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精魔大樹林⑧ その時センスは……②の場合 センス・ガーセン
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霞みがかった月が中天にかかる頃合いで、広場に動きがあったと部下から報告が入る。その声に答え、急ぎ茂みを覗き込んだ。
紫から黒に色が変わっている生地にびっりしと金の刺繍が入ったローブを纏った上位の者――司祭クラスだろうと一目でわかる男が広場の中央に佇んでいた。
作業の様子を見ながら男の唇が動く。それに対し、そば近くで頭を垂れた男が何事かを伝えている。頭を垂れた男の手の甲には、セプ・モルタリアの刻印がさされている。
やはり、セプ・モルタリアが今回の主犯ではないのか? だが、陛下はユースリア・ベルゼビュートが主犯だと書いていた。
二言、三言会話を交わした後、頭を垂れていた方の男が離れ作業に戻る。と、間を置かず男の側に漆黒の鳥が現れた。大きさは約三十センチ前後で、瞳だけが赤い。
微かに聞こえた男の声は「ホルフェス」という男の名前と「アンスィーラ」という単語だけ。ホルフェスと言うのは名前だろうと予想しつつ、鳥を使っている男の名前なのではないかと思いつく。
更に、男たちの会話でアンスィーラと言う単語が出た事、他のローブの者たちが恭しく対応していた事などから、今目の前に佇む男がユースリア・ベルゼビュートだと確信した。
主犯はユースリア・ベルゼビュート、ここにいるのはローブを纏ったセプ・モルタリアの者たちだ。それを組み合わせれば、ユースリア・ベルゼビュートはセプ・モルタリアの司祭もしくは司教といったところだろう。
陛下の手紙で理解できなかった事柄が、この男を観察する事でつながった。
雲が晴れ月が顔を出す。
いつの間にか鳥は消え、ベルゼビュートは一人空へ腕を伸ばした。指先に握られているのは、トパーズか? 水晶のようにも見えるが、石から微量だが魔力を感じる。あれは……魔石か!
「くふふふふっ、あはははははは」
石に注目しすぎる余り、突如あがったベルゼビュートの笑い声に私は気取られたかと臨戦態勢を取った。だが、それは杞憂に終わる。
それから少ししてベルゼビュートは、洞窟の入口側に置かれた馬車に戻っていった。
その後一時間ほど広場の監視を続け、私も仮眠をとるため部下と交代した。
日の出前のこと、部下に起こされ広場が見える茂みへ移動する。移動しながら何事かと部下に問えば、部下はアンスィーラ伯爵家の娘パーシリィと他数名の男女が連れられて洞窟へ入ったと言う。
陛下の手紙では城へ移送されたはずの名前が、部下の報告で上がったことに私は頭で軽く取り乱す。
「ここからしゃ本人か確認できないな」
「洞窟の中に連れていかれました。ローブを街で調達して、洞窟内に潜入してみますか? もしかしたら、ヴィルフィーナ公爵家のご令嬢も中に居る可能性があります」
確かに相手の手の内が判るのは有難い。だが、相手の本拠地とも呼べる洞窟内に潜入すると言う事はその分、危険が迫ると言う事だ。
どうにかして、洞窟内の情報を得られないものかと考えていたその時、再びベルゼビュートが洞窟内から姿を見せた。
ベルゼビュートとホルフェスと呼ばれた二人が、聞き取りにくい声でボソボソと話す会話の内容が聞こえない。
くそっ、聞こえない。どれだけ警戒心が強いんだあいつら。
せっかく、奴らを出しぬくチャンスを無駄にしてしまうことに、心底悪態をつきたくなる。
「隊長!」
背後から周辺警護を任せていた部下に呼ばれ、振り返る。
そこには、厳しい面立ちのままヴィルフィーナ公爵と好々爺然と笑うヴィリジット辺境伯が立っていた。
「久しいのう、センス」
「何故……貴方がたふぁふぉふぉに(――がここに)」
驚きの余り大きな声が出てしまう私の口を、素早くヴィルフィーナ公爵が塞ぐ。瞬きする間に、ヴィリジット辺境伯が茂みから広場を除きこむ。
「静かに頼むぞ、センス殿」
「して、あのローブの男が亡国の大公家の生き残りであるユースリア・ベルゼビュートか?」
口を塞がれたままだった私は頷くことで、どちらにも肯定を示す。
「ふむ。『ユースリア様、魔法陣を書くための血が足りません』、『生贄は、洞窟に捉えてあるから好きにするといいよ』」
「何を言っているのですか?」
「義父上は、相手の唇の動きを読む事で会話の内容を理解される」
答えは隣のヴィルフィーナ公爵から齎された。唇を読む事が出来るとは、流石と言うほかない。
「『決行は、今夜だ。彼女の魔力を開放し、魔法陣を起動させるよ。漸く、これで念願が叶う』、『おめでとうございます』、『そう言えば邪魔者がこの森へ入っているようだね。邪魔者排除には、アンスィーラを利用しよう』か……」
様子を見ながら話していたベルゼビュートとホルフェスと呼ばれる男が、会話を終えそれぞれ別の方向へ去ると、ヴィリジット辺境伯も立ち上がり此方へ移動して来る。
「奴らの裏にはやはりアンスィーラが居たか……。奴らが我らの邪魔をするようだの」
「うちとヴィリジット辺境伯家の手の者でアンスィーラは止めよう。その間に、センス殿には我ら二人に協力してもらいたいことがある」
真剣な二人の様子に私は、ごくりと喉を鳴らした。
紫から黒に色が変わっている生地にびっりしと金の刺繍が入ったローブを纏った上位の者――司祭クラスだろうと一目でわかる男が広場の中央に佇んでいた。
作業の様子を見ながら男の唇が動く。それに対し、そば近くで頭を垂れた男が何事かを伝えている。頭を垂れた男の手の甲には、セプ・モルタリアの刻印がさされている。
やはり、セプ・モルタリアが今回の主犯ではないのか? だが、陛下はユースリア・ベルゼビュートが主犯だと書いていた。
二言、三言会話を交わした後、頭を垂れていた方の男が離れ作業に戻る。と、間を置かず男の側に漆黒の鳥が現れた。大きさは約三十センチ前後で、瞳だけが赤い。
微かに聞こえた男の声は「ホルフェス」という男の名前と「アンスィーラ」という単語だけ。ホルフェスと言うのは名前だろうと予想しつつ、鳥を使っている男の名前なのではないかと思いつく。
更に、男たちの会話でアンスィーラと言う単語が出た事、他のローブの者たちが恭しく対応していた事などから、今目の前に佇む男がユースリア・ベルゼビュートだと確信した。
主犯はユースリア・ベルゼビュート、ここにいるのはローブを纏ったセプ・モルタリアの者たちだ。それを組み合わせれば、ユースリア・ベルゼビュートはセプ・モルタリアの司祭もしくは司教といったところだろう。
陛下の手紙で理解できなかった事柄が、この男を観察する事でつながった。
雲が晴れ月が顔を出す。
いつの間にか鳥は消え、ベルゼビュートは一人空へ腕を伸ばした。指先に握られているのは、トパーズか? 水晶のようにも見えるが、石から微量だが魔力を感じる。あれは……魔石か!
「くふふふふっ、あはははははは」
石に注目しすぎる余り、突如あがったベルゼビュートの笑い声に私は気取られたかと臨戦態勢を取った。だが、それは杞憂に終わる。
それから少ししてベルゼビュートは、洞窟の入口側に置かれた馬車に戻っていった。
その後一時間ほど広場の監視を続け、私も仮眠をとるため部下と交代した。
日の出前のこと、部下に起こされ広場が見える茂みへ移動する。移動しながら何事かと部下に問えば、部下はアンスィーラ伯爵家の娘パーシリィと他数名の男女が連れられて洞窟へ入ったと言う。
陛下の手紙では城へ移送されたはずの名前が、部下の報告で上がったことに私は頭で軽く取り乱す。
「ここからしゃ本人か確認できないな」
「洞窟の中に連れていかれました。ローブを街で調達して、洞窟内に潜入してみますか? もしかしたら、ヴィルフィーナ公爵家のご令嬢も中に居る可能性があります」
確かに相手の手の内が判るのは有難い。だが、相手の本拠地とも呼べる洞窟内に潜入すると言う事はその分、危険が迫ると言う事だ。
どうにかして、洞窟内の情報を得られないものかと考えていたその時、再びベルゼビュートが洞窟内から姿を見せた。
ベルゼビュートとホルフェスと呼ばれた二人が、聞き取りにくい声でボソボソと話す会話の内容が聞こえない。
くそっ、聞こえない。どれだけ警戒心が強いんだあいつら。
せっかく、奴らを出しぬくチャンスを無駄にしてしまうことに、心底悪態をつきたくなる。
「隊長!」
背後から周辺警護を任せていた部下に呼ばれ、振り返る。
そこには、厳しい面立ちのままヴィルフィーナ公爵と好々爺然と笑うヴィリジット辺境伯が立っていた。
「久しいのう、センス」
「何故……貴方がたふぁふぉふぉに(――がここに)」
驚きの余り大きな声が出てしまう私の口を、素早くヴィルフィーナ公爵が塞ぐ。瞬きする間に、ヴィリジット辺境伯が茂みから広場を除きこむ。
「静かに頼むぞ、センス殿」
「して、あのローブの男が亡国の大公家の生き残りであるユースリア・ベルゼビュートか?」
口を塞がれたままだった私は頷くことで、どちらにも肯定を示す。
「ふむ。『ユースリア様、魔法陣を書くための血が足りません』、『生贄は、洞窟に捉えてあるから好きにするといいよ』」
「何を言っているのですか?」
「義父上は、相手の唇の動きを読む事で会話の内容を理解される」
答えは隣のヴィルフィーナ公爵から齎された。唇を読む事が出来るとは、流石と言うほかない。
「『決行は、今夜だ。彼女の魔力を開放し、魔法陣を起動させるよ。漸く、これで念願が叶う』、『おめでとうございます』、『そう言えば邪魔者がこの森へ入っているようだね。邪魔者排除には、アンスィーラを利用しよう』か……」
様子を見ながら話していたベルゼビュートとホルフェスと呼ばれる男が、会話を終えそれぞれ別の方向へ去ると、ヴィリジット辺境伯も立ち上がり此方へ移動して来る。
「奴らの裏にはやはりアンスィーラが居たか……。奴らが我らの邪魔をするようだの」
「うちとヴィリジット辺境伯家の手の者でアンスィーラは止めよう。その間に、センス殿には我ら二人に協力してもらいたいことがある」
真剣な二人の様子に私は、ごくりと喉を鳴らした。
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