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舞踏会①

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 いよいよ。王太子殿下の婚約を祝う舞踏会が今夜開かれる。本来ならばこういった国の慶事の場合、両親と揃い婚約者を伴って会場に入場するのが慣例だ。
 が、私の場合婚約者が王族――ここで性別が云々と葉言えないため――と言う事で、殿下と共に王族用の扉から入場する事になっていた。そのため、両親より二時間も早く王城へと来る事になった。

「はぁ……帰りたい」

 殿下が待つ部屋へ案内されながら、これからの事を思うと知らず知らずのうちに溜息が漏れ出す。何よりもうわさ話が好きな貴族が集まる会場に、殿下をエスコートして入らなければならない行為が。そして、何よりも皆が注目する中、王族と共に進まなければならないプレッシャーで吐きそうだ。
 まかり間違えても、家名傷を負わせる事が無いよう両親に嫌というほど言われた。

「こちらで皆様がお待ちです」

 立ち止まった案内役の騎士に礼を言いつつ顔を上げる。なるようになれと言うやけくそな気持ちで、扉を叩き入室した。

「ラ~くぅ~ん」

 実に嬉しそうに笑い両手を広げ駆け寄ってくる殿下を受け止め、その場にいらっしゃる王族の皆様にご挨拶すれば両陛下は優しく微笑まれ「よく来た」「うふふっ。よろしくね」とお言葉を頂いた。

 先日の茶会で色々と誤解していたのかもしれない。両陛下はやはりこの国を守り導く尊いお方だと思うほど、今日の両陛下は落ち着いていらっしゃる――

「それで、もうキスは済ませたのか?」

「あら、あら、まぁまぁ、それで、どうなの?」

――なんて考えが頭を一瞬だけかすめたが、それは幻だったようだ。
 ソファーに座ると同時にもたらされた陛下と王妃陛下の言葉に、私は愛想笑いを張り付け応とも否とも答えず濁した。

 隣にポスンと座った殿下が、当たり前のように私の手を握る。ここ最近この程度のスキンシップには動じなくなっている。徐々に毒されていると分かっていながらも、拒否する気に慣れない私は殿下がしたいようにさせた。

 握り込んだ手の指先を弄びながら殿下が何かを思い出したように顔をあげる。

「あ、そうだ~。ラー君、あのね~、父上がね~僕たちの婚約も一緒に発表しようって~」

 軽い口調で発せられた言葉に、含んだ紅茶を吹き出しそうになった。慌てて口元を手で押さえ、振り向いたそこにはとても可愛らしい子犬のような殿下の笑顔があるだけ。
 違う。確認する相手は、殿下ではなく正面の陛下だ。そう一瞬のうちに考え直し陛下へと視線を向けた。

「うふっ、……どういう事でしょうか……?」

「いやね~。うちのエル可愛いだろ? だから、婚約者がいる事はきっちり発表した方がいいと思うんだよ」

 陛下の仰る意味がわかりません。殿下が可愛いと言うのに同意する。だからと言って、婚約発表を王太子殿下と同時に行う理由がわからない。というかそもそも、殿下がセクシュアルだと言う事をこの国は隠していたのではないのか!?

「た、たしかに殿下は可愛らしいとは思います。ですが、国防などの関係から殿下が、そのセクシュアルと言う事は伏せるべきではないのですか?」

「あぁ~そこは問題ない。ことにした。だから、常に女装する事になるけどいいだろうか?」

「は?」

 なぜそう言う極論になった? 王子が王女になると言っても、日本みたいに気軽に性転換手術できる訳もない。今の殿下の見た目であれば、まぁ、可愛くはなるだろう。けど、ここから育って、髭が生えてきた場合どうするんだ? というか、私はと言う事になるのか?! ある意味で、前世の自分を嫁に貰うようなものじゃないか!

 あぁ、頭が混乱する。ダメだ。何も考えられない……もう、いやだ、こんな国……。 

「さぁ~、エル君~着替えましょうね~」

 陛下の言葉に固まる私を他所に、王妃陛下が殿下の手を取り部屋を出ていこうとする。そこへ「少し待って~」と言い置くと私の耳元へ顔を寄せた殿下が「僕、ラー君の好みの可愛い女の子になってくるからね~」と耳打ちした。
 
 殿下と王妃陛下が今度こそ部屋を後にする。それを呆然としたまま見送った私に、陛下はいつになく真面目な王者の顔をすると「これは、エルには伝えていない話だが」と話を切り出した。

 陛下の説明によれば、六年前のあの事件を未だに陛下は追っているらしいく、事件の背後に隣国の貴族もしくは、この国の反王家派の貴族がが絡んでいる可能性が高いそうだ。

 その理由として、殿下が狙われた事。殿下の記憶が失われていた事。見つかった際、傷をつけられたわけではない事。そして、その後セクシュアルの症状が出た事。
 その四点から、国王陛下と他の重鎮で話し合い、殿下が攫われた際、何かしらの呪術が使われた可能性があると判断したのだとか。

 それ以降 記憶を失った殿下を人目にさらさないため、陛下と五大公爵家は殿下の身体が弱いと言う設定をでっちあげた。そのおかげで、殿下はこれまで表舞台に出ることなく、人の目に晒される事も無かったそうだが……。

「それと、殿下の女装と何の関係があるのですか?」

「ふむ。そうだな……何から説明すべきか……」

 悩まし気に顎に指を添えた陛下は「まず、君も知っての通りセクシュアルの存在は、王家と五大公爵家以外の家は知得ない情報である」と、その考えを語り始めた。

 六年前のあの当時、活発化してた反応家はの貴族の動きがmここ最近またも活発しているそうで、また、殿下に何かされる可能性もあると陛下は考えた。そこで陛下と五大公爵家で話し合いを行い、殿下によく似た王女として社交界デビューさせようとと言う事になったそうだが……。

 食い違いが生じるどころの話ではない気がする。

「話おかしくなっていませんか? 王女と言う存在が突然出て来れば、誰もが王子ではないかと疑います」

「そこは問題ない。エルには双子の妹エルシアが居たのは事実だ。エルシアは三歳の時に流行風邪で亡くなってしまったが、実はエルが死んでいて、エルシアが生きていたと言う事にする」

「なるほど……ですが、やはり辻褄が合わないと言うか、殿下が女装する理由がありません」

「まぁ、聞け。話には続きがあるのだ。つい一月ほど前なのだがジェルリア王国から、エル宛に第二王女との婚姻の打診が来た。エルがセクシュアルでなければ、友好国であるジェルリア王国の第二王女をエルの嫁として迎え入れたいところだがそうはいかんだろう?」

「えぇ、確かに。セクシュアルである殿下に、王女殿下と結婚しろとは言えませんね」

「そこでだ、こちらとしては、セクシュアルである事をバラさずに、断る口実が必要になる」

「まさか……それだけのために?」

「……そうだ。それに、エルの女装は君のためでもあるのだぞ?」

「私のためですか?」

「そうだ。エルを男のまま君の婚約者として紹介すれば、君は貴族たちの恰好のエサだ」

「た、たしかに……」

「と言う訳で、今日からエルには女として生きて貰う。学園などでは君の手助けが必要となるだろうから、よろしく頼む」

 話を終え紅茶を飲んだ陛下はいい笑顔で頷くと、私にニッコリと微笑みかけた。それにお礼をいいつつ、しこりの残るこの気持ちは何だと自分自身に向き合う。

 陛下の仰った理由はしっくりくるような気もする。その一方で、適当な理由をつけられごまかされたような気もした。何かを隠している、そう思いながらもその何かに思い当たらず微妙な気持ちになったのだった――。
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