覆面姫と溺愛陛下

ao_narou

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リューセイ・ヴィガ・ヴィジリットの場合

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 夜の帳が下りた執務室の扉をノックする音に、執務に集中していた儂はハッと顔を上げた。

「旦那様。ヴィルフィーナ家より使いが来ております」
「通せ」
「はい」

 執事の声に入室する許可を出し、こんな夜更けに何事かと思案しつつソファーへと移動する。座ると同時に扉が開き、ヴィルフィーナ公爵家のハウゼルが姿を見せた。
「失礼します」そう言って礼儀正しく一礼するハウゼルに「堅苦しいのは無しだ」と伝え、早速本題へ入る。

 私の態度に苦笑いを浮かべ、頷いたハウゼルは懐から一通の手紙を取り出し差し出す。手紙には、儂以外の人物が空け中身を読む事を禁じた魔蝋印が押されていた。差出人は、義理の息子ルーゼクリュシュ・ジュゼ・ヴィルフィーナとなっている。

 名を確かめチラリと視線だけをハウゼルに向けた。

「旦那様より至急ヴィジリット辺境伯様にお届けするよう仰せつかりました」
「そうか、では読ませて貰う」

 ハウゼルが頷いたのを見届けて、テーブルの下に置かれた自身の魔力が籠められたペーパーナイフを取り出す。中の紙を傷つけぬよう注意しながら封筒を開いた。几帳面に四つ折りにされた手紙を取り出しその内容を読む。
 書き出しこそ普通であったがその内容は……記された文字を目で追うごとに、怒りを覚えるようなものだった。

「事実か?」

 目の前が赤く染まるのを感じながらも出来るだけ冷静になるよう努め、ハウゼルに問いただす。儂の目を真直ぐに見つめたまま、ハウゼルは静かに頷いた。

 事もあろうにこの儂が目に入れても惜しくは無いと思っているほど溺愛した我が孫娘に、またも手を出そうとはな……。儂には孫が既に十人いる。内孫は、男ばかり、外孫も男ばかりでヴィルフィーナに嫁いだ娘リュミーリアだけが唯一孫娘を産んだ。
 唯一の孫娘であるニアミュールは、遠く王都に住んでいるが事ある毎にこちらへ呼び、こちらから訪ね、年に数回は会うほど大切に大切に見守っていた。
 それなのに、ここ数年グレン・フォン・ティルタ・リュニウス陛下に見染められたばかりに……ニアの周囲は良からぬ事ばかりが起こる。
 成人して間もない我が最愛の孫が、何故、災いの姫などと呼ばれなければならんのだ! 許せん……これも全てあやつのせいだ! もし、もしも……ニアが泣くことになれば、我ら一族全ての力でその首切り落としてくれるわ!

 そう、心の中で毒づきどうにか平静を取り戻した。
 今回知らされた内容は、どうみても孫娘が陛下の婚約者になってしまったがために起こった事件である。その為、矛先がグレン陛下に向かってしまうのも仕方が無い事だった。
 
 とりあえず今後の策を練るにしても、まずは相手を知る事が先決。ならば……義息子と連携して動くがよいだろう。

「旦那様は、ヴィジリット辺境伯様と連携して事に当たりたいようです」
 
 言葉にするよりも先にハウゼルが、義息子の言伝を伝える。

「ふむ。あいわかった! 直にこちらも動こう。王都はそちらに任せる! 詳細が分かり次第密に連絡を取り合うようにしよう」
「そのようにお伝えいたします」

 ハウゼルは、そう返答すると静かに頭を垂れ退室していった。
 それと入れ替わるように、妻のリステリカが入室して来る。微笑みを湛えたその眼が、儂の表情を読み取ったかのように瞬き隣に座る。そのまま背に細く多少皺の増えた働き者の手を回した妻は、儂の背中をゆっくりと撫でた。

「リューセイ様……?」

 あの頃と変わらぬ美しい声に、年老いた胸がドキドキと高鳴る。歳を召してなお美しい妻に見惚れてしまいそうになり、今更ながらに恥ずかしくなった儂は先ほど受け取った手紙を無言で差し出した。

 手紙を受け取った妻が、その内容に薄い黄身色の目を走らせる。読み終わる寸での所で、背に回っていた妻の手が力任せに背中を鷲掴み、余りの痛さに何処か絆されていた気持ちがヒュンと引きしまるのを感じた。
 妻もまた、孫娘であるニアを溺愛している一人だ。そのため、今回の件で怒りを覚える事は当然である。

「リューセイ様、これは、どういうことですか? ニアが国を滅ぼすと? 何処のどなたが仰ったのですか? わたくし、今すぐ元凶を絞めて参りますわ!」

 手紙を握りしめた妻が、眉間に深い皺を刻み今にも飛び出さん勢いで部屋の扉へと向かう。

「ま、待て! まだ犯人は判明しておらん。直に耳を使い調べる故、今しばらく時間が必要だ!」

 儂の言葉に振りかえった妻の瞳がスゥーと眇められる。その様子から余り猶予が無い事を悟った。
 そうだ、折角だから妻と共に王都へ向かおうか……たまにはニアにも会いたい。それに、陛下にも一言物申したい事がある。うむ、そうしよう!
 
 自分の機転に自分自身を褒めながら、怒り狂う妻を宥めるよう王都行きを提案する。

「リスカよ。どうせならニアに会いに行こうではないか! 王都で流行った噂であれば、出所はまず間違いなく王都であろうし……。それに一年ほど、孫娘にも会っておらんからの」

 儂の提案に思案顔になった妻が、目を眇めたまま口の端だけを吊り上げ頷いた。

 準備などを含め、明後日の朝一番には出れるよう執事のエド達に言いつける。明けて翌朝、朝食で集まった息子リュースに仔細を話し無理やりに近い了承を得た。
 その日の午後は、未だ憤りを感じている様子の妻の気分転換ついでに、ニアへの土産などを買いに街へ出かけ、翌日の朝一番で、夫婦揃って久しぶりの王都旅行へ出かけるのだった。
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