらしいラーシュは真を置かず「勿論です!」と頷いた。

「すまないな。ラーシュ殿を信用していないわけではないが、こちらにとってかなりシビアな問題だから許して欲しい」 
「いえいえ、私の方こそこうして無理を聞いて貰っている身ですから、お気になさらず。ここで見聞きした内容は、決して漏らさないと約束いたしましょう」
「ありがたい」

 二人の会話が終わったところで、アリスはソファーの影へ入った。
 アリスの側には、その身を隠すようにフェルティナ、フィン、クレイが立っている。
 それに気づかないままアリスは、ストレージから魔法の鞄へ料理を移動させた。

 湯気をあげるスープの入った深皿、おにぎり、から揚げの皿を入れた魔法の鞄をフェルティナに渡す。
 受け取ったフェルティナは、鞄を漁りそれぞれの前に置いた。 
 
「そう言えば、森の牙たちはどうする?」
「あ、忘れてた! 俺が行くわ」
「私も行こう」

 食前の祈りを捧げる直前、ゼスが今思い出したと言わんばかりに森の牙の名を出した。
 全員が、料理に向けていた視線をハッとあげ、苦笑いを浮かべる。
 慌てたようにクレイとフィンが、フェルティナから魔法の鞄を受け取り馬車の方へ向かう。

 初めてのから揚げに舌つづみを打ち、お茶の時間すら惜しむように戦いにでるインシェス家の面々はそれぞれの装備を確認した。
 装備の確認が終わり、馬車へ移動したジェイクは敢えて扉を開けたまま声高に作戦を告げる。

「御者はフェルティナに任せる。ゼスはフェルティナを守れ」
「えぇ、わかったわ!」
「必ず守る」
「私、フィン、クレイは到着次第、先陣を切り突っ込む。馬車が止まり次第ゼスとフェルティナは、後方から攻撃を。森の牙は一人を御者台に残し、他は馬車の護衛を頼む」 
「はい」
「行くぜ~!」
「了解です」
「「「「おう」」」
「おじいちゃん、パパ、ママ、フィンにぃ、クレイにぃ、無理しないでね。怪我したら直ぐにここにきてね?」

 扉側に立つ家族にだけ聞こえる声音で告げたアリスは、祈るように指を組み心の中で「反射リフレクション」と唱えた。
 アリスの頭を撫でたフェルティナとゼスが御者台へ移動する。
「行くぞ」というゼスの声に合わせ、馬車はゴブリンの集落を目指し走り始めた。

 そして、馬の嘶きが上がる。
 その声を合図にゼスの低い声が「防御プロテクション」と魔法を唱えた。

「行くぞ!」

 短く告げたジェイクが馬車から飛び出すと、次いでフィンとクレイが馬車から飛び出していった。
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