覆面姫と溺愛陛下

ao_narou

文字の大きさ
上 下
44 / 68

精魔大樹林⑧ その時センスは……②の場合 センス・ガーセン

しおりを挟む
 霞みがかった月が中天にかかる頃合いで、広場に動きがあったと部下から報告が入る。その声に答え、急ぎ茂みを覗き込んだ。
 紫から黒に色が変わっている生地にびっりしと金の刺繍が入ったローブを纏った上位の者――司祭クラスだろうと一目でわかる男が広場の中央に佇んでいた。
 
 作業の様子を見ながら男の唇が動く。それに対し、そば近くで頭を垂れた男が何事かを伝えている。頭を垂れた男の手の甲には、セプ・モルタリアの刻印がさされている。

 やはり、セプ・モルタリアが今回の主犯ではないのか? だが、陛下はユースリア・ベルゼビュートが主犯だと書いていた。

 二言、三言会話を交わした後、頭を垂れていた方の男が離れ作業に戻る。と、間を置かず男の側に漆黒の鳥が現れた。大きさは約三十センチ前後で、瞳だけが赤い。

 微かに聞こえた男の声は「ホルフェス」という男の名前と「アンスィーラ」という単語だけ。ホルフェスと言うのは名前だろうと予想しつつ、鳥を使っている男の名前なのではないかと思いつく。
 更に、男たちの会話でアンスィーラと言う単語が出た事、他のローブの者たちが恭しく対応していた事などから、今目の前に佇む男がユースリア・ベルゼビュートだと確信した。

 主犯はユースリア・ベルゼビュート、ここにいるのはローブを纏ったセプ・モルタリアの者たちだ。それを組み合わせれば、ユースリア・ベルゼビュートはセプ・モルタリアの司祭もしくは司教といったところだろう。
 陛下の手紙で理解できなかった事柄が、この男を観察する事でつながった。

 雲が晴れ月が顔を出す。
 いつの間にか鳥は消え、ベルゼビュートは一人空へ腕を伸ばした。指先に握られているのは、トパーズか? 水晶のようにも見えるが、石から微量だが魔力を感じる。あれは……魔石か! 

「くふふふふっ、あはははははは」

 石に注目しすぎる余り、突如あがったベルゼビュートの笑い声に私は気取られたかと臨戦態勢を取った。だが、それは杞憂に終わる。
 それから少ししてベルゼビュートは、洞窟の入口側に置かれた馬車に戻っていった。
 その後一時間ほど広場の監視を続け、私も仮眠をとるため部下と交代した。

 日の出前のこと、部下に起こされ広場が見える茂みへ移動する。移動しながら何事かと部下に問えば、部下はアンスィーラ伯爵家の娘パーシリィと他数名の男女が連れられて洞窟へ入ったと言う。
 陛下の手紙では城へ移送されたはずの名前が、部下の報告で上がったことに私は頭で軽く取り乱す。

「ここからしゃ本人か確認できないな」
「洞窟の中に連れていかれました。ローブを街で調達して、洞窟内に潜入してみますか? もしかしたら、ヴィルフィーナ公爵家のご令嬢も中に居る可能性があります」

 確かに相手の手の内が判るのは有難い。だが、相手の本拠地とも呼べる洞窟内に潜入すると言う事はその分、危険が迫ると言う事だ。
 どうにかして、洞窟内の情報を得られないものかと考えていたその時、再びベルゼビュートが洞窟内から姿を見せた。
 
 ベルゼビュートとホルフェスと呼ばれた二人が、聞き取りにくい声でボソボソと話す会話の内容が聞こえない。
 くそっ、聞こえない。どれだけ警戒心が強いんだあいつら。
 せっかく、奴らを出しぬくチャンスを無駄にしてしまうことに、心底悪態をつきたくなる。
 
「隊長!」

 背後から周辺警護を任せていた部下に呼ばれ、振り返る。
 そこには、厳しい面立ちのままヴィルフィーナ公爵と好々爺然と笑うヴィリジット辺境伯が立っていた。

「久しいのう、センス」
「何故……貴方がたふぁふぉふぉに(――がここに)」

 驚きの余り大きな声が出てしまう私の口を、素早くヴィルフィーナ公爵が塞ぐ。瞬きする間に、ヴィリジット辺境伯が茂みから広場を除きこむ。

「静かに頼むぞ、センス殿」
「して、あのローブの男が亡国の大公家の生き残りであるユースリア・ベルゼビュートか?」
 
 口を塞がれたままだった私は頷くことで、どちらにも肯定を示す。

「ふむ。『ユースリア様、魔法陣を書くための血が足りません』、『生贄は、洞窟に捉えてあるから好きにするといいよ』」
「何を言っているのですか?」
「義父上は、相手の唇の動きを読む事で会話の内容を理解される」

 答えは隣のヴィルフィーナ公爵から齎された。唇を読む事が出来るとは、流石と言うほかない。

「『決行は、今夜だ。彼女の魔力を開放し、魔法陣を起動させるよ。漸く、これで念願が叶う』、『おめでとうございます』、『そう言えば邪魔者がこの森へ入っているようだね。邪魔者排除には、アンスィーラを利用しよう』か……」

 様子を見ながら話していたベルゼビュートとホルフェスと呼ばれる男が、会話を終えそれぞれ別の方向へ去ると、ヴィリジット辺境伯も立ち上がり此方へ移動して来る。

「奴らの裏にはやはりアンスィーラが居たか……。奴らが我らの邪魔をするようだの」
「うちとヴィリジット辺境伯家の手の者でアンスィーラは止めよう。その間に、センス殿には我ら二人に協力してもらいたいことがある」

 真剣な二人の様子に私は、ごくりと喉を鳴らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】え?王太子妃になりたい?どうぞどうぞ。

櫻野くるみ
恋愛
10名の令嬢で3年もの間、争われてーーいや、押し付け合ってきた王太子妃の座。 ここバラン王国では、とある理由によって王太子妃のなり手がいなかった。 いよいよ決定しなければならないタイムリミットが訪れ、公爵令嬢のアイリーンは父親の爵位が一番高い自分が犠牲になるべきだと覚悟を決めた。 しかし、仲間意識が芽生え、アイリーンに押し付けるのが心苦しくなった令嬢たちが「だったら自分が王太子妃に」と主張し始め、今度は取り合う事態に。 そんな中、急に現れたピンク髪の男爵令嬢ユリア。 ユリアが「じゃあ私がなります」と言い出して……? 全6話で終わる短編です。 最後が長くなりました……。 ストレスフリーに、さらっと読んでいただければ嬉しいです。 ダ◯ョウ倶楽部さんの伝統芸から思い付いた話です。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...