覆面姫と溺愛陛下

ao_narou

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噂の事件、その㉚ グレン・フォン・ティルタ・リュニュウスの場合

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 離宮の執務室で一人ウロウロを動き回る私を、止める者はいない。
 ニアは無事だろうか? 怪我などは負わされていないだろうか? と、ニアの状況が心配で椅子になど座っていられないのだ。
 落ち着かない心情を表すように、椅子に座っては立ち上がりうろうろと窓辺を彷徨いまた座る。幾度も同じことを繰り返し、月が窓から顔をのぞかせた頃使いに出したセシリアが戻る。

「陛下、ただいま戻りました。まずは、こちらを」

 差し出された手の中には二通の分厚い――そう三センチはありそうかと言うほどの封筒と薄い紙が一枚。一見普通の分厚い封筒に見えるが、そちらから嫌な感じを受けた私は手に取るのを躊躇った。

「陛下? そんなお顔をされましても……」

 セシリアから見た私は、いつの間にか情けない表情をしていたようだ。
 流石に三通が三通とも分厚くはないため、薄い物から手に取ろうと指先を伸ばせばスッとセシリアに妨害され分厚い手紙を受け取らされた。
 無言のまま数秒、視線でのやり取りを終え渋々一番分厚い封筒を開く。

 差出人は言わずも知れば娘馬鹿な父親――ヴィルディーナ侯爵からで、時候の挨拶すらも無く書き出しは「オンドリャ、ワシノ可愛イ娘ニナニシテクレテンネン、ボケカス~!」(意訳)と言った意味合いの愚痴が永遠と綴られている。見るのも悍ましい言葉の数々に、ニアの父親でさえなければ間違いなく不敬罪でとらえてやるものを、と腹の底から怒りがわく。

 それでもきっちり最後の最後、数行にわたり本来の報告が書かれていたあたり、協力はしてくれるようだ。
 内容を読む限り、今回の騒動の発端はサルジアット卿の話にも出ていた” ユースリア・ベルゼビュート”で間違いない。

 あの男はセプ・モルタリアの幹部であり最高責任者の一人であるらしい。その男がニアを狙った理由は、攫われた今となってもわからないもののセプ・モルタリアの構成員らしきローブの集団が儀式をするための道具などを運んでいた報告があがっているようで、ニアを使うのではないかと言う事だった。

「ユースリア・ベルゼビュートか……」
「ベルゼビュートと言えば、亡国の大公家が確かその名でしたね。ですが、亡国が滅びる際全員亡くなったのではなかったのですか?」
「私もそう思っていた。だが、どうやら生き残りが居たようだ」
「それが今回の首謀者ですか」
「そういう事だ」

 二通目の分厚い封筒を開きながら、互いの認識を確認し合う。
 そうして開いた二通目は、孫バカ――ヴィジリット辺境伯の奥方からの手紙だった。時候の挨拶から始まるかと思われた手紙は、チクチクと刺すような嫌味の応酬で。読むのに疲れた私は、数枚を残しセシリアにその手紙を託し読んでもらう。

「大奥様は大層お怒りのご様子です」
「それは、十分にわかっている。それで、何か情報のようなものはなかったのか?」
「そうですね……特に、これと言って書かれている事はございませんでした」
「こんな時に……た、ただの愚痴か……はぁ~」

 思わず漏れだした盛大な溜息にセシリアもまた、何とも言えない表情で答えた。現状分った事は、ただ、ベルゼビュートと言う名前の男が亡国の大公家の生き残りと言うそれだけである。少なからずその男の目的が判ると期待していた私は、再び溜息を吐くと、セシリアに向き合い最後の紙を開いた。

 仄かに香る花の匂いは、私に安心感を与え。紙の上を流れる筆跡が懐かしさを感じさせた。たった数時間しか離れていないにもかかわらず、ニアが恋しい。

「ニア……」
「お嬢様は、自分が攫われる事を予見されておりました。そして、私にこの手紙を託されたのです」
「予見していただと?」
「はい。自分に何かあった時は、これを陛下かヴィルフィーナ公爵様にお渡しして欲しいと仰っておりました」
「……ふむ」

 ニアが残した手紙には、初代様のお言葉が――多分だが――一言一句間違うことなく記されているのだろう。”清き魔女”と”南の精魔大樹林”と言う単語に私はハッと顔を上げた。

 センスの報告で、ニアを連れ去ったと思われるユースリア・ベルゼビュートが向かったのも同じ場所ではなかったか? 清き魔女が初代様の言う通り協力してくれるのかはわからない。だが、ニアを救う手立てになるならば、直ぐに向かうべきだ。

「セシリア、エリオットが戻り次第精魔大樹林へ向かう! その事を直ぐにヴィルフィーナ公爵とヴィジリット辺境伯に伝えてくれ」
「畏まりました」

 セシリアが急ぎ扉を通過するとパタリと音を立て閉まった。
 再び一人になった私は、ユースリア・ベルゼビュートの思惑を思案しつつエリオットの帰りを待った。


********


 わたくしは何故、縛られ罪人のような惨めな恰好をしているかしら? グレイ様のために、婚約者に見合わぬあの女を排除したに過ぎないのに……。どうして? 
 騎士に連れられていくわたくしを見るグレイ様の瞳には、憎悪、嫌悪と言った感情が。
 束の間、いいえ、ほんの一瞬だけグレイ様の瞳と視線が合った。恨み言でも何でもいい、わたくしに声がかけられるかもしれない。
 浅はかなわたくしは、憎悪の視線を向けられようとも期待していた。

「連れていけ、決して逃すな!」
「はっ!」

 首に魔力を抑える罪人用の首輪が嵌められ、両脇を抱えられると引きずられる。自力である事すら許して貰えないまま、馬車に乗せられた。
 御者の騎士へ知らせるように二度壁をノックした騎士が座り、馬が嘶くと馬車が走り出す。これまでに乗ったどんな馬車よりも揺れが酷い馬車は、ゴトゴトと車体を揺らした。

――全く、貴方と言う方は本当に……。

 厭味ったらしい声が聞こえたかと思った刹那、私の意識は刈り取られた――。
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