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六年前の事件
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思わず前のめりになり、殿下を問い詰めるような口調になってしまう。
その理由を問われるなら、何故かはわからない。ただ、その時の私は殿下の記憶が失われているという事実が、酷く不快だった。
「記憶がないとは、どういうことだ?」
静まり返った室内で過去の記憶がないと言ってのけた殿下に、問い直す。隣にいる殿下はあっけらかんとしているが、その心には不安があるのではないだろうか? 無性に彼が心配になり、更に「詳しく話して欲しい」と頼んだ。
「ええっとね~、僕の記憶がないのは四歳~十歳ぐらいまでの間なんだよね~。と言っても、小さい時の記憶はほとんどないけどぉ~。十歳の秋に、僕誰かにかどわかされた? らしくて、気付いたら父上たちに抱きしめられてたんだよね~」
「そうか……。断片だけでも覚えていたりしないのか?」
唸りながら腕を組んで考え込んだ殿下は「ううん。覚えてない~」と、乾いた笑いを上げる。見る限り悲観した表情ではない。それにほっとした私は、ゆっくりとソファーに身を預けた。
当時の事を思い出すようにに瞳を閉じる。
――殿下のかどわかしの事件は、六年前の秋ぐちに行われた王家主催――王女殿下(当時十二歳になったばかり)のご友人を探すための茶会で起こったらしい。
何故”らしい”とつくのかと言えば、その日の茶会に殿下は出席していないはずだ。と父上が断言していたからだ。
なのに、殿下が茶会に参加していたと証言者したものが居た。その者は、マルグーレラ伯爵家・次女でナターシュ嬢だ。当時十二歳だった彼女は、友人のムーズム子爵家・三女リルリアーナ城と共に殿下と言葉を交わしたと証言している。当日の殿下の足取りはそれを最後に途絶えた。
そして、その日の深夜すぎ。殿下は王都内にある民家の室内で、半裸で倒れているところを捜索していた民家の持ち主である平民男性ゴルドにより発見される。騒ぎを知っていたゴルドはすぐさま騎士団に連絡、殿下は無事に騎士団が保護した。
殿下を発見し、通報したゴルドに不審な点はないと王家が判断を下している。
事件の事は、新聞大々的に報じられていたし、世間でもかなり有名な話だ。あの日は、文官である父上や騎士団所属の叔父上も捜索に加わっていたのを覚えている――。
そう言えば、犯人が捕まったという話は聞かなかった。それに、時間的に数時間とはいえ、殿下に何があったのかもわからないままだ。
民家の持ち主は、鍵をかけて仕事へ行っていたそうだし、帰って来た時にも鍵は掛かっていたらしい。なら、犯人はどうやって中に殿下を入れたのかも、また謎だ。
そもそも、殿下を攫って何がしたかったのだろう? 発見された時点で殿下の記憶がないとなると、もしかしたら攫われた際に、記憶を失いたく何かが殿下の身に起きた可能性もある。
ふむ。私が聞くことで殿下のトラウマを呼びこしてしまうかも――。
「……くん? ラー君ってばぁ~」
「うぉ!?」
殿下の声に慌てて目を開ければ、五センチと離れていない場所に殿下の中性的で美しい顔があった。驚きに声を出しつつ身体がのけ反る。
「ど、どうした?」
「もぅ~。僕の事放置して、何考えてたのぉ~?」
私の組んだ足の上に馬乗りになっていた殿下は、可愛らしく頬を膨らませた。その姿に何と表現すべきか判らない感情が私の胸に湧き上がる。
「いや、たださっきの令嬢の事を考えていた」
「ふ~ん。そぉなんだ~」
興味無さそうな言葉を返して来るくせに、ぽてんと私の胸に頭を預けてくる。
そんな彼の行動に、無自覚なまま頬に手を添え軽く親指の腹でそっと優しく撫でる。膨らんでいたはずの頬が、萎み朱に染まり、熱を持ち始める。
「ラー君のすけべっ」
熱を含み潤んだエメラルド瞳が私を見つめ、掠れたボーイソプラノボイスが恥ずかし気に私を責めた。
ハタと自分が何をしていたのか気付く。カーっと熱くなる顔を背け「あ、いや……これはその……」と、しどろもどろに良い訳をする。
「ふふっ。わかってるよ~。ラー君は優しいから、記憶がない僕に同情してくれて、慰めようとしてくれただけなんでしょう?」
自嘲気味に言いながら寂し気に笑う殿下のその顔に、私は虚を突かれ言葉を失った。
確かに、殿下を不憫だと思った。それ間違いない。けれど、あの時の私はそんなことを考えていた訳ではない。では、何故? そう自問するも答えはでない。
殿下と触れ合い言葉を交わす内に殿下の事を好きかと聞かれれば、人としては好きだと言える。だが、恋情を抱いているのかと聞かれれば……わからない。出会った当初より、忌避感を感じるわけでもないからだ。友情か? 家族に対する親愛か?
わからない自身の思いを考え続けるも、答えを見いだせないまま考える事を放棄した――。
その後の話を少し。
殿下の部屋に乱入したロダンセム男爵家の令嬢メリシアは、兵団の詰め所へと連れていかれ尋問を受けた。どうやって王城に入ったか、王族の居室に近づいたかなど色々と厳しく取り調べられたと言う。
殿下の部屋に押し入った理由を聞かれた彼女は――。
「殿下に婚約者が出来たって聞いて、許せないって思ったの。わたくしに合えばあの時の約束を殿下思い出して下さると思ったんです」と、語ったらしい。
彼女が使った侵入経路は、はるか昔に作られた排水路だったそうだ。彼女は王都に唯一流れるセントール川の側にある排水路の入口から侵入し、通路を伝い王城の隅にある庭園裏へと出る。そして、そこから王城内へ入り込み、すれ違う見回りの警備兵やメイドたちを隠れて躱し王族の居室があてがわれている離宮へとやってきていたらしい。
後は、嘘とはったりで乗り越え殿下の私室までやってくると強引に押し入った。と言うのが事の顛末だ。
彼女が使った排水路の存在は王家をはじめとした、五大公爵家しかしらないものだったらしい。あの排水路はいざ、という時の逃走経路として残されていたそうなので、知る人が少ないのは当然な事だと言える。
だが、その通路を今回、彼女が利用して侵入してしまったことで王は、その排水路を封鎖すると言う決断を下した。更には、王城内の警備が全体的に見直おされた。
そうして洗いざらい話し取り調べが終わった彼女は、王族に危害を加える気が無かったことなどを考慮され、今回に限り迎えに来た男爵共々厳重注意を受け後日罰金を治める事で許されたとか――。
その理由を問われるなら、何故かはわからない。ただ、その時の私は殿下の記憶が失われているという事実が、酷く不快だった。
「記憶がないとは、どういうことだ?」
静まり返った室内で過去の記憶がないと言ってのけた殿下に、問い直す。隣にいる殿下はあっけらかんとしているが、その心には不安があるのではないだろうか? 無性に彼が心配になり、更に「詳しく話して欲しい」と頼んだ。
「ええっとね~、僕の記憶がないのは四歳~十歳ぐらいまでの間なんだよね~。と言っても、小さい時の記憶はほとんどないけどぉ~。十歳の秋に、僕誰かにかどわかされた? らしくて、気付いたら父上たちに抱きしめられてたんだよね~」
「そうか……。断片だけでも覚えていたりしないのか?」
唸りながら腕を組んで考え込んだ殿下は「ううん。覚えてない~」と、乾いた笑いを上げる。見る限り悲観した表情ではない。それにほっとした私は、ゆっくりとソファーに身を預けた。
当時の事を思い出すようにに瞳を閉じる。
――殿下のかどわかしの事件は、六年前の秋ぐちに行われた王家主催――王女殿下(当時十二歳になったばかり)のご友人を探すための茶会で起こったらしい。
何故”らしい”とつくのかと言えば、その日の茶会に殿下は出席していないはずだ。と父上が断言していたからだ。
なのに、殿下が茶会に参加していたと証言者したものが居た。その者は、マルグーレラ伯爵家・次女でナターシュ嬢だ。当時十二歳だった彼女は、友人のムーズム子爵家・三女リルリアーナ城と共に殿下と言葉を交わしたと証言している。当日の殿下の足取りはそれを最後に途絶えた。
そして、その日の深夜すぎ。殿下は王都内にある民家の室内で、半裸で倒れているところを捜索していた民家の持ち主である平民男性ゴルドにより発見される。騒ぎを知っていたゴルドはすぐさま騎士団に連絡、殿下は無事に騎士団が保護した。
殿下を発見し、通報したゴルドに不審な点はないと王家が判断を下している。
事件の事は、新聞大々的に報じられていたし、世間でもかなり有名な話だ。あの日は、文官である父上や騎士団所属の叔父上も捜索に加わっていたのを覚えている――。
そう言えば、犯人が捕まったという話は聞かなかった。それに、時間的に数時間とはいえ、殿下に何があったのかもわからないままだ。
民家の持ち主は、鍵をかけて仕事へ行っていたそうだし、帰って来た時にも鍵は掛かっていたらしい。なら、犯人はどうやって中に殿下を入れたのかも、また謎だ。
そもそも、殿下を攫って何がしたかったのだろう? 発見された時点で殿下の記憶がないとなると、もしかしたら攫われた際に、記憶を失いたく何かが殿下の身に起きた可能性もある。
ふむ。私が聞くことで殿下のトラウマを呼びこしてしまうかも――。
「……くん? ラー君ってばぁ~」
「うぉ!?」
殿下の声に慌てて目を開ければ、五センチと離れていない場所に殿下の中性的で美しい顔があった。驚きに声を出しつつ身体がのけ反る。
「ど、どうした?」
「もぅ~。僕の事放置して、何考えてたのぉ~?」
私の組んだ足の上に馬乗りになっていた殿下は、可愛らしく頬を膨らませた。その姿に何と表現すべきか判らない感情が私の胸に湧き上がる。
「いや、たださっきの令嬢の事を考えていた」
「ふ~ん。そぉなんだ~」
興味無さそうな言葉を返して来るくせに、ぽてんと私の胸に頭を預けてくる。
そんな彼の行動に、無自覚なまま頬に手を添え軽く親指の腹でそっと優しく撫でる。膨らんでいたはずの頬が、萎み朱に染まり、熱を持ち始める。
「ラー君のすけべっ」
熱を含み潤んだエメラルド瞳が私を見つめ、掠れたボーイソプラノボイスが恥ずかし気に私を責めた。
ハタと自分が何をしていたのか気付く。カーっと熱くなる顔を背け「あ、いや……これはその……」と、しどろもどろに良い訳をする。
「ふふっ。わかってるよ~。ラー君は優しいから、記憶がない僕に同情してくれて、慰めようとしてくれただけなんでしょう?」
自嘲気味に言いながら寂し気に笑う殿下のその顔に、私は虚を突かれ言葉を失った。
確かに、殿下を不憫だと思った。それ間違いない。けれど、あの時の私はそんなことを考えていた訳ではない。では、何故? そう自問するも答えはでない。
殿下と触れ合い言葉を交わす内に殿下の事を好きかと聞かれれば、人としては好きだと言える。だが、恋情を抱いているのかと聞かれれば……わからない。出会った当初より、忌避感を感じるわけでもないからだ。友情か? 家族に対する親愛か?
わからない自身の思いを考え続けるも、答えを見いだせないまま考える事を放棄した――。
その後の話を少し。
殿下の部屋に乱入したロダンセム男爵家の令嬢メリシアは、兵団の詰め所へと連れていかれ尋問を受けた。どうやって王城に入ったか、王族の居室に近づいたかなど色々と厳しく取り調べられたと言う。
殿下の部屋に押し入った理由を聞かれた彼女は――。
「殿下に婚約者が出来たって聞いて、許せないって思ったの。わたくしに合えばあの時の約束を殿下思い出して下さると思ったんです」と、語ったらしい。
彼女が使った侵入経路は、はるか昔に作られた排水路だったそうだ。彼女は王都に唯一流れるセントール川の側にある排水路の入口から侵入し、通路を伝い王城の隅にある庭園裏へと出る。そして、そこから王城内へ入り込み、すれ違う見回りの警備兵やメイドたちを隠れて躱し王族の居室があてがわれている離宮へとやってきていたらしい。
後は、嘘とはったりで乗り越え殿下の私室までやってくると強引に押し入った。と言うのが事の顛末だ。
彼女が使った排水路の存在は王家をはじめとした、五大公爵家しかしらないものだったらしい。あの排水路はいざ、という時の逃走経路として残されていたそうなので、知る人が少ないのは当然な事だと言える。
だが、その通路を今回、彼女が利用して侵入してしまったことで王は、その排水路を封鎖すると言う決断を下した。更には、王城内の警備が全体的に見直おされた。
そうして洗いざらい話し取り調べが終わった彼女は、王族に危害を加える気が無かったことなどを考慮され、今回に限り迎えに来た男爵共々厳重注意を受け後日罰金を治める事で許されたとか――。
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