覆面姫と溺愛陛下

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噂の事件、その⑯ 覆面騒動<下> グレン・フォン・ティルタ・リュニュウスの場合

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 目を眇めパーシリィ・ヴィズ・アンスィーラを見ていたサルジアット卿に私は、覆面に関するこれまでの仔細を話した。それを聞いたサルジアット卿は、眉間深い縦ジワを刻む。

「パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラ。正直に答えなさい。その決定を下したものは誰ですか?」

 サルジアット卿の言葉遣い、声共に静かなものだ。が、その顔は一切笑っておらず今も深い皺が刻まれたままだ。彼の眼は、冷酷な色を湛えパーシリィ・ヴィズ・アンスィーラを見ている。
 サルジアット卿は、パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラをと言うより今回の件に関わった者を逃す気はないのだろう。

「パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラ、答えなさい」

 沈黙したまま俯くパーシリィ・ヴィズ・アンスィーラに再びサルジアット卿の声がかかる。沈黙する室内は、サルジアット卿の威圧にもにた何かで満たされ重苦しい雰囲気を醸し出していた。

 そこへ、別室で準備を整えたニアがセシリアに伴われ姿を見せた。
 窓辺よりを移動し私達の元へと歩み寄るニアの銀とも白ともとれる美しい髪が、いつの間にか上っていた朝日に照らされ美しく見える。ニアが動く度、左の首元で纏めら肩口から前へと流されたれた銀とも白とも見て取れる髪が煌めき、鎖骨部分を艶めかしく見せた。

 顔を見せないよう俯いたままニアは、パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラの前に立つ。

「お待たせいたしました。これで、ぎ、儀式は問題ありませんか……?」

 恥ずかし気に耳まで赤く染めて、ローブを握りしめるニアは本当に愛おしく、たまらず構いたくなってしまった私は、彼女の隣へ移動するとその細い腰へ腕を回す。空いている方の手でニアの髪を梳く。絹糸のような手触りの髪は、ほんのりとオスマーサス――橙色の香りが甘い花の香りがした。

 甘く彼女を見つめる私の正面で、眼を見開き驚いた表情を隠すことも忘れたサルジアット卿が手を持ち上げ「な、なんと……もしや、こちらは……」と確認するように零した。
 
「あぁ、私の婚約者であるニアミュール・ジュゼ・ヴィルフィーナ嬢だ」

 私の功績ではないが、ニアが美しく可愛らしく愛らしい事をサルジアット卿へ誇るように告げた。側近のエリオットがサルジアット卿の後ろで肩を震わせていたのは見なかったことにする。

「そ、その……わ、わたくしの醜い顔を晒してしまいまして申し訳ございません」

 凝視するサルジアット卿へニアが深々と頭を下げて謝罪する。彼女の言葉の意味がわからないと言った様子のサルジアット卿は、何度も私とニアへ視線を向け首を傾げた。そこへ「陛下、そろそろ本題を」とセシリアが冷静に口を挟んだ。

「あぁ、そうだったな。サルジアット卿。そろそろ、本題に戻ろうか」
「そ、そうでしたな……えっと」
「覆面についてだ」
「そうでしたな。で、パーシリィ・ヴィズ・アンスィー、お前は誰の命で覆面が許可できないなどと言ったんだ?」

 ニアに引き付けられていた皆の視線が、パーシリィ・ヴィズ・アンスィーへ向く。再び渦中におかれ名前を呼ばれたたパーシリィ・ヴィズ・アンスィーは。俯いたまま肩を僅かに揺らした。

 沈黙を貫くパーシリィ・ヴィズ・アンスィーにサルジアット卿は、厳しい眼を向けたまま「話す気が無いのであれば、そなたを外すしかないようだな」と最後通告にも似た言葉を投げた。

「……め、メンダーク枢機卿からのご指示です」

 こちらを向くことなく聞こえるかどうかの声で伝えられた名前に、サルジアット卿は「あの方が……そんな……」と眉間に深い皺を再び刻み考え込んでしまった。

 枢機卿と言えば、サルジアット卿を含め教会の中に十三人しかいないと言われている言わば教会を取り仕切るトップ集団のはずだ。その枢機卿の一人が今回の件に関わっているとはどういうことだ。もしや……枢機卿の中にもセプ・モルタリアの手の者がいるのか?

 考え込んでしまった私は思わずニアの腰に回した指先に力を込めてしまう。突然腰に回した腕に力を込められ驚いたように私を見上げたニアは、私の眼を覗き見ると不安そうに瞳を揺らしている。

「すまない。ついニアが愛しくて引き寄せてしまった。サルジアット卿。メンダークとはどんな人だ?」

 嘘だと気付かれないようニアに謝りつつ笑む。ポッと頬を朱に染め視線を逸らしたニアに安堵しつつサルジアット卿へ確認をとる。だが、サルジアット卿は、私の声が聞こえていないのか考えこんだまま答えなかった。

 再びサルジアット卿へメンダーク卿について聞いた。サルジアット卿から見たメンダーク卿は、成人してすぐに神殿に入り実績を持って枢機卿になったと言う。そして、いつも微笑みを湛えているような穏やかな性格で、子供らを慈しむ男だそうだ。

「……そんな男が、何故、ニアの覆面をとやかく言うのだ?」
「そこが私にも分からないのです。あの方は、そのような事を言うはずがないと思うのです。覆面の使用許可は、枢機卿会議で決定したはずだ……昨日、枢機卿会議は行われていないのに、突然覆るのはおかしい……」

 首を傾げ顎に指を添えて考えこむサルジアット卿は、独り言のように会議が行われていない事を私達に告げる。

 教会に関する様々な事柄は、十三人の枢機卿が集まり会議を開いて多数決で決定する。そこには、王の言葉などは加味されない。ただ枢機卿たちが各自で判断し挙手で採決を行う。
 賛成多数で決定した事柄について、納得ができない者が居たり、信徒からの訴えが有ったりした場合に限り、再びその事柄について仔細説明をしたのち枢機卿会議で採決を取る。

 ニアの覆面の件についても勿論、枢機卿会議が開かれ使用許可が下りていた。なのに突然昨日になり使用許可が使用不可に覆るのはおかしい。何か裏があるのではないか? 誰かが裏で糸を引いている可能性が高くなった。

 考え込む私達を他所に顔を上げたパーシリィ・ヴィズ・アンスィーは、ゆっくりとした動きでニアの元まで歩みより、私へまっすぐに視線を向け「覆面を外していただいたようですので、大樹へご案内してもよろしいでしょうか?」と確認を取る。その場の誰もが考え込み答えを返せずにいた。

「ヴィルフィーナ様。よろしいですか?」
「……はい。お願いいたします」

 誰も答えない為ニアに直接声をかけたパーシリィ・ヴィズ・アンスィーは、彼女の返事を聞くと頷き「では、お連れ致します。どうぞ……」と私達が声をかけるよりも早くニアを部屋から出ていく。

 慌てて追いかけていくセシリアが、私の横を通り過ぎる間際一瞬だけ私へと視線を向ける。その眼は『本当に、行かせていいのか?』と問うていた。それに答えを出すことが出来ない私は「出来る限りニアの側にいてくれ」と言う事しか出来なかった。

 三人が退室した室内でエリオットが静かな声で「裏がありそうですね。調べてみますか?」と私へ問いかけた。
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