上 下
4 / 103
十二歳編

初めての料理①

しおりを挟む
  翼が転生した先はルールシュカの言う通り、三つの大陸の左にあたるリンゲル大陸の真魔の森だった。
 当然のように魔獣が跋扈する鬱蒼とした森の中、上から見ると大きく開けた場所がある。
 そこが、翼の転生先だ。

 澄み切った湖の側には水車が回り、四方一キロにも及ぶ畑が作られている。
 畑には、野菜や薬草が育てられ、のどかな田園風景のような様相を呈していた。

 人工的に土を盛り上げた場所に、湖を見下ろすように建てられた屋敷は、三階建て。
 空色の屋根、白い壁をした見る人が見れば、豪華なホテルだと勘違いしてしまいそうな佇まいをしている。
 
 そこで暮らすインシェス家は、変わり者を多く輩出している冒険者一家だ。
 三番目の子供として生まれた翼は、アリスと名付けられた。

 家族構成は、祖父母・両親・兄二人にアリスを加えた七人。
 彼らはルールシュカの思惑通り、アリスを愛し、大切に育み、見守っていた。

「さぁ、フィン、クレイ、アリスご飯よ~」

 母フェルティナに呼ばれたアリスは、今日もまたアレだよねと、辟易した思いを抱えながら食堂の扉をあける。

 この家で暮らすアリスには、たった一つだけ不満があった。
 それは、二十人は座れそうな大きなテーブルの上にドンと置かれた肉塊――ご飯だ。
 味は塩のみ。しかも焼いただけというご飯を、毎日三食一〇年近く食べ続けてきた。

 幼い頃は、まだ良かった。ご飯がそういうものだと思っていたから……。
 だけどと、アリスは思う。
 フェルティナの眼を盗み、こっそり入ったキッチンにはきちんと野菜も調味料も用意されていた。
 それなのにまともな食事が出てこないと言うことは、家族の誰もが料理を作る事ができないだけなのではないかと……。
 その事実を知ったアリスは、どうしてもこの食事が不満で仕方がない。

 これまで何度も、家族に訴えた。
 料理が作れないなら、せめて誰か料理のできる人を雇えないかと。
 だが、家族はその言葉に難色をしめした。
 その理由は簡潔で、屋敷の建つ場所が問題だからだ。

 だったら自分で作ればいいと考えたアリスは、自分に作らせてほしいと告げる。
 だがそれも、過保護な家族から幼いことを理由にダメだと言われ断念した。

 これまでの記憶を掘り起したアリスは、家族に気づかれないよう嘆息する。

「ねぇ、どうしてここに住んでるの?」 

 アリスは常々、疑問に思っていた事を聞いてみる。
 すると、祖母アンジェシカがににっこりと笑い質問で質問に答えた。
 
「アリス、私の好きな事は何かわかる?」
「錬金だよね?」
「そう錬金よ。この森にはたくさんの錬金材料――魔獣の血肉や魔石、薬草があるの。それはね、鮮度がよければ良いほど良い物ができるのよ」
「うん。おばあちゃんに教えて貰ったから知ってるわ。でも、それがどうして、ここに住むことに繋がるの?」
「ふふっ。アリスよく考えて? おじいちゃんやお兄ちゃんたちが毎日何をしているか……」

 祖父ジェイク、長男フィン、次兄クレイから期待した眼を向けられ必死に思考を回した。
 
 三人は、朝早くから屋敷をでて、沢山の魔獣を狩って帰ってくる。
 持ち帰った魔獣は、庭で解体される。
 初めて見た時は、ショックのあまり卒倒してしまったのは良い思い出だ。
 じゃなくて、解体した魔獣は毛皮や骨など部位ごとに分けられて……と、そこでアリスは気づく。 

「あ、そうか! わかったー」
「あら、アリスは本当に聡い子ね。そう、錬金をするには、鮮度が大事なの。ここなら解体した直後の材料が、手に入るからここに住んでいるのよ」
「流石、俺のアリスだ。凄いぞ!」
「僕の妹は本当にお利口さんだよ~」

 フィンとクレイが口々にアリスを褒め、うりうりと頭を撫でる。
 こんなことぐらいで……と、アリスは思うも、褒められる喜びを感じてはにかんだ。
 ひとしきりアリスを撫でた二人が、食事を取るため自分の席に戻る。
 
「さて、今日も糧を得られた。我らが守護神ルールシュカ様へ感謝の祈りを捧げよう」

 全員が座ったのを見回した祖父ジェイクが祈りを促す。
 両手を組み、心の中でありがとうとルールシュカ様に感謝した。

 祈りが終わり、家族は嬉々として肉塊に手を付ける。
 アリスも父ゼスから、肉を切り分けてもらい食んだ。
 今日の肉は筋張っておりアリスには、かなり硬かった。一生懸命租借して漸く呑み込んだところで、やっぱり塩かと食欲が減退していく。


 翌朝、意を決したアリスは全員が揃ったところで話を切り出した。

「パパ、ママ。お願い! 私に……私に、美味しいごはんを作らせて!」
「アリス……」
「僕は、まだアリスには早いと思うよ~?」

 哀しそうに顔を歪めたフェルティナの肩を抱いたゼスが、フェルティナの加勢に加わる。

 これ以上肉塊だけは嫌だ。どうしても美味しいご飯が食べたいの! と、強く思うアリスは一歩も引かない姿勢で、両親の説得にかかる。
 
「一度でいいの。一度でいいから私においしいご飯を作らせて! それでダメなら諦めるから……ねぇ、おねがいよ。パパ、ママ」

 愛してやまない末娘に、潤んだ瞳でお願いのポーズをとられ懇願されたゼスもフェルティナも「うぐっ」と喉を鳴らした。
 そうして、見つめ合うこと暫し、折れたのはゼスとフェルティナの方だった。

「はぁー、仕方ないね~」
「一度だけよ? 作ってみて無理そうならやめるのよ?」
「うん! ありがとう。パパ、ママ、大好きよ!」

 許されたアリスは、両親に腕を伸ばして抱きあげて貰う。
 そして、ちゅっと頬にキスをする。
 上機嫌でテーブルの上の肉塊を両手に持ったアリスは、直ぐに扉へ向かう。

「直ぐに作り直すわ。だから、少しだけ待っていてね?」

 扉を抜ける直前、そう告げたアリスはキッチンへ駆けだした。

 屋敷の一階、食堂の奥にキッチンはある。
 幼いアリスには広いキッチンは、コックが十人いても余裕で調理ができる広さをしている。
 辺りを見回し、アリスは設備を確認する。
 毎回背伸びをしないと見えないのだが、興奮したアリスには全く気にならない。

 シンク部分の蛇口は魔道具になっていて、魔石に魔力を通せば水とお湯の両方が出せる。
 隣は、奥行ある作業台だ。
 パンも余裕で作れそうな広さをしている。
 作業台の上には、小さな壺に入った調味料が所狭しと並ぶ。

 そして、四口コンロ。これも魔道具だった。
 側面にある魔石に魔力を通し、点火させる仕組みになっている。
 コンロの下はオーブンだ。こちらも魔石に魔力を流すタイプだ。
 ただし、どちらも火加減はできそうにない。

 魔道具が普及しているためかキッチン設備は、アリスが思っていたより優秀だった。

「よし、じゃぁ早速ご飯作ろう。皆を待たせてるから、手早く済むものにしよう!」

 甘味に飢えていたアリスは、どうせなら甘いのがいいなと考えた。
 だが、朝ごはんであることを思い出す。
 それなら、甘しょっぱいフレンチトーストをメインに、さっき持ち込んだ肉塊――シカの魔物レッドディアのスライスを入れた野菜のサラダ。
 肉塊は確実にあまるだろうから、追加でミルクのスープを付けることに決める。

 鼻歌交じりにカゴを持ったアリスは、以前覗き見た時に知った常温に保たれた倉庫へ向かう。

 まずフレンチトースト用に、カンパーニュ並の大きさがある黒パン、チェダーっぽいチーズ。それから、蜂の魔物ホネット・ビーのハチミツと燻製肉――ベーコン選ぶ。

 こちらの黒パンはスープなどにつけて食べるものだが、アリスはそのことを知らない。
 更にインシェス家では、薄切りにしてそのまま食べられていたりする。

 余談だが、黒パンは長期保存を目的として作られているため、そのまま食べようとすると非常に固く顎がバグ――日本で言う所の非常食のカンパンのような感じだ。

 スープ用にキャロル人参メルクルメークインキャベットキャベツオニロ玉ねぎ|を取り出す。

 続いてアリスが向かったのは冷蔵庫のように冷やされた倉庫だ。

 スープとフレンチトースト用の牛乳――モゥモゥと言う魔物の乳、ダチョウの卵のような大きさのコカトリスの卵。

 サラダ用レモネレモンレッタレタストーマトマト

 ついでに薬草園から、ルウクルッコラクレンスクレソン――ポーションの素材となるハーブを持ってきた。
 
 まだまだ体力のないアリスは、カゴを引きずっては中身を一つずつ作業台に置いていく。
 それを数回繰り返し、ようやく料理が出来るぞ! と、アリスは笑う。

 だが、このあとアリスは重大な問題にぶち当たる――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

チートスキルを貰って転生したけどこんな状況は望んでない

カナデ
ファンタジー
大事故に巻き込まれ、死んだな、と思った時には真っ白な空間にいた佐藤乃蒼(のあ)、普通のOL27歳は、「これから異世界へ転生して貰いますーー!」と言われた。 一つだけ能力をくれるという言葉に、せっかくだから、と流行りの小説を思い出しつつ、どんなチート能力を貰おうか、とドキドキしながら考えていた。 そう、考えていただけで能力を決定したつもりは無かったのに、気づいた時には異世界で子供に転生しており、そうして両親は襲撃されただろう荷馬車の傍で、自分を守るかのように亡くなっていた。 ーーーこんなつもりじゃなかった。なんで、どうしてこんなことに!! その両親の死は、もしかしたら転生の時に考えていたことが原因かもしれなくてーーーー。 自分を転生させた神に何度も繰り返し問いかけても、嘆いても自分の状況は変わることはなく。 彼女が手にしたチート能力はーー中途半端な通販スキル。これからどう生きたらいいのだろう? ちょっと最初は暗めで、ちょっとシリアス風味(はあまりなくなります)な異世界転生のお話となります。 (R15 は残酷描写です。戦闘シーンはそれ程ありませんが流血、人の死がでますので苦手な方は自己責任でお願いします) どんどんのんびりほのぼのな感じになって行きます。(思い出したようにシリアスさんが出たり) チート能力?はありますが、無双ものではありませんので、ご了承ください。 今回はいつもとはちょっと違った風味の話となります。 ストックがいつもより多めにありますので、毎日更新予定です。 力尽きたらのんびり更新となりますが、お付き合いいただけたらうれしいです。 5/2 HOT女性12位になってました!ありがとうございます! 5/3 HOT女性8位(午前9時)表紙入りしてました!ありがとうございます! 5/3 HOT女性4位(午後9時)まで上がりました!ありがとうございます<(_ _)> 5/4 HOT女性2位に起きたらなってました!!ありがとうございます!!頑張ります! 5/5 HOT女性1位に!(12時)寝ようと思ってみたら驚きました!ありがとうございます!!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

処理中です...