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選ばれた理由

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 人生の詰みと言うものを経験してからと言うもの、この瞳に映る世界の全てが色を失った。特に私の眼球に障害が起きたわけではない。ただ、三日ほど前に私の婚約者(同性)が決まっただけだ。

 正気に戻った翌日――。
 流石に、公爵家嫡男である私に子供が出来ない同性の婚約者を置くのは、おかしいと思い至った私は父に聞いてみた。

「父上、何故私の婚約者が王子殿下なのですか?」と。すると父は少しばかり視線を逸らし「王子殿下がお前を望んだからだ」と尤もらしく答える。

 だが、いくら王子殿下が望もうと私と彼には子供が出来ない! 公爵家の今後を考えるのであれば、世継ぎは絶対に必要なはずである。だからこそ、父の瞳を見据え「本当の事を教えて下さい」と切り返した。

 私が引かない事を悟った父は大きく嘆息し何故この婚約が決まったのか、本当の理由を話してくれた。
 
 そもそもの原因は、この国を治めるアーツブルグス王家の濃い血筋にあると言う。
 長い歴史を持つ王家はその血を守るべく、血の近い者同士を結婚させてきた。
 その結果、王家の血がこけれ濃いほど、異性を嫌い同性しか愛せないもの――セクシュアルが生まれるようになってしったらしい。

「ちょっと待ってください。それは、国家機密になるのではないのですか?」

 父の話の腰を折るようで悪いとは思いつつも私は、問わずにはいられなかった。そんな私に頷いた父は「そうだ。これは五大公爵家と王家の秘事にあたる」と言い、言葉を続ける。

「我ら五大公爵家と呼ばれる――ルクセルド、ハウゼンス、マウトーレ、アーシャルブル、カナリセアスの五家は、長い年月王家とこの秘密を共有することでこの国を守ってきた」

「確かに、この事実が国外に知れ渡れば、我が国の恥になり弱みにもなります。ですが、それと今回の私の婚約とに何の関係があるのでしょうか?」

「関係は間違いなくあるのだ。ライオネル、お前は不思議に思ったことはないか? 何故、自分には婚約者がいないか?」

「それは何度も考えたことがあります」

「だろうな。お前に婚約者がいなかった理由は、王家にセクシュアルが生まれたからだ。我ら五大公爵家は、王家によりセクシュアルと歳の近い同性に婚約者を宛がう事を禁止される」

「ど、う言うことですか?」

「先ほども言っただろう? セクシュアルの存在はこの国を危険にさらす。だからこそ、我ら五大公爵家があるのだと……」

 セクシュアルの存在は五大公爵家と王家の秘事。そして、婚約者のいない公爵家嫡男の私――。点と点が繋がるように線になり形を作っていく。
 気付きたくなかった答えに、乾いた笑いを上げた私は自嘲気味に「なるほど……私が生贄なのですね」と呟いた。

「生贄などと言うつもりはないが、通常の感覚を持つものであればそう思うのも間違いではない。ただ、一つだけ訂正するならば、たまたまお前の婚約者を探し始めた時に、セクシュアルであるエルタルト殿下が十六歳を迎えられ。お前が選ばれてしまったのであって政略ではないと言う事だ。年頃のお前には残酷なことだと思う。だが、これも古よりの決まりだ。この婚約は破棄する事も解消する事も決してない。だから、出来る事なら……互いに思い合えるようになれ」

 選ばれた? 何をですか? 男に選ばれてどう思えと言うのですか? 思い合えとは……どういう意味ですかっ!
 残酷だ事と憐んだ父は、同じ口で決まりであると言葉にする。そしてさらには、婚約者(同性)と愛し合えと言う父の言葉に、その日初めて男に生まれた事を呪ったのである。
 
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ。詰みすぎだろ」

 父と話をしてからと言うもの日に何度もこうして溜息が出てしまう。それでも、婚約者に決まったからには、エルタルト殿下に誘われ王宮へ行くため馬車に揺られていた。

 王城内の庭園の薔薇は美しく咲き誇り、草木もよく手入れされている。それなのに、私の瞳に映る庭園は全て灰色だった。
 何度も言うが、決して私の眼球が障害を負ったと言う訳ではない。
 詰んでさえいなければきっとさぞ美しかったことだろう。そして、私が男でなければ、目の前で優雅にお茶を飲む婚約者の第三王子エルタルト殿下も……否、無理だ。そもそも私が男でなければ殿下と出会う事すらなかったはずだ。

 殿下は夜に舞う虹蝶と歌われたほど見目麗しい王妃陛下の血を、色濃く引いている。金の光彩を放つ髪、エメラルド色の瞳は二重瞼のせいかパッチリと大きくその顔を中性的に見せる。更に、身長の高さも令嬢より僅かに高い程度で、筋肉が少ない身体は細い。

 これでドレスを纏い、髪飾りや化粧を施せば、まず間違いなく女性であると判断されるだろう……一度、見てみたいと思う私はもう既に毒されているのかもしれない!

「そうだ。ライオネル。今度から、ラー君って呼んでもいいかな?」

 ここに令嬢が居れば、きっと頬を染め赤面したであろう微笑みを浮かべた婚約者(同性)が、甘えたように問いかける。

「……えぇ、お好きなようにお呼びください。殿下」
「もぅ~。僕の事は、エルたんって呼んでって言ったでしょ~?」

 ぷぅと頬を膨らませるエルたん――無理だ。同性にエルたんなどと使えない――殿下は、人差し指の指先で私の胸をグリグリと力強く穿る。
 実際エルたんと呼んでと言われたのは、つい五分前なのだが第三王子であるエルタルト殿下に対し口答えができるはずがない。どう考えても私に男をたん付けで呼ぶ趣味はない。だが、ご本人が望まれる以上呼ばねばなるまい。そうだ! エルタンと言う名前だと思えばいいのではないか? そうすれば、なすんなりと呼べるはずだ。

「申し訳、くっ、ありません。エルタン様」
「うふふ。ラー君、かーわーいーいー。でも様は要らないよ~?」
「はっ、はい。エルタン」

 椅子ごと横に移動した殿下が、私の身体にコテンとしな垂れかかる。これも婚約者の務めだと己に言い聞かせ、男にしては細い殿下の腰に腕を回した。
 
「ねぇ~、ラー君」
「はい。何でしょう? エルたんさ……エルタン」
「今度の舞踏会なんだけど、ラー君に贈り物してもいい?」
「贈り物、ですか?」
「うん~。兄上たちも婚約者に自分の色の物を送るって言ってたから、僕も送りたいな~って思ったんだぁ~」
「はぁ、なるほど……」
「それでねぇ~。ラー君からも欲しいなぁ~って思うの~。だめぇ~?」

 贈り物と言う殿下の言葉にパッと浮かんだのは、妹であるエリーゼの「愛される人と互いの瞳の色ピアスを交換したい」と言う惚気たっぷりの言葉だった。

「ど、どう言ったものが欲しいのですか?」
「うん~とねぇ~。これ?」

 令嬢ならば可愛らしく見えるであろう唇に指先をあてる仕草をした殿下は、左に首をコテンと傾げ耳朶を指さした。そこにあるのは、どうみてもピアスです。

「アハ、ハ。御冗談を……」
「もうぅ。僕は本気だよぉ~」

 冗談にしたかった私は、冗談にできなかったことに心の底で項垂れる。仕方ない、そうコレは仕方がない事なのだ。殿下が望むのであれば、私も腹を決めるしかない。

 何度目かもわからなくなった決意を胸に「では、舞踏会に合わせてご用意しましょう」と、震える声で答える。すると殿下は、花が咲き誇るのではないかと思えるほどの笑顔で私に抱き着いて来ると「ふふっ、嬉しい」と頬を染めた。

「あ、そうだ、僕ねラー君に聞きたいことがあったんだぁ~」
「はぁ、なんでしょうか?」
「ラー君はぁ、どっちなのかなぁって」
「…………は?」

 あの時の父同様、殿下の言葉を私の頭が理解するのを拒んでいる。殿下は一体何を言いたいのか……私にはわからない。いや、わかりたくない!

「もぅ~。知ってる癖に~、意地悪だなぁ~」
「も、申し訳ありまっ、せん」

 こちらの想いなど判るはずもない殿下は、甘えるように私の首筋を指先で撫でた。途端に全身の肌が総毛立つ。

「それで、どっちなのかなぁ~?」
「え、っと……な、なにがでしょうか?」
「だ・か・ら! タチとネコどっちなの? って聞いてるの~!」

 タチトネコとはどう言う――っ!! そうか、そういう意味か……って違う! 私はこんな事のために前世の記憶を思い出したいわけじゃないんだ……。
 殿下の言葉が理解出来なかった私の頭に、ホステス時代の記憶がよみがる。
 仕事終わりに、化粧を落とし着替える更衣室での事――。

『あたしは、こう見えてもタチなのよ~』
『自分は、ネコですね~』
『野薔薇はどっちなのー?』
『え、自分はた、たちっすかね?』
『へ~。そうなんだ~。ざぁんねぇん』

 苦笑い気味にタチだと宣言したものの前世の私は至って普通に異性を愛していた。その記憶を見る限り、何故前世の私がゲイバーでホステスなんかをやっていたのか理解できない。

 思い出したくもなかった前ゼの記憶の中でタチとは、抱く側――男の役。そして、ネコとは、抱かれる側――女の役である。更に、リバと言うどちらでもいける者もいれば、バリと言う自分のポジションを変えられない者もいると言う事がわかった。だが、わかった所で私は何と答えればいいのだろうか?

「え……えっ、と……た、たぶん。タチです」
「そうなんだ~。じゃぁ大丈夫かなぁ~」
「大丈夫??」
「うん。ふふっ、これで結婚しても安心だねぇ~」

 呑気に笑い私の身体にしがみつく殿下の横で、結婚と言う言葉に冷たい汗が背中を伝う。誰か、今すぐ私を切り捨ててくれないだろうか? そう思いながらゆっくりと周囲に佇むはずの近衛騎士へと視線を回す。が、そこには誰もいなかった。
 くっ、もういっそ、このまま永遠に眠りにつきたい――。

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