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噂の事件、その㉑ 初代様の忠告とハプニング ニアミュール・ジュゼ・ヴィルフィーナの場合
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初代様とお会いして目覚めたわたくしは空腹も忘れ、時間一杯まで東屋に記された魔法陣を観察しました。幾重にも重ねられた構造魔法である魔法陣は、そう容易く読み解けるわけもなく。
パーシリィ様のお迎えに、また明日頑張ろうといき込んだのです。それからすぐに昼食を離宮で取り終えて、女神様の神像が飾られた広間で、女神様に頂いた経典を粛々と読み進めました。
陽が沈み、その日の締めくくりとして、再び水を浴びる予定だったのですが流石にまだ夜は冷えると言う事もありセシリアがお風呂にお湯を張ってくれます。
その日の疲れを癒しつつ少しだけ長湯をして、普段着に着替え鏡台に座ると魔道具で髪を乾かし、梳いて貰い覆面をつけました。
「お嬢様。この後ですが、お疲れでなければ夕食をご一緒にと陛下から言付かっております」
「そう。時間はまだ大丈夫かしら?」
「はい。夜の鐘八つの頃にとエリオット様が仰せでしたから大丈夫でしょう」
「ありがとう。ではそれまで少し一人にして貰っていいかしら?」
「わかりました」
セシリアが退室し扉を閉めました。
それを見送ったわたくしは、初代様よりもたらされた忠告を一言一句漏らさぬよう思い出したのです。
――いいか? ニアミュール・ジュゼ・ヴィルフィーナ。もしお前たちが困ったことになったその時は、清き魔女に頼れ。彼女ならば必ずお前たちを、否、民を助けてくれるだろう。清き魔女は、南の精魔大樹林の中に眠っているはずだ。
――ただ、このことは外に漏らすことを禁じる。その時が来るまで、決して誰にも告げてはならぬ。
「誰にもとは、陛下にもでしょうか?」
――そうだ。
何故陛下にまで内緒にしなければならないのか? わたくしには理解が追いつきません。ですが、それを初代様や女神様に問うの躊躇われたため、それ以上の質問はいたしませんでした。
この件に関して口外せぬと約束をした以上、口頭で誰かに伝えるのは間違いなのでしょう。そこでわたくしは、この件を全て紙に記し日記に挟むことにいたしました。
普段から使っている日記帳を鞄から取り出し、鍵を開けます。開かれた直ぐの表紙と中表紙の間に、初代様よりのお言葉として書き記した紙を挟みました。
ついでに今日あった事などをツラツラと書き連ね、鍵をすると日記帳を鞄に直したのです。
そこでふと、鍵を預けるべき相手を思い描き、この場で一番信頼できるセシリアへ渡す事にいたしました。
すべてが終わった頃、セシリアが晩餐の準備のため部屋に訪れます。陛下と一緒に晩餐を取るため普段着ではあまりにも失礼だろうと、晩餐用のドレスに着替えたのです。
「お待たせしてしまったかしら?」
「ゆっくりでよいと仰っておりましたから大丈夫でしょう」
「そう」
「さぁ、出来上がりましたよ」と言うセシリアの声に全身を鏡に映せば、薄い紫の光沢ある生地は、ふんわりとしたプリンセスタイプで。首元から肩口までと二の腕から手首までは藍色のレースで覆われており、各所のつなぎ目には幾重にも白や青、水色の小花が咲いています。
屋敷に居るマリアンと変わらぬ出来栄えにわたくしはお礼を言いました。
「それと、セシリア。お願いがあるのです」
「お願いですか?」
「えぇ、もしわたくしに何かあった時は、これをお父様か陛下にお渡しして」
手に握りしめていた鍵をセシリアに差し出しました。曇りのない瞳でわたくしを見つめていたセシリアが「畏まりました」と何かを決意するような表情で頷き鍵を受け取ります。
これでひとまず安心です。セシリアであれば間違いなく、わたくしの願いを聞き届けてくれるはずですから。
「…………では、参りましょう」
「はい。お供致します」
セシリアによって開けられた扉を抜け一階に降り、陛下がお待ちのダイニングに入ります。そこには既に陛下とエリオット様がいらっしゃいました。
「ニア。夜の君も美しいね」
「へ、ぐれん様、お待たせいたしました」
わたくしが室内に入ると同時に立ち上がられた陛下が、わたくしの元へ歩み寄ると右手を取り手の甲へキスを落とされます。いつもの事ながら、その仕草にドキドキしてしまったわたくしはつい、グレン様を陛下と呼んでしまいそうになり慌てて訂正しました。
食事用のテーブルへとついたわたくしは陛下と夕食を共にし終え、ソファーで紅茶を飲みながら今日あった出来事を報告しました。
今日の出来事はわたくしの予想をはるかに超えた素晴らしいものです。ぜひその感動を陛下やエリオット様、セシリアと共有したい。そう意気込んだわたくしは、初代様や女神様について言葉にしました。
「なんと! では、初代様や女神様にお会いしたのか?」
驚いたように一瞬だけ瞳を見開かれた陛下は、その後実に楽しそうに微笑まれ「それでどんな方々だった?」と質問されます。それに答えつつお二人のご様子などを話しておりました。
「――あ、ニア?」
名前を呼ばれいつの間にかうとうとしてしまっていたらしいわたくしは、陛下のお声に慌てて顔をあげました。するとそこには、わたくしを見つめる陛下の麗しいお顔が――。
驚いたかのように見開かれた紫紺の瞳が瞬く間、潤んでは色香を孕んでいきます。
「――っ!!」
「んっ!!」
陛下より回された腕が強く腰を抱き寄せ、わたくしを引き寄せて話しません。溜まらず「お止めください」と、叫びそうになる声をギリギリのところで抑え込み、陛下の胸を押しました。
エリオット様から上がった咳払いで漸く、身体を離してくださった陛下は破顔とも呼べる麗しい微笑みをわたくしへと向けて下さいます。
ですが……覆面越しとはいえ、陛下の唇を奪ってしまったわたくしは、あたふたするばかりです。目の焦点が合わず右往左往する上に、心臓はあまりの事態に痛いほど早鐘を打っています。
ど、どどどどどど、どうして、こ、ここ、こんなことに!! こんな事なら秘儀令嬢スキル失神を真面目に、練習しておけば良かったわ……。何故、あの時もっとお母様に教えてと強請らなかったの? ニアミュール!
パーシリィ様のお迎えに、また明日頑張ろうといき込んだのです。それからすぐに昼食を離宮で取り終えて、女神様の神像が飾られた広間で、女神様に頂いた経典を粛々と読み進めました。
陽が沈み、その日の締めくくりとして、再び水を浴びる予定だったのですが流石にまだ夜は冷えると言う事もありセシリアがお風呂にお湯を張ってくれます。
その日の疲れを癒しつつ少しだけ長湯をして、普段着に着替え鏡台に座ると魔道具で髪を乾かし、梳いて貰い覆面をつけました。
「お嬢様。この後ですが、お疲れでなければ夕食をご一緒にと陛下から言付かっております」
「そう。時間はまだ大丈夫かしら?」
「はい。夜の鐘八つの頃にとエリオット様が仰せでしたから大丈夫でしょう」
「ありがとう。ではそれまで少し一人にして貰っていいかしら?」
「わかりました」
セシリアが退室し扉を閉めました。
それを見送ったわたくしは、初代様よりもたらされた忠告を一言一句漏らさぬよう思い出したのです。
――いいか? ニアミュール・ジュゼ・ヴィルフィーナ。もしお前たちが困ったことになったその時は、清き魔女に頼れ。彼女ならば必ずお前たちを、否、民を助けてくれるだろう。清き魔女は、南の精魔大樹林の中に眠っているはずだ。
――ただ、このことは外に漏らすことを禁じる。その時が来るまで、決して誰にも告げてはならぬ。
「誰にもとは、陛下にもでしょうか?」
――そうだ。
何故陛下にまで内緒にしなければならないのか? わたくしには理解が追いつきません。ですが、それを初代様や女神様に問うの躊躇われたため、それ以上の質問はいたしませんでした。
この件に関して口外せぬと約束をした以上、口頭で誰かに伝えるのは間違いなのでしょう。そこでわたくしは、この件を全て紙に記し日記に挟むことにいたしました。
普段から使っている日記帳を鞄から取り出し、鍵を開けます。開かれた直ぐの表紙と中表紙の間に、初代様よりのお言葉として書き記した紙を挟みました。
ついでに今日あった事などをツラツラと書き連ね、鍵をすると日記帳を鞄に直したのです。
そこでふと、鍵を預けるべき相手を思い描き、この場で一番信頼できるセシリアへ渡す事にいたしました。
すべてが終わった頃、セシリアが晩餐の準備のため部屋に訪れます。陛下と一緒に晩餐を取るため普段着ではあまりにも失礼だろうと、晩餐用のドレスに着替えたのです。
「お待たせしてしまったかしら?」
「ゆっくりでよいと仰っておりましたから大丈夫でしょう」
「そう」
「さぁ、出来上がりましたよ」と言うセシリアの声に全身を鏡に映せば、薄い紫の光沢ある生地は、ふんわりとしたプリンセスタイプで。首元から肩口までと二の腕から手首までは藍色のレースで覆われており、各所のつなぎ目には幾重にも白や青、水色の小花が咲いています。
屋敷に居るマリアンと変わらぬ出来栄えにわたくしはお礼を言いました。
「それと、セシリア。お願いがあるのです」
「お願いですか?」
「えぇ、もしわたくしに何かあった時は、これをお父様か陛下にお渡しして」
手に握りしめていた鍵をセシリアに差し出しました。曇りのない瞳でわたくしを見つめていたセシリアが「畏まりました」と何かを決意するような表情で頷き鍵を受け取ります。
これでひとまず安心です。セシリアであれば間違いなく、わたくしの願いを聞き届けてくれるはずですから。
「…………では、参りましょう」
「はい。お供致します」
セシリアによって開けられた扉を抜け一階に降り、陛下がお待ちのダイニングに入ります。そこには既に陛下とエリオット様がいらっしゃいました。
「ニア。夜の君も美しいね」
「へ、ぐれん様、お待たせいたしました」
わたくしが室内に入ると同時に立ち上がられた陛下が、わたくしの元へ歩み寄ると右手を取り手の甲へキスを落とされます。いつもの事ながら、その仕草にドキドキしてしまったわたくしはつい、グレン様を陛下と呼んでしまいそうになり慌てて訂正しました。
食事用のテーブルへとついたわたくしは陛下と夕食を共にし終え、ソファーで紅茶を飲みながら今日あった出来事を報告しました。
今日の出来事はわたくしの予想をはるかに超えた素晴らしいものです。ぜひその感動を陛下やエリオット様、セシリアと共有したい。そう意気込んだわたくしは、初代様や女神様について言葉にしました。
「なんと! では、初代様や女神様にお会いしたのか?」
驚いたように一瞬だけ瞳を見開かれた陛下は、その後実に楽しそうに微笑まれ「それでどんな方々だった?」と質問されます。それに答えつつお二人のご様子などを話しておりました。
「――あ、ニア?」
名前を呼ばれいつの間にかうとうとしてしまっていたらしいわたくしは、陛下のお声に慌てて顔をあげました。するとそこには、わたくしを見つめる陛下の麗しいお顔が――。
驚いたかのように見開かれた紫紺の瞳が瞬く間、潤んでは色香を孕んでいきます。
「――っ!!」
「んっ!!」
陛下より回された腕が強く腰を抱き寄せ、わたくしを引き寄せて話しません。溜まらず「お止めください」と、叫びそうになる声をギリギリのところで抑え込み、陛下の胸を押しました。
エリオット様から上がった咳払いで漸く、身体を離してくださった陛下は破顔とも呼べる麗しい微笑みをわたくしへと向けて下さいます。
ですが……覆面越しとはいえ、陛下の唇を奪ってしまったわたくしは、あたふたするばかりです。目の焦点が合わず右往左往する上に、心臓はあまりの事態に痛いほど早鐘を打っています。
ど、どどどどどど、どうして、こ、ここ、こんなことに!! こんな事なら秘儀令嬢スキル失神を真面目に、練習しておけば良かったわ……。何故、あの時もっとお母様に教えてと強請らなかったの? ニアミュール!
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