覆面姫と溺愛陛下

ao_narou

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精魔大樹林⑲ 目覚めと戦いの場合 ニアミュール/リリア

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 ふわりとシトラス系の香りが鼻をくすぐり、寝ぼけ眼のまま香りの元を見上げてみれば麗しい陛下のお顔が五センチと離れていない場所にありました。
 ギョっと一瞬目を瞠り、気恥ずかしさにパッと目を閉じます。

 陛下の逞しい腕がぎゅうぎゅうわたくしを抱きしめています。できることなら少しだけ力を緩めて頂けますと嬉しいのですが……。どうしましょう! 陛下に抱きしめられていると感じるだけで、胸がドキドキしていて苦しいです。

婚約者(仮)グレン陛下、それ以上うちの娘に触るな。汚れるだろう!」
「ぐっ、煩い! ニアは私の婚約者だから汚れない。こんな時ぐらい、遠慮したらどうですか? 義父上」
「婚約者(仮)の癖に……。こういう時は親を優先するものだと習わなかったのか?」
「優先順位など知らんわ!」
「あ、お二人とも落ち着いて下さい!」

 陛下の素って、意外と男らしいのですね。それにしても、義理でも親子と呼び合うっているんですね。しかも上段まで言い合って、よほど仲が良いいのですね。わたくしは安心です。ふふっ。

「生まれた時から一緒に居る父が、まずは娘を抱きしめるべきだ」
「私だって、十歳からニアを見て来た」
「ふん。あの茶会で少し会っただけではないか、それもニアを傷つけただけだ」
「あれは、私の影だ。ニアとは茶会の後、影の愚行を謝りに行ったときに会ったんだ」
「なんだと!? 謝りに??」

 え? 陛下はわたくしと茶会の後に会っているのですか? 一体どこで? いえ、ダメですわ。この会話を聞いてはいけません。でも、とても気になります。
 淑女として寝たふりを続けながらお父様と陛下の会話を聞く事は、はしたないとされるでしょう。ですが、今まさに目覚めましたと演技をするのも憚られます。わたくし自身、上手く演技できるとも思えません。

「まさかとは思うが……婚約者(仮)は、本気でニアを……」
「当たり前だろう。あの日から私は、ニア好いているし、心の底から愛してる」

 陛下の恋い慕う相手が、わたくしだったことに驚きです。愛してるなんて……じょ、冗談ですわよね? 
 二人で過ごすあの時間の甘い雰囲気は、わざと周囲に仲睦まじい様子を知らしめるためだけではなかったと言うことでしょうか? 
 あぁ、ダメです。顔が熱いです。こんな時こそ、覆面があればいいのに……。

 わたくしが寝たふりをしていると気付いていない陛下とお父様は、その後も軽快な様子でポンポンと会話を交わしておりました。

「いつからだ」と問うお父様に、陛下は「謝りに向かった先でニアを見かけ、それからほぼ毎日のように愛を育んだのだ! そうだろう、エリオット」とエリオット様に同意を求めます。
 アハハハと乾いた笑い声をあげたエリオット様は「確かにニア様とグレン様は、十歳の茶会以降、十五になるまでほぼ毎日一緒でしたよ。まぁ、あれが愛を育んだ行為であると仰るのなら、そうなのでしょう……けど……」とお認めになったのです。

 十歳から十五歳になるまでと言えば、ちょうど平民の彼らと共に居た時期です――まさか!!

「……クーとリオなのですか?」
「「「!!」」」
「ニア! 目が覚めたんだね」

 あ、マズイと思った時には、眼を見開き、懐かしい彼らの名を声に出してしまっておりました。

 ハッとした様子でわたくしを覗き込む陛下の顔との距離が、五センチから二センチに。わたくしは慌てて、身を引きます。ですが……寝かされているわたくしがどんなに身を引こうとも、引けるはずもなく……。
 そのままの距離で堂々と醜い顔を晒してしまったのです――。


********


 黒い鴉と呼ばれる鳥を見た瞬間、ぞわりと背筋に寒気が走った。魔女である我の本能が、鴉を強者と認めている。懐かしく血が湧き立つ思いを抑え込み、ユースリア・ベルゼビュートと言う名の元弟子と鴉のやり取りを見る。
 傅くホルフェスと呼ばれた人の姿をした男は、その身に膨大な魔力を蓄えていた。

 この魔力は! 何故、こんな所に魔族がおるのじゃ! あやつは我があの時地下世界へ送ったはずじゃ。なのに、どうして……。
 いや、どうしても何もないではないか。ニーナスリアがその命を繋ぐため、禁忌を侵しアヤツを呼び出したのじゃ。

 頭では分かっていても心で認められない我は、血眼になってニーナスリアが呼び出したのではない証拠を探す。
 だが、その思いは呼び出された魔人エリゴールによって砕かれた。
 冷静になれと己に言い聞かせ、魔力をジワリジワリと己の中へ蓄積させていく。
 いつ奴が暴れても良いように、切り札となるアヤツの子孫と水晶に閉じ込められた娘だけは逃がすと決めた。

「さて、おしゃべりは終わりにしましょうか……今度は、前回の様に無様に負けたりはいたしませんよ」
「戯言を……今回もきっちりと、お前を殺してくれるわ!」

 舐められてはなるものかと声を張り上げ、奴との距離を取る。
 先手は我が貰うぞ、十二位! 覚悟せよ。

 小手調べとばかりに前回、奴にダメージを与えたストームランスを打ち込む。暴風が吹き荒れ、奴の周囲で爆発が起きる。
 視界を塞ぐ砂塵がブオンと音を立て一気に失せた。と、同時に複数のサンダースピアーが飛んで来る。
 
「チッ! 甘いわっ」

 飛んでくるサンダースピアーを見極めニーナスリアにも使ったオフセット――魔法を相殺し無効化する魔法を使った。
 一方的に、何度も魔法を打ってくるエリゴールの攻撃を躱し、往なし、相殺しつつこちらも攻撃の機会をうかがう。

 大魔法を使うには、流石に一人では無理じゃ。何か……何か利用でき物は……。。

 四方八方に視線を向けながら、反撃に転じる何かがないかと探した。

「あぁ、いいですね~。あなたとやり合うのは実に面白い」
「ふん。我に惚れるなぞ、五百万年早いわ!」
「……あぁ、そう言う方でしたね。くくっ」
 
 楽しそうに笑うエリゴールのフードから唯一見える肌は紫へと変色していた。頬の端まで裂けた口の裂け目には、悍ましいほど鋭利に尖った牙が並び、弧を描く。
 見覚えのあるそれは、エリゴールが本来の姿を現しつつあることを告げていた。
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